さよならの手口 (文春文庫 わ 10-3)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (431ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167902209

作品紹介・あらすじ

仕事はできるが運の悪い女探偵・葉村晶が帰ってきた!

ミステリ専門店でバイト中の女探偵葉村晶は、元女優に二十年前に家出した娘探しを依頼される。当時娘を調査した探偵は失踪していた。

感想・レビュー・書評

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  • 刊行当時13年ぶりの葉村晶(その間短編は2本ほど発表されているらしいが)。
    なんと四十歳の坂を越え、職業も長谷川探偵社が廃業したことにより、ミステリ専門古書店"MURDER BEAR BOOKSHOP"でアルバイトをしていた。
    なんか探偵じゃない葉村を見るのって『プレゼント』の頃を思い出す。

    13年ぶりかぁ。
    リアルタイムで待っていたら待ちくたびれる、というか完全にそれまでの過程を忘れてしまうだろうから、ある程度出そろったところから月日を物ともせず、ずんずんと読んでいく今の読み方ができて幸運。

    さて、今回は葉村が古書店で働いているということもあり、ほんのりビブリオ風味。
    書店での倒述フェアではF・W・クロフツとか、骨フェアではレジナルド・ヒルとか語られるとそっちも気になってしまうのがミステリ好きの性。

    事件の方は、とあるアパートの店子の遺品整理で大量の蔵書が見つかり、掘り出し物がないか探っていたところ、押し入れの床が抜け白骨死体の待つ床下へ頭から落下するという葉村の災難に始まる。
    白骨死体の謎は元探偵葉村の推理が冴え渡り、事情聴取に来た刑事に口添えすることでスピード解決。
    その能力を見初められ依頼されたのが、往年の大女優・芦原吹雪の失踪した娘の捜索。
    それと並行して巻き込まれる"MURDER BEAR BOOKSHOP"の常連客・倉嶋舞美とのどたばた。

    切れ味良い物言いや、物事の見極めの鋭さは健在であるが、前作までと比べてとにかく災難に見舞われるし、ところどころで冷静さを失い、感情を抑え切れない場面も。

    今回特に印象的だったのは人と人が懇意になることの脆さ。

    前々から滲んではいた葉村の優しさにつけ込んでかき回すサイコパスしかり、そのサイコパスにすっかり洗脳されてしまう”スタインベック荘”の大家しかり、ちょっとした手抜かりから微妙な関係となってしまった東都総合リサーチの桜井しかり。
    それを終盤、「慢心」という言葉や「わたしは何を間違えたのだろう」と自省する葉村の心に共振し、とても胸が痛んだ。

    それとは別に『依頼人は死んだ』で出てきた濃紺の悪魔や、前作ですったもんだあった相場みのりの行く末など、未来への振りかと感じていたところが全く回収されず、意外と放置系なのか!?(まぁ、別に支障ないけど)という点も多々。
    全体的にイヤミス感溢れていたけれど、最後のオチだけはとっても爽やか。

    次は『静かな炎天』。
    また短編になるようだ。

  • 冒頭、葉村晶はこのように呟く。
    「この世には数かぎりない不幸が存在している。誰もが不幸と無縁に暮らしたいと願い、不幸の臭いが漂ってくると身を翻して距離を置く。それがうまくいく場合もあるが、飛び離れた結果、かえって不幸に足を突っ込んでしまうこともある‥‥」
    こういう呟きが、和製ハードボイルドと言われる所以である。

    彼女は、これから起こる事件の説明をしている気持ちなんだろうけど、実は彼女の人生そのものを語っているのである。しかし、彼女の人生はこの作品のテーマではない。

    不思議なことに、冒頭こそ不運に見舞われるけど長編の途中まで、目星が次々と当たったりして葉村晶の調査はツキまくる。ツキのあとには、不運が来ると決まっている。しかも最大級の不運がやってくる。葉村晶は「痛い目」に遭う。この「痛い」というのは、身体的にも「かなり」痛かったが、精神的にも「かなり」痛かったのである。

    396pの彼女の呟き。精神的に参って、食欲のない葉村晶が、美味しくないファーストフードを途中で残す。残したって誰が責めようか、と私は思うのだが、彼女はこう呟くのである。
    ‥‥ふと握りしめていた紙袋に気がついた。捨てようと思っていた工業製品。でもこれも、誰かの手を経て生まれてきた食べ物だ。人の手のぬくもりは感じられなくても、わたしよりましな誰かが作った食べ物だ。もう一度ベンチに座り、ゴミとして丸めたハンバーガーを最後まで食べた。

    事件とは関係ないけど、これが彼女の真骨頂なんだろうな。優秀なのに、一見クールなのに、あまりにも優しい。そして、自己肯定感が低い。

    ここまで読んできた方々は、気がついているとは思うが、私は本書の事件について一言も語っていない。いや、葉村晶シリーズに関して言えば、ほとんど事件については語らずに長々とレビューを書いてきていたのに、恥ずかしながら今気がついた。少しは〈あらすじ〉を書くのは「礼儀」というものかもしれない。なんか、書き損ねるんだよね。

    彼女の人生が面白すぎる。
    私は一生懸命頑張っている女の子が好きなのだ。彼女は既に女の子ではないけれども、私には女の子にしか見えない。

    申し訳ないので(←誰に?)、ハードボイルドっぽい文を以下にメモする。
    ・(週刊誌記事は)どれもいわゆるオヤジ媒体で、強烈な煽り文句やえげつない惹句の裏に、ありとあらゆるものに対するねたみや反感が見え隠れしていた。そしてこの時、叩きがいのある「水に落ちた犬」は、芦原吹雪だった。(91p)
    ・ようやく脱げたときには、またひとつ賢くなっていた。「人間四十をすぎたら着られない服がある。見た目や若作りというレベルではなく、生物学的に」‥‥。このまま順調に年を重ねれば、わたしはいずれ賢人と呼ばれるようになるかもしれない。(111p)
    ・おまけに、だ。仮に彼女が裏カジノに関わり、警察内部から捜査情報を聞き出しては警察を小バカにする役割を担っていたとして、それがどうした。犯罪には違いないが、人の世の生き血をすすっているというほどでも、不埒な悪行三昧というほどでもない。警察が捜査するのは当然だとしても、退治てくれよう、なんて気分にはなれない。(224p)
    ・この人工的な街にくるたびに思うだが、関東ローム層の上で育った多摩の土着民からすると、湾岸地帯なんかで暮らす人間の気が知れない。ところが住民たちは、なんだかやたら幸せそうに住んでいる。(233p)
    ・着信があった。画面を見てうんざりした。調布東警察署の渋沢漣治だった。警官にさよならを言う方法は、二十一世紀になった現在も、いまだ発見されていない。(249p)
    ・通った幼稚園がカソリック系だったためか、わたしはシスターにすこぶる弱い。まして佐久間は園長先生に瓜二つだった。膝にすがりついて泣かないように気をつけなくては。(299p)←ハードボイルド文章ではないが、葉村晶の背景を知るためには極めて重要な一文。

    次いでにもう一つメモ。巻末にミステリ専門書店〈MUDER BEAR BOOKSHOP〉店長富山泰之のミステリ紹介がおまけとして載っている。いつか読みたいと思った作品。
    ・「警部銭形」原作モンキー・パンチ 作画岡田鯛 
    ・「殺意」フランシス・アイルズ 三大倒叙ミステリの一つ。
    ‥‥いかん。こんなの読んで行ったらドツボにハマってしまう。紹介中断。

  • 若竹七海さんの作品、今回初めて読みました。

    著者、若竹七海さん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。

    若竹 七海(わかたけ ななみ、1963年 -)は日本の作家。東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒。夫は評論家(バカミスの提唱、ミステリ映画の研究で知られる)の小山正。

    で、今回の『さよならの手口』は、葉村晶シリーズの13年ぶりの長編だという。
    たまたま手にしたにしては、良いところに当たったという感じ。

    『さよならの手口』の内容は、次のとおり。(コピペです)

    仕事はできるが運の悪い女探偵・葉村晶が帰ってきた!

    探偵を休業し、ミステリ専門店でバイト中の葉村晶は、古本引取りの際に白骨死体を発見して負傷。入院した病院で同室の元女優に二十年前に家出した娘探しを依頼される。当時娘を調査した探偵は失踪していた――。


    よれよれの読了という感じですね。
    筋が複雑なミステリーを読むのは、ややストレスがたまるようになってきています。

  • 葉村晶シリーズの長編作品。主人公の葉村晶同様、読み手も疲れ果てたり、興が乗って一気に読み進めたりと、気ままに読む結果となった。主人公が何度も入院する結果となったりして、おいおいストーリーが重すぎはしないかと呆れたり、でも面白く読み終えた。

  • 再読。
    まずタイトルが良い。チャンドラー作品に出てくる有名な言葉『警官にさよならを言う方法はまだみつかっていない』から来ているのだが、『さよならの方法』でも『さよならの手法』でもなく『さよならの手口』としたところに葉村晶シリーズらしさを感じる。

    親が子に、子が親に、夫が妻に、妻が夫に、友達が友達に、過去の傷に…様々な『さよならの手口』が出てくるが、いずれも最悪な形で晶に突き付けてくる。
    女性でありながらこれほど痛め付けられ傷を負うという設定の探偵も珍しいが、彼女はそこを諦めつつも受け入れ探偵としてやり遂げていく。

    だが結末はあまりにもハード。晶自身が振り返るように、彼女は誠実に働いたが、何かが違っていたのだろう。
    クールで手抜きをしない探偵だが、感情がないわけではなく、時折熱くなりお人好しにもなる。そこが彼女の魅力であり弱点でもある。

    脇役としては厭な警察官だが当麻警部は結構好きだった。また晶のバイト先である古本屋の富山店長の理不尽さも健在で好き。
    彼のお陰で警官にさよならを言う方法は見つかっていたというオチも笑える。
    四十代に入ってますますハードな葉村晶探偵の活躍を今後も期待。

  • 本筋(ミステリー)以外の話で恐縮だが、主人公・葉村晶が非常に魅力的。

    物語の始まりは廃屋でカビ臭い蔵書の取り出し、遺品整理。

    晶が押入れの多量の蔵書を運び出そうとした瞬間、腐食した床を踏み抜き、下水まみれの床下に落下し、骸骨に頭をぷつけながら気絶し骨と肺をやられてしまう。

    意識を取り戻すとそこは病院で、結局、同室の患者から調査依頼を受けるハメに。

    満身創痍で始まり、周りの人や警察から雑多な扱いを受けたり疎んじられたりする。

    踏んだり蹴ったり、そして厄介ごとが重なってくる毎日なのに、晶はめげない。

    晶の魅力は、肉体、精神の強さというより、ひたすら愚直に、時々は間違いもしながら、前に進む力。それも孤独であるのに。

    愚痴りながら、感情を時には爆発させながら、時にはギリギリで踏み止まりながら、というのも非常に共感を覚えて楽しい。

    僕が、伏線や推理を理解、堪能するにはあと2回くらい読み返す必要があると感じる。

    まーちゃんさんの本棚で「依頼人は死んだ」と本作を知り、今回は推理というか、晶の遭遇する事件や、心理を見ていくことで非常に堪能できました。

    今後も本棚と感想、参考にさせていただきます。

    ありがとうございました。

    • shukawabestさん
      コメントありがとうございます。ここ1か月大好きなブクログや本に関わる余裕がなくて、拝見したのが今になりました。

      まーちゃんさんの感想は、よ...
      コメントありがとうございます。ここ1か月大好きなブクログや本に関わる余裕がなくて、拝見したのが今になりました。

      まーちゃんさんの感想は、よかった、という気持ちが直接的に心に伝わってきて、実際読んでみるとその通りなので、とても参考になります。

      今後も引き続き、本棚とその感想を参考にさせて頂こうと思っています。

      ただ、僕が個別のフォロワーさんの名前を出してお礼を書くと、「いいね」だけで済ませられないかも、と考えるとそれが申し訳なくて、今後は一律「フォロワーさん」という表記に統一しようと思っています。

      これからも引き続きよろしくお願いします。まーちゃんさんの感想にピーンときたら僕も読んでみるようにします。
      2021/11/27
    • まーちゃんさん
      返信(?)ありがとうございます!

      僕の名前を書いてもらえるのは、僕は嬉しいです。

      僕も、shukawabestさんの本棚、感想を参考にさ...
      返信(?)ありがとうございます!

      僕の名前を書いてもらえるのは、僕は嬉しいです。

      僕も、shukawabestさんの本棚、感想を参考にさせていただきます(ネタバレになっているのは、読んでから、になりますが。)

      よろしくおねがいします!
      2021/11/27
    • shukawabestさん
      ありがとうございます。
      それでは、まーちゃんさんの感想に惹かれて読んだときは今まで通りにします。

      でも、「いいね」をつけなくても構いません...
      ありがとうございます。
      それでは、まーちゃんさんの感想に惹かれて読んだときは今まで通りにします。

      でも、「いいね」をつけなくても構いませんし、スルーでも構いません。決して、ご無理や負担にならないようにされてくださいね。

      今後もよろしくお願いします。
      2021/11/27
  • 葉村晶シリーズ。盛りだくさんの長編。
    読みはじめて早速ケガしたかと思ったら、今回はほんとに何度病院のお世話になることかと、何か自分の手やら足やらまで痛くなりそうだった。
    最後は志緒利がどこにいるのか?いつ姿を現すのかが気になっていたけど、そんなとこにいたのかと驚き。
    前のほうを読み返してしまった。
    舞美は、図々しいのと調子が良いのがちょっと気に入らなかったのだけど、まさかのそうでしたか。ショックではないけど、晶の苦い想いとかを思うと騙された感満載。
    もっと騙されたのは息子か。なんだよそれ。
    でもようやく熟睡できたというのでちょっとだけ人間らしさも感じられたか。
    そしてなかなかに秀逸な終わりかた。
    このタイトルはどこから?ということにもちゃんと応えてくれた。
    読みごたえ充分。楽しめました。

  • 相変わらず、満身創痍でヒロインとは思えないやられっぷり。ほんとにきつそう…前作で喧嘩別れしてしまった親友はそのままなのかな〜というところが気になって仕方ない。

  • シリーズものが読みたくなって、この作品の次(静かな炎天)をずいぶん前に読んでそのままになっていた葉村晶シリーズを読んだ。
    満身創痍というか、話が進むにつれ(葉村の推理が進むにつれ)、身体と心を痛めつけられる。次も読みたいと思わせてくれるのは葉村晶の不屈さと優しさかな。
    和製ハードボイルド。最後の一文も、”ロンググッドバイ“。

  • '21年1月23日、読了。若竹七海さんの作品、4冊目。

    葉村晶シリーズの、初の長編小説(「悪いうさぎ」を先に読みたかったのですが、手に入れてなくて…ざんねん!)でした。

    相変わらず、悪意のある嫌な人が、沢山登場して…そこは読んでてグッタリしますが、不思議と爽やかな読後感。だから、この人の作品は好き。
    謎解きよりも、僕はハードボイルド調の物語として楽しめました。葉村のセリフが、とても魅力的。冷ややかな、シニカルなユーモア、とでもいうのかな…楽しめました。
    最後のセリフ、マーロウの…大好きです。

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著者プロフィール

東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒。1991年、『ぼくのミステリな日常』でデビュー。2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。その他の著書に『心のなかの冷たい何か』『ヴィラ・マグノリアの殺人』『みんなのふこう 葉崎は今夜も眠れない』などがある。コージーミステリーの第一人者として、その作品は高く評価されている。上質な作品を創出する作家だけに、いままで作品は少ないが、受賞以降、もっと執筆を増やすと宣言。若竹作品の魅力にはまった読者の期待に応えられる実力派作家。今後ブレイクを期待出来るミステリ作家のひとり。

「2014年 『製造迷夢 〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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