私と黒澤明 複眼の映像 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2010年3月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (416ページ) / ISBN・EAN: 9784167773540

みんなの感想まとめ

共同脚本の重要性と、そのプロセスの魅力を深く探求した内容が印象的な一冊です。著者は、黒澤明監督と共に名作を生み出した脚本家であり、彼の経験を通じて、作品制作の過程や共同作業の価値を語ります。特に「複眼...

感想・レビュー・書評

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  • トップレベルの脚本家や映画監督の視点を垣間見れる作品だ。本書は黒澤明監督と共同で多くの名作を世に送り出した脚本家の橋本忍氏が書いた本だ。
    「複眼」というキーワードに惹かれて本書を手に取った。複眼についての説明が現れるのは以下の部分。
    「黒沢組の共同脚本とは、同一シーンを複数の人間がそれぞれの眼(複眼)で書き、それらを編集し、混声合唱の脚本を作り上げるーそれが黒沢作品の最大の特質なのである」
    想像していた「複眼の映像」ではなかったが、たしかに素晴らしい作品をつくるためには有効な手法だと思った。プロフェッショナルが集まって、分担して作品を作るのではなく、一つの箇所を同時にかつ別々に書いてみて、もっともよく書けているものを採用する。この方法は作品が完成するまでにかかる時間は増えるが、作品の品質は段違いに高くなりそうだ。また、同じ部分について他の脚本家が同時に書いた文章を見ることができ、お互いの文章を比較して、次回の執筆に活かすことができる。この比較による技術の向上効果が大きいように感じた。
    この手法は日々の仕事や小中学校での作文に活かすことができるように感じた。仕事で同じことに関する報告書を数人で書かせて、お互いの文章を読みあうことで、他人との違い、自分の欠点、もしくは優位性を把握することができそうだ。

  • 黒澤明作品を見る中で、脚本への強烈なこだわりを知った。
    脚本を書く、というか脚本家を巻き込んでホンを生もうとすること、さらにその手法を確立しようとすることが映画製作の一部であった、と。
    それを脚本家の側から書いたのが、この本。
    「ライター先行形」、「いきなり決定稿」なるほどなるほど。
    ネットで知っただけの「侍の一日」という未完作についても。

    で、面白いのはこの本の文体で、なかなかこってり味なのだ。
    なんでも1918年生2018年没の作者が、2006年に発表したもの。
    つまり80代後半。
    日記の習慣がないという人なのに、あの時あの場面で誰がどうしたかを明確に描いている。
    つまり多分盛ってる。
    だからこそ面白いし、だからこそ事実ベースの研究とはそぐわない。
    だいたい繰り返しが多いし。
    そもそも橋本忍の個性も強いし。
    ちょっと笑っちゃったのは、死にそうな人の病床にお見舞いに行って、半分説明半分恨み節なドストエフスキーばりの長広舌を繰り広げるところ。
    そんなんに付き合わされたら死ぬわ。
    また、伊丹万作の幽霊に語り掛けるところとか、もう作者半分向こう側じゃね。とか。

  • 『羅生門』『生きる』『七人の侍』など、黒澤明絶頂期の傑作を手がけた戦後を代表するシナリオ作家が、それらの作品の舞台裏を中心に綴った回顧録。

    この本は、ゴーストライターの手を借りずに本人が書いていると思う。ライターが介在すればもっとすっきりした文章になるはずだから。
    ゴツゴツした感触の悪文で、けっして読みやすくはない。プロデューサーを「プロジュウサー」と表記していたりして、言葉遣いもいかにも大正生まれらしい古臭さ。
    それでも、黒澤映画が好きな人間にはたまらなく面白い本。一気に読んでしまった。

    黒澤作品の多くは、黒澤と脚本家との「共同脚本」で作られた。それも、「同一シーンを複数の人間がそれぞれの眼(複眼)で書き、それらを編集し、混声合唱の質感の脚本を作り上げる」という、他に類を見ない形式であった。そこにこそ「黒澤作品の最大の特質」がある、と橋本は言う。

    「共同脚本」の数少ない当事者の1人である橋本が、『羅生門』『七人の侍』などの世界的名作の創造過程をつぶさに明かしたのが本書だ。そのプロセスには、優れた表現者同士が全身全霊でぶつかり合う“精神の死闘”の趣がある。

    随所にちりばめられた名作の舞台裏のエピソードも、興趣尽きない。
    たとえば『生きる』の場合、黒澤が「あと75日しか生きられない男」というテーマだけをまず提示し、そこから橋本が主人公像や物語の大枠を作っていったのだという。

     圧巻は、『七人の侍』をめぐるドラマ。あの映画の着想を得るまでに、黒澤・橋本コンビは企画を2本ボツにしたという。それも、企画書段階ではなく、ストーリーができあがってからのボツである。

    一本は『侍の一日』という脚本で、ストーリーのポイントとなる“主人公の侍が城で昼食をとる”という場面がネックとなって頓挫した。時代背景となる江戸初期に侍が昼食をとっていたことの確証が、どうしても得られなかったからだという。

    もう一本はその次に企画された『日本剣豪列伝』で、これは脚本第一稿が完成した段階でボツが決定。
    『七人の侍』は、2つのボツ企画を踏み台として生まれた。

    『日本剣豪列伝』をボツにすると決めたあとの雑談の中で、黒澤がポツリと言う。“全国を旅して回る武者修行の費用は、いったいどうやって捻出していたのかね?”と。
    橋本は、東宝文芸部員にその疑問の答えを調べさせる。

    旅籠などない時代、武者修行者は、手合わせした道場や近在の寺に食事や宿泊場所を提供してもらって旅をつづけたという。
    では、道場も寺もない土地に入りこんでしまったら? その場合、どこかの村へ入り、寝ずに夜盗の番をする代償に食事の提供を求めたのだという。

    《「百姓が侍を雇う?」
    「そうだよ」
     私は瞬間に黒澤さんを見た。黒澤さんも強い衝撃で私を見ている。二人は顔を見合わし――無意識に強く頷き合った。
    「出来たな」
     黒澤さんが低くズシリという。
    「出来ました」》

    これが、『七人の侍』の着想が生まれた、大げさに言えば歴史的瞬間である。このような“日本映画の歴史的瞬間”が、本書には数多く記録されている。

    本書は、黒澤明の核に肉薄した秀逸な作家論としても読める。橋本が脚本に携わっていない黒澤作品にも言及されているが、その分析は、黒澤絶頂期の伴走者ならではの鋭さをもったものだ。

    たとえば、『影武者』『乱』の2作を著者は失敗作と断じているが、失敗の内実を分析するその言葉は、橋本忍にしか書き得ないものである。
     
    映画に造詣の深い読者ほど楽しめる一冊だが、映画好きならずとも、全編に横溢する著者たちの“創作にかける情熱”に胸打たれるにちがいない。

    日本映画の巨匠の実像を明かしたノンフィクションというと、小津安二郎の助監督を務めた経験もある直木賞作家・高橋治が小津を描いた傑作『絢爛たる影絵』がある。
    本書は、文章こそ『絢爛たる影絵』に劣るものの、面白さと資料的価値では引けをとらない。映画ファン必読の書だ。

  • 橋本忍が、自身の脚本家人生を振り返り、作品の制作過程や黒澤明などの巨匠との出会い・別れを描いた自伝。
    以下2点を主に感じた。

    ①脚本作りにおいて重要なこと
    ・共同脚本の必要性と、ライター先行型といきなり決定稿のメリットデメリット
    ・脚本において特に重要な要素はテーマ、ストーリー、キャラクターの3つである
    ・小説は読み物、シナリオは設計書という全く別の種類のものである
    ・「余裕のある仕事からは何も生まれない。知力も体力も喪失し、性根も尽き果て、血反吐を吐くような状態で尚も書き続け、仕事を成し遂げた場合のみ、初めて体得しうる、物書きの自負と自信と力に似たものである」

    ②橋本忍と黒澤明の脚本作成の変化と、庵野監督との類似
    ・共同脚本:「同一シーンを複数の人間がかき(複眼)、それらを編集して混声合唱の質感の脚本を作り上げる。それが黒澤脚本の最大の特徴なのである。」
    ・「7人の侍」以降の、橋本忍と黒澤明それぞれの脚本作成における変化の仕方が異なる(橋本は本作によって脚本作りの段取りの重要性を知ったが、黒澤明は段取りを捨ててしまった)
    ・黒澤明と庵野秀明との類似を見た。庵野監督はシン・エヴァンゲリオンを作る際に絵コンテを作らずにさまざまなアングルからのプレビズを作った。またシン・仮面ライダーを撮影する際も、「殺陣が段取りになりすぎている」として0から殺陣のシーンを作り直しており、計画性ではなく偶発性に基づいて作品を作ったという。 これは七人の侍以降の黒澤明の脚本作りにおける姿勢である「いきなり決定稿」、つまり事前準備を避ける姿勢と類似していると感じた。

  • まず黒澤作品を見ること。
    脚本を書くということは才能だ。けれど他の才能もある。あがいてあがいて、その末に、その、才能の無意識が成せる業。
    もし私が人を書きたいのであれば、カメラを据えて意味のある顔を探し、観察し尽くす。形に拘らず書き出すこと。しかし、私には続け、終わらせることこそが次に進むための鍵なのだ。

    橋本さんは共同脚本を念願にしている。同時競作。それこそがストーリーを複眼でとらえる画期的な手段だと。
    映画のために。

  • こうして数々の名作が生まれてきたのか。
    話の構成を考えるにあたっての組み立て方や考え方が順を追って記載されており、とても分かりやすく、勉強になりました。

    #2026 #20

  • 黒澤明監督作品で橋本忍が脚本に関わったものでは、
    『生きる』『七人の侍』『蜘蛛巣城』『隠し砦の三悪人』『悪い奴ほどよく眠る』を
    橋本忍が脚本に関わっていない黒澤作品は
    『野良犬』『天国と地獄』『用心棒』、
    黒澤作品ではない橋本忍脚本は
    『砂の器』『八甲田山』
    を見たことがあります。

    その中では、『悪い奴ほどよく眠る』と『天国と地獄』が好きで、
    黒澤映画の現代劇が好きなのかなーと思ってました。
    製作年をはっきり把握しておらず、『生きる』は後期のものと思い込んでおりました。

    どうやってあの名作映画の脚本を作り上げているのか興味がありましたが、
    想像しないものでした。そもそも脚本作りについて全く知らないので意外も何もないかもですが…。

    近現代の小説家なんかが宿に泊まっていたのは耳にしたことありますが、本当に宿に止まって書き上げるんだー…。
    定刻できっちり仕事するところにも驚きました。

    共同脚本の初期の小國さんの司令塔のような働きぶりは驚き、最初はそのすごさを理解できなかったのですが、全体を見渡せる人のいる重要性がだんだんわかりました。またそのプレッシャーも。
    がむしゃらに書いて、豪腕でまとめる方がそれはそれで楽なのですかね。

    脚本の仕事でも映像製作でもないですが、先にテーマをしっかり決めてぶれずにやりきるとか、豪腕で突き進んでも難しいとか、はっきりとは自分でも掴めないのですがどこか一般の仕事でも教訓にできそうな匂いを嗅ぎ取りました。

  • 半世紀も前、パリのシネマテークで何の予備知識もなく蜘蛛の巣城を観た時、二十歳の自分は初めて日本人であることの誇りや嬉しさを感じた。
    橋本忍さんは黒澤明の影に隠れているが世界の映画史上最高の仕事を残した人だとこの本を読んで初めて知った。感謝。

  • 菊島隆三、小國英雄と並んで黒澤明の全盛期を支えた脚本家、橋本忍の自伝。
    伊丹万作に師事した後、黒澤明と出会い、『羅生門』が生まれるまで。またその後『七人の侍』の地獄のような脚本製作の話、また天才監督の野村芳太郎との出会いなど、日本映画の黄金時代を支えた人たちの驚くような話の数々に舌を巻く。

    国立フィルムアーカイブから出ている『脚本家 黒澤明』展、『羅生門』展の図録なんかと合わせて読むと、より黒澤明、橋本忍、そしてその周りの人たちのスゴさが理解できるかな、と。

  • 傷痍軍人療養所のベットに横たわる著者が偶然手にした一篇のシナリオ。伊丹万作に師事、黒澤明との共作「羅生門」で脚本家デビューした著者が、初めて明かす創作秘話。黒澤映画の貴重な一次資料にして、日本映画界を支えた名脚本家の感動の自伝。(親本は2006年刊、2010年文庫化)
    ・プロローグ
    ・第一章 「羅生門」の生誕
    ・第二章 黒澤明という男
    ・第三章 共同脚本の光と影
    ・第四章 橋本プロと黒澤さん
    ・第五章 黒澤さんのその後
    ・エピローグ

    副題に私と黒澤明とあるとおり、その話がメインである。数々の名作がどの様に作られたのか、読んでいてとても面白い。読了後に、本当にノンフィクションだろうかと疑ってしまうくらい面白い。
    黒澤映画は、脚本が「共同脚本」から「いきなり決定稿」へと変わることにより、迷走を続ける。日本映画界も斜陽を迎える。天才ゆえの悲劇が感じられた。

  • (01)
    日本の著名な映画監督である黒澤明について(*02)の本である.特異な点としては,黒澤が手掛けた映画の頂点をなすとされる「羅生門」や「七人の侍」など1950年代の作品の脚本を共同執筆した著者が,自らの半生を回想した自伝とともに黒澤の方法を証言し,批評している点にある.
    脚本の方法論としては,共同脚本という方法に焦点が絞られている.数人で缶詰になり,脚本を推敲しつつ仕上げていく困難な方法が映画の設計図として有効であることを著者は主張する.なかでも,「いきなり決定稿」に取りかかるのではなく,推敲や手戻りも多い「ライター先行形」が最上の方法であり,50年代の名作もこの方法に拠っていたと後知恵として語る.
    脚本の方法論としても,興味深く読むことができるが,映画監督の黒澤がもっていた脚本家としての一面を窺い知るとともに,黒澤という不気味な存在も本書には浮かび上がっている.

    (02)
    とはいえ,本書に登場する映画人はもちろん黒澤明だけではない.
    著者が師と仰ぐ伊丹万作をはじめ,ともに共同脚本をなした小國英雄や菊島隆三,黒澤の助監督で経験を積み,のちに監督となっていった野村芳太郎,森谷司郎のほか,東宝の面々などが登場し,映画という共同作業や,映画界というワークがどのようなものであるかを把握する手がかりにもなっている.

  • 「生きる」「七人の侍」「八甲田山」砂の器」。予備知識なく見て面白かった映画はみな橋本忍さんの脚本だったのだな。

  • 脚本という企画。

    それは、監督という相手あってのもの。

    この共同関係と対立関係が、作品に緊張を生む。

  • 黒沢映画のウラガ〇ンダーランドがここに! この一冊があれば、黒沢映画の見え方が変わってくる!かも。

  • 文 庫 778.21||H

  • 物心ついてからの黒澤明作品といえば「影武者」であり「乱」だった。巨匠の作品は私にはどうもわからないようだと何十年も彼の作品を見ることはなかったが、たまたま映画館でみたデジタルリマスター版の「七人の侍」に度肝を抜かれた。このあまりに鮮烈な作品のことが知りたくて本書を手に取った。戦いにも似た共同脚本という形式を初めて知った。橋本氏は黒澤明は職人から芸術家になったという。80年代の作品がどうにも理解できず重苦しさだけが残った理由が分かったような気がした。「夢」を観てみようと思う。

  • 日本を代表する映画脚本家橋本忍の自伝。
    さすが脚本家といわずにおれない、構成のうまさ、状況描写の完結さ、台詞の練度!

    自伝ながら、客観性も感じられ、まさに複眼の目にふさわしい一冊。

    脚本志望者、創作志望者には、特に、デビュー前から羅生門までのくだりに大いに刺激をうけるのではないか。

    橋本忍だって、はじめは会社員(しかも役職付き)であったことは、仕事と創作の二足の草鞋の参考になるのでは。

  • 映画で重要なことは何か。脚本はどういう役割でどう作られるべきなのか。その答えが書かれている。まさしく、ある時期までの黒澤映画は「複眼の映像」なのだ、ということがこの本の”テーマ”だ。
    脚本家として出発したこの人らしく、この本の書かれ方もとても脚本的。たとえば、感情を直接描かず、風景や画面、もしくは行動や仕草で示している。
    映画をそれなりに深く楽しみたい人にはとても示唆に富む一書。

  • 物書き、特に脚本家は一読すべし本。

  • とても興味深い本です。面白かった!
    橋本忍といえば、映画ファンなら誰もがその名を知る脚本家です。手がけた作品がすごいラインナップ。
    「七人の侍」
    「羅生門」
    「砂の器」
    「日本の一番長い日」
    「八甲田山」
    「切腹」
    これらはすべて橋本忍が関わった作品です。
    本書では、橋本忍の自伝と黒澤明との仕事や思い出を綴っています。著者はまだご存命なので、ぜひ他の仕事についても語ってほしいです。
    著者の脚本家になるきっかけ、黒澤明のもと、共同脚本の作業はどういったものなのか、原作をどのように映画脚本にするのか、そんなエピソードがたくさん。
    読む前に、「羅生門」「七人の侍」「生きる」ぐらいみておいた方がいいとは思います。

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著者プロフィール

(はしもと しのぶ 1918年生)
脚本家、映画監督。1949年、黒澤明との共同脚本『羅生門』で脚本家デビュー。その他の代表作として、『ゼロの焦点』『白い巨塔』などがあり、また自ら手がけた脚本『私は貝になりたい』を監督し好評を得る。映画製作者としても『砂の器』『八甲田山』など大ヒットを飛ばし、精力的に活動した。

「2012年 『黒澤明脚本集『七人の侍』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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