- Amazon.co.jp ・本 (164ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167786021
作品紹介・あらすじ
中国の小さな村に生まれた梁浩遠と謝志強。大志を抱いて大学に進学した2人を天安門事件が待ち受ける-。"我愛中国"を合言葉に中国の民主化を志す学生たちの苦悩と挫折の日々。北京五輪前夜までの等身大の中国人を描ききった、芥川賞受賞作の白眉。日本語を母語としない作家として初めて芥川賞を受賞した著者の代表作。
感想・レビュー・書評
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浩遠と親友の志強は、希望に満ち学問に打ち込んでいた大学生活から民主化運動にのめり込んでいき、傷害罪で退学処分となる。
夢見ていた未来とは違う道を模索しながら生きていく日々が描かれている。
エネルギーを持て余した若者が熱に浮かされて突っ走ってしまったようで、せつない。
彼らを突き動かした「祖国への愛」に危ういものを感じてしまう。
民主化運動からうまく抜け出した者もいる中で、挫折を引きずり、民主化運動の夢を持ち続けて生きる浩遠の苦悩が伝わる。
浩遠が家庭を持ち守るべきものができた時と、学生時代の熱に浮かされていた時との対比が、大人になっていく重さとして伝わってくる。
その時々の心情を朝の情景の美しさの中に描かれている。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
第139回芥川賞受賞作品(2008年)。
1988年の中国民主化運動に参加した主人公・浩遠と相棒の志強が辿った高揚と挫折と再生の物語。
学生として参加した民主化運動と結果としての天安門事件。そして、全てが無に帰してもなおこだわり続ける民主化への想いに反して、経済大国化への道へ舵を切った中国。見切りをつけて生活に商売にいそしむ人々が増える中、家族と生活を維持していかなければならなくなった主人公・浩遠の葛藤もここにはじまる。
表現の技巧には多少のぎこちなさを感じるが、広大な大地と清々しい朝の景色の描写は読者にリアルな自然美を感じさせてくれる。
主人公たちの転機となった場面にはもう少し膨らみが欲しいところだが、逆に中編ならではの物語進行のテンポの良さがあって、時が経つにつれての主人公・浩遠の言いようのない桎梏がストレートに伝わってくる感覚はなかなか良かった。
また、「音」の感覚が十二分に取り入れられていて、早朝に湖へ向けての叫びや、宿舎でこっそり聴いたテレサ・テンの歌など、学生ならではの雰囲気を思い出させてくれるような感覚にも魅せられた。それに、効果的に挿入される中国詩などもぐっと心に迫ってくるが、なによりも中盤以降に繰り返されるBGMであり、主人公再生のキーワードでもあった尾崎豊の「I LOVE YOU」は作品全体のテーマ曲としてとても似合っていたのではないか。
ともすればベタな青春物語になりがちなのを、中国の「あの時代」に生き、そして挫折していった「一般の人」をテーマにしたことで、とっくに現代日本人が忘れ去った(物語中の日本人課長のスタンスでもある)政治の理想と現実生活の狭間でもがき苦しむ有り様を、逆に新鮮な空気感で届けてくれたといえるだろう。
折しも香港では民主的選挙制度導入を要求した学生デモが続いているが、中国政府の力の発動が繰り返されないよう祈るばかりである。 -
2008年の刊行、中国籍者初の芥川賞受賞作とのこと。楊 逸(ヤン イー)氏の作品で、地方から晴れの著名大学に受かった若者たちが政治活動の末に退学を余儀なくされて、各自がばらばらな道を歩む青春群像が語られている。テレサテンや尾崎豊が出てくるなど時代も反映されて、本来は感情移入できる題材だと思うけど、いかんせん言葉の壁で十分に伝わってこないもどかしい出来上がりになっていて勿体ないなぁという印象。ともあれ、日本は外国人には暮らし難い国であることは この作品からもよ〜く伝わってきました。
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日本語を母語としない作家で初めての芥川賞受賞作。89年天安門事件前夜から2008年北京五輪前夜まで。大志を抱いて大学に進学した「二狼」の物語。
作者はまだ文化大革命の残滓に成長した青年だった。「あとがき」では「革命しないとは、すなわち反革命である。反革命は死刑になるほどの罪だ。そんなロジックを元に、与えられた選択肢は常に「赤」か「黒」かの両極端のものだった」という田舎で育った人だった。だからこそ、「民主」(選挙による政府)は、総てをばら色に変える合言葉だったのだろう。
「大学の寮の中でこっそりテレサ・テンの歌を聴いた経験や、尾崎豊の名曲「I love you」から受けた衝撃などは、むしろ私自身の体験に基づいたものだといえよう。」
アメリカをバラ色の国ととらえ、日本を自由な国だという中国青年たちの「普通さ」を20年たってやっと私たちは文学として読むことが出来る。
矛盾の中で世界史は動いている。もちろん、俯瞰の目で見ることは必要だ。けれども、それだけでは世界は見えない。
日本はこれから曲がり角を曲がる。曲がらなければならない。
「赤」も「黒」も選ぶことの出来ない「普通」の庶民にとって、中国の経験は他山の石ではないだろう。 -
天安門事件前後のお話。自分も生きていた時代の歴史なので、登場人物や時代背景を自らの若いころと照らし合わせながら読むことができた。作者の母語が日本語ではないということだが、不自然さはなく、情景を思い浮かべることができた。中国の歴史に興味がないと読みにくいかも。
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日本に亡命、在住し芥川賞を獲得した中国生まれの著者による1989年の天安門事件を背景とした青春物語。地方都市の大学1年で主人公の梁浩遠と親友・謝志強は若手のキラキラ輝く甘凌洲教授の指導のもと、愛国心に燃えて民主化運動に参加した。白英露という積極的な女子学生にも出会う。しかし、民主化の期待は裏切られ、予想外に弾圧され、失意のうちに大学を去る。そして主人公は日本へ。中国に残る家族や友人志強と離れ、甘教授や英露は消息不明に。しかし海外亡命した人たちの行き先が分かるというネットワークの凄さに驚き。亡命先のフランスから日本を訪れる甘教授や英露との再会、そして中国へ向かう飛行機を見送るラストは爽やか!テレサテンや尾崎豊の音楽に衝撃的に出会う浩遠と志強たちは当時の中国の若者たちの姿そのものだと思った。
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読書開始日:2021年10月5日
読書終了日:2021年10月7日
所感
読みやすく、かつ面白く、好きな作品。
大学生活とその後の生活で大きく2つに分かれる。
学生運動や中国の政治について無知な自分にとって、勉強になることばかりであった。
学生時代を思い返すと、「血より濃いもので、まるで火を噴く油」のような想いが湧き上がる経験はなんどかしたことがある。
危うい野生の感情。
そこに大義が交わることで、自分の思想を過信し大きな事件を引き起こした。
自分も熱中したことが収まる範疇だっただけで、主人公と同じ大義をもったらおなじ行動をしていたかもしれない。
主人公が日本に移ってからも面白い。
主人公も、主人公のまわりにもずっとつきまとうのはいつだって、国への愛か、手に届く範囲への愛か、その是非。
このバランスをうまく取れる人はおよそいないと思う。
ラストシーンに、主人公のこれまでことへの折り合いがこれでもかと詰め込まれている。
かなり好きな作品。
たまの表現がかなりかっこいい。
好きな文をひとつ。
この拝観社会に生きる人間には理解できない狼の孤独
根拠地
苦労によって刻まれた目尻の皺一本一本に、洗い落とせないほど黒ずんで溜まった時の色
怒髪天を衝く
有人が増えるとまた新しい世界もひとつ増えていく
労働改造
愛やら何やらの、腐敗した資本主義の情調に危うく腐食される
胸に沸いているのが、血より濃いもので、まるで火を噴く油
でも好きになる権利くらいあるよ
目には野生が光った
秒を数え、狭い窓から漏れる光で時間を憶測してすごす日々である。
刃物の様な隙間風をつまみに
苦渋ばかり舐めてきた浩遠は、初めて心の底からほんのりとした甘みを味わうことができた
梅はなんにも言わずにっこりとかよわそうにわらった
餃子をお腹にいれたければ、まずその不満を出さないことには爆発してしまう。
ビザ日本優遇
革命家は孤独
お腹いっぱいに食べさせるってことは大変なことだ
土地を失って支援金や寄付金などで生きる詩人には閃きも、何も生まれない
この拝観社会に生きる人間には理解できない狼の孤独
妻と息子も顧みることができない、そんな人が国を愛せるだろうか。
じゃ、たっくんのふるさとは日本だね
もう帰りましょうか。 -
わあ青春小説だあ、と。
愛と革命と青春が満載の物語。
簡単なあらすじは、中国人青年の主人公が苦学して大学に入り学生生活を謳歌するが時代は89年民主化運動(天安門事件)。運動に巻き込まれ逮捕、退学。流れに流れて日本に来て異国の地で生活を始める。中国人青年の遍歴を漢字を多用した日本語で描いた内容。
内容は単線で構成も単純だが、青年が故郷を出て恋して勉強して革命に燃え挫折し異国の地で艱難辛苦働いて、という一昔前の日本が信じることができた大きな物語というものをストーリーにした青春小説の王道のような話だった。おそらく日本ではもう書かれない(書くことができない)小説だと思うし読んでいる側も感応し難いだろう。
なにより、ごつごつした漢字多用の文体とリズムが内容と相俟って小説を重厚感溢れるものにしている。
漢字文化圏の日本語を母語としない中国出身の人が日本語で小説を書くとこんな文章を紡ぐのかとおもしろい発見だった。 -
日中国交正常化を経て、徐々に言論の自由が容認されるやに思われた中国で起こった天安門事件。それを当時の学生の視点で描く小説とあって期待したが、あまりに時の経過が駆け足過ぎる。むやみに成功譚としない主義なのかもしれないけれど、これじゃあ物足りない。