空ばかり見ていた (文春文庫 よ 28-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167753290

作品紹介・あらすじ

小さな町で小さな床屋を営むホクトはあるとき、吸い込まれそうなくらい美しい空を見上げて、決意する。「私はもっともっとたくさんの人の髪を切ってみたい」。そして、彼は鋏ひとつだけを鞄におさめ、好きなときに、好きな場所で、好きな人の髪を切る、自由気ままなあてのない旅に出た…。流浪の床屋をめぐる12のものがたり。

感想・レビュー・書評

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  • 好きなときに、好きな場所で、好きな人の髪を切る流浪の床屋・ホクトをめぐる12の短編集。
    どの話にもホクトが出てくるけれど、ホクト自身が主人公になっている話もあれば、ほんの少ししか登場しないものも。しかも、メタ的な感じで小説の中にいたり、もしかしてこの猫って…?と思わせるような登場のしかたをしていたり。
    読み進めると少しずつホクトの人物像が明らかになってくる。明らかになってくると言っても、そんなにはっきり描かれているわけではなくて、うっすら靄がかかっているような、静かで不思議な世界観。

    初の吉田篤弘作品。面白かった。特に気に入った短編をふたつ。

    ○「ローストチキン・ダイアリー」
    クリスマスまで毎日ひとつずつティーバッグの袋を破って中身を楽しむカウントダウンをする。離れて過ごさなければならなくなった妻が、夫と娘に渡したプレゼントである。
    娘と静かに日々を過ごしながら妻を思う夫の日記として物語がすすむ。

    翻訳の仕事をしている夫の小さな悩みや考え事も穏やかで読んでいてほっとする。トナカイをステーキにする話なんて、たしかにクリスマスに上梓しちゃダメかも(笑)
    最後、翻訳している本の主人公の名前の訳し方を思いつくシーンは、わかってはいたけれどゾワッと(?)迫ってくるものがあった。

    そんな夫が娘とともに1日の終わりに開くティーバッグの中身は、そのときの夫に必要なものばかり。こういう丁寧な暮らし方もあこがれる。

    「今日は何も入ってないの?」と訝し気な顔のリン。
    「いや、今日はお休みをくれたんだよ」と私。
    レンジで牛乳を温め――今夜は上手く出来た――紅茶をいれる。
    まぁ、今夜はひと息いれなさい、ということなんだろう。


    ○「ワニが泣く夜」
    娼館のアルジが主人公。その娼館の女たちの髪結いをするホクト。
    舞台は官能的、耽美的なのに、それもどこかさわやかというか静かというか。

    「おそらくは、面と向かってではなく鏡ごしに言葉を交わすことと、刃物に近いものを手にした男に身をゆだねてしまうことで、彼女たちは鏡の中にいつもとは違う自分をみつけてしまうのだろう。それで、つい口をすべらせる」

    娼婦のひとりが、羽根のつまった枕やワニ革のハンドバックが「帰りたい」と泣いていると語る。
    物だけではなくてもちろん人も、(というか、人だけではなくもちろん物も、の方が一般的な気が)もとに戻りたい、帰りたいという思いは誰しも抱いたことがあるだろう。それを、流浪の床屋であるホクトはどんな気持ちで聞くんだろうと思った。



    「でも、あなたは大丈夫。店など持たなくても、鋏ひとつで世界中どこへでも行けるんですから」

  • 放浪の床屋「ホクト」を巡る
    12の連作短編集。


    異国でパントマイムを志していた
    床屋の一人息子のホクトさんが
    放浪の旅に出て、
    小説の主人公になったり
    猫になったりの
    どこか不思議な小説です。



    夜の静寂と
    冷ややかな闇の匂い。


    強烈に誘う郷愁と
    詩情漂う
    童話のような世界観。


    写真家ロベール・ドアノーの撮った
    古き良きパリに生きる人々の姿と重なる、
    ロマンチックの香り。


    そして心の中で
    何かが
    すとんと落ちてしまうような
    心地よさと、

    ただただ言葉の海に溺れて、
    無防備に
    心任せられる安心感。


    やっぱこの人の小説は
    肌に合う(笑)♪


    もう「旅する床屋さん」っていう設定だけで
    ご飯三杯はイケます!!(笑)(^O^)



    吉田篤弘さんの小説を読むと、
    いつも『永遠』を感じるんですよね。

    言葉に出来ない感情を
    呼び起こしてくれるし、
    沢山の魔法が宿ってる。



    ハサミの奏でる七色の音。


    昭和の時代の
    リズミカルに切符を切る
    JR(国鉄)職員や
    家を作る大工さんと同じく、


    理容師は
    最も「職人」という言葉が似合う職種だと思う。



    自分が気に入ったのは
    格子柄のブランケットを部屋中に散乱させ、
    本と共に冬眠する
    アヤトリが可愛い過ぎる
    「彼女の冬の読書」


    猫のホクトと
    屋台で一杯やりたくなる
    「星はみな流れてしまった」


    クリスマスへのカウントダウンカレンダーに心奪われる
    「ローストチキン・ダイアリー」

    かな。



    本を読んだ後に
    ボーっとして余韻を味わう時間こそが、
    物語によって得た響きを記憶に定着させ
    「心の核」の栄養となっていく。


    その意味では
    これほど余韻に浸れる小説はないし、
    読み終わるのが嫌で
    いつまでも触れていたい
    心地いい世界観の作品です。


    しかし口の中に入れた途端、消えてなくなってしまう
    マアトというお菓子
    食べてみたいなぁ(>_<)


    あとデ・ニーロの親方との再会は
    嬉しいサプライズでした(笑)

    • MOTOさん
      やっぱりこの人の小説は
      肌に合う。(合う、合う♪)←同意。

      もう、旅する床屋さんって言う設定だけで
      ご飯3倍はイケます♪(イケる、イケる)...
      やっぱりこの人の小説は
      肌に合う。(合う、合う♪)←同意。

      もう、旅する床屋さんって言う設定だけで
      ご飯3倍はイケます♪(イケる、イケる)
      と、思わず手を叩いて喜んでしまいました^^♪

      あと、著者の小説に感じる『永遠』にも、じわ~っと共感。
      そして、何故か感じる既視感と・・・。
      (あるわけないのに、変ですよねぇ~^^♪)

      ただ、永遠って果てしないから、
      いつか見た事があったとしても不思議ではないのかな~?なんて、
      いろいろ考えてしまいました。

      ところでこの小説、確かに読んだはずなのに、
      書棚のどこ捜しても見当たらないので、
      もう一度読み直そうかな?て、言うか
      感想読んでいるうちに
      戻りたいな、と思ってしまいました。

      次々読みたい本が待機しているというのに、
      引き寄せる世界を持ってる人って、おられるものですね~♪


      2012/12/21
    • 円軌道の外さん

      MOTOさん、ありがとうございます!

      あはは(笑)
      反応していただいて嬉しいです♪


      肌に合う感覚って、
      音楽でも...

      MOTOさん、ありがとうございます!

      あはは(笑)
      反応していただいて嬉しいです♪


      肌に合う感覚って、
      音楽でも作家でも
      映画監督でも
      そういうのってありますよね(笑)(^_^;)

      吉田さんの小説は
      自分にとってまさにそれで、
      もう最初の数ページ、
      いや、もっと言えば、
      最初の一行読んだだけで
      『ああ〜コレコレ!』って
      まさに腑に落ちる感じがあるんスよね〜(笑)


      自分も読みたい本リストを作ってるんやけど、
      増える一方で
      次から次へと追いつかない状況です(笑)

      この本に出てくる
      女の子のように、
      本を読むためだけに
      仕事も休んで
      一歩も外に出ずに
      3ヶ月くらいまとめて冬眠したいです(笑)(*^o^*)


      そのためには
      残りの9ヶ月を馬車馬のように
      働かなきゃアカンのやけど(笑)


      2012/12/31
  • なんだこれ、じわじわくる…!

    流浪の床屋、ホクトをめぐる12の物語。

    全てホクトが主人公の話というわけではなく、作中作であったり、他人語りであったり、ホクト一人称だったり…と、いろんな形で流浪の床屋が現れます。

    「草原の向こうの神様」「リトルファンファーレ」の流れ、「七つの鋏」と「リトルファンファーレ」の繋がりがよかった…。
    「リトルファンファーレ」も「草原の向こうの神さま」もなんというか、切ないのですが、風が吹き抜けたようなスッとした感じ...読後は神聖な気持ちになります。

    「彼女の冬の読書」のアヤトリの一年の過ごし方がよいなぁと思いました。春から秋は働いて、冬は本を読むためだけに時間を費やすって素敵過ぎる(笑)
    「星はみな流れてしまった」ではデ・ニーロの親方なんかも出てきて少し嬉しいです。
    「ローストチキン・ダイアリー」もほんわかして好きです。

    流浪の床屋っていう言葉がとても魅力的です…!革ベルトのサックに愛用の鋏って確かに「放浪のガンマン」的なかっこよさがありますよね。

    『猫町』を読んでみたくなりました。

  • 記憶の引き出しを一つ一つ開けていくような感じ。
    柔らかい風に包まれているような。
    そこには怒りとか、苛立ちとかいう言葉は見つからない。
    流れに逆らうことなく、ゆったりと時間が過ぎてゆく。
    不思議な連鎖に巻き込まれて、読み終わると、表紙には天使が。
    なんて素敵な大人のファンタジーなんだろう…。
    異国を旅するような雰囲気が、何とも言えず素敵です。

  • ある理容師のお話。ホクトと名前は付いているが、それが果たして同一人物なのか…掴み所のない人物に人は心の内をそっと話してみたくなるのかもしれない。
    以前から吉田さんの作品に不思議な感覚というか、表現できないような気持ちになっていたのだが、この本の中に次のような文章があり、この感じにちょっと似ている気がした。

    ──話を聞いているというより、声だけを聞いて、それに包まれている感覚というのか。声が私の中に入ってくるのではなく、わたしが声の中に入ってしまったような──。

  • 大好きな本。
    装丁は単行本の方が好きかも。

    特に好きな話は
    「彼女の冬の読書」
    「星はみな流れてしまった」
    「アルフレッド」
    「ローストチキン・ダイアリー」
    「水平線を集める男」

    寒いのは嫌いなはずなのに小説の中の冷たい空気に触れるのは嫌じゃない。
    その冷たさに心が静かになる感じは好きなようだ。
    夏の夜に少し涼しい夜風を感じる時に似ている。

    この本の(もっと言うと吉田篤弘さんの小説の)魅力はそんなところだと思う。

  • 放浪の床屋、ホクトの短編集。
    吉田篤弘さんの描写は、すごく細やかなのにうっとうしくなくて、淡白なのに雰囲気が感じ取れるからすごいなぁと思う。
    恋人が、「この人のお話は1文目が面白い」と言っていて、意識して1文目を読むと確かに面白い!唐突な始まりかたにも思えるけど、ぐぐぐっと物語に引き込まれる。この一文目からどんなお話が展開されるんだろうとわくわくする!

    1番好きな短編は「ローストチキン・ダイアリー」かなあ。アドベントカレンダーみたいにティーバッグの中に色んなものが入っているのが面白い。翻訳者の悩み(「好ましくない言葉」はあるのかないのか、など)も確かになぁと考えさせられた。

    「彼女の冬の読書」もよかった。冬はブランケットと本を蓄えて「冬読」する彼女、アヤトリと、彼女のジャムの蓋を開けるために呼び出される彼、エリアシ。彼女が冬読中に読んでいる本をこっそり買って読んでみるエリアシがかわいい。

  • 流れる空気が本当に好き。
    図書館で借りた本だけど、買ってまた読みたいと思った。

    そしてそして、私も、
    彼女のように冬読をしたい。

    「彼女の冬の読書」
    「アルフレッド」
    「ローストチキン・ダイアリー」
    「水平線を集める男」
    「永き水曜日の休息」

    が特に好き。

    レモネードのくだりには声を出して笑った。

    森になったり星になったりする、その妄想と表現。
    素敵なものは素敵なのだ。

  • いつしか自分がその場に溶け込んで、空気や香りや味や音を感じ取るのに夢中になっていました。
    しばしば「えっ!?」と思わされるような驚きに場面に出くわしたりしますが、一つの物語を読み終えるたびスッと消えていく儚さがなんとも心地よい。
    作中にでてくるお菓子の“マアト”を『口の中に入れたとたん、消えてなくなってしまう』『おいしいという思いだけは口に残る』とあらわしています。それが物語一つ一つに共通する部分であり、その表現がまた的確すぎて凄いと思いました。

    単純に読書量が少ないからかもしれませんが、こんなに素敵な文を読んだのは初めてな気がします。寝る前に一遍ずつ読みすすめていきたい本。

  • 彼女の冬の読書
    ローストチキン·ダイアリーの話が好き

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著者プロフィール

1962年、東京生まれ。小説を執筆しつつ、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作、装丁の仕事を続けている。2001年講談社出版文化賞・ブックデザイン賞受賞。『つむじ風食堂とぼく』『雲と鉛筆』 (いずれもちくまプリマー新書)、『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)、『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『モナリザの背中』(中公文庫)など著書多数。

「2022年 『物語のあるところ 月舟町ダイアローグ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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