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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784167773076
みんなの感想まとめ
日本の社会や文化に対する鋭い洞察が詰まった一冊で、特に2000年代の空気感を感じさせる内容が魅力です。著者の独自の視点は、政治や社会の現状を深く考察し、必要な改革についての疑問を投げかけます。読者は、...
感想・レビュー・書評
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買い置きしていたが、濡れかかっていたので急きょ読み通す。この人の本、やはり面白い。 2000年代の空気感がよくわかる。
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日本辺境論がでた頃衝撃を受け、内田先生の著作物は全部読んでやろうというくらいの勢いで読んでいた。が、余りにその出版数が多く、中身が薄くなってないか心配になり、最近ご無沙汰していた。
本書を読み、改めて先生の感性、物の考え方には同意するところも多かった。日本の政治状況に対する捉え方など秀逸で、十年一日の如く、改革、改革と叫んでいる人が多いが、本当に必要な改革なのか考えたほうがいい。先生もおしゃっているように、三等国でも暖かい社会の方が絶対にいいと思う。今の状況は、本書が書かれている時点よりもっと悪くなっていて、不寛容な社会が進行している気がする。弱いものいじめや、正論を押し通すのは、もうやめにしませんか。 -
久しぶりに内田先生の本を購読。なにしろ、著作がどんどん増えるので、この本読んだかな、と本屋で考えることも度々。
発語主体は発語という行為の事後的効果と云う。言いたいことは言葉の後に存在する。「我思う、ゆえに我あり」というコギトでは主体しか確実なものはないというが、内田先生によれば主体は事後的に遡及的に確定される、あやふやなものになってしまう。
昔読んだ構造主義の入門では、親族構造のような構造の存在がコギト神話の否定とあったけど、内田先生の言葉論の方が納得するなあ。
2005~2008年にブログに掲載したものをまとめたものだが、改めて読み直すと、考えることが多い。ミスはある人の「責任範囲」と別の人の「責任範囲」の中間に広がる広大なグレーゾーンにおいて発生する。だから、予防はマニュアル化できない、とか。
いやーホントそうだよな。「オレがやっとくよ」という評価されない行為でしか救いの手はないとのこと。
忘れないよう、ブクログのレビューに書いとこ。 -
サブタイトルにあるとおり「構造主義」的な観点から日本の問題(とされている)格差社会、少子化問題、言葉の力、社保庁問題などを考察している。
少子化問題については本当にその通りだと思う。
減っても全然問題ない。
少子化は「問題」ではなく一種の「解答」である。
格差社会についてもすごくすっきりとした良い捕らえ方を知ることが出来た。
「格差社会というのは、格差が拡大し、固定化した社会というよりはむしろ、金の全能性が過大評価されたせいで人間を序列化する基準として金以外のものさしがなくなった社会のことではないか。」
あとは「親族の基本構造」が面白かった。
フェミニストと男女の「価値」にまで言及できる。
レヴィ=ストロース読もう。 -
外国語を学ぶ時に、私たちはまずストックフレーズ丸暗記から入る。それは外国語運用の最初の実践的目標が、もうわかったよ、君の言いたいことは、と相手に言わせて、コミュニケーションを打ち切ることだからである。
人生とはそういうことの連続だから。シンプルでクリアカットで矛盾的な行動規範だけを与えられて育った子供はそういうことに対処できない。どうふるまっていいかわからないときに、子供はフリーズしてしまう。フリーズするかしないかはハードでタフな状況においては生死の分かれ目となる。
労働するのが人間なのだ。だから労働しない人間は存在しない。
強い個体とは礼儀正しい個体である。この理論はわかる人にはわかるし、わからない人にはわからない。
労働者=消費者を性差にも国籍にも人種にも信教にも無関係に全部同一規格で揃えてしまうことがグローバル資本主義の夢である。
ナチスの仮説が正しければ、ドイツ支配地域のユダヤ人がほぼ全滅した時点で真にドイツ的なドイツが顕現してドイツはその絶頂期を迎えるはずだったのだが、どういうわけか戦況は悪化した。この反証事例の説明に窮したナチスは、スターリンもチャーチルもルーズベルトもすべてユダヤ人の手先であるという説明を採用して破たんを粉飾した。
東アジアにはかつて中国を中華として、モンゴル、朝鮮、インドシナ半島、日本に及ぶ巨大な儒教圏が存在した。 -
pp.24-5
発話の起点は、発話の起点にあるのではなく、発話が終わった後に訴求的に定位される以外には存在しないものなのである。
……
発話主体がまず存在して、それが何かを発語するわけではない。発話主体は発話という行為の事後的効果なのである。
……
「言いたいこと」は「言葉」のあと存在し始める。「私」は、「私が発した言葉」の事後的効果として存在し始める。
p.155
人生はミスマッチである。
私たちは学校の選択を間違え、就職先を間違え、配偶者の選択を間違う。
それでも結構幸福に生きることができる。
pp272
愚かしい幻想が合理的な分析よりも強い力を持つことがある。そして、「本当のリアリスト」は、この「愚かしい幻想」の持つ政治的なポテンシャルを決して過小評価しない。「愚かしい幻想」を鼻で笑うのは「三流のリアリスト」 だけである。
例えば、マルクスはそういう意味で「本当のリアリスト」だったと私は思う。マルクスは「幻想」の力について、次のようなみごとな文章を書き起こしている。
(以下『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』からの引用) -
【感想】
・内田による「日本文化論」のうちの一冊。
・ブログ記事から収集された短文を再構成したもの。
・着目点と用語が独特。
・本書の用語の独特さのうち六割は無駄な修飾にすぎないので、一般的な用語や表現に変更した方が論旨が明快になる(と私は考えている)。
・たとえば「……は日本の奇習なのだ」という言い回しは、複数の書籍で好んで使用されている。残念ながら読者をすこし驚かせる効果しかないので、これを読者側で「マイナールール」等に置換して読んでも問題ない。
・レヴィ=ストロースやレヴィナスからの抜粋が多いことからわかるように、構造主義や現象学の知見を部分的に引っ張ってきて、あるテーマを(日本文化論的に)論じるスタイル。
・議論が片面的なので説得力は高くない。その反面で面白くはある。
・何かを主張する文章の体裁は整っており、高校生向けの「現代文(随筆)」の材料にできる程度のレベルはクリアしている。
・それゆえに、日本の作問者たちは堂々と内田樹を現代文に登板させつづけるのだろう。
【書誌情報】
こんな日本でよかったね――構造主義的日本論
著者:内田 樹
出版社:文藝春秋
レーベル:文春文庫
定価:692円(税込)
発売日:2009年09月04日
ページ数:320
判型・造本:文庫判
発行日:2009年09月10日
ISBN:978-4-16-777307-6
Cコード 0195
[https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167773076]
【簡易目次】
1章 制度の起源に向かってーー言語、親族、儀礼、贈与
2章 ニッポン精神分析ーー平和と安全の国ゆえの精神病理
3章 生き延びる力ーーコミュニケーションの感度
4章 日本辺境論ーーこれが日本の生きる道? -
1章■制度の起源に向かって
言語、親族、儀礼、贈与
2章■ニッポン精神分析
平和と安全の国ゆえの精神病理
3章■生き延びる力
コミュニケーションの感度
4章■日本辺境論
これが日本の生きる道?
ブログのまとめ -
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内田樹のエッセイをまとめた本。日本の様々な問題点について独自の視点で意見を述べていますが、いろんなメディアに書いたエッセイであるため、一貫性があまりない。読んでいるととても面白いし、分かりやすいけれども、あまり記憶に残らない感じ。
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Vol.81
コミュニケーション感度と生き延びる力の関係性?
http://www.shirayu.com/letter/2010/000159.html -
著者の本の中では淡々と読んだほう。
[more]<blockquote>P42 言葉を単なる主体の思考や美的感懐の表現手段だと考えている人々は,「言葉の力」についに無縁な人々である。
P49 「分岐点がない言語」というのはストックフレーズのことである。【中略】外国語を学ぶ時に,わたしたちはまず「ストックフレーズ丸暗記」から入る。それは、外国語の運用の最初の実践的目標が「もうわかったよ,君の言いたいことは」と相手に言わせて,コミュニケーションを打ち切ることだからである。【中略】自分が何を言いたいのかあらかじめわかっていて,相手がそれをできるだけ早い段階で察知できるコミュニケーションが外国語のオーラル・コミュニケーションの理想的な形である。それは母語のコミュニケーションが理想とするものとは違う。
P71 「もう存在しない他者」「まだ存在しない他者」の現時的な不在を「欠如」として感じ取ることは人間が種として生き延びるために不可欠の能力である。この能力の重要性を過小評価すべきではないと私は思う。
P97 目の前に「なまもの」がある時に,とりあえず「手が勝手に動いておろしてしまう」というのが機能主義者の骨法である。だから「原理主義はダメだ」というようなことを機能主義者は決して言わない。「原理主義はダメだ」というのはもう一つの原理主義である。
P163 責任を取るつもりでいる人間が自前の「生身」を差し出している限り,常識的に考えてありえないような度の過ぎたルール違反はなされない。「度が過ぎる」のはいつだって「前任からの申し送り」を前例として受け入れ,その違法性について検証する気のないテクノクラートたちである。
P174 システムをクラッシュさせた責任は「起源」にはない。「誰に責任があるのだ」と声を荒げる人間たちだけがいて,「それは私の責任です」という人間が一人もいないようなシステムを構築したことにある。
P195 労働条件が劣化し,消費欲望だけが更新し,性差の社会的な価値が切り下げられた社会に投じられれば,遠からず労働者たちは結婚も出産もしなくなるだろうしそもそもエロス的関係の構築に手持ちのわずかばかりの生物資源を投じなくなるだろうという蓋然性の高い未来予測をグローバリストたちは見落とした。
P209 自分の手で未来を切り開けるということはない。当然ながら100種類の願望を抱いていた人間は,一種類の願望しか抱いていない人間よりも「願望達成比率」が100倍高い。大方の人は誤解しているが,願望達成の可能性は,本質的なところでは努力とも才能とも幸運とも関係がなく、自分の未来についての開放度の関数なのである。
未来の未知性に敬意を抱くものはいずれ「宿命」に出会う。未来を既知の図面に従わせようとするものは決して「宿命」には出会わない。
P247 ある種の「病」に罹患することによって,生体メカニズムが好調になるという事がある。だったらそれでいいじゃないか,というのが私のプラグマティズムである。
P249 どのようなトラブルについても、最初にしなければならないのは「被害評価」である。【中略】これは極めてテクニカルで計量的な仕事である。悲壮な表情で悲憤慷慨しつつやる仕事ではない。過剰な感情はほとんどの場合,評価を正確にすることには役立たないからである。
P254 社会成員の全員が,自分でコントロールし,自分でデザインできる範囲の社会システムの断片を持ち寄って,それをとりあえず「ちゃんと機能している」状態に保持すること。私たちが社会をよくするためにできるのは「それだけ」である。「社会を一気によくしようとする」試みは必ず失敗する。
P275 「荒唐無稽な幻想はそうでない未来計画よりも現実化する可能性が低い」という命題には同意しない。
P280 だから日本は「毒の回りが速い」のである。「リセット」の誘惑に日本人は抵抗力がない。
P295 構造主義的なものの見方というのは,私たちの日常的な現象のうち,類的水準にあるものと,民族誌的水準にあるものを識別する知的習慣のことであると言えるのではないでしょうか。</blockquote> -
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散文的で読みづらい。
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仕事の合間時間にたまに手に取って読み進めたから、正直内容はあまり覚えていないのです(苦笑)。でもいつも通りの論調だったと思うし、何といっても最後にまんまそのもの、その後一冊の新書に発展する「日本辺境論」の章が収録されているのがその証左。定期的にコンスタントにその著作を読んで、その度に襟を正される作家です。
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戦後の言論空間は「自由」については論じられたが、遂に「責任の所在」については論じられることはなかった。
蟻の穴を塞ぎ、洪水を防ぐローカルな責任論は良い。 -
著者がブログに掲載した文章をまとめた本です。
著者のブログは、コピー・フリー、転載フリー、盗用フリーを謳っています。それは、ブログに発表された考えを一人の主体性を持ったパーソンに帰することはできないという立場を、著者が採っているためです。そしてこうした立場の基礎は、「人間が語るときにその中で語っているのは他者であり、人間が何かをしているときその行動を律しているのは主体性ではなく構造である」という、フランス現代思想の構造主義の考え方があります。
本書で取り上げられているさまざまなテーマも、こうした構造主義の立場から現代の世相を見たとき、どのような光景が映るのか、というものになっています。とくに、「未来の自分は他者である」ということに気づかず、この広い世界のどこかに自分の適性にぴったり合ったたった一つの仕事があるはずと信じ込んだために苦境に陥った若者たちや、至上のものを求めてばかりで、現在のリソースで何とか折り合いをつけようとするブリコラージュの発想を持たない原理主義への批判などに、著者の基本的な発想のスタイルが明瞭に示されているように思います。 -
皮肉で付けられたであろうタイトルだけれど、こんな日本でよかったかもしれないと思ってしまった。
何年も前の文章であるのに、全く古く感じない。
知的な人間として生きたいな。 -
本書単行本の広告が新聞に出たとき、すぐ読みたくて書店で探しました。見つけて、立ち読みをしたのですが、これより先にまだ読んでいなかった「寝ながら学べる構造主義」の方を購入しました。それはそれで正解でした。そして、今回文庫になったのを見つけて即購入、ダラダラ読みました。おもしろい。けれど、いつものことながら、だれかに説明できるほど分かっているわけではない。それでも、いつの間にか読んだことが身体に染み込んで知らぬ間に自分の言葉として口から出てくるのではと信じています。振り返って、いくつか気になったところを。格差社会は拝金主義が生んだ。少子化問題は存在しない。コミュニケーション感度の向上を妨げる要因は「こだわり・プライド・被害妄想」。「正しいこと」は「いいこと」とは違う。男女雇用機会均等法の導入に財界が一言も文句を言わなかったのは自分たちに都合がよかったから。グローバル資本主義は行き着くところセックスを禁止する(あいだにもっと理屈がありますが)。「愛国心」という言葉は公共の場で語るべきではない。そして最後に、もうすでに私の身体に染み込んだ考え方。子どもたちに学びを動機づけたいと望むなら、教師自身が学ぶことへの動機を活性的な状態に維持していなければならない。もう一度肝に銘じよう。
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