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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167900847
作品紹介・あらすじ
與那覇先生の日本史名講義! 文庫版附録・宇野常寛氏との特別対談!
中国が既に千年も前に辿りついた境地に、日本は抗いつつも近づいている。まったく新しい枠組みによって描かれる、新日本史!
みんなの感想まとめ
歴史を通じて「中国化」が日本社会にどのように影響を与えているのかを探求する本書は、過去の出来事を新たな視点から捉える試みがなされています。著者は、日本が中国の影響を受けつつも、江戸時代のような分権的な...
感想・レビュー・書評
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近世(初期近代、early modern)の中国に注目する
近世は日本史だけではない
世界ではじめに近世に入ったのは「宋朝の中国」
ヨーロッパの近代啓蒙主義は、宋朝の近世儒学のリメイクとして考えられる
ルネサンスの三大発明はどれも宋代中国の発明
→どうして近代には西洋が中国を追い越し、産業革命は起きたのか?
→どうして近代化・西洋化が捗っていなかったはずの中国が大国に返り咲いたのか?
どうして先進国だった中国は、人権意識や議会政治だけはいつまでも育たないのか?
【1】
冷戦後
・一極支配
・自由(機会の平等)の名の下に平等(結果の平等)が蔑ろにされる=自由競争
内藤湖南「宋代以降近世説」
唐(中世)と宋(近世)=中華文明の分け方
①貴族制度を全廃し皇帝独裁政治
②経済社会を自由化する代わりに政治の秩序を一極支配によって維持する仕組み
・農民に貨幣使用を行き渡らせるように王安石の青苗法→商売をするように
・自由競争で負けた時の保険として、「宗族」という父系血縁のネットワーク
・朱熹の朱子学=褒める道具
・日本は理念に賭けることができない、現実との落差を騒ぐ
・古代日本で科挙ができなかったのは、メディア・教育インフラが整っていなかったから(中国にはすでに印刷技術があった)
・令外官は実質に貴族の世襲になった→藤原氏の台頭
・武士に注目しても古代と中世を区別できない。日本中世は「中国銭の時代」
・日宋貿易→院政?
・新しいことを始めようとした平家が旧体制的な源氏に負けた(だから武士の時代ではないし、日本はグローバル化が下手)
【2】
・モンゴルは野蛮な侵略者ではなく、グローバリゼーションの原点
・間接統治形式の採用→広い支配
・日本の元寇と韓国の高麗の違い。「国難ここに見る」ではなかった。軍閥政府の鎌倉幕府こそグローバル化の道を閉ざした
・後醍醐天皇は異形というよりスタンダード、他の奴らが変
・最後の挑戦者・足利義満も上手くいかなかった(暗殺?突然の病死)
=日本において中国化を目指すとおおむね短命に終わる
・明朝の朱元璋は反グローバリズムで、その隙間をヨーロッパが埋めた
・銀の大行進→全世界が戦国乱世
・清朝は自由放任政策→好景気→格差
【3】
・応仁の乱という転換点
・安土桃山期に象徴天皇制ができた?
・信長のライバルは「本願寺」
・☆なぜ近世日本は身分制社会を選んだのか?
→イネとイエ。稲作の普及は徳川初期の新田開発によるもの。中世までは畑作の比率が高かったが稲作より収入が得られないため、中国化に賛成していた。が、インフラ的に食えるくらいにはなったので自由市場の魅力がなくなった。→大家族から直系家族へ。核家族化によって子供が増えた。≒農地改革から高度成長とも似てる
封建的
・家職制によるジョブトレーニング
【4】
・「マルサスの罠」の抜け穴=家事の市場化@西洋
・☆「姥捨山は偽の江戸、孫捨て都市が真の江戸」(都市の蟻地獄効果、速水融)=若者のために老婆が犠牲になるのではなく、イエを長男に継がしたジジババが次男・三男を都市に捨てる=出稼ぎ者の高死亡率
=日本型の福祉社会
・江戸時代≒北朝鮮?
【5】
・明治維新は大したことなく、日本独自の近世が耐用年数を超え、中国化せざるを得なくなった
・福沢諭吉は「機会の平等」は説いたが「結果の平等」は説いていない
=新自由主義的、市場原理主義的
・西洋化と中国化のタイミングが重なった、中国や朝鮮はそもそも中国化していたので西洋化には魅力がなかった
・識字率はバラツキがあり、仕事柄文字を使う人が近世から読み書きができた
→近代以降の市場経済に適応できるか否かをつくっていた
・底辺労働者でも実力主義で、女工にも手先が器用なエリートと雑で罰金を取られた負け組がいた
【6】
・『ラピュタ』は『わが谷の緑なりき』への返歌
・再江戸化のさいに、社会主義の一部を適用した=日本がいちばん社会主義国家で成立した
・明治維新は失敗したが、昭和維新は成功した
【7】
・『ナウシカ』は、満州事変から原爆投下まで
・創氏改名は同化というより江戸化
・東アジアに基地を持たないドイツ・イタリアと同盟することで、中国とアメリカに対立することになり、自滅した
・愛国心はムラ社会の結果であり原因ではない。戦中に徴兵制がうまくいってなかった中国に勝つことはできても掌握することはできなかった
・「日中戦争とそのオマケ」、アメリカに負ける前に中国に負けた
・Japanimationは戦時下に生まれたが故に生死や戦争が描かれる
【8】
・戦前の軍国国家=軍部による社会主義→議会政治家による戦後社会主義
・自民党が作られなかった戦後史の方が西側の「普通の国」
・社会主義が経済ではなく平和問題になった
・戦後民主主義は新しいブロン
【9】
288
新しい歴史観☆
【10】
300
西洋型の近代社会のインフラ=法・人権・議会制民主主義は中世貴族の既得権益
そもそも中国にはそのようなものはない
306
公務員を薄給にしてしっぱいした近世中国
316
北朝鮮化か、中国化
宮台・仲正『日常・共同体・アイロニー』
溝口健二『新・平家物語』
『樽山節考』
『郡上一揆』
『スパイ・ゾルゲ』
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「中国化」とは著者の造語ではあるが、「日本社会のあり方が中国社会のあり方に似てくる」ということである。近代国家の要件を身分制度の廃止と経済活動の自由化とするならば、中国は宋代に封建制度を抜け出し近代国家になった。科挙制度により世襲制度を廃止全国土を皇帝直轄地として移動の自由化を図った。
日本では平清盛が自由貿易、商重主義に舵とろうとしたが、農業中心の源氏一党に敗れた。宋朝の皇帝専制を目指した後醍醐天皇も足利尊氏に助力を求めたために吉野に退く。そして江戸時代まで土地本位の封建制度が続いた。 -
またしてやられた、というのが正直な感想である。
著者の本は「知性は死なない」から読み出したが、同書のインパクトが強く、それ以前の本を手に取ることがなかったので、鬱前後で区切ったときに、鬱以前を知らなかった。
しかし、「知性は死なない」でしてやられた感覚はそれ以前のこの本でもまた思い知らさせた。
筋で見方をひっくり返す、という意図は見事に果たされ、「輿那覇史観」をこれでもかと投げつけられた。恐らく、細かな論点はいくつも挙げられるのだろうが、主な論旨を覆すほど反論できる根拠が恥ずかしながら今の私には見当たらない。
そして、最終章の最後で記されている憲法前文の扱い方は、この筋を一通り読むとまた格別の味わいである。
この本の論旨を今の政治状況と並べて見た時に10年経った今でも全く損なわれていないと感じる。
この10年間、色々な人がオリンピックというものに気が向いていただけで、ここに書かれた克服すべき課題は変わっていないのだと思う。
冒頭の鬱前後の記述で気になるのは、鬱後の方が記述に皮肉めいた部分が少なくなった、もしくは弱まったと感じるところだ。
その点については、著者の別の本を読みながらまた考えてみたい。
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「中国化」…。文庫化のタイミングが、このキナ臭い時節柄にピッタリ(?)だ。
もっとも、内容はしっかりしたグローバル・ヒストリーの学説に基づいている。
要するに「中国化」とは、極端な競争・格差社会になるというものだ。サッチャー主義やレーガノミクスと同義である。それを歴史的には、中国(宋)が先駆けて達成したから、その現象を著者は「中国化」と名付けたというわけだ。
世界は「中国化」する一方、日本は常に「江戸時代」に逆戻りしてしまうらしい。つまり、分権化による非競争社会を、日本人は求めているということになる。日本史上の異端児たちは皆、「中国化」を目指していた。そして失敗してきた。
「中国」と「江戸時代」を比べてみよう。
「中国」は、市場機能を最大限に発揮できるため、資源を効率的に使える。従って経済は好調だ。また能力がある人は、どんどん昇進できる。ジョブズみたいな天才が次々に現れるだろう。だが逆にいえば、そうでない人たちは大変だ。そのうち「1対99」の格差が生まれてしまうだろう。(本場のようなカクメイだってあるかも…!?)
「江戸時代」はその真逆だ。閉鎖的な市場ゆえ、資源の利用は非効率。能力があっても出世できない。技術革新も進まない。その代わり、少ない資源を分け合って、なんとかかんとか生きられる。弱者が死なない(抜け出せもしない)社会だ。
無論どちらにも、好いところと悪いところがある。困ったことに、筆者によると、両者の好いとこ取りはできないそうだ。しようとすると必ず機能不全になってしまうらしい。だから、放って置けば「中国化」するし、それが嫌なら「江戸時代」をとことん目指すしかないようだ。
ちなみに、本書の見応えは、筆者のギャグセンスでもある。本書をめくると、太字が目立つことに気づくだろう。そしてその部分は、必ずしも重要なことではないし、往往にして刺激的な文面である。わざわざ強調するのは、アンサイクロペディアでいうユーモア欠乏症患者(=ウィキペディアン)への皮肉なのかもしれない。本書が(娯楽として)楽しめるかどうかは、太字部分が楽しめるかどうかによって決まる(私は楽しめました)。 -
源平合戦から東日本大震災後まで、これまで使われてきた歴史の枠組みを捨てて、「中国化」「再江戸時代化」という新たな概念をキーワードに、日本史の大きなストーリーを描きなおす。宇野常寛との特別対談などを増補。【「TRC MARC」の商品解説】
関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40278610 -
普段日本史は読まないが面白く読めた。
グローバル化を中国化、封建遺制への回帰を江戸時代化とややしつこくリフレーズし、やや強引なまでに押し通すことで、我が国がたどってきた物語に新鮮な整理を示すとともに、これから向かう道筋の方向性に歴史的な視座を示している。
10年前の、割と時代に応じた記述も含まれる著作ではあるが、今も色褪せることなく読む価値は十二分。 -
高校レベルの日本史の知識を土台に全く異なる歴史を描く一冊。歴史が単なる事実の積み重ねではないということを語らずして教えてくれる。
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●ここでいう「中国化」というのは、宋朝の皇帝専制による自由競争と機会平等。
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安易な最近の「中国化」という言葉につられ、つい手にした本であったが、歴史を振り返り、未来を考える意味において必読。
著者曰く、世界で最初に「近世」に入った地域は宋朝の中国だそうだ。(東洋史家の内藤湖南も宋代以降を近世)
宋に於いては、貴族制度を全廃し、皇帝独裁政治を始めるが、経済、社会を自由化。
科挙、殿試、郡県制、青苗法、朱子学。
火薬、羅針盤、活版印刷。
宋で導入された社会の仕組みが、実は全世界でも現在まで続いている。
日本は唐までは中国から学んでいたのに、何故にそこからは学べなかったのか?何故グローバル化できない?
日本史をこの観点から現代まで語っている本。小泉政権まで語ってくれているので後半も楽しめた。
始まりは、西日本に中国宋商人が出没し平清盛が中国宋システムを導入しようとするが、これに対し関東坂東武士の源氏は現在利権を主張反対。
中華文明と日本文明の衝突。
メモ
欧州において、人権概念の基礎は、中世貴族の既得権益から始まる。下位身分のものと分けあっていくプロセスで生まれた。
現在中国について、宋朝の時代に特権貴族なんかなくなっているわけであるから、人権の概念は薄く市民革命なんて起きるわけがない。
日本人の好む陽明学について...動機だけみて結果を考えない。妥協知らず突き進む。正は正とする。(廃仏毀釈、靖国史観、征韓論)
戦後の絶対非武装主義は戦中の1億玉砕思想の裏返しともなる。
中国→文官優位の社会。
よい鉄は釘にならぬ、よい人は兵にならぬ。
世界普遍的な道徳の体現者としてふるまう。
しかし、アメリカニズムに相当する普遍理念がない。
太平洋戦争は日中戦争とそのオマケ
漢字とコーランは最古にして最強なモジュール製品である。
「封建遺制」他人の得は自分の損と思い込む百姓根性 -
我々は未だに「長い江戸時代」を生きていたーー今更読みまして、大変感銘を受けました。全日本人におすすめしたい本です。(※単行本2011年文藝春秋、増補版2014年文春文庫)
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今までの世界史の見方に反駁を与える本。著者は、欧米より早く中国が宋時代以降にグローバル化していることに注目し、日本の歴史あ、中国化か反中国化の対立の歴史であったと主張する。
正直、中身の妥当性は分からなかった。 -
著者の言う中国が大括りすぎて。。カッコ付きの「中国」ですね。現在の中国とも中国大陸に連綿と続く国家の総体とも違うのですから。
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「中国化」の中国は宋時代を指す。これと江戸時代をモデルケースとして、日本の歴史(特に近代史)をデフォルメして論じるスタイル。会社主義的社会の日本を江戸時代の延長に喩えるのは分かり易いし、その他頷ける話もあった。が、○か×的な論法(無論筆者の説が○)を延々とやられると、しまいに付き合いきれなくなる。寓話ならもっとテーマを絞って、少ない紙量で主張をまとめた方がより効果的ではなかったか。
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宋代以降の中国を、身分制がなく、中央集権、経済的自由といった「中国化」。封建的で家中心、制限経済的な「江戸時代化」。世界中で起こっていることはこのせめぎ合いだとして、バッサリ分析した書。前提の是非を問うところもあるかと思うが、斬新な通史の試み。/「もはや理念に賭けるしかないという現実」を直視せずに「理念と現実の落差」を鬼の首でも取ったかのように騒ぎ立ててしまった日本人というのは、おそらく宋朝以降の中国社会にも、それに似た冷戦後のグローバル社会にも、適応性の低い生き物なのでしょうp.52/「独裁政権が民主化勢力を圧殺して無謀な戦争に突き進んだ」のでは必ずしもなくて、「民主化勢力が政策への影響力を発揮するにつれて、従来の政権担当者の『結果重視』のバランス思考が民間世論の『動機重視』の強硬一辺倒路線に飲み込まれて、勝算のない戦争へ押し流されたという側面がかなりあるp.180-181/「あの戦争」をいかに呼ぶかについては(略)私の授業では「日中戦争とそのオマケ」と呼べと指導しています。対米開戦以降の太平洋戦争自体が、それまでの日中戦争の敗戦処理なのです。p.230/漢字とコーランこそ、人類史上最古にして最強のモジュール製品なのです。p.266
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今改めて読むと、まさにグローバル化の波の激しさを思い語らせる本である。
高校の日本史や世界史で暗記させられた「近世」が、もはやグローバル化が激しい今のご時世は、時代的に世界で最も「近世」のグローバル化を実現した中国の宋の時代に非常に同じものであり、そのような宋朝の時代に、個人の移動や経済的な自由・平等(ここでは機会の平等の話であって、結果の平等の話ではない)により実力主義が激しい社会状況を「中国化」と称し、世界は歴史的に「中国化」と反「中国化」(本書では「江戸化」)との抗争の歴史を歩んできたと分析する。
詳細は読めば分かるが、特に高校の世界史や日本史の知識がなくても、平易に概説しているので、どんどん読み進められるし、読んでいくうちに、歴史に関する見方が、高校の世界史や日本史で学ぶであろう内容とは全く別の視点から見ていくことになり、結果的に全体を読み終えると見方が一気に変わる。
実際に、本書を読み通すことになる「中国化」への対応の仕方をどのようにするのかが、今後のグローバル化への対応として問題になってくることは言わずもがなで、私の関心から言えば、世界史や日本史など学校での勉強内容をがっちり勉強した後で、「だから何!?」というような反論に対して、どのようなことが提供できるのかが、実は重要で、そのような提供をするための視点を考える上で、面白い内容になっている。
特に増補版に載っている特別対談も見もの。 -
鼻につく物言いは多いが、なかなかに興味深い本である。
江戸時代的構造と中国的構造の対立で
日本史を読み直すといった内容となっている。
政治と経済がワンセットにしたパッケージとして
江戸時代的構造と中国的構造があげられているが
はっきり言って、江戸時代的構造の不利は否めない。
いまだに日本がそれを引きずっているのは
そういう文化としてしっかり構築していたためで、
流出入が激しくなる現代において、足枷にしかなり得ない。
という訳で遅かれ早かれ中国化していくでしょう。
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與那覇潤の作品
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