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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784167753757
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著者の人生の断片を描いたエッセイは、猫との出会いや別れを中心にしながら、死というテーマを深く見つめています。人間観察力に優れた著者の独特な視点が、エッセイ全体を通して鋭く響き、読者に共感や感動をもたら...
感想・レビュー・書評
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カメラマンでありエッセイストの星野博美さんの新刊は昔、よく読んでいた。先日、たまたまブックオフで見かけたので再び読んでみた。
この方はカメラマンであるので人間観察力が鋭いのだ。人間だけではなく猫にでもだが、文章を書くための目線とファインダーで覗く目線は常に一致している。そして、作品の訴えかける本質はエッセイも写真も変わらなく素晴らしい。
鋭い独特の目線には憧れと共感と尊敬を抱かずにはいられない。 -
星野博美の身辺を綴ったエッセイ60篇、時期からいうと『銭湯の女神』の妹分。頻出するのはネコと死。
書名の「のりたま」はネコ「のり」と「たま」。「煙突」はなにやら死を連想させるが、星野が住んだ武蔵野の銭湯のある風景のこと。レクイエムが中心だが、そのトーンは必ずしも暗くない。
「忠臣蔵」と「族長の死」がいい。前者は、忠臣蔵を知らなかった友人の話に始まり、泉岳寺の四十七士の墓、幼い時の傷痍軍人たちの思い出、そして同じ頃に熱中したドリフターズの墓や戦争孤児をめぐるコントへとつながってゆく。
「族長の死」は祖父のこと。その通夜で、生前のことを書いた8歳の星野の作文をみなが読んでおいおい泣きまくる。これが5年後の『コンニャク屋漂流記』につながってゆくとは! -
猫との出会いと同居、別れを中心に、著者の人生の記憶の断片を記録したエッセー。死を見つめる著者の筆致が、全体的に重たい雰囲気を醸し出している。同世代なため、描かれている昭和の風景は共有できるのだが、猫に対する愛情の深さなどに、屈折した部分が垣間見えて、読んでいて今一つ共感できなかった(「骨を持つ私は、しろの永遠の独占権を手にしたのだ」なんて書かれてもなあ)。同じ猫との交流を描いた米原万里の「ヒトのオスは飼わないの?」はとても面白かったんだけどなあ。
とはいえ、追い払われた、野菜売りの行商のおばさんを追いかけて戸越の町をさ迷った子供の頃の思い出を綴った「世界の果て」はノスタルジックでなかなか面白かった。また、「写真は、幸福回想装置なのである。」は名言かも。
香港に長期滞在経験のある著者、香港と日本を比較した描写が多い。やはり、「転がる香港に苔は生えない」を読むべきだったかなあ。 -
この人の本を読むのはこれで二冊目ですけれども、今回はそこまで共感みたいな感情は抱きませんでしたかねぇ…僕が猫飼っていないからかもしれませんけれども、そこまで著者が死者、というか死猫? に感情移入する様が理解できませんでした…。
ヽ(・ω・)/ズコー
ってか、なんか死者への思い入れが尋常じゃないくらいに思える文章もあって、この人、アチラ側、つまりは宗教チックな世界の方へ行ってしまうんじゃないかと心配になったほどですねぇ…。
まあ、決してつまらなくはなかったんですけれどもね! どうにも自分のことを「人生の敗者」というか、「陽の当たらない人」に分類したがっている様が見えるようで、そこが気に食わなかったですかねぇ…僕は。
おしまい…。
ヽ(・ω・)/ズコー -
簡潔な文体がいいな、と思った。
自分は作者ほど豊かな感性を持ち合わせていないと知った。
動物とのスタンスは、かなり異なる。
そして私は米国より英国贔屓、ネズミの国のキャラクターにはまるで心がときめかないのであった。 -
この人のエッセイ、割と好きです。これは、彼女と猫たちとの関わりを主軸にしたエッセイ。
この本の解説をしている角田光代氏もだけど、星野氏も自分と近い世代なので、なんとなく目線が似ているというか、似ているからこそ異なる部分が際だって、その人の持つ感覚がとても気になる、そんな気持ちにさせられるエッセイ。 -
橋口譲二さんと仕事をしていた
その「事実」だけで
手に取った一冊
のんきな書名とは
うらはらに
著者の手にかかると
日常のささいな出来事の中に
こんなにも
奥の深い
(名も無き)人間たちのドラマ
が 立ち上がってくる -
猫と作者との関わり合いが、絶妙なタッチで書かれています。
女性にしてはベタベタしていない文章が私好み。
著者プロフィール
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