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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784167901141
作品紹介・あらすじ
ベストセラー『カラフル』に続く冒険恋愛小説
日雇い労働者の青年と、ミステリアスな資産家の妻。二人の人生が交錯するとき、思いがけない事件が起こる。新境地を切り開いた傑作!
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
生きづらさや貧困、社会の無理解をテーマにしたこの作品は、日雇い労働者の青年とミステリアスな資産家の妻の交錯する人生を描き出します。大阪のあいりん地区という具体的な舞台設定が、読者にリアルな感覚を与え、...
感想・レビュー・書評
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卒業式がなくなって、入学式もなくなって、ゴールデンウィークの予定もすっかり白紙、それどころか、世界的イベントであるはずのオリンピックまで延期されてしまった2020年。予定はあくまで予定であって未来というものは過去になってみないと確定しないものだとつくづく思います。でもそんなことが繰り返されてきたのも人間の歴史です。東日本大震災が、熊本地震が、そして90年代には阪神・淡路大震災もありました。不可抗力により全く意図せず変化する未来。公に予定されていたものがキャンセルになると、逆にそのこと自体が大きな出来事として歴史に刻まれます。でも、一方で皆をあっと言わせるために秘密裏に進められていた予定が不可抗力により頓挫してしまうと後には何も残りません。でもはっきり言えるのは、いずれであってもその結果によって人生を、未来を左右された人々がいるであろうということです。それが運命、それも含めて運命ということなのでしょうか。
『前略。いつも年賀状を有難う。君が探していた原稿が見つかりました』という手紙の書き出しから始まるこの作品。ただし、この作品の体裁を見てわかる通り、この手紙の位置づけはあくまで序章にすぎません。ただし、この作品を最後まで読み終えた読者は、必ずこの手紙を読み返します。無性に読み返したくなります。中には、読書中でさえもこの手紙のことが気になって仕方がなくなる人もいるかもしれません。そして作品を読み終えてこの手紙を再び読み返す時、いたたまれない切なさと、ぽっかり穴が開いたような寂しさに包まれることになります。そして、感じます。同じ文章を読んでいるのに、一度目と二度目でそこに見えるものがこうも違うのか、と。
『実在する女の人生を小説にする場合、果たしてどのような書き出しが最も望ましいのだろう』、序章に続いて始まる第一章もとても不思議な書き出しです。そして、『ここに来れば仕事があるって聞いたんですけど、なんやようわからへんで。ぶっちゃけ、仕事ってどうやって探せばええんですか』という青年が現れます。神戸大学文学部の三回生・藤谷大輔。『俺、この釜ヶ崎を題材に小説を書いたるつもりやねん』と語る大輔。そうです。ここは、『行政からは 「あいりん地区」なる名称を押しつけられ、世間一般からは無法地帯なみの劣悪なイメージを植えつけられている』大阪・釜ヶ崎。『職探し以外の目的でやってくる人間は限られている』という街。そして、ここにやってくる人間は『ここへ来れば自分よりも不幸な人間に会えると信じている』と言われる街でもあります。
そんな大輔からひょんなことで彼の大学の夏休みの課題小説の代筆を引き受けた甲坂礼司。出来上がった小説を受け取って釜ヶ崎を去った大輔。『しかし、大輔は一年の時を経て再びここへ戻ってきたのだ。僕への新たな小説の課題を携えて』と再び礼司の前に姿を表します。小説の依頼者は『ウエストホテル社長 二谷啓太』、『初めて足を踏みいれた芦屋は釜ヶ崎の対極にある街だった』と彼の自宅に赴く礼司と大輔。そこで『女房の人生を小説にしてほしい。私の希望はそれだけです』という二谷。『小説の枚数は原稿用紙にして二百枚前後。締め切りは三ヶ月以内。前金として百万、小説が完成してから二百万』という、その日暮らしの礼司には破格の謝礼の元、礼司は二谷の妻・結子を主人公とした小説を書き始めるのでした。
実は『釜ヶ崎』についての知識をほとんど持ち合わせていなかったこともあって、読書を一旦中断して調べました。『ドヤ街』『日雇い労働者』『路上生活』『貧困』などの言葉が並ぶ、その検索結果に、重い感情が私を包むのを感じました。森さんの表現も『ファンタのおっちゃんを送ったばかりの部屋には既に次なる病人の影があり、薬品臭とアンモニア臭以外の珍しい刺激が鼻を掠めると思えば、吐瀉物の臭いだった』と、付け焼き刃の知識の頭に具体的な場面がリアルに描画されていく、なんとも言えない重苦しさを感じました。
そして、主人公として最初から最後まで登場する礼司ですが、小説のモデルの結子以上に謎を秘めた存在でもあります。自転車の後部のネームプレートを見た結子は『萩ノ茶屋、のノの字が逆向いとる』と礼司に指摘します。その礼司の自転車には『片側にだけ巻きつけられた目印の赤いテープ』が付けられています。さりげなく描写される細かな記述が全て伏線となって、えっ?という予想外の展開・結末に向かって物語は進んでいきます。この作品は1994年から翌95年初頭までの大阪、神戸を舞台にしています。そしてこの95年とは序章の手紙で語られる通り『関西を襲った激震の猛威は今更ここで述べるまでもありません』と数多くの人々の日常、そして未来が突如寸断させられてしまった阪神・淡路大震災が発生した激動の年です。その事実を突きつけられることになる読後には、表紙の女性のイラストからは想像できない極めて沈鬱で重苦しい感情が残ってしまいすっかり気が滅入ってしまいました。こんなにも重い作品だとは思わなかった、これが正直な感想です。
ところで、この作品に一点難があるとすると、この作品で語られる関西弁の独特なクドサでしょうか。少し強すぎる、もしくは人によっては逆に引っかかりを感じるであろう、この『関西弁』だけは好き嫌いがハッキリ分かれるだろうなとは感じました。
ということで、この作品、構成がとても巧みで最後の最後まで結末が見通せません。そして、その結末に感じる「カラフル」のあの結末のえっ?と同じような意外感。途中までの、これは本当に森さんの作品なの?という疑問が、最後には、やはり森さんの作品だった!と変わって得られる安堵感。〈風に舞いあがるビニールシート〉同様、森さんの描くとても大人な世界の描写に存分に浸れる、そんな作品でした。
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阪神淡路の震災の頃、こんな人生があったのでしょう。熱く暑く熱く、せつなく、ほろり、ニヤリ、その上あの宗教まで。
濃い濃い濃い青春それを取り巻く濃い濃い人々
扇風機を出した暑く息苦しい今日に相応しいお話しでした。 -
森さんの作品にしては読むのに時間がかかってしまった。釜、ドヤ街という背景が苦手なのかもしれない。
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生きづらさ、貧困、周囲の無理解...。誰しもがセーフティーネットから零れ落ちる可能性がある。そこからの劇的な逆転も...。読み始めは同姓同名の作者が書いたのかと思っていたが、ラストは著者らしさで満たされた。じっくり向き合いたい一冊。
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幸せの形はひとつじゃない。釜ヶ崎は、他人と違う何か、生きづらい何かを抱えた人間に対してこそ、寛大な土地だった。どんな人間も拒むことのない底なしの受け皿だ。そこで生きた若者たちが、死と隣り合わせの日常に、生きる意味を自覚する。女が語る過去を綴る中で男が気づくのは、人間の弱さ。自分を突き放した両親をすがりつくように恨むことは、両親への執着と表裏だ。それに気づいた彼が、過去の自分と決別して一つの人生を歩こうとした矢先に訪れたとのとはー。未来は誰にもわからない、それこそが、この小説のテーマなのかもしれない。
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なんだかいつもと違う森さんの作風で、最初はちょっとビックリしました。
だけど、そういうギャップがあるのもまた素敵だなー。なんて思ったりして。
読み終えて思ったことは、人生はいろいろ。
その言葉に尽きるなー。ということ。
礼司の人生も、結子の人生も、大輔も松っちゃんも、もちろん私の人生も、他人から見れば正直どうでもいいようなことばかりで、だけどでも、自分自身ではいろいろなことを抱え、背負ってここまで生きてきてるんだよな。なんてことを思ったりしました。
1995年1月17日。
あの日に向かって進んでいく物語。
あの震災さえなければ、きっと今とはまったく違った人生を歩めた人がたくさんいるはずで、礼司と結子の未来も、今はもうどうなったかさえ分からないけど、だけどきっと、二人はどこかで幸せになっていると信じたいです。
読み終わったあと、もう一度最初のページ戻って、ほんの少しでもいいから、みんなが生きている。という希望の光を見つけたい。って思ったそんな作品でした。
『止まっとるよりは動いとったほうがええ。』
前向きな結子の言葉がとても印象的でした。 -
結子のような女、いいな
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再読。
結子の一代記という記憶でしたが、全然違った。
貧困とハンディキャップの問題を絡めた、二人の男女の切ないストーリー。
掴みどころのない結子という女。
富豪の妻の彼女の出自が明らかになるにつれ、彼女を見る目が変わります。
ストーリーテラーの礼司にも何かあると思いながら、そこに行き着くまでの間が絶妙でした。
プロローグの手紙を読み直し、自分の前回のレビューを読んで、また同じ気持ちに。
2人は何食わぬ顔をして、東京で暮らしてて欲しい。そう願います。 -
わぁおもしろいどうなるんだ、続きが気になる!
…というタイプの本ではなく。
じっくり読まさせられる本。
弱さと力強さ
どんな人にも相反するものが存在して、
それをとても感じる話だった。 -
釜ヶ崎のドヤ街(あいりん地区)で生活をする青年、礼司がある一人の女性について小説を書いて欲しいと依頼される。
ドヤ街とは??と余り知識のない私には衝撃的な一冊となりました。
どんな生活をしていようとも、生きるというのはやはり大変だ。
食べなくてはいけないし、何よりお金がいる。
初めは礼司がドヤ街で暮らしている事に違和感を感じていたのですが、その答えはしっかりと終盤で語られています。
礼司と結子に幸あれ。
他の方のレビューを見ると、関西弁がおかしい!と多く書かれていますが、東京育ちの私には全く分からず。
『言葉の違和感』とはどんな感覚のものなんだろう、と想像してみても今一理解できず。
外国の方がヘンな日本語使ってる感じかしら?
方言憧れるなー。縄張りみたいで何か格好良し。 -
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人生山あり釜あり
ってな事で、森絵都の『この女』
なんか最近本読んでても内容が頭にあまり入ってこない
ただ活字を追ってるだけなんかな…
雰囲気的にはまずまずの面白さがあった感じじゃけど、ピンと来ない
感情移入が出来なくなってきたのか❓
グッと心揺さぶる本が読みたい
決してこの本の内容が良くないって事は全くないけど、物足りなさが
わし、疲れとるんかな…
2025年21冊目 -
冒頭で主人公の結末が分かっているだけに、最後の終わり方がどうなるのか期待しながら読み進みました。
オムライスを食する時はこの物語を思い出すかも。読後オムライスが食べたくなりました。 -
大阪のドヤ街に住む男と金持ちの奥さんの話。
最初はいろんな伏線ばらまいてるのかなぁ?
どう展開していくんだろうと思いながら読んでたけどなんかいろいろ中途半端だった印象。
読み方が間違ってたのかなぁ。
ヒューマンドラマ的な感じで読んでったらよかったのかなぁと思った。
でも全体的には楽しめました。 -
衝撃的だった。何が、と言われれば困るのだがいろんなことに衝撃を受けた。
元々森絵都さんの本は好き好んで読んでいるのだが、カラフル以外にここまで読みいってしまう本はあっただろうかと思うほどのめり込んでしまった。
それはデタラメばかり言う結子の生涯が気になるからなのか、冒頭の意味深な手紙の先が気になるからなのか、陰謀が気になるからなのか、分からないけどついつい読み耽ってしまった。
ただ読んだ後、何とも言えない切なさが胸いっぱいに広がった。幸せになって欲しい2人。
ただ、あまり気持ちの良くない描写が多々あったからか、少しばかり気が沈んでしまった。かな。 -
90年代中盤の関西を舞台にした、骨太な人間物語。全部読んでからもう一度見返すと、冒頭の木之下教授の手紙がこの本の全てを語っているような気がします。「この女」だけでなく「この男」、いや、登場人物すべての人生に波乱万丈と哀愁と激情がが入り混じり、その全てを恐らくは"時代"が押し流していきます。
不穏としか言いようがなかった1995年。世の中も自分もどうなるのかまるで見えなかった、そんな年。大輔と同年代の自分にとって、あの頃の空気感をまざまざと思い起こさせてくれる、そんな作品でもありました。
物語は「この先」でどうなっていくのか。そこが知りたくもありますが、このもやっとした、色々な事を読者に夢想させる終わり方もまた90年代らしいのかもしれません。
本書を手に取った頃にオウム事件は区切りを迎え、カジノ構想は再び目を覚まそうとしている。時代って巡るものですね。 -
久しぶりに一生懸命読む本に出会いました。森絵都さんは前に一度何かを読んだ記憶がありますが、その時こんな感じはありませんでした。ブラリぶらりとあっちこっち揺れながらどこかに向かうこの二人はとても魅力的です。
映画にするなら結子は誰なんかな?不良っぽさがあって色気があって…上野樹里さん、完璧じゃないですか? -
金持ちの奥さんの話を小説にすれば三百万円という奇妙な依頼。でもその奥さんには不幸な過去が・・・。薄幸な奥さんを助けるハードボイルドと思いきや、むしろ彼女の勇ましさに、たくましさに救われる再生の物語。
著者プロフィール
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