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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784167764012
感想・レビュー・書評
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p.2009/3/10
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本書は同著者による『奇抜の人: 埴谷雄高のことを27人はこう語った』(平凡社、1999年)の文庫化である。『奇抜の人・・・』の宣伝文句はこうである。
<こりゃ奇抜なじいさんだぞ! いろんな人に話を聞いてみよう──立花隆ゼミの現役東大生が、ハニヤユタカの実像を求めて哲学者、文学者、近所のおばさんなど27人に会いに行く。>
いろいろな興味深いエピソードが載っているが、特に「最晩年 古澤和子さん(家政婦)」は、最晩年の埴谷雄高氏を知る上で参考になった。
古澤さんは、1996年1月6日から翌年2月29日の臨終まで、埴谷氏の住み込み家政婦として付き添った。
埴谷氏の病状が1月以降悪くなったが、2月に良くなる兆しが見えた。
その頃の埴谷氏は古澤さんにこういうことを話したという。
<あなた、ちょっとここへ来てください。僕は間もなく死にますから、今、お礼を言っておきます。聞きたいことがあれば何でも言ってください」。他の方にもよくおっしゃっていました。
どの本を読めばいいのかを伺うと、「自分の小説はわかる人がいないし、わからなくて当然なので、読むなら対談集を読んでください」「仲間に囲まれて自分があったので、仲間のことをよく書いたつもりです。仲間のことはよく知ってほしい」。>
埴谷氏は、他人が『死霊』をわからなくて当然だ、と言っている。
他人に理解されないようにして『死霊』を書いているという意味だろう。
だから、多くの評論家たちが書いた「死霊論」は、埴谷から見て「的外れ」に思えただろう。
私が『死霊』を理解できなくて当たり前であり、それを知って安心した。
因みに、鶴見俊介氏がこういうことを書いている。
<晩年に入って、埴谷雄高に、もうろくの兆しが見えた。
そのもうろくは、これまで自分自身に起ったことをつとめて書かないようにしてきた戒めを、緩くする。
彼は一人の文学者に、自分の言うことを書いてもらうことにした。
《昨年(1996年)の2月頃、「白川君、君が僕のことを一番よく知っているのだから、僕の最期を見とどけて欲しい。物書きに最期まで見届けられた作家はこれまでいないので、それをぜひお願いします」と言われた。》(白川正芳『始まりにして終り―埴谷雄高との対話』文芸春秋、1997年)
1997年2月19日、埴谷雄高が87歳で亡くなるまで、白川正芳は1年余り毎日のようにその家に通い、数百時間にわたってテープに話を採り、その日のことを家に戻って記した。
もうろくは、自分に起った古い出来事を、老年のその時・その時の状況に基づいて、一挙に照らし出すことがある。これまでの60数年の埴谷雄高の著作よりもはっきりと、白川との対話録に、埴谷自身に映じる埴谷の過去の筋道が見える。
例えば、台湾で育った頃のこと、日本内地の家系上の出身とのつながり、それらが、初期の埴谷が自分に許さなかった語り口で、そのもうろくのゆえに明らかになった。>(鶴見俊介『埴谷雄高』講談社、2005年)
鶴見しによれば、埴谷氏の「もうろく」のおかげで『死霊』がわかりやすくなった、ということらしい。
以上の他に、埴谷 雄高 (著)、NHK (編集)、白川 正芳 (編集)『埴谷雄高独白死霊の世界』(NHK出版、1997年)も『死霊』理解の参考になる。
古澤さんの話に戻すと、埴谷氏の体の調子は、2月を無事に過ごし、3、4、5月が一番良かった。
6月頃は寂しがるようになった。
変化は7月頃。
<梅雨時は昼から外が薄暗い。すると「側にいてください。側にいてくれればいいんです。心臓の悪い者は夕暮れ病といいまして、側に誰かいないと寂しくなるんです。1分でいいんです」とおっしゃった。>
<夜中に目が覚めると「どなたかいますか?来てください」とおっしゃる。「どうしたんですか?」と応えると、「あなたですか。いるならいいんです。確認です」とおっしゃり、ベッドに戻られる。と思うと戻ってすぐにまた「誰かいるんですか?いませんか!」と叫ばれる。そんなことが一晩に何度もあった。>
最晩年の埴谷氏は、「独り死にゆく者の孤独」と戦っていた。
ご冥福を祈る。 -
埴谷雄高(1909-1997)、60年の安保闘争時には神様のような存在だった。でも、私が彼の存在を知るのはそのずっとあと、北杜夫とつるんで躁状態を競い合っていた頃だった。
本書は、亡くなってすぐ、彼をよく知る27人へのインタビュー。たくさんの人に聞いているもんだから、得られる埴谷の肖像はかなりぼけている。埴谷を知るための本というよりも、埴谷を語らせながらその語り手を知る本として読むこともできる。
とくにおもしろかったのは瀬戸内寂聴。上京して、初めて「近代文学」の集まりに行ったら、目の覚めるような美男ばかり。埴谷は「しゃべっていることはよくわかんなかったけど(笑)、ともかくうっとり見とれて、こんないい男を間近で見られるなんて、東京に来てよかったなあと思いました(笑)」。でも、「セクシーではなかった」、「隠花植物という印象」だった、とか。埴谷の外見を語りながら、本質を突いているように読める。このあとは、寂聴先生の自分語りが続く。
埴谷家の向いの住人の女性(単行本は実名、文庫は匿名)には、どんな隣人に見えたのか。作家との落差がおもしろい。
単行本のタイトルは『奇抜の人』だったが、文庫では『変人』に改題された。私が埴谷雄高なら、『奇抜の人』のままのほうがよかったかも。 -
当時学生だった著者が大学のゼミの課題として埴谷雄高に縁のある27人をインタビューして纏めたもの。中には辛辣に否定している人もいる。後年論争を繰り広げた吉本隆明の埴谷像が印象的。肯定し思い入れがあるからこそ批判も生まれる。愛情のようなものを感じた。にわか信者の私のイメージは「崇高で無様なひとだなあ」といったもの。信念を貫き通せば無様にもなる。その無様さこそかっこいいと感じる所以である。次々と同志を失い最後ひとり残された寂寥感はどれほど大きかったことか。(著者同様)私も埴谷雄高の生き方が大好きだ。
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高円寺の古本屋にて、積み上げられた文庫本のなかで目が合ってしまった一冊。木村俊介さんのファンになりました。埴谷雄高さんの本は読了できていないので人柄だけを愉しみつつ。
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作家・埴谷雄高の実像を27名の縁ある人へのインタビューを通して迫った快作。
これだけのものを当時一介の大学生がゼミでやってしまったというところにまず驚いてしまった(勿論指導教官である立花隆のコネもあったのだろうけど)。
埴谷雄高はその作風から気難しい人だと思っていたが、証言によると非常に明るく、若者へも分け隔てなく接していたようだ。
これは意外だった。
「死霊」の解釈もそれぞれ違っており、著書としてバランスが取れていると思った。
小島信夫の距離を置いた立場からの視点が個人的にはベスト。
また近所の人(やもめになった晩年の埴谷氏を介護し、氏から後妻としてプロポーズされた方)が、思想とはいえ奥さんに何度も堕胎させたのは人間として許せなかった、と語っていて、それが何だか思想云々を超えたところにあるような気がした。
生活に密着した身近な人がこのような直截的な言葉を発したことに強烈な印象を受けた。
生誕100周年ということで、今年に入ってから埴谷雄高に関連する著作が次々と出ており、再評価・再検証する気運というは高まっているように感じられる。
このインタビュー集はそのいい掴みではないかと思う。 -
図書館から借りて読んだ鶴見俊輔からの繋がりである。鶴見俊輔はカスタネダ(ちくま)からの繋がり。うん。だんだん分かってきた。この辺の関係が。いいじゃんこっち系も。
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埴谷さんと近代文学創刊の頃からの盟友である本多秋五さんら埴谷さんゆかりの方への著者自身のインタビュー集。
大の甘党の埴谷さんとか寒がりの埴谷さんとか様々な埴谷さんの姿が垣間見ることができる本です。
それから著者である木村さんの人柄なのか、井の頭公園の珈琲屋の店主とのインタビューなどでも、埴谷さんのエピソードを交えながら、珈琲についての店主のこだわりなども紹介されていて思わぬ脱線(?)がまた読ませるんですねぇ。 -
『死霊』は10ページくらいでさじを投げてしまったが、もう一回読んでみようかな、という気にさせられる。そういう意味では下手な批評よりも、読む気にさせるという点では機能していると思う。
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真実は藪の中。さまざまな人が、埴谷豊について語っている。語り手自身がどういう人であるのかをインタビューしているのもおもしろい。自同律の不快を避けるために子を持たない。というのは知っていたけれど、そのために妻を何度も中絶させていたということは知らなかった。それこそそ不快。いよいよ『死霊』を通読してみようかと思った。
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2009年3月21日購入
インタビュー形式のものとしては白眉な本。
埴谷雄高は作品のイメージと人物のイメージが
うまく合っているようないないような
不思議な人である。
冒頭、立花隆の紹介文をうるせえなあ、と思いながら読んだが
紹介文以上の素晴らしい出来である。
インタビュアーがかなりいろいろな話を引き出している。
話そのものについていっていること自体が
すごいなあとおもうことがしばしば。
ちょこちょこっと面白そうな作品名が出てきて
好奇心をくすぐられる。 -
2009/3/10購入?
2009/
序・形而下と形而上のプロフィール(立花隆):
「般若豊」の生活:
なんか笑っちゃう(武田花):
持続(高梨豊):
ウエヤオダカ(松本昌次):
あんな第説教者(笑)になろうとは……(本多秋五):
病気と死(小川国夫):
二重人格(鶴見俊輔):
ドン・キホーテの世代(秋山駿):
観念(瀬戸内寂聴):
動き(島田雅彦):
十代(三田雅彦):
手触り(標交紀):
コンディション(中村真一郎):
最晩年(吉澤和子):
複層(中村明一):
時間の差(黒井千秋):
贅沢(宮田・栄):
自由度(坂本龍一):読了
【感想】
埴谷雄高さんの英訳は出ていないのか。それはなぜなのだろう。僕たちは埴谷雄高という桁外れに変わった人物が日本にいたという事を言いたくてしょうがない、という文には賛成です。十九世紀から二十世紀初頭くらいのドストエフスキー的な課題をひきずって終わりまできちゃった人なんて世界的に見てもいないので、評価されるべきです。
死霊の構成技術は稚拙であるのか。バッハやドストエフスキーみたいに難しい問題を扱っていても一般の人でも鑑賞できてしまうのに対して、埴谷さんは『死霊』を読むとわかると思いますが、読者を楽しませようと思っていないでしょう。だから、技術的に稚拙であると思わせるところがあるのではないか。三島由紀夫は読者に対して、ここでショックを与えようとか、人間をドラマチックに描くところがあるでしょう。しかし、埴谷雄高にはそれがない。
私は子供を他者だと思っているんです、という坂本隆一さんの言葉に私は賛成である。子供は大人の領域に暴力的に入ってくるでしょう。いきなり、ワーッと泣きだす。それにどうつきあっていくか。言葉の通じない他者というもの、これはたとえば人間の外円にある、自然というものを考えてみるとわかりやすい。自然は小さい子供と同じように言葉でコミュニケーションをとることができない。こういうことを埴谷さんは否定的にとらえていたのではないか。
何かを評価する際の基準はなんですか、という質問に坂本隆一は精神の自由度の度数であると答えている。属す共同体からいかに離れるかが大きい。私もこれには賛成です。
大ホラ吹き(笑)ですよね……(飯田善國):
制度内で優れている(山口泉):
詭弁(島尾伸三):
固定(小島信夫):
子供と自然(大庭みなこ):
欠けた部分(司修):
年齢を超えて(中村雄二郎):
特殊(吉本隆明):
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