岸辺の旅 (文春文庫 ゆ 7-2)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167838119

作品紹介・あらすじ

きみが三年の間どうしていたか、話してくれないか-長い間失踪していた夫・優介がある夜ふいに帰ってくる。ただしその身は遠い水底で蟹に喰われたという。彼岸と此岸をたゆたいながら、瑞希は優介とともに死後の軌跡をさかのぼる旅に出る。永久に失われたものへの愛のつよさに心震える、魂の再生の物語。

感想・レビュー・書評

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  • 積んで置く状態だった作品に、やっと目を通した。普通の積読ではない。毎日テレビを見る時のそば机の上に積んでいて、目の端で存在を確かめながらまる4年、それでも紐解かなかったのである。いつでも読める、内容は予想がついている、楽しい話ではない、といったことが分かっているときに、私の「直ぐにやらない脳」が発出する。

    買ったのは、黒沢清監督「岸辺の旅」(深津絵里・浅野忠信主演)が素晴らしかったからである。私の人生最恐のホラーは黒沢清監督の「回路」である。時々それに似た演出を見せながら、なんと恐怖感情ではなく意も言われぬ感情が出てきた。それを確かめたくて買った。

    夫・優介の失踪から3年目のある日、ふと顔をあげると配膳台の奥の薄暗がりに優介が立っているのが見える。瑞希は驚かない。優介の好物のしらたまを作っていたので、彼が幽霊であることを自然に受け入れて会話を始める。

    この導入部が素晴らしい。大切な人を亡くした者ならば、必ず思うはずだ。「あの暗がりに出てきてはくれないだろうか‥‥」。

    確かめたかったのは、これはいかにも黒沢清らしい演出だったのだが、いったい何処から何処までが、原作から引き出したものなのだろうか、ということだった。結論から言えば、ほぼ原作に忠実に監督は映画をつくっていた。全ての台詞と描写が映画に入っているわけではない。むしろ、どれを削ったかが、監督の仕事だったかのようだった。カンヌで監督賞を受賞したこの作品の世界観は、実は湯本香樹実の世界観だったことを知り、私は心底驚いた。

    2人は失踪の3年間の優介の魂の旅を辿り、彼が入水した海の岸辺に至る。映画では何度か確かめたが、優介には影がある。食事もする。ホントは生きているのではないか。亡くなっている人とも出会うが、生きている人と、優介はその間親交を持っていた。けれども、やはり死んでいるのである。それを納得する旅でもあった。岸辺は、此岸(この世)と彼岸(あの世)の境でもある。このとき、瑞希には2つの選択肢があるだろうし、それを迷っているはずだと私は思っていた。即ち、優介を追って後追い自殺をするか、それとも優介の成仏を見送るか。原作ではどうなっているか。結果は、映画と同じだった。そうだよな。それは瑞希の迷いではなく、私の迷いだった。

    ふと見上げると、机のそばの暗がりに積読状態だった「岸辺の旅」の文庫本が見えた。私は、自然とそれを読み始めた。

  • ” でももしかしたら、したかったのにできなかったことも、してきたことと同じくらい人のたましいを形づくっているのかもしれない。”

    表紙がすてきで購入。
    とても静かな作品。ときどき息をのむような美しい表現が、水面に反射しているようにきらっ、きらっとひかる。

  • 静かでじんわりとした余韻が残る作品。
    三年前に失踪した、瑞希の夫・優介が、ふいに現れます。
    ですが、優介いわく“俺の体は海の底で蟹に喰われてしまった”と。つまり、既に死んでいるというのです。
    そんな優介に導かれ、彼の三年間の足どりを遡るように二人は旅に出ます。
    旅の間、失踪中の不在だった期間を埋めるようによりそう、二人の何気ないやり取りに、かけがえのない人と過ごす時間の尊さというものが伝わってきます。
    もしかしたら、個人的に最近身内を亡くした事もあり、そうした事情で、“死者との繋がり”というものが殊更心に染みてくるのかもしれません。
    全体的に“水の気配”が濃厚に漂う、朧げな雰囲気は、常世と現世の狭間を感じさせるものがあります。
    この作品は、深津絵理さんと浅野忠信さん主演で映画化されているので、そちらも観てみたいと思いました。

  • 自分の前から、この世界からいなくなってしまった人と時間を共にできたらどんなにいいだろう。相手について知りたかった事が全てわかるわけではないけれど、自分の心の整理になる。長い旅が終わりに差し掛かる気配が感じられる箇所では涙が出てきた。いい本でした。

  • 夫と旅に出る。
    3年前突然失踪し命を落とした夫と、夫の死後の軌跡を遡る旅に。

    静かで安らかな二人っきりの旅。
    会話の少ない二人だけれど、行間から穏やかな想いがひしひしと伝わる。
    「忘れてしまえばいいのだ、一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日一日のためだけに使いきる。そういう毎日を続けてゆくのだ、ふたりで」
    生と死、本来相対する二つの領域の垣根を取り払ったかのように思えた二人。
    ずっと二人でこの世をさ迷っていたかった。
    けれど二人の間に静かに漂う淡い霧のような境界もいつかは晴れる。
    「きみには生き運がある」
    夫の発した寂しい言葉だけを後に残こして。
    ずっと曖昧に描かれていた生と死の境目。
    旅の終わりが近づくにつれ、くっきりと明確になってしまったことが、何より悲しくて辛い。

    深津絵里さんと浅野忠信さん主演の映画もいつか観てみたい。

  • 朝ドラの深津絵里が17歳の役を!すごい!となり深津絵里を検索したときに映画『岸辺の旅』のことを知った。原作が小説だったので読んでみることにした。

    最初からなかなか掴みどころがないふわふわとした話だと感じた。死んだと思って3年間探し続けた夫が急に目の前に現れた時、そのときの二人の会話からああ、この夫は死んだんだろうなとは何となくわかる。そのあとすぐにふっと消えてしまうのだろうと思ったら、なかなかどうして、ずっとそばにいる。普通にご飯も食べているようだし、主人公以外の人にも見えているようだ。
    いわゆる幽霊なの?なんなのこの存在は?と思いながら、いつ消えるのか、いつ消えるのかと思いながら読むけどなかなか消えないので、あれ、これはこのままいくのか?と淡い希望も持つ。

    このままずっとそばにいてくれたらいいのにな、と思うけど、そうはいかなさそうだということはきっと主人公にも初めから分かっている。分かっているからこそ、夫のことをしっかり見つめていよう、この手からすり抜けないように掴んでいようとする姿が切ない。

    ちょっと中だるみしそうかな…と思った時に、夫には実は浮気相手がおりその人と会って話をするシーンはまた物語に惹きつけられるきっかけになった。夫がいなくなった時に見つけてしまった浮気相手からの手紙が、怒りというよりは夫を探そうという気持ちを応援するお守りのような存在になっていて、そのある意味不謹慎な内容が夫を失踪や死から遠ざけていると感じられて救われていたんだろうなという辺りには、人間の複雑な心のありようを感じた。

  • 夫が失踪して3年あまりの時間は何も書かれていない。「どうして、一体何があったの?」という妻の答えのみつからない苦しみがベースに、この物語は突如現れた夫(しかもすでに死者だという)との二人の旅路を、水の流れる方向へ身を委ねるが如く、やがて本当の永久の別れるその時が来るまでを、淡々と刻々と、時を刻み妻と夫の心を刻みながら、進んでいくストーリーです。

    本の帯には「身を引き裂かれたのち、現在を生きる者がみずから魂の再生をなす物語。理不尽な痛みや過去…死さえも受け入れる強さをひとが獲得していくひとつの過程がここにある」と書かれてあります。
    でも、自分が実感してない痛みはどんなに主人公の心情に寄り添おうとしても、読めば読むほどに混沌とした気持ちになるのです。少なくても私は再生できるところまでは行きつかなかった。まだ切なくて悲しくて、残されたわが身を呪うことは出来ても。。
    愛する人の喪失は想像もしたくないけれど、必ず誰の身にも起きること。
    その時が来たら、再びこの本をもう一度、間違いなく手にするでしょう。それまでは、分からないままこの本に抱かれています。

  • 行方不明だった夫が帰ってきた
    しかし体は蟹に食べられたという・・・
    死者?となった夫との旅物語
    語り手の女性はでも普通に受け入れて旅生活を続ける
    そんな世界があってもいいのかなと感じたけど
    でも実際にあったらいろいろと混乱するなとも

  • ひさびさに一気に読み切った作品に。

    自身の「積ん読棚」を眺めていてふと目に入ったのが土曜の夜。「お、Kindle版あるのね」と気づいてサンプルを読みだしたら止まらなくなり、深夜を過ぎて日曜に入った頃には購入してた。本屋にぶらりと訪ねられるというのはこの街ならではの贅沢だったはずなのだが、コロナ禍を経てその贅沢でさえも控えるようになってしまったがゆえに手を伸ばしたKindle端末。今回のこの流れは正にその当初の動機に沿うものということで面目躍如。本屋がなくなっていいはずはないのであるがそれなりに頻度が増えてゆくのも仕方がないところか。

    序盤に味わう「あら、そんなにあっさりタネ明かしするのね…」という感覚は、「砂の女」を映像化作品→原作の順で味わったときと似ていた。映像作品側のレビューにおいては「靴音」がきっかけとなっていたことに触れたが、それを追い越す勢いで主人公の女性がなぜ白玉団子を作り出すことになったかを語ってくれる。

    とはいえ映画の中での浅野忠信と深津絵里があまりにもよかったので読みすすめる間は彼らのイメージのままで読ませてもらうことに。題に含められた「岸辺」こそは「彼岸」の意味に近いものだったのとだと鑑賞/読了後に感じたわけであるが、改めてWikipediaに目を落とすと彼岸ということばの本来の意味は「悟りに至る境界」とのことらしく、自身の勘違いに気づくと同時に彼ら二人は確かにこのあたりを旅していたんだよなということを改めて感じたりもした。

    親しい人を失ったときにふと近くに寄せてみたい作品。

    もしくはそんなひとが近くにいたらすっと差し出してみたいような気も。

  •  丸い白玉→満月→魚の目→滝の奥の洞窟
     連想ゲームのように、読んでいて心に引っかかってくる物が、小説に滑り込んできている。
     仏教の輪廻と、夫とともに流れ者のように旅する瑞希の姿には、流転という雰囲気が漂ってきていて、ゾクッとするほど、生きる者と死者との境界線が見えなくなっていた。
     ただ夫の失踪後、知らなかった夫の姿を知るために、死を実感したいがために、夫の浮気相手と会うという行為には、首を振りたくなった。
     これって愛情?? 知って欲しくない面も知り得てよいのだろか?? 
     だとしたら愛も残酷ですね。

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著者プロフィール

1959年東京都生まれ。作家。著書に、小説『夏の庭 ――The Friends――』『岸辺の旅』、絵本『くまとやまねこ』(絵:酒井駒子)『あなたがおとなになったとき』(絵:はたこうしろう)など。

「2022年 『橋の上で』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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