無縁社会 (文春文庫)

  • 文藝春秋
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本棚登録 : 178
レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (346ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167838058

作品紹介・あらすじ

身元不明で「行旅死亡人」となった男の意外な人生、家族に引き取りを拒否された遺体の行方、孤独死の現場を整理する「特殊清掃業者」。年間三万二千件にも及ぶ無縁死の周辺を丹念に取材し、血縁、地縁、社縁が崩壊した現代社会へ警鐘を鳴らす。菊池寛賞受賞のNHKスペシャルに「消えた老人たち」など新章を加え、完全文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • NHKって命名するのが好きだよね。血縁、地縁、社縁が崩壊した現代社会を丹念な取材で明らかにした良書です。

  • そこらへんのホラー小説よりもよっぽど恐ろしかったし、キャリアポルノみたいな自己啓発本よりよっぽどちゃんと仕事しなきゃと思わされたし、下手な婚活本よりよっぽどこのままじゃやばいと思わされたし、胡散臭い金活本よりよっぽどちゃんと貯金しようと思わされた。それほど破壊力のある事実を突きつけられた。でも何より恐ろしいのが、それらをしっかり掴んで真っ当に生きてきた人でも、こうなってしまう可能性がゼロではないということ。ああ、それならどうやって生きて行けばいいのだ。

    結局死ぬときは誰もひとりなのだ、という。どれだけ多くの人に看取られようと「死」という経験そのものは個人的なものであって、誰とも共有できないのだから、と。そして、生者にとっては一人でも行きていける社会である。だから怖いのは「孤独死」ではなくて、「死」そのものなのではないか? とも思う。けれど実際、「孤独死」は怖い。「無縁死」は怖い。背筋が震えるほど怖い。若くてまだ(辛うじて)繋がりを維持できている今のうちに死んでしまった方がいっそ幸せなのではないか、と思うほど怖い。
    じゃあ、「孤独死」や「無縁死」の何がそんなに怖いのだろう? 死ぬことそのもの? 死ぬその時に一人であるということ? 誰にも看取ってもらえないこと? 死んでも見付けてもらえないこと? 墓に入れないこと? 忘れられていってしまうこと? 自分の生きた形跡が無くなってしまうこと?  

    考え始めると胸が苦しい。息苦しい。生き苦しい。

  • 本当に他人事じゃない。20代でも一人暮らしをしていれば、孤独死というのはありうる。まだ無縁ではないが、それも時間の経過とともに徐々に発生する。

    自分が死んだあと、というよりもその過程が恐ろしい。社会に居場所が全くない、自分がいてもいなくても同じ、そういった感情を持ってしまうと、なかなか再起というのは大変だと思う。

    これが若い人だとすると、居場所づくりとしてのテロリズムも発生しうる。

    まず現時点での受け止めは、他人ごとではない、ということ。


    ●ごく当たり前の生活をしていた人がひとつ、またひとつと、社会とのつながりを失い、ひとり孤独に生きて亡くなっていた

    ●行旅死亡人。住所、居所、もしくは氏名が知れず、かつ引き取り者なき死亡人は、行旅死亡人とみなす。

    ●集団就職列車に乗って地方から都会へと多くの若者が働きに出た昔も。地方都市が衰退し、働く場もなくなっている今も、都会へ働きに出る若者は後を絶たず、そのまま故郷に戻るすべを失った人たちが生み出されている。

    ●直葬が増えた大きな要因の一つと考えられているのが「長寿化」だ。長く生きれば生きるほど、一人、また一人、自分を知る人間が世を去っていく。かつて確かにあった隣近所や血縁による結びつき、世代をまたいだ交流は見られなくなり、葬儀を行っても人が集まらない。

    ●もしかしたら、この人は生きている間から社会の人間関係から切り離されていたんじゃないかと。

    ●ひとつ人生を間違えば、ひとつ歯車が狂えば、独居老人になって、孤独死せんといかんのかもしれない。

    ●人とのつながりがなくなるのは、生きてる孤独死みたいなものですよね。誰にも関心を持たれない、自分も何の役割も果たしていない。生きてても死んでても一緒でしょ。人とのつながりは、自分の存在の確認だと思いますね

    ●目の前に広がるオレンジ色に輝く美しい海、それが一面灰色に、色を失って見えるという男性の言葉。社会とつながることができず、孤立する男性の心の闇が少しわかったように思えた瞬間でもあり、社会とのつながり、すなわち「働く」というつながりを失た時、死を選ぶ人がいるという現実を目の当たりにした瞬間でもあった

    ●本当にひとりじゃないっていうのを、その人たちにもわかってもらいたいし、僕らの伝えたいことです。

  • 時間を忘れて読んだ。
    作り物の怖い話ではなく、ドキュメンタリーであるため、想像力が働き、余計に恐怖を感じた。

    現在問題がなくても、将来何が起こるかわからない。
    明日は我が身だと思う。
    生きている間は孤独に苛まされ、死んだ後は自分で自分の始末ができず、いろんな人々に迷惑をかける。
    無縁社会には安らぎがない。

  • 最初は社会問題として読み始めたが、無名の行旅死亡人たちが名前を持ち、生前の家族や社会との絆が解き明かされるにつれ、自分の将来を見ているようで恐ろしくなった。結婚して子供がいても、最後は一人…虚しさが募る

  • 他人事とは思えない。人とのつながりが薄い方が居心地が良い面はあるが、孤独感を感じる場合もある。気の持ちようの面はあるのだが、特に自分の健康に不安が出てくると、あるいは経済的に恵まれないと、孤独感が強くなるようだ。健康で経済的にも恵まれていれば、気楽で気儘な一人暮らしが楽しめる。しかし、そうでなければ孤独につけこまれ詐欺商法のターゲットになったり、誰にも看取られないまま死後○日後に発見されたり。

  • 「今、在り得ない社会を生き抜かねばならぬ覚悟が求められている。」

     「孤独死」という言葉が生まれニュースになる現代。社縁、地縁、血縁、人があらゆる縁(よすが)を失った時、その先にどのような日本の姿があるのか。実際のケースを精力的に取材し、そのタイトルが流行語ともなった渾身のNHKスペシャルの完全文庫化。

     「孤独死」の末、身元不明の「行旅死亡人」としてその最期の状況が官報に数行にまとめられた人生、誰にも知られぬまま逝き死後何日も経ったアパートの一室に空しく響く留守番電話の姉の声、役所に事務的に「処理」され引き取り手もないまま無縁仏を受け入れている富山の寺へ「宅配便」で送られた遺骨…。

     近代化を受け入れあらゆる便利を手に入れて、会社も近所も家族さえも差し置いて「個」を優先してきた結果が、ここに赤裸々に明らかにされている。この番組が放映された当時、フリーターや定職につけない若者、あるいは未婚者などから多くの反応が寄せられたそうだ。彼らはそこに「明日のわが身」を見たのだという。

     だが彼らばかりではない。ここには、身元不明者だけではなく家族があってさえも「孤独のうちにひとり逝かねばならない」容赦ない現実が横たわっている。日本に生きる限りどんなに辛くても怖くても誰もがいつかは向き合わなくてはならない現実だが、その現実を前にして今はただ、ただ立ちすくむばかりだ。

    社会とは何か。

    〈生活空間を共有したり,相互に結びついたり,影響を与えあったりしている人々のまとまり。また,その人々の相互の関係。(大辞林より)〉

     相互の結びつきやその関係を「縁」と呼ぶならば、これらが在って初めて社会は成り立つ。それを考えるとき「無縁社会」が大きな矛盾を孕むことに気付く。「無縁」の「社会」など実は在り得ないのだ。しかし今、その在り得ない社会を生き抜かねばならぬ覚悟が求められている。

  •  身元不明で亡くなった方は「行旅死亡人」と言われるらしい。 
     行旅死亡人の記事は官報に毎日掲載され、インターネットでも検索できるようだ(法律で義務付けられている)。記事には性別や服装、死亡原因などわずかな情報が掲載され、親族、知人などからの連絡を待つわけだが、身元が判明する確率は絶望的に低い。


     取材班はまず、お台場の湾岸警察署の取材からはじめた。それは毎日のように身元不明の溺死体が発見されるという理由による。レインボーブリッジの下で発見された溺死体の扱いを通して、この「行旅死亡人」の一般的な扱われ方が紹介されている。


     現場検証にはあまり時間をかけず、遺留品や事件性の有無などを採取、記録したら、遺体を回収して警察署の霊安室に運び込む。そこで検死官による検死が終わると、警察が所持品や身体的特徴などから捜索願との照合をするが、身元が割れない場合は「行旅死亡人」とされる。


     業務に携わる人々は、なんとなく死者に対して距離を置こうとしている。たぶん憐みを感じているのだろうけれども、少しでも感情移入してしまうと、仕事にならないのだろう。淡々とした感じを受ける。


     取材班は、官報に載せられたある「行旅死亡人」の男性の追跡調査から「無縁社会」の深層に迫ろうとする。
     取材班が調べると意外とあっさり、身元が判明する。(たぶん警察も捜査をすれば、それほど時間をかけずとも、判明する場合が多くあるのだろうが、その時間が許されないくらい死亡人が多いのだろう)


     その男性は20年間、給食センターでの職を無遅刻無欠勤で真面目に勤め上げ定年退職したあとに、社会との接点が希薄になった。自宅アパートで病死したが、誰にも気づかれず一週間ほど経ったあと、家賃の集金にきた大家さんに発見された。
     大家さんのもとには賃貸契約書が残っており、そこには出身が秋田と書かれていた。そこで取材班は電話帳を元に秋田市内の同性の方にかたっぱしから連絡をとり、遂に男性の身元を突き止めた。そして更に取材を進めていくと、男性がなぜ故郷を捨て、身内との連絡を絶ち、孤独死に至ったかを知ることになった。
     そして、その男性にも波乱万丈な人生があったことを知る。


     以上は第一章の紹介だが、全八章にわたる本書には、市井に生きる普通の人々が、あるきっかけから突然に「無縁社会」へ引きずり込まれてしまう現実が描かれている。
     
     どうにかならないのだろうか。みんなが悪い人なら、自業自得と言えなくもないが、悪い人は誰もいないから、やるせない気持ちになる。


     NHKスペシャルで放送されたときの反響はすごかったようだが、それは明日は我が身と感じた人が多かったからだろう。


     解決は難しいような気もするが、反して簡単なような気もする。縁が無いなら、縁を結べばいいだけだから。最終章では自殺志願だった人たちが、あるきっかけで生きる希望を取り戻した施設の取材をしている。


     絶望と希望の境は紙一重かもしれない。 

  • 「無縁社会」という言葉を世間に浸透させた、2010年・2011年のNHKスペシャルを本にまとめたものです。このような特集が組まれたことを思うと、改めてNHKは唯一存在価値のあるテレビ局だと思います。

    第2章を担当した記者は、「遺体引き取り拒否」を目の当たりにしたとき、自分の身に照らし合わせて考えた末に、遺体引き取りを拒否した親族を一概にひどい人たちだとは思えない、と書いています。「正論」ばかり振りかざすマスコミ、特にテレビメディアによく見受けられる傾向ですが、感情的に吹き上がる前にまず自省して、問題の本質に思いを至らせる報道記者がNHKには存在するということ。心強く思います。

    またアラサー世代として、なんともいえない絶望を感じたのはP.261~のコラム「働き盛りの"ひきこもり"」でした。本稿を執筆した記者は30歳、社会人9年目。わたしの一個上です。わずか5ページのコラム、そして何の解決策も提示されません(当然ですが、安易に解決を提示できる記者がいたとしたら、逆に無能だと思います)。ただ、「自分は強い人間で、ひきこもりは弱い人がなるものだと思っていた」という41歳男性の言葉を、できるだけ多くの方に知って頂きたい。

    むろん、時計の針を戻すことはできない(P.339)。最後のほうで行政やNPOの活躍も紹介されていますが、本書が明らかにしている暗闇はそのような取り組みと比べて絶望的に深い。第7章の「木下さん」のように死ぬことができれば・・、彼の生き方・死に方が、現代の理想なのではないかと思います。

    (20160228)

  • 文庫は単行本にない章が加筆されてて、それがけっこうかなりよかった。
    ツイッターに本音を吐露してるとか。
    ツイッター縁とか、少なからずあるよね。私はあるよ。

    私も十分生涯未婚の可能性だけど、
    孤独でさびしいということはたぶんなく、その辺は一般人とはちょっと違うかな。
    今は何が心配かといったら、突発的な病気や事故で発見が遅れてくさってしまってから発見されることとか、
    親にちゃんと連絡いくかなーということ。

    でも、つながりも連絡も、今からできることはあるんだから、
    不安は今から準備することで、解消できるよなって思う。
    エンディングノートの活用とか。
    明日は我が身となげくより、今できることを準備していきたい。

    親がいなくなったら、NPOとか相談したいな。そういう団体あるんだな。
    それがわかっただけでも少し安心した。

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著者プロフィール

キラーストレス(PART.1)監修。ストレスが原因の突然死、慢性病、精神疾患の増加が注目を浴びる中、ストレスに苦しむ人たちに有効な対処法を伝えようと企画を立ち上げる。2016年にNHKスペシャル「シリーズ キラーストレス」を放送、大きな反響を得た。

「2017年 『「キラーストレス」から心と体を守る! マインドフルネス&コーピング実践CDブック』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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