たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

  • 文藝春秋
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レビュー : 24
  • Amazon.co.jp ・本 (297ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167900175

作品紹介・あらすじ

この世はこんなにも美しく、残酷だ。感動の相聞歌2010年夏、乳がんで亡くなった歌人の河野裕子さん。出会い、結婚、子育て、発病、再発、そして死。先立つ妻と交わした愛の歌。

感想・レビュー・書評

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  • 歌人である河野裕子氏と永田和宏の出会いから、結婚・子育て・闘病、そして別れまでを、お互いの短歌とそれぞれが発表してきた文章を交えて、綴っていく。

    河野氏は主婦として母親としての役割を果たしながら、歌人としても大いに成功を収めてきた。永田氏は京大の教授としても活躍されている。

    2人とも歌人としてばかり時間を使えないのは同じであるのに、その歌はずいぶん様相が異なる。永田氏は仕事や歌の世界の区切りがはっきりしてるのに、河野氏はその境界が混じりあっていて、互いに有機的につながっているように感じる。これは、性別によるものなのか、彼女の個性なのか、とても興味深い。
    さらに、河野氏の文章(新聞や本などに当時掲載されたもの)は、軽妙でありながらしみじみとかみしめたくなる味わいがある。
    ものを書く人として生まれてきて、それを全うした人なのだなあと今改めて思う。

    お二人はなんでもよく話し、時に喧嘩をすることがあっても、互いを思いあうおしどり夫婦であったことは間違いない。その上、共通言語である短歌を通して、また別の見方で(短歌を詠まない私には感じることはできないが)、お互いを深く理解し、また、これ以上分かち合うことはできないこともあるのだということを知っていた。魂のレベルで共感するとでもいえばいいのだろうか?

    短歌という制約された文字数の中で、より輝きを放つ部分だけを切り取られた情景。余分なものをそぎ落としてこそ、強い思いや哀しみ、辛さを浮かび上がらせることができる。

    短歌に詳しくない私が読んでも、後半、特に病を得てからの河野氏の歌には、多くの人にストレートに届く強さが際立つ。喜びも哀しみも、うれしさも不安も、いろいろなことが混ざり合って本質が見えにくくなっていることがある。けれど、因数分解をするように、それを形成しているいくつものことがらを解きほぐし、その性質や成り立ちのもっとも肝心なところを取り出して見せてくれる。

    ああ、もっともっと裕子さんが何を見て、何を感じるのか、知りたかった。
    新たな歌をこれ以上読むことができないのは、残念でなりません。

  • 相聞歌、というひとつの歌のカテゴリーがある。もともとは互いの安否を気遣う私的なやりとりを指し、それが『万葉集』では男女の恋歌を意味するものになり…と、起源を語れば色々あるのだろうが、なんというか、お互いに、相手を想い、相手に伝える、その双方間のやりとりそのものが「相聞」という言葉には含まれているのだと思う。そして、そういう意味では、この本はまさに「相聞」だ。

    京都大学内の歌会で初めて出会ってから、惹かれ合い、人生を共にしてきた2人の歌人、河野裕子と永田和宏。その2人の、出会った当時から、河野が60代という若さで乳癌で亡くなるまでの40年の間の「相聞歌」が、時間の流れや時代の背景と共に、力強いみずみずしさをもって収められている。

    現代でもよく、「この歌を◯◯さんに贈ります!」といった光景に出くわすことがあるけれど、昔も今も、「誰かのために歌を贈る」というのは、やはり特別なことだったのだと思う。それが、本当に相手のことを考えてその人が詠んだ歌なら尚更。

    そして、三十一文字だからこそ、そこには誰かのための歌だけではなく万人が楽しめる文学性が生じる。抽象も具象も、論理も感情も、全てを盛り込んだ劇的な光景が、言葉を通して目の前に現れる。惚れ惚れする。

    短歌に親しみなく生きてきた人でも、これは、ぐっとくるものが多く、良い意味で分かりやすい(背景の説明などもあるので)素敵な作品になっているのではないだろうか。エッセイと、記録と、歌のコラボレーション。お気に入りの歌に付箋を貼りながら、ぐいぐいと引き込まれて読み込んでしまった。そして、下手くそだけど、私も、少しずつ歌を詠みたいな、と、思う、そんな気にさせてくれた一冊。

    中でも気に入った作品をいくつか。
    河野裕子さんの歌。

    ・陽にすかし葉脈くらきを見つめをり二人のひとを愛してしまへり
    ・夕映を常に明るく受くるゆゑ登り詰めたき坂道があり
    ・息あらく寄り来しときの瞳の中の火矢のごときを見てしまひたり
    ・妻子なく職なき若き日のごとく未だしなしなと傷みやすく居る
    ・ほしいまま雨に打たせし髪匂ふ誰のものにもあらざり今も
    ・白桃の生皮剥きゐて二人きりやがてこんな時間ばかり来る
    ・あの時の壊れた私を抱きしめてあなたは泣いた泣くより無くて
    ・病むまへの身体が欲しい 雨あがりの土の匂ひしてゐた女のからだ
    ・この家に君との時間はどれくらゐ残つてゐるか梁よ答へよ
    ・この身はもどこかへ行ける身にあらずあなたに残しゆくこの身のことば
    ・手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

    永田和宏さんの歌

    ・水のごとく髪そよがせて ある夜の海にもっとも近き屋上
    ・乳房まで濡れとおり雨に待ちいたる 捨つるべき明日あまつさえ今
    ・吾と猫に声音自在に使いわけ今宵いくばく猫にやさしき
    ・奪衣婆のごとく寝間着を剥ぎゆきて妻元気なり日曜の朝
    ・二人乗りの赤い自転車かの夏の万平ホテルの朝の珈琲
    ・馬鹿ばなし向うの角まで続けようか君が笑っていたいと言うなら
    ・一日が過ぎれば一日減つてゆく君との時間 もうすぐ夏至だ
    ・たつたひとり君だけが抜けし秋の日のコスモスに射すこの世の光
    ・呑まうかと言へば応ふる人がゐて二人だけとふ時間があつた

  • 家族について考える。

    わたくしにはつまというものがいないのでわからないものなのかと思っていましたが、なんだかとってもわかるような、うらやましいような、そういう本でした。だからといって明日からはただつまをおいもとめるためだけに日々すごしてゆこうとこころにきめたりはしていません。ただ家族のことはかんがえました。

    ここのところわたくしとその家族のまわりにはうれしいことやらそうでもないことやらがいくつかかさなり、背筋がのびたりちぢんだり猫背になったり怒り肩になったり(鳩胸にはなっていないはず)しておったのです。そういうときにわたくしが抱いていたイメージは冬ごもりをするてんとう虫でした。その映像だけがずっと頭のなかにありました。

    たぶんきっとちょっと困った家族なのでしょう。みなさんとそのご家族がすくなからずそうであるように。いろんなことがおきるとちゅっと身を寄せあってちぢこまってしまう。おらおらわしらがとおるんじゃいそこのけそこのけ、というふうには誰もできないそんな家族ですので。それがいいのかわるいのかはわかりません。いやあんまりよくはないんだろうな。そう思います。しかしながらそうするしかないのかな、ともかんがえています。ながれにみをまかせるべきか。さおさすべきか。しばらくはながれにみをまかせる方面でー

    たった一度のこの世の家族寄りあいて雨の廂に雨を見ており 永田和宏

  • 初めて歌集を読みました。歌はド素人ですがタイトルの歌が好きでなんとなく。
    河野裕子さん夫妻の、出会いのときめきから、子育てのあれこれ、病気発症後の衝突と、
    河野さんの生涯がぎゅっとつまった本でした。
    晩年は特に、かっこつけてない夫婦の現実が伝わってきて泣けました。
    「たったこれだけの家族」という言葉が自分にもしっくりきて、
    私の「たったこれだけの家族」と過ごす時間を大切にしたいと思える本でした。

  • 愛情のこもった言葉のやりとり。言葉で表現できるところよりさらに奥深い部分まで分かり合えた人間関係を見せていただいたような気がする。ある意味赤裸々であるがゆえに「偉大」で「尊敬」でき、「憧れ」る関係が築かれたのだろうと思う。

  • 出会い、恋人になり、夫婦になり、別れる。
    二人の歌人の、その全てが詰まった本。

    そもそも、数があまりないのかもしれませんが、幸せな歌、楽しい歌があまり印象に残っていない。
    それぞれのフェーズでの、悩み苦しんでいる歌が印象的だった。
    この本の内容と直接関係はないのですが、思ったことが2点。
    ・病気で亡くなるというのは、失うと分かってから実際に失うまでの期間が長く、
     無力感、理不尽さや、失った後の時間など辛そう。
     だからこそ、色々印象的な歌が読まれるのかもしれない。
    ・心に響く歌というのは、自分の体験と似ていたり、リアルに想像できることが書かれているもの。そういった感情は、言葉にするのは難しいし、無理やり言葉にしても作り物感が出てしまう。歌だとすっと心に響くものになりえる。

    歌の本は、サラダ記念日ぐらいしか読んだことのない私ですが、とても楽しみました。

  • 濃密で二人のエネルギーにくらくらする。よんでもよんでも読み終えない。衝撃的でページをめくっても先に進まない。濃い。

  • 線が細くてはかなげだった河野さんが、小さなことにはこだわらない永田さんと結婚したことで日常生活も歌作りも安定感が増したのではないかと思いました。

    まつすぐに進むものなり二人乗りの赤い自転車でくいくいとゆく(河野)

    二人乗りの赤い自転車かの夏の万平ホテルの朝の珈琲(永田)

    ぶつかり合うことも多かったようですが、この2首から、2人の時間を楽しんでこられたバランスのとれた夫婦関係だったのだろうと感じました。

  • 短歌というものは知らないけど、京大京女の組合せとは素晴らしい。私小説というものが下火になってる中、全部家族にもそれ以外にも筒抜けというのはすごい… 夫婦愛とか死とかそういった、よく言われるテーマよりそこが印象的。

  • 斎藤

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