大人のいない国 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2013年8月6日発売)
3.67
  • (25)
  • (44)
  • (40)
  • (8)
  • (3)
本棚登録 : 645
感想 : 63
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784167838546

作品紹介・あらすじ

かつてなく幼稚化したニッポン!



子どもと大人の違いは個人の中に多様性があるかどうかである――。練れた大人の「知」による成熟への道しるべがここに!

みんなの感想まとめ

多様性と成熟をテーマにした本作は、対談形式で展開されるため、気軽に読み進められるのが魅力です。著者の独自の視点や言葉遊びが織り交ぜられ、読者は思考を刺激される瞬間が多くあります。愛国心や言論の自由につ...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 日本社会が全体として老成し、あるがままの個人を受け容れる寛容さを持つようになった一方で、そのことが個人の「甘え」を助長している側面もありそうだ。「多様性の受容」というのは本来、異なる価値観や意見を積極的に理解し、折り合いをつける営みであり、日本ではそれが「相手を否定しないこと」として形骸化している部分がある。

    結果として、対立を避け、深い議論に至らないまま、それぞれの価値観が並列的に共存するだけの状態になっているのかもしれない。ネット社会の影響も大きいだろう。SNSでは、多様な意見に触れる機会が増えたはずなのに、実際にはアルゴリズムの影響で似た価値観の人々とつながりやすくなり、「連隊意識」のようなものが強まりがち。その結果、自分と異なる意見を真正面から受け止めて思考を深める機会はむしろ減り、反対意見をやり過ごすか排除する傾向が強まっているとも考えられる。

    つまり、日本社会は全体として老成し、穏やかな受容の姿勢を持つようになったが、それが逆に「個人単位では他者の意見と真剣に向き合わない」という副作用を生んでいるのではないか。大人のいない国、というより「成熟したふりをする国」になっているのかもしれない。

    だが、その視点に立つと「大人のいない国」は、反面では理想的な社会のあり方にも見えてくる。本来、大人はパターナリズムにより、未熟な個人や社会を導く役割を担うが、それが不要であるならば、それは「成熟した社会」、大人がいなくても成立する素晴らしさがあるとも言える。

    たとえば、スイスのように直接民主制が機能し、個々の市民が自律的に政治や社会に関与する国では、強い大人がいなくてもやっていける面があり、日本もある意味、そうした方向に進んでいるのかもしれない。企業や国家がすべてを管理するのではなく、個々人が「やりたいようにやる」ことを許され、そこに強制的な統制を加えなくても社会が破綻しないならば、それは一種の完成された社会の姿とも考えられるからだ。

    ただ、日本の場合、その秩序は「なんとなくの空気」や「同調圧力」によって、指導者を目立たせずに成り立たせている可能性がある。周囲と摩擦を起こさないために深く考えずに従うという消極的な形で成立している。「大人のいない国」を逆説的にポジティブに捉えることもできるが、それが本当に成熟した社会なのか、それとも単に「お互い干渉しないことで成り立っている社会」なのか。

    実は会社単位でも、今こうした相互寛容性が、個々の未熟さを増長させながら、物分かりの良い会社然として振る舞っている。

    いざ、子供っぽさを認め合う寛容な社会へ。

    この題材をポジティブに捉えるか、ネガティヴに捉えるか。内田樹の言説は好きだが、今をネガティヴに捉える思考の一部には首肯しない。両義的だ、というと何も言ってないに等しいだろうか。最近の私はコレである。

  • 違和感を感じる箇所もあったが、それぞれの切り口が興味深い。ほぼ対談の形なのでお気楽に読めるのも○。言葉遊びに興じる子どものような場面もあり、人の多様性を感じられる作品。単純に面白かった。

  • 身につけるべき教養
    愛国心の形
    言論の自由とは誰でも言いたいことを言う権利があるということではない。発言の正否真偽を判定するのは発言者本人ではなく、自由な言論の行き交う場そのものであり、場の威信に対する信用供与のことである。場の審判力に対する信認のことである。そのような場は、あるかないかではなく、あらしめること、私たちがそこで創り出さなくてはならないもの。

  • ⚫︎対談形式が多いからサクッと読めるね
    ⚫︎内田さんは日本辺境論は面白かったし、わかりやすくて読みやすい。ゆっくり読めば咀嚼できる丁度いい内容。あ、これ以上いくと無理だなってとこで止まる絶妙な文体。
    ⚫︎成熟した大人がいないのは、まあしょうがないのかもなあとか、そもそも自分だってなあとか…政治家は国民のレベルを写す鏡だから、結局日本人が成熟していないってこと?でもそれもなんだか安易な自虐論理みたいで嫌だなあ。
    ⚫︎内田さん、ネットだとよく炎上しているイメージだけど、本はしっかりしているよね。大学の教授だったこともあり、話が分かりやすい。
    ⚫︎なんというか、ちょっと神霊的な話も出てくるけど、それはそれで一つの考え方だし、あまり極端ではないから受け入れやすかった。

  • 今の私にとって、救いを感じる本でした。

    大人になるということは、どういうことか。

    大きな声に、一方的な訴えに、ぶつけられる正論に、ただひたすら受け止めて答えなくてはと、へとへとになっていましたが、言葉を発する時にはその先にいる相手に対して敬意を抱くことも大事だし、受け取り方は受け手が選んで良いのだという趣旨のことが書かれていて、肩の荷が下りる思いでした。

  • 小気味良い対談の終章はとくに面白かった。「オメオメ」とか「ノコノコ」といったオノマトペがなぜ伝わるのかだとか、定型に万感をこめて余白をのこすことだとか、「利」でなく「理」で動く政治家がいないことだとか。
    知性あるお二人のやりとりは、行間たっぷりであるのにまとまっている。

  • 内田樹はブレないなあー。

    先見的知についても、邪悪なものの鎮め方についても、今までに読んだ著作で書かれていることが多い。
    けれど、そこに鷲田清一が加わって、より分かりよくなっている感じがする。

    内田樹よりカタカナの羅列が多い鷲田清一。
    上には上がいるのだな。。。

    内容も面白かった!
    価値観が画一化されることで、子供のままで社会人になることが可能なシステムが出来上がった日本。

    間違いを許せなくなった社会だと評した言葉を思い出した。

    クレーマーの多発、ネットの炎上。
    自分ではなく、権利と匿名性に守られた者たちが放つのは「呪」だと内田樹は言う。
    言葉に価値がないから、匿名でいられる。
    その視点に、なるほど、と思わされた。

    この状況を打開するには、無秩序な一角が必要だと言う。

    しかし、私は行き過ぎた秩序は、結局無秩序に結ばれていくのではないかと思う。
    少なくとも、呪に彩られたネット社会はもはや無秩序と化している。

    私たちが見つめる二つの世界の中、無秩序を以て新たな大人は生まれるのだろうか。

  • 私は内田樹が大好き。文章の感じが好き。
    タイトルは大人のいない国(もちろん日本のコトですね)ですが、今の日本がよくないとか、今の若者は…(これはちょっとあるか)というより、もっと本質的に「大人ってこういうことなんじゃないの?」って言いあってる感じです。
    私が感じたのは一面的でなくたっていいんじゃない?多面的である方が大人っぽいよってことですかね。
    生まれてからずーーーっっと変身しないでいなくちゃ、と、窮屈な状態でいなくてもいいらしいし、時系列で同じ事言わなくても本質が合ってればいいってことらしい。
    あと、もっと、自分のコト信じてあげていいってことかなぁと。
    内臓が喋るっていいなぁと。脳の細胞だけじゃなく、体の細胞も言いたいことがあるって感じでしょうか。

  • 鷲田清一と内田樹の大人のいない国を読みました。

    日本は、人が成熟せず、大人にならなくても生きていける国になってしまった。
    クレーマーやモンスターペアレントが横行する国になってしまった、ということが議論されています。

    面白いと思ったのは、内田樹の以下のような主張でした。
    SNSなどでの匿名のメッセージは本人が正しいと思っていてもそれは呪いのメッセージである。
    なぜなら、呪いはその発信源が特定されるとその効果を失うからである。

    表現の自由というのは、他の人が認めようと認めまいと自分は正しい、というメッセージを発信することではない。
    メッセージはその受信者に対して発せられるものであり、受信者に対する「敬意」が必要である。

    そのような呪いのメッセージが充満する世界で、少しでも呪いを中和することができるのは「祝福」のメッセージである。

    少しでも、祝福のメッセージを発信できるようになりたいものだと思ったのでした。

  • 私が好感をもっている二人の論客の共著だ。ちょっと考えてみれば、二人とも思想や哲学に造詣が深いし、拠点も関西だし、年もほぼ同じなんだから交流がないはずない。そんな二人が「大人のいない国」なんて、これまた(自分のことは棚に上げといて)私が常々、日本に対して思っていることに触れた本が出ているなんて。
    いろいろ話題が出ているけど、最も共感したというか身につまされたのは、終章の対談「身体感覚と言葉」で触れていた内田さんいうところの「大人の芸」ってやつ。
    内田さんは、これまで結婚式とかでスピーチするとき、気の利いた面白いことを言ってやろうとか思っていたけど、それが嫌になってきたと。葬式でそんなことをする人はいない。型にはまって、そのなかで万感を出せるようになりたいと言う。鷲田さんも、葬式のときに何といいのか迷う、困るみたいなことを言っている。
    つい最近、伊藤理佐さんが新聞に書いていたエッセイで、知り合い程度の人との会話で面白いことを言おうとしていたが、あたりさわりのない天気の話くらいがいいのだと気づいたみたいなことを書いていたのを読んで以来、ハタと思い、いろんな場で気の利いたことを言おうとしては、結局玉砕……どころか不発に終わることがままあるわが行動パターンの換えどきを思っていたんだけど、この本でさらにその思いが深まった。
    ちなみに、鷲田さんは葬式で「なんと申し上げてよいのやら」としか言えないと釈徹宗さんに話したら、そう言いながら首を縦か横に振ればいいと教えてくれたとか。こんど会葬の機会があったらやってみよう……って想像してみたら、ぜんぜん板についていない気がする。長い時間と経験をかけて磨いていかないとダメそう。

  • この本を読んでの感想…じゃないかも。
    この本は読んでよかったけど。

    私は、大人かなぁってよく思う。

    自分でもびっくりするような小さなことにイライラしてしまったり、八つ当たりではないけれど、人に冷たくするような態度をとってしまったり


    心に余裕がないときに、

    自分の行動、今のは正しかったのかなぁなんて、

    よく考える。わたしは、プライドが高いのかなぁ。


    それで、とても悲しい気持ちになる。


    「あんたはさ、そこにいるだけで目立つわけ。だからやっかみの対象にもなるし、あんたがいくら目立たないようにしようとしたって、そうすればそうするほど目立つのよ。人に気を使うとかそんなことしても無駄って言うかさ、ちょっとでも尻尾見せたら叩かれて大変なことになるのよ。ほら、学校時代にクラスでもいたじゃない?ちょっと浮いた感じの子でさ、『わたしなんかが○○さんに話しかけちゃ悪いかなって思って』みたいに勝手に線引きされちゃうような子。あんたはそのタイプなのよ。自分を持ってるって言うのかもしれない。そういう人とさ、面と向き合うと、自分がいかに何もないかってことを思い知らされるのが怖くて近寄りがたくなっちゃうのよ。」



    っていうようなことを言われたことがある。


    「怖い」とかさ、「オーラあってキャラ立ってるよね。」とかさ、

    なんとなく違う感じを、あたかも私が何かしたかのように被害者のような口ぶりで言われたりさ、


    もう、そういうの、うんざりなんだよって思うんだけど


    自分が何にもないことを思い知らされるような存在って、


    身近にいたら、きっと傷つく。


    わたしは、自分がまるでモンスターのようだと思うことがあるんだけれど(それは自意識過剰という意味で、自意識にとらわれたモンスターという意味だ。)


    わたしはきっと、存在するだけで人を傷つけるような、モンスターなんだろう。

    シザーハンズみたいに、泣いた赤鬼の、赤鬼みたいに、

    人間と仲良くしたいのに、その存在ゆえに、人の心は離れていく。


    どうしたら、人を傷つけずに生きることができるのだろう。


    知らぬ間に人を傷つけていることに傷ついているなんて、人は嗤うだろうか。


    「そんなにいい人で、いたいわけ?」


    わたしは、最近そんなことを言われた。


    「いい人で、いたいわけではないです。ただ、率先して人から嫌われる必要も、ないんじゃないですか?」なんてことを答えたのだけど、


    心の中で、「あぁ、今私の言葉は、吐き出した途端に、上滑りしていった。」と思った。

    「いい人で、いたいのだ。わたしは。」と思った。


    わたしは、嫌われることが、怖いのだと思った。


    それは、「人並み以上にそう思っているのかどうか」は、私には分からない。


    おかしいなぁ。


    「愛されファッション、愛されメイク。」

    いったい誰に愛されたいんだよ


    心の中で突っ込みを入れる私が、


    一番、不特定の誰かに、愛されたいのだ。



    とかなんとかつぶやくほど、私は今、心に澱が溜まっている。

    自分の時間が保てないと、決まってそうなる。


    自分の時間なんてものがなくても、その澱を、見ない振りするか、どこかに捨て去ることのできる人が、

    社会に求められる人なのだろうと、最近よく思う。

    だったら私は、社会にいらない存在なのだと、最近よく思う。




    悲しくて。


    何の話かは忘れちゃったのだけど、家の中にいて、誰かの帰りを待っている、でも外にはモンスターがいるらしくて、誰も家に帰ってこない。次第に、家で待っている人は、誰も帰ってこないので、実は自分がそのモンスターなのではないかと思い始めるというような話が、どっかであった気がする。


    わたしは、人の顔をかぶった、人が近寄りたくもないと思ってしまう、モンスターなんだろう。でも、自分は、人間だと思い込んでいる。人間の振りをすることができていると思い込んでいる。



    わたしは、いったいどこで、道を踏み誤ったのだろう。


    人を傷つけることは、仕方のないことなんだろうか。

    できるだけ、うまくやりたいと思うことは、罪なことなんだろうか。

    それを悲しいことだと思うのは、私の自由だ。

    傷つくことは、自由なのだ。


    でも、他人が、自分のせいで傷つくことは、
    「傷つくことなんてあんたの勝手でしょ。」なんて、思えない。


    できるだけ、謙虚に。
    できるだけ、人を傷つけないように。
    できるだけ、そのことで、自分も傷つかないように。

    そう思いながら、私は今日も、
    人の皮をかぶって、

    人間社会を生きる。

    「終わりなき安穏を受け入れることは、死に等しい」

    そう思い生きるだけで、重たい罪を私は抱えているという自覚を、忘れてはいけないのだ。

    罪を自覚しているにもかかわらず、その軌道修正をする選択を選ばない。

    おそらく私の最大の罪は、そこにある。

  • 内田先生と鷲田先生の対談が、とても読みやすくて納得することばかり! 私自身 精神的に大人になりきれていないなぁと反省しつつ、日本独特の社会構造について考えさせられました。何度も読み直したい1冊。

  • たしかに世の中”子ども”だらけですね。
    僕も含めてですけど。
    それでも機能する社会システムというのは確かに素晴らしい、
    しかし、単一の価値観で階層化された社会というのはつまらんですよね。

    と、どうせなら上の階層から言った方が説得力ありますかね。
    著者のお二人は上の階層の住人ですからね。

  • 祝文庫化

    文藝春秋のPR
    「かつてなく幼稚化したニッポン!
    子どもと大人の違いは個人の中に多様性があるかどうかである――。練れた大人の「知」による成熟への道しるべがここに! 」

    プレジデント社のPR(単行本)
    「 いつまでも若くいたいと思うのは勝手だけど、いつまでも子どもでいたいというのはムシがよすぎませんか?

    いま、この国に「本当の大人」はどの程度いるのか? 「私の責任だ」と言える人間はいるのか? 鷲田清一(大阪大学総長、『モードの迷宮』でサントリー学芸賞受賞)と内田樹(神戸女学院大学教授、『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞受賞)──現代日本を代表する論客二人による刺激的な日本社会論。伝説の対談「大人学のすすめ」も収録。発売前から有力書店で話題の書、ついに登場。」

  • 成熟した人間がいない日本の政界や私たち市民を描写した部分に誰もが当事者性を感じることができるだろう。古き良き教授人らにありがちな無自覚な女性蔑視はわろし。

  • 当たりの本でした。

    大人とは、幅のある人。本音と建前とか。矛盾を理解。
    今は一様、幅がない。
    ・学びの意味、価値は事後的に知る。消費者マインドは受入れ不可。
    ・個性とは他者から与えられるもの。探すものではない。
    ・対話:両義的。善し悪しを理解して変わらないと成果ではない。
    ・周りの大人の価値観はずれてた方がいい。両親の価値観一致は有害な条件。心のひだ(人としての幅)ができる。
    ・SNS 投稿は呪い。だから匿名が有効。ネットのでのいじめ自殺は呪殺。言論の自由は呪詛を許容するわけではない。誤解。
    言論の自由とは、何でも言って良いのではなく、その価値、扱いを世間に決めてもらうことに同意すること。
    ・話を「ずらす」ことも大切。煮詰まる前に。
    ・子供のまま、は厄災。矛盾を受入れ納得して幅が出てくる
    ・オノマトペ。オメオメ。日本語は特集号。舌が内臓の先端。ケアしていきましょう。外しましょう

  • 2021/12/03読了

    オノマトペと赤ちゃんの演技性の話、身体と言葉のハナがおもしろかった

  • ゲームマスターが居るような気になってしまう
    つまり責任者出てこい!の思考
    そうなったら全てが他人任せになっちゃうね

  • 対談をまとめたものだから
    話は色々と飛ぶが
    言論の自由とSNSで好き勝手言うことを混同するなという話には深く頷きました...

  • 2020/8/24
    薄い冊子に厚い内容。
    内田樹の「呪いの時代」でも言及されていたことなどがまとまっており、内田樹の本を読みたい人に入門編でこの一冊がお勧めしたい。

全54件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授、神戸市で武道と哲学研究のための学塾凱風館を主催、合気道凱風館師範(合気道七段)。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。専門は20世紀フランス文学・哲学、武道論、教育論。 主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『寝ながら学べる構造主義』、『先生はえらい』など。第六回小林秀雄賞(『私家版・ユダヤ文化論』)、2010年度新書大賞(『日本辺境論』)、第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『日本型コミューン主義の擁護と顕彰──権藤成卿の人と思想』、『沈む祖国を救うには』、『知性について』など。

「2025年 『新版 映画の構造分析』 で使われていた紹介文から引用しています。」

内田樹の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×