とりかえばや物語 (文春文庫 た 3-51)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167904692

作品紹介・あらすじ

男の子みたいな姫君と、女の子みたいな若者が繰り広げる痛快平安ラブコメディ都で評判の権大納言家の凛々しい若君・春風と、美しくたおやかな姫君・秋月。実はこの異母兄妹、春風は姫君で、秋月は若君。「ああ、このふたりをとりかえられたらな・・・・・・」という父・権大納言の願いもむなしく、ついに二人は正体を隠して宮中デビュー!!春風は帝のおぼえめでたく出世街道まっしぐら、秋月は女東宮の尚侍として寵愛され後宮の花となって・・・・・・偽りの生活はどこまで続くのか!?

感想・レビュー・書評

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  • ●2020年7月23日、読み始め。

    田辺聖子さんの作品は、そこそこ読んでる。ブクログへの登録は、今回で4冊目になる。
    今までに登録した3冊は、いずれも、田辺聖子さんが生存されていた時に読んだもの。
    田辺聖子さんは、1年前に91歳で亡くなられている。

    さて、今回の「とりかえばや物語」だが、この作品は、平安時代後期に書かれたとされている「とりかえばや物語」を、現代語訳したものらしい。

    「とりかえばや物語」は、読むべき作品ではない。と、高校時代に刷り込まれたような記憶がある。絶対禁止というわけでもないのだろうが、まず入試で出題されることはなかったので、読む気もしなかったが。

    ただ、ここにきて、私も還暦が近くなり、「読まずに死ねるか」(汗)と、下らない考えが出てきて、読んでみることにした。

    ●2020年7月30日、一応読了。最後の方は、飛ばし読み。

  • 時は平安時代、凛々しく賢い若君(実は女性)の春風、慎ましく美しい姫君(実は男性)の秋月。それぞれ男装・女装して宮中デビューするが…。
    入れ替わりものにつきものな、ドタバタコメディ展開かと思いきや、そこまでベタではなかった。思ったより色っぽい流れにちょいちょいなるが、元が少年少女古典文学館の作品だから、「わかる人にはわかる」表現が上手い!ジェンダー問題がなかなかにリアルなので、平安が舞台の田辺オリジナル作品と錯覚しそうになる。が、実際には概ね原典に忠実とのことで、本当に驚き!!
    軽快な語りで、するすると一気に読んだが、キャラ造型において軽く引っ掛かるところがないわけではない。そのモヤモヤが、田辺さんのあとがきを読んで腑に落ちた!!それがわかると、この作者はどんな思いでこの物語を紡いだのだろうと…また違った視点からこの作品を味わうことができそう。
    里中満智子さんの解説も、大変読み応えあり。なるほどの嵐である。
    そして、美しさにうっとりするカバー絵は、いのまたむつみさん。色遣いが素晴らしい。田辺さんの王朝もの、追っかけていこうと思っている。

  •  粗筋は、他の方が書いて下さってるので省略。
     ジェンダーやフェミニズムといった点に於いて、現代に近い価値観に基づいて書かれており、読んで非常に驚いた。隠している正体に関するドタバタ劇を、高校の文学史で習って以来勝手に予想していたが、一夫多妻が常識として通用している時代で、「男の訪れをただ待つだけの閉鎖的な女の生活は詰まらない、正体を隠し女一人男に立ち混じることになっても自分の能力が世間でどの程度通用するのか試してみたい、そうでなければ男のただ一人の女として愛されたい」という強い時代批判が込められていたから。勿論、現代の価値観は文字通り「現代の」価値観であって、平安時代のそれと比べてどちらが良いとか悪いとか(現代から見て平安時代が良いとか悪いとか)はそれほど軽々に言えることではないが(平安時代より現代の方が、どんな境遇の人にとっても少しは生きやすい世の中であることを僕は願っているしまた実際にそうだろうとも思うが、完璧には全く程遠いというのも紛れもなく事実)、作者は時代の常識に囚われない卓越した先見の明の持ち主だったとは言えるだろう。
     ただ、時代の当たり前から外れてしまった人の味わう苦しみを描いた前半と、兄妹それぞれ本来の(?)性別の姿に戻って栄華を極める後半とはどうもチグハグなようにも感じた。性別を誤魔化したまま天寿を全うするという結末もそれはそれで現実味に欠ける気もするが、時代批判としては中途半端な印象を抱いた。まぁ前半後半もそれぞれ面白いのは間違いないので良し(笑)
     この作品は恐らく女性の手によるものなのだろうなと思ってたら、後書きで田辺聖子さんも同じ推測をしていた。

  • 男の子みたいな姫君と、女の子みたいな若者が繰り広げる痛快平安ラブコメディ。ついに二人は正体を隠して宮中デビュー!!春風は帝のおぼえめでたく出世街道まっしぐら、秋月は女東宮の尚侍として寵愛され後宮の花となって・・・・・・偽りの生活はどこまで続くのか!?(e-honより)

  • 以前とりかへばや物語原作の某少女漫画を読んだことはあったのだが、善い意味で全然違っていてとても面白かった。
    こちらは原作に忠実に訳しているようで登場人物の人間味が各々出ており、そこをしっかりと書いてくれているので読みやすかった。
    まさに奇想天外痛快ラブコメな一冊でした。

  • 「おちくぼ姫」に次ぐ、おせいさんの現代語訳二冊目。

    現代語訳、というと、今の私たちの言葉で訳されていながらなんだか堅苦しい文体で読むのが苦手である。
    けれど「おちくぼ姫」がそうであったように、田辺聖子は読みやすい言葉にしてくれるのでストーリーの情景を思いながら物語に入っていける。

    王朝時代は遠い時代だが、おせいさんの言葉により物語の登場人物や当時の方の存在や感性がとても身近なものに感じられた。
    身分の良い方というのはいつの世も考え方が異なる存在と壁を感じてしまうものだけど、この物語を読む限り、その壁はないように思える。
    今以上に性別の役割による制約が多かった時代。
    今、女性も男性と同じように外の世界へ仕事に出るようになり、自分が望みさえすれば社会という広い世界へ入っていけるようになった。そのような世になってもなお、男は、女は、というものに縛りを感じ、悩むこともある。
    そういうところが昔の人も同じようであったのかと知り、それで親しみを覚えるのだ。

    読んでいるなかで感じたことは、このお話に出てくる女性は皆強いということ。反対に、男性は女性的にも思える。そのようなところに、誰しも生まれ持った性別とは別に、もう一つ異なる性別を持っているような気がしてきた。さらには、性別は身体構造による分類であって、生活の中で性別による差を作る必要はそこまでないような気さえする。
    「ジェンダーレス」という言葉が出てきた昨今、長い時を経て、ようやくかの時代の人も抱いた悩みが和らいでくるのかもしれないと期待している。

    【少しネタバレ】
    物語後半は、主人公や周りの女性がよりしたたかで、主人公の夫となる帝もまた、今も昔もこれほど寛容な人間がいようかと羨ましさを覚えるほどの人柄なので、書き手の「こうなったらいいな」という心情がよくわかる。

    また、最初の夫についてはどうしようもない人だと思うのだが、それでも最後まで哀愁を帯びているところにこの人の親しみ、愛嬌のようなものを感じるのであった。

  • 性別を取り替えたい兄妹の物語。
    平安時代にこのストーリーを考るなんて、平安時代だからこそ、なのでしょうか。入れ替わりものの元祖はとても面白い!田辺氏の現代語訳はとても自然で、里中満智子さんの解説も贅沢でした。
    中盤はどう転がるのかハラハラしましたが、王道のミュージカルのような落とし方で良かったです。(正直誰か一人くらいは闇落ちするのかと思っていたので)

  • 何となくあらすじは理解しているけれど、とりかえばやは、なかなか原文を読む機会がない。
    聞くところによると、近年は高校の教科書にも載っているらしい。

    漫画版も、原文を交えたダイジェストも、本書のような作家の現代語訳も読んでみると、やっぱり、一度は原文を読まねば、と思えてくる。
    解説にフェミニズム小説だとあるにだけれど、本当にそうなのかなあ、と疑問に思えるからだ。

    男姿で宮廷生活を送るヒロインを春風、と田辺さんは名づける。
    彼女の兄(原文ではどちらが上とはわからないのだろう)で、女姿で尚侍になってしまう人は、秋月、そしてこの兄妹を恋する軽薄貴公子を夏雲という。
    夏雲はトリックスターというか、物語を駆動するために生み出されたような人物。
    これは誰が現代語訳しようが、きっとそう。
    田辺さんは、底が浅いけれど、憎めない人物、と描いていく。
    逆に田辺さんの情の深さが思われる。

    この、ジェンダーが逆転した兄妹に、しかし結局は振り回される話なんだよね。
    たしかに、夏雲によって宇治にかくまわれた春風が、ただ待つしかない女の生き方に疑念を抱くのはフェミニズム的と言えなくはない。
    一人のパートナーとの誠実な関係を望むのは、一夫多妻の時代の女性たちの願いであったのかもしれない。
    ただ、それは「男」を生きることにした秋月にあっさり否定される。
    「男」に目覚めた秋月は、恋の狩猟をして、複数の夫人、恋人を持つようになる。
    初めて愛した女東宮も、大事にはされているのかもしれないが、大勢の中の一人に埋没する。
    春風の一時味わった絶望は何だったのか、と思ってしまう。

    こういうニュアンスは原文のものか、田辺さんが付け加えたものかわからない。
    おそらく前者だろう、と思うけれど。

  • 田辺聖子さん現代語訳の古典はどれも面白い。
    男とは、女とは…
    今にも通じるジェンダーについて、古典で触れられるのが新鮮だった。
    最後に秋月が美しい姉妹姫宮と冬日姫を屋敷に招き、夏雲に妹姫宮と結婚させるのがなんだかなぁと。
    軽い男の夏雲にここまでいい思いをさせていいものか?とお灸をすえる展開を期待していた部分もある。
    秋月も男姿になった途端に恋愛に燃えるし。
    悲しい男の性なのか、平安時代の文化がそうさせるのか…
    そこだけが気になったけど、あとはとても面白かった。

  • そんなことのあろう筈がない・・・と読書
    放棄。御免なさい 性の倒錯

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著者プロフィール

1928年3月27日生まれ、大阪府大阪市出身。樟蔭女子専門学校(現・大阪樟蔭女子大)卒業。1957年、雑誌の懸賞に佳作入選した『花狩』で、デビュー。64年『感傷旅行』で「芥川賞」を受賞。以後、『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』『ひねくれ一茶』『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』『新源氏物語』等が受賞作となる。95年「紫綬褒章」、2000年「文化功労者」、08年「文化勲章」を受章する。19年、総胆管結石による胆管炎のため死去。91歳没。

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