日本の路地を旅する (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 460
レビュー : 49
  • Amazon.co.jp ・本 (383ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167801960

作品紹介・あらすじ

中上健次はそこを「路地」と呼んだ。「路地」とは被差別部落のことである。自らの出身地である大阪・更池を出発点に、日本の「路地」を訪ね歩くその旅は、いつしか、少女に対して恥ずべき犯罪を犯して沖縄に流れていった実兄との幼き日の切ない思い出を確認する旅に。大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 「路地」とは作家中上健次氏のいう「被差別部落」である。東日本に居ると実感が持ちにくいが、部落問題は東洋のカーストと称され差別が遺恨とその後の特権を生んだ、戦後社会に蔦のように絡み付く問題であった。昨今、世代交代が進み良くも悪くも風化しつつある路地を筆者は巡る。筆者自身が「路地」である更池出身であり、旅情気分で淡々と路地を訪問しているようで神経を抉り取られるような思いで自らのルーツに向き合っていることが読み取れる。

    『血縁』の章は綺麗事一切なしの剝き出しの現実がそこにあり哀しさと美しさが残る。敗残者として南西へ逃避していった兄と向き合ったとき、現実は劇的な事など起こりようもなく無味乾燥で酷薄なものなのであろう。客観を保つことが難しい自身の深淵な傷を眺める、ドキュメンタリーの何たるかがこの章に込められている。

    おまけで西村氏のあとがきがなかなか面白い。

  • この本は、かなり、面白かった。昔から部落問題が言われていたが、それらが、日本の地方の暮らしに深くかかわっていて、今は、平穏に見えるかその土地も身分、家、部落などのしがらみの中で、生活してきたとわかり、今の寂れた地方の底流にあるものが見えた気がした。しかし、その場所を本から特定して、地図で、確認したいと思っても、取材される側に遠慮をしているのか、不正確にしか書かれていないので、場所が特定できない場合が多かった。また、見方が若干、被差別再度よりと思える部分も感じた部分もあった。犯罪者、犯罪に関する部分などが、個人的にそのように感じた部分も一部あったように思った。後は、訪ねて行ったが、いなかったときに、引っ越し先に行って、その話を聞くなど、もう少し、掘り下げてもらいたい部分もあったが、あの的ヶ浜にある旅館に長期滞在している中年女性の話、この旅館の様子などの記述は、素晴らしかった。また、路地を訪ねて旅をするうちに、日本の地方の古い、裏のことを探っているようで、面白かった。また、もう少ししたら、路地、部落のことも、わからなくなると思うので、記録を残す意味でも、いい本と思いました。面白かったです。夢中で、読みました。

  • 上原善広氏の「日本の路地を旅する」(2012.6)を読みました。東京下町路地裏散歩が好きな私は、その延長の本と思って図書館で借りましたが、全く違った本でした。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品です。被差別部落のことを「路地」というそうで、最初にそう呼んだ人は作家の中上健次氏だそうです。全国に路地は6000以上あるそうですが、著者は13年かけて500以上の路地を巡り歩き、この作品を刊行されたそうです。路地の哀しみと苦悩、路地の過去と現在を描いた作品です。

  • 被差別部落問題ってなんとなくずっと心に引っかかっている。ふつうに学校の授業を受けている時間だけではこの言葉に出会ってこなかったと思う(ってもちろん私が聞いてなかっただけかもしれないけど)。それでもこれを知っているのは、高校の学校行事で行った広島旅行で、被差別部落を訪問するというコースを選択したからだ。今よりもっともっと世間知らずだった私、「どんな特殊な地域なんだろう?」という好奇心もあって選択したわけだが、行ってみると拍子抜けというか、とても普通だった。ますます、なにがどうしてなぜ差別をされているのかわからなかった。それから大学の研究旅行の中でも、三味線作りの見学に行ったとき、「皮を扱う職業は、アレなんで、デリケートな方もいらっしゃるんで、写真撮影はダメです」とだけ言われて、今思えばそこをアレで済ませて研究旅行としてよいのか疑問、という感じで帰って来た。結局なんなん?という気持ちがずっとある。

    で、こういう本を読んでみて、全てが氷解!というわけではもちろんないのですが、「で、フラットに、当事者の人はいまどんなふうに過ごしているの?」という疑問に答えてくれる良書でした。全国の被差別部落(著者はそれを路地と呼んでいますが)を取材して歩く著者の原動力が、(どちらかに偏らざるを得ない)熱い正義感、とかではなく、ご自分のルーツ探しのようなところがあって、それゆえの謙虚さというか、時には立ち入り過ぎたことは聞けず収穫少なく帰ってくることもある、まんじり、みたいな余韻も、誠実でいいなあと思いました。ルポルタージュというものをそうそう読みつけていないので、取材する者の腕としての良し悪しはわかりませんが、自分は別次元の人間だーみたいに勘違いしてガツガツえぐり取っていくような悪いイメージが、ルポライターってあったので(ごめんなさい)、知りたいことは知れたけど自分も悪いことをしたような不快感ばかりが残るようだったらどうしよう、という不安は、杞憂に終わりました。
    最近、美味しいなあと思っているかすうどんが、著者によると屠殺を生業にしていた路地の料理だそうで、びっくりした。屠殺、三味線作り、芸人さん、出産の時に出る胎盤の処理、、、などなどの職業が路地とは関わりが深いようだが、どれもこれも自分だってお世話になっている大事な仕事だというのに、なぜ人は差別するのでしょうね。かすうどんは美味しいし。やっぱり理解できないなー、そう思う反面、自分はそういう謎の差別をしていない/しないと言い切れるのか?胸に手を当てて考えてみる。そういう時間をくれる本でした。

    • chapopoさん
      私も部落問題は中学か高校の時からずっと気になっていて、何故そのような差別が発生したのか、その人たちが差別されるに至った理由が何かあるのかお知...
      私も部落問題は中学か高校の時からずっと気になっていて、何故そのような差別が発生したのか、その人たちが差別されるに至った理由が何かあるのかお知りたかった。
      お父さんが若い頃仕事で被差別の人たちと交流があったと聞いていたので、質問したことがある。
      大した理由なんて無いだろう、というような趣旨の返事だった。
      結局謎は謎のまま。
      『狭山裁判』っていう本が私の本棚にあるが、あれも部落問題が根底に有るのよね。
      ユダヤ教にしてもそうだけど、私は根っこの部分が知りたくて、いろいろ読んだけど、はっきり分からない。
      多分、きっと、大した理由なんて無い、のだろうと、最近は思っている。人間は弱い生き物だから、自分より弱い対象が欲しかっただけなのかも知れない。だからそれは誰でもよくて、たまたま、その時隣に居た人、くらいの理由かもしれない。その本読んでみようっと。
      2013/07/13
    • akikobbさん
      そうねえ、なるほど!というような理由なんてないんだろうねえ。
      覚えてたら本持ってく。
      そうねえ、なるほど!というような理由なんてないんだろうねえ。
      覚えてたら本持ってく。
      2013/07/15
  • 幕末に孝明天皇は何故、「開国」を断固として拒んだのか?歴史と食文化の現状に無知な公家たちは「肉食」が穢らわしい、異人自体も穢らわしいとしか思えなかったのだろう(伊沢元彦『逆説の日本史』)。新鮮な食肉を求める外国船の要求に松前藩は箱館に穢多の者を呼びよせ対処することにした。第2章、最北の路地。皮が太鼓作りに使用される。ねぶたの太鼓は馬が良い。(そういえばゲーム『花と蛇』の主人公は川田といった)。肉を扱う者が差別されるのは日本だけ。著者のルーツ大阪は第1章。自らの出自を誇るというスタンスで日本各地の人と交流

  • 地方を含め様々な同和地区を探索したエッセイ。
    同和地区の成立ちや文化等無知な部分多かったため、非常に興味深く面白く読めた。

  • 自分探訪の旅 出身者でなくても共感できる

  • (01)
    現代の日本の風景を考える上で,本書に現わされた内容は興味深い.
    歩いていると,不思議な風景に出会うことがある.不思議さとして直観されるその風景には事情がある.その事情の一脈を「路地」として解きほぐしている.
    文庫版解説の西村氏が氏らしく「知らなかった」と告白しているように,私も路地という呼称のこのような用法を知らなかった.中世都市に起源があるとされる狭い街路を指示する路地を考える上でも,この命名が再考を促す問題の範囲は,ことのほか広い.
    「部落」という用語は,今でも地方に残るが,それは国土にある人の住む場所場所のおおよそ全てを含んでいた.「路地」についても同じことがいえ,それは近代日本になされた都市的な集住地のほぼすべてを網羅していたともいえる.その意味で,「日本の路地」は,ほとんど「日本の都市」(*02)と言い換えて,本書を読んでもよいだろう.

    (02)
    本書には,差別がその内部で階層化されている様子も描いている.エタと非人の関係もそうであるし,上下という路地内路地であるとか,職業間や路地間での競合的対立的な構造は,階層化される傾向にある.
    この問題を敷衍し,帰納したときに得られる仮説は,すべての日本人や日本人が住む地域は,程度の強弱はあれ,何者かによって差別されていた/いるということである.逆にいえば,この階層化を駆け上ろうという欲望や衝動が近代の都市化に具体的な関わりをもっている.
    本書では,具体的な字名クラスの地名を避けているが,それでも本書に現われる地名の多くは,列島的な広がりで派生されるほどの重要な要素を含んでる.
    その点でも,本書には,路地だけでなく,路地外をも囲いこむ示唆が盛り込まれている.

  • 私が通っていた小学校には同和地区がなかったため、被差別部落という言葉すら知りませんでした。中学生になったとき、1学年に10人はいるかいないかの割合で、英数国の主要3教科の授業だけ別室で受ける生徒がいる。促進学級と呼ばれるそのクラスでは、被差別部落出身の生徒が先生と1対1で授業を受けていました。親が十分な教育を受けられなかった影響が子どもにも及び、いわゆる勉強のできない子どもたちの遅れを取り戻すいう理由で。

    路地とは、被差別部落出身の作家・中上健次が部落を表現するために用いた言葉。本書の著者もやはり大阪の被差別部落出身で、日本中の路地を巡る旅を続けています。

    保育園に行くのが嫌で路地から脱走を試みたりする幼少時代の話には笑みもこぼれますが、その先は当たり前のことながら重い。性犯罪を起こして逃亡した実兄についても隠すことなく書く著者。路地出身だということを堕落の免罪符にしたくないという意志が見て取れます。著者自身は差別を受けたことがないというものの、「生まれた環境は選べないのだから、それを嘆くよりもどう生きていくかが重要。どんな地域や社会的階層の生まれであろうと、その人の可能性を信じるしかない」、この言葉が路地出身でない者から発せられたら、何もわかっちゃいないくせにとなるでしょう。淡々と書かれているだけに、心を揺るがす本。

  • 知らない世界でどんなことなのかを知りたかった。都会に住んでいると分からない世界だけど、小さな世界ではとても大きな根強い問題なのだと思う。

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著者プロフィール

1973年、大阪府生まれ。ノンフィクション作家。大阪体育大学卒業。著書に、『日本の路地を旅する』(文藝春秋)、『私家版差別語辞典』(新潮選書)、『異形の日本人』『被差別の食卓』(新潮新書)など。

「2018年 『辺境の路地へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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