茗荷谷の猫 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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本棚登録 : 674
感想 : 102
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167820015

作品紹介・あらすじ

茗荷谷の一軒家で絵を描きあぐねる文枝。庭の物置には猫の親子が棲みついた。摩訶不思議な表題作はじめ、染井吉野を造った植木職人の悲話「染井の桜」、世にも稀なる効能を持つ黒焼を生み出さんとする若者の呻吟「黒焼道話」など、幕末から昭和にかけ、各々の生を燃焼させた名もなき人々の痕跡を掬う名篇9作。

感想・レビュー・書評

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  • 幕末から昭和30年代にかけて東京に暮らした市井の人達の短編集。前の話で登場した人達の影がちらつくゆるい連作が良い。表題作『茗荷谷の猫』やっぱり百閒だったかの『仲ノ町の大入道』苦難?のモテ男の『隠れる』と映画館支配人と映画好きの若者の短くも深い交流が描かれる『庄助さん』が好み。

  • 江戸時代から昭和にかけて、地名で言えば現在の文京区台東区豊島区当たりの市井の人々を書いた連作短編。それぞれの短編には地名が振られている。

    それぞれの短編の主人公たちは自分にとっての”何か”を見つけて、それが執着に出たりしている。

     武士の身分を捨て新たな桜の品種の掛け合わせに没頭する植木職人と妻とのすれ違い/「染井の桜」

     気鬱の人を幸せな気分にする黒焼きの研究のために隠遁する男/「黒焼道話」

     夫との死別の後、自分も絵も変わった女性と彼女の家に住みついた猫の家族とそして別の何か/「茗荷谷の猫」

     東京に出てきたばかりの男が関わることになった奇人の作家/「中之町の大入道」

     人と関わりたくないということに全神経を使い、断ることさえ面倒臭がるためにどんどん苦境に陥る男/「隠れる」

     浪曲への道を諦めた映画館支配人と、映画監督への夢への輝きに満ちた青年と、戦争/「庄助さん」

     戦争を生き延びたが、家族を失い闇市で生きる男たちの話/「ぽけっとの、深く」

     上京した娘が、憧れだった母との再会で生じた違和感/「てのひら」

     憧れの家での生活を夢想する男の日常/「スペインタイルの家」

    登場人物たちは直接の知り合いではないが、前の話の人物が次の話で「その後」が語られたり、人はそれぞれの人生を生きていると感じさせられる。

    しかしどうもすっきりしないところもある。
    こういう「登場人物は知らないけれど、読者(または視聴者)には示される真実」の書き方にしては、すべてが明らかになるわけでなく、謎のままだったり想像のしようも無かったりというところも。
    さらにどうもすっきりしないのは、登場人物たちが悩みや孤独がコミュニケーションの薄さのせいで起こっていることか。
    きっと分かっているだろうと思って言わない、言っても分からないだろうと言わない、こういうことを言ったら嫌がるだろうと言わない、察してほしいから言わない…これで結局孤独に陥り、読者にだけ心が示されてもちょっとすっきりしない。

  • フォローしている方の本棚にあって、借りてきました。
    読んでよかったと、読書が趣味でよかったと(読書好きというほど読めてませんが)思える本です。
    (すごく好みです。これ、買います。)
    自分の本の好みと似ている方をブクログでフォローして、そこからお気に入りの本と出会える、
    まさにブクログの醍醐味ですよね。

    巻末の解説もいい。うんうんと頷くんだけど、この解説だけじゃない、もっと違う受け取りかたもできる。
    短編連作。
    「染井の桜」を読んで、次々と短編を読み続けて、「ぽけっとの、深く」を読んだ後にもう一度「染井の桜」を読むと、妻の突き刺すような一言が、違う意味にも聞こえたりします。
    20代の私が読んだら、全く見向きもしなかったかもしれない本。
    逆に、10年後の私が読んだら、また違う窓を開くように、違う情景がのぞけるかもしれない本。
    「てのひら」では涙が出ました。「スペインタイルの家」はこの短編の中で、私の一番。
    でも、どの短編も素晴らしいし、愛しいです。

  • 都内のいくつかの地名をタイトルに、江戸から昭和にかけてそこに住んでいた人の暮らしを描いた短編集。

    明るい結末の話がないなが残念だが、それが現実というものなのか。

    中でも印象に残ったのは、2編。
    浅草の演劇場で働く"庄助さん"では、映画を作るとヤル気満々だった青年が、ある日赤紙を受け取り、夢を諦めて兵隊になる、という時代に翻弄される様子を描いている。
    池之端の"てのひら"は、上京してきた母を東京見物に連れていく娘が、やたらと遠慮する母に苛立ちを覚え、ついには直接心ない言葉を言って自己嫌悪に陥る話で、なんだか身につまされてしまった。

  • 美しい文章が近代小説風の書きぶりの中から香り立ちます。読み進めると、連作のように話がつながり驚きました。ここに出てくるのは名もない市井の人々ですが、その来し方は地層のようにその土地に積み重なっていくのですね。一編一編の完成度が高く、珠玉のような名作です。作家が表現者であることに改めて気づかされる、小説らしい小説に出会えました。

  • 東京を舞台に、江戸後期から昭和(東京オリンピック直前)まで、それぞれの時代を生きた市井の人々を描いた9つの短篇。各話は、連作というほどではないがどことなく繋がっていて、全体を通じて、大きな時の流れを感じさせる作品群になっている。

    「染井の桜井――巣鴨染井」は染井吉野を作り出した無垢で無欲な職人、徳造とその妻の話。偉業を成し遂げたのに後世に名を残そうとしないなんて物悲しい。

    「黒焼道話――品川」は、伝統的な生薬(蝦蟇蛙や蝮、百足の黒焼)の効能に取りつかれた春造の話。文明開化に取り残された男の哀れ。難解だった歴史と

    「茗荷谷の猫――茗荷谷町」は、風流な小棲家を舞台とした、未亡人画家の文枝と画商モドキ緒方の交流。軒下には野良猫と謎の鳥(は)が棲みつく。事故死した(?)文枝の夫の心情が??

    「仲之町大入道――市谷仲之町」は、上京間もない若者(松原)が、大家の依頼でふてぶてしい文士(内田百閒)から借金を取り立てようとする話。松原排除東京ずれしていく。

    「隠れる――本郷菊坂」は、親の遺産を使って世間から隠棲したい耕吉が、茗荷谷に隠れ家(元文枝の棲家、猫付き)を見つけるが、本人が拒めば拒むほどご近所から介入されてしまう悲喜劇。「居職」(いじょく)という言葉、知らなかった。いい言葉だな。

    「庄助さん――浅草」は、開戦直前、浅草の映画館でバイトする学生("庄助さんは" 渾名)が映画制作の夢を語る、悲しい話。支配人は、何と文枝の元夫。失踪していたことが明らかに。

    「ぽけっとの、深く――池袋」は、終戦直後の混乱期、生き残った若者(タッちゃん、俊男)が靴磨きで糊口を凌ぐ話。タッちゃんは戦死した "庄助さん" と戦友。染井吉野の作製者を証明する古文書も登場。

    「てのひら」は、高度成長期、共稼ぎのサラリーマン夫婦 を訪ねて上京した母親を妻(娘)が東京見物に連れ出す話。古き良き田舎暮らしを失った喪失観が物悲しい。耕吉が近所の若奥さん(糸蚯蚓夫人)と駆け落ちしたことが明かされる。悲劇!

    「スペインスタイルの家――千駄ヶ谷」は、オリンピック景気に沸く東京で、俊男が憧れるスペイン風タイルの一軒家に空想を膨らませる話。

    何といっても、「隠れる」がダントツに面白かった。何回も噴いてしまった。

    作品中に出てくる内田百閒の「冥途」、江戸川乱歩の「赤い部屋」、読んでみたくなった。

  • どの短篇も心地よい余韻が残る。著者はきっと明治〜大正頃の日本文学が好きなんだろうな。

  • どうでも良い、負け組負け犬の米粒のような市井の人のお話です。ビジネス本的な。成功成果主義な物差しでは。
    これを読んだからと言って、成功には一歩も近づかないし、具体に役に立つこともありません。
    努力に向けて拍車がかかる訳でもありません。
    大変に素晴らしい小説でした。僕は大好きです。

    実はこれも<ゆるい読書会>の課題図書。
    僕自身は全く予備知識なしの、ノーマーク。
    恐れ入りました。脱帽、圧巻ですね。こんな素敵な小説があるのを知らなかったななんて。
    というか、こんな素敵な小説と、同時代の小説家さんを発見できたのが、嬉しいですね。
    (って…もう十分にメジャーな作家さんなんですが。たまたま僕がここまで食わず嫌いで)

    なんとも説明の難しい、連作短編小説。
    共通点は、「東京が舞台」ということと、それぞれの短編が微妙に時代をずらしながら、微妙に登場人物がカブっていく、ということですね。
    そしてあとは、有名人も出てきますが(内田百閒さんとか)、基本は無名な市井の人が主人公。
    誰も、そんなに栄光ある人生を歩みません。
    時代に翻弄されたり、不幸になったり。儚い夢を追ったり、淡々と暮らしているだけです。
    そんな中に貫きとおる、ため息みたいな哀感というか。
    もののあはれと言いますか。
    不幸やちょっとした偶然や皮肉、敗北の味や叶わなかった夢や希望の香り。
    それがふっと。花の匂いに感じる縁側の夕暮れ時。みたいな小説ですね。我ながら、伝わらなさそうですね。ごめんなさい。

    備忘録。
    ①染井の桜
     江戸時代。桜の配合に全てを掛けた、植木職人。妻に見捨てられ、色々なものを失いながら、無名を貫いて、染井吉野を作った。傑作。

    ②黒焼道話
     いもりなどを、焼いて、粉にして売る。黒焼きに魅せられて、黒焼きの開発に全てを掛けて、そして報われずに終わる男のオハナシ。
     これまた、異様な迫力と切なさで美しい一篇。

    ③茗荷谷の猫
     左程売れない絵描きの女性。未亡人。なんだけど…実は夫は事故で死亡したのではなくて蒸発なのか?
     通ってくる画商の人物造形が素敵。一言もそういうことが書かれていないのだけど、恋心が香る心地よさ。大人だなあ…。

    ④中之道の大入道
     暢気な一篇。
     田舎から出てきた旋盤工見習いの若い男性が、大家に頼まれて内田百閒のところに借金の催促に行く。本など読まぬ職人と百閒先生の交流。
     作者の、近代日本文学への、沁みついたような愛情を感じて微笑ましいです。

    ⑤隠れる
     これも、凄味がありつつ暢気で壮絶な、名編だと思います。
     乱歩ばかり読みふける、高等遊民?…うーん、中等遊民かな…遺産で暮らす暢気な中年男性。
     これが、世間と外れて生きていきたいのに、偶然皮肉で近所の社会で「良い人」として思われて、構われてしまう。
     そのうざさ。
     そして、不可解不条理怪奇小説のような超絶なラスト(笑)。これ、上手く言えないけど素敵。「理研」の奥さんとの駆け落ち。

    ⑥庄助さん
     このあたりから、時代設定とともに、痛み、切れ味が増してきますね。
     十五年戦争直前の世相。どうやら③で蒸発した旦那が、今は映画館の館主。
     通い詰める奇妙で暢気な青年、映画監督希望の「庄助さん」との交流。そして、赤紙…。

    ⑦ぽけっとの、奥深く
     メロドラマ要素で言うと、最も高い1篇。
     「火垂るの墓」の世界、戦後焼け跡闇市。戦災孤児、復員兵。
     貧しいホームレスの、今で言えば南米やアフリカのストリートチルドレンの世界。
     それぞれに当たり前に喪失体験の末にひねくれた少年たちの交流と、孤独と、ほのかな助け合い。泣けますね。

    ⑧てのひら
     戦後、30年代か。
     東京の娘、田舎の母。「東京物語」風に、老いた母を東京に迎えて東京見物させる娘。
     ところが、かつて毅然と憧れた母が、大東京ではどうにもあか抜けない…貧乏性…。
     思いあっているのにすれ違う想い、というのはよくある売り文句ですが、結局はどこかで自己愛を他者愛と誤認していることから起こるんですけどね…。
     でも、それはそれで、ニンゲン的で、切ないですね。

    ⑨スペインタイルの家
     ⑦の戦災孤児の一人が、長じて無事堅気の職人になっている。小さくつましく、妻と東京で暮らしている。
     スペインタイルの家の前を通り、自分が与えられなかった人生の機会を想う。
     なにげないモノクロ写真のような味わい。



    #####

    好みですが、やはり①②…は圧巻でした。
    ③の好きだし…⑤は工夫と曲芸にため息。
    ⑥⑦は、ある意味ストレートにグっと来るし…⑧⑨の小品ながらキラリ、というのも悪くない。
    捨て曲無しのフルアルバム、って感じです!


    …文章が、素敵です。
    文章が気が利いているんですよね。
    …みたいな、とか、まるで…だ、みたいなこととか。
    短文と長文のリズム。
    写生、説明と心情のバランス。

    パチパチ。脱帽です。

    この人の小説は、この先も愉しみに読んでいきます。
    巡り合えて幸せな同時代の小説、嬉しいものです。

  • 幕末〜昭和にかけての短編集。それぞれ独立した物語だが、どこか細い糸で繋がっている。

    『庄助さん』と『てのひら』が好きだった。

  • 読み始め…12.9.23
    読み終わり…12.10.16

    「茗荷谷」って、、いったいどこにある谷 ? ふとどこか奥深い山に囲まれた麓にあるのではないかと想像してしまいますが、「茗荷谷」は江戸東京文京区の一角。その昔、茗荷畑が多かったことからついた名前といういわれがあるそうです。

    更にもう少し調べてみると現在でも「茗荷谷駅」という地下鉄丸ノ内線の駅は存在しているものの、その周辺に「茗荷谷」と呼ばれる町はすでになく今では文京区小日向とその名を変えているとのことでした。

    そしてそしてもう一つ..。この本を読み終えて間もなくの頃、とあるデパートの展示会場でジオラマで作られた東京都文京区の下町風景を偶然目にする機会があり、このお話の街の風景はこんなふうだったのか..と 立体的な形で思い巡らすことができました。

    ストーリーは茗荷谷の街のほんの一角を舞台に、幕末から昭和にかけての移ろう人々の暮らしぶりが描かれています。ある一軒の古い住まいに時代とともに入れ変わる
    人々の暮らしととその繋がり。味わい深いです。

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著者プロフィール

1967年生まれ。出版社勤務を経て、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。08年『茗荷谷の猫』が話題となり、09年回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、11年『漂砂のうたう』で直木賞、14年『櫛挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他の小説作品に『浮世女房洒落日記』『笑い三年、泣き三月。』『ある男』『よこまち余話』、エッセイに『みちくさ道中』などがある。

「2019年 『光炎の人 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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