アンフィニッシュト (文春文庫 こ 38-2)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (383ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167753214

感想・レビュー・書評

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  • 作者デビュー作である、自衛隊内部の盗聴事件を扱った『アンノウン』は、とても好きなタイプの作品だ。なので、続く『アンフィニッシュト』は、わたしのなかで、かなりハードルが高くなっていたのだけれど、蓋を開けてみればそんなものは軽々越えていく、大変面白いミステリだった。
    ただひとつだけ残念なことは、『アンフィニッシュト』が『未完成』というタイトルで20年前に発表された後、続編がないこと。2作品だけでは勿体ないくらいの面白さなんだけどな。いつか、また新作を読みたいと切に願うシリーズなのだ。


    本作では『アンノウン』で活躍した朝香二尉とバディーを組む野上三曹が、「訓練中に小銃が紛失した」前代未聞の大事件を秘密裏に解決する任務を負う。

    舞台は東シナ海に浮かぶ伊栗島。
    この島には戦時中、壕が掘り巡らされ、終戦と同時に兵隊はみんな死に、多くの穴が爆破された歴史があった。
    僻地中の僻地であり、自衛隊では配属を希望するものは滅多にいないという伊栗島において、隊員たちは限られた人員で、通信回線というむき出しの「神経」を守り続けている。
    そして島民たちは、過疎化が進み、医者も警察官もいないなかで「自衛隊さん」を頼りにしながら暮らし、両者は友好的な関係を結んでいた。

    そんなある日、島民の若い女性が怪我をし、彼女を本土の病院へ運ぶためのヘリが基地グラウンドに着陸する。
    射撃訓練を中断し、患者を乗せて飛び立つヘリを見送った直後、今回の事件である小銃が一丁消えていることに古参空曹が気づくのだ。
    犯人は、隊員らがヘリを見上げている間に素早く銃を基地フェンスの向こうに放り投げたのか。しかし、フェンスの外の森を捜索したが、銃は見つからない。
    銃を投げるなど、自衛隊の物品愛護の精神を傷つける行為だが、状況からして基地内部の人間がかかわっているとしか考えられない。
    さらに島では不審な人物の目撃情報も寄せられていて……
    また個人的には、作品自体が何やら意味深な序章からはじまったので、裏に大きな事件が潜んでいるのではと、不穏な心持ちになる。

    閉鎖的な島に潜む犯人は誰なのか?
    犯人の狙いはなんなのか?
    そして戦争の傷跡を残すこの島で見つけた真実は?


    殺人事件の凶器が密室からなくなったわけではない。だけど自衛隊から銃が一丁紛失したということは、国防の弱点が露になってしまったことにもなるし、大袈裟かもしれないけど、全国民の命を人質に取られていることにまでなるのではないだろうか。少なくとも事件は、表沙汰になれば自衛隊に激震が走るような大きなものには違いない。そんななかで、作者・古処誠二さんの眼差しは、組織の一部となって任務に励む、自衛隊員個人個人の立場へと向けられていた。

    『アンノウン』は、訓練の意味は何か。組織の目標は何か、若き自衛官が陥るであろうジレンマに対して、自衛官からの観点だけで物事を見てはダメだよと気づくきっかけを与えてくれているようなミステリだった。
    その前作とはまた違う方向からの切り口で、自衛隊という「人の集団」が抱える不条理さを浮き彫りにさせたのが『アンフィニッシュト』だったと思う。
    自衛隊という組織を通して、隊員はどうあるべきか……というのではなく、隊員を通して、自衛隊あるいは国防とはどうあるべきか、そんな作者の想いが、わたしには伝わってきたのだ。
    だからこそ読み終えたとき、ミステリとしての満足感を味わうと同時に、この結末には集団に属するものたちの、やるせなさやもどかしさを感じずにはいられなかったのだ。

  • 朝霞二尉と野上三曹のタッグ再び。なぜか気に入られた野上は府中基地へ呼び出され、朝霞と伊栗島へ、銃紛失調査へ向かう。
    人数が少ない基地で、住民と仲もよくまとまった良い隊だった。隊員みな、士気もある。ではそんな中、誰が?
    戦争跡の壕も残っている、そんな島との医療体制の不足など島が抱える過疎問題も絡んで話が展開します。そういうのに自衛隊を絡めるというのが面白い。地域にあるものだものな、と思わされる。
    前作でも書かれていたけど反発感情みたいなものを自衛官たちはよく意識させられるのだろうな、というのが発見。快くないと思ってそれを声にしている人も基地の周りにはたくさんいるんだ。自衛官て大変だなあ。

  • また、古処作品にやられた。
    どんな作品にもそんなことがあったのか?と知らされる事が多い。
    いつも違った視点で戦争の悲惨さを伝えてくれる

  • 「…ここの隊員たちは非常に恵まれていると思うのです。もちろん僻地中の僻地ですから不便なのはわかります。しかし、職務的には恵まれていると思います。地域住民に理解して貰えるなんて、それだけで羨ましいですよ。」自衛官って、大変なのね。

  • 9784167753214

  • 衝撃を受けた。
    前作からしてあまり期待していなかった、というと失礼だが、物語としてはそこまで期待していなかった部分がある(ごめんなさい)。しかし今回は謎も含めてすべてが真っ当過ぎるからこそおもしろい。
    自衛隊という密室の中で小銃が紛失するというまたもや特異な密室ミステリ。
    朝香二尉に頼まれ一緒に遥か南の伊栗島までやって来た野上三曹。緊張感の走る射撃訓練中に銃はどうやって、何故なくなったのか、というのが命題である。
    穏やかでゆったりとした雰囲気の島ではあるが、ならばこそと自衛隊は統率がしっかりと取れて緩みがまるでない。不便ではあるものの、一見天国に見える島国の中の島ならではの悩みが、すべて事件に直結している。自衛官、島民両者が良好な関係を築くという理想的な場所だからこその、島民も自衛官も真っ当に考えた理由が事件にはある。
    この事件には、まったく悪意も歪みもないのだ。
    「島民と自衛官そろって小銃紛失をでっちあげた」という可能性を朝香はちらりと漏らすが、全体を通して見れば、あながちそれも間違いではないのではないか、と思える。島民も自衛官も、それぞれが島のためにと動いている。それは何も悪いことではないはずだ。
    野上が自衛官ならばという前提でいろいろと話をするが、それだと小銃紛失の件とつじつまが合わないことばかりになってしまう。しかし最後に事実を知れば、すべてつじつまが合うという、実にシンプルな道筋だった。
    真面目な自衛官及び島民ならではの孤島での話、非常に深みがあっておもしろく読ませて戴きました。

  • 地味な自衛隊ミステリ。銃がなくなるほう。

  • 2002本格ミステリー第4位。

  • 孤島の自衛隊基地内で起こった小銃紛失事件を調査にきた朝香と野上。
    一見のどかである意味理想的な基地のある島で起こった全てのことが“未完成”という言葉に集約されていきます。
    読後感は落ち込むわけではありませんがなかなか重い。
    それでも暗さに支配されないのは、浅香と野上のキャラクターのおかげかも

  • 南の島の自衛隊基地での小銃紛失をめぐるミステリー。
    タイトルのとおり、自衛隊の組織も太平洋戦争という歴史の清算も未完なのだ。

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著者プロフィール

1970年福岡県生まれ。2000年4月『UNKNOWN』でメフィスト賞でデビュー。2010年、第3回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。17年『いくさの底』で第71回「毎日出版文化賞」、翌年同作で第71回「日本推理作家協会賞(長編部門)」を受賞。著書に『ルール』『七月七日』『中尉』『生き残り』などがある。

「2020年 『いくさの底』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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