徳川がつくった先進国日本 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
3.74
  • (6)
  • (31)
  • (19)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 222
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (156ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167907761

作品紹介・あらすじ

NHK教育テレビで平成23年10月に、4回にわたって放送された番組「さかのぼり日本史」をもとに作った単行本「NHKさかのぼり日本史 ⑥ 江戸 ”天下泰平”の礎」の文庫化です。落とした財布が世界で一番もどってくる日本。自動販売機が盗まれない日本。テラシーが高い日本人――これは明らかに「徳川の平和」のなかでできあがったものだと磯田さんは断言しています。では、なぜこの国の素地は江戸時代に出来上がったのか。4つのターニングポイントを挙げ読み解いていきます。ひとつは、1637年の島原の乱。島原の乱によって武力で抑えるだけが政治ではない、「愛民思想」が芽生え、武家政治を大転換しました。ふたつめは、1707年の宝永地震。新田開発のために環境破壊が進み、結局は自然からしっぺ返しを受けることを学びました。その教訓から、豊かな成熟した農村社会へと転換していきました。3つめは、1783年の天明の飢饉。天候不順が続き、各地で凶作が続くと、商業に興味が向き、農村を捨てて都市へ流れ込む人口が急増。その結果、農村は後荒廃し深刻な事態を招きました。そこで人民を救うという思想に基づいた行政が生まれていきました。4つめは、1806年~1807年、11代将軍家斉の時代に起こった露寇事件。ロシア軍艦が突如、樺太南部の松前藩の施設を襲撃、ことごとく焼き払いました。翌年4月にもロシア軍艦二隻が択捉島に出現し、幕府の警備施設を襲撃しました。二度にわたるロシアの襲撃事件は、幕府に大きな衝撃を与え、結果的に開国か鎖国下の議論を活発化させ、国防体制を強化させていきました。この事件をきっかけに「民の生命と財産を維持する」という価値観と「民を守る」という政治意識がつくりあげられていた確立されました。こうやって日本は、徳川の幕藩体制によって先進国化していったのです。新しい視点で江戸時代をながめることのできる内容です。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 徳川の平和「パクス・トクガワ」と呼ばれる260年の平和な時代が何故創られたのかというテーマで、過去4回のシリーズとしてNHK教育TVで放映されたものの文庫化。

    当初、軍事政権として発足した徳川幕府は、領民から年貢という「地代」を一方的に取るという考え方で、現代のような行政サービスと引き換えの「税」ではなかった。
    このような、考え方に変化を起こした「島原の乱」「天明の大飢饉と浅間山の大噴火」「宝永地震」「ペリー来航の60年も前のロシアが襲撃した露寇事件」で具体的に説明を試みている。
    そして江戸幕府はこれらの災害・危機を乗り越えるために知恵を絞り、軍事政権から脱皮していく。

    以下、「島原の乱」と「天明の大飢饉」を簡略に説明していきます。

    「島原の乱1637年」
    家康から三代将軍家光に至る半世紀の間に、全国で130以上の大名が改易されている。また一揆をおこした村は皆殺しにあうなど、徳川による統治はようするに「暴力支配」だった。
    こうした幕府のありかたに軌道修正を余儀なくする「島原の乱」が起きる。
    一揆勢は23千人(37千人とも?)は女子供に至るまで全員殺戮された。一方鎮圧軍の死者も8千人(12千人とも?)の被害が出ている。この数は全国の武士の1%にも当たる驚くべき数字だ。

    この反乱での死者の問題よりもっと大きな問題となったのが、乱のその後であった。これだけの数の領民が一度に亡くなったので、人口が激減して農村は荒廃の一途を辿る。これは幕府にとって大きな教訓となった。つまり領民を殺し過ぎると年貢を納める農民がいなくなり、武士が食えなくなるという、実にシンプルな事実である。
    この地方では、移民政策や年貢の減免する措置が取られ、この地方を再興するために、幕府や支配層である武士は、多大な代償を支払わなければならなかった。
    幕府でも、徳川綱吉は「武家諸法度」の第一条を従来「文武弓馬の道・・・」とあったのが、「文武忠孝を励し、礼儀を正すべき事」と改めている。
    さらに「生類憐みの令」・・・これは非常に誤解されて悪法と言われているが・・・内容には「老人を姥捨て山に捨ててはいけない」「病人や行き倒れの治療を放棄してはいけない」等、社会的弱者を救済する内容になっている。
    徳川綱吉の政策は「殺す支配」から「生かす支配」への転換点となった。

    「天明の大飢饉1783~1784年」
    徳川吉宗は、享保の改革で、幕府財政の引き締めを行い、米の増産のために、新田開発に注力し、また田沼意次は、幕府財政面の米に依存しすぎる経済体制には限界があると悟り、商品経済重視に転じたが、基本的な思想は、共に「財政あって福祉なし」という民に対して何も施さない政治には変化はなく、飢饉~一揆~打ちこわしという連鎖は止められず、浅間山の大噴火や、天明の大飢饉による江戸での打ちこわし事件を契機に、田沼は失脚することになる。
    天明の飢饉による死者は全国で百万人に上るとの推計がなされている。
    田沼意次の後を引き継いだ松平定信は、まず飢饉対策に取り組み、都市・農村を問わず、凶作や災害に備えての米や金銭を蓄えるという備荒貯蓄政策を推進する。各藩でも幕府に連動して、飢饉への備えとして村々に「備荒倉」を設置したり、赤子養育育英金を支給したり、妊婦を手厚く保護するような政策が取られ始める。
    不完全とはいえ、それまでの「軍事政権」から、福祉行政の機能を持った「民生重視の政府」へとシフトしていく。

    僅か150ページの薄い文庫本であるが、徳川軍事政権が、武力だけで260年もの平和な時代が続いたのではないと言う事がよく分かります。

    そうした結果、江戸文化が発達し現代に繋がり、その恩恵を受けている我々は、この国に生れた僥倖を喜ぶべきだろう。

  • 初めて著者のことを知ったのは、古文書を読み込むとどの断層でいつの時代に何年周期で大きい地震が起こってきたのかということがある程度分かりますとテレビで話して居るのを見たときでしたが、その著者による「260年間の戦乱の無かった江戸という時代」についての考察。Eテレで放送された「さかのぼり日本史」という企画がベースになっているそうです。授業で教えられた定番の捉え方は違う切り口視点で、統治者の意識の変革や社会経済の構造の変わり様を分かりやすい平易な文章で語っており、大変読みやすかったです。

  • 2017/3/29
    NHKで放送された徳川率いる江戸時代の平和についての考察が書かれた本で、著者は武士の家計簿なども著している磯田道史さん。内容もぎゅっと詰まっていて短いのですごく読みやすい。江戸時代の260年余りの時代が維持された背景にあったものは何だったのかを江戸時代の転換点となった出来事を遡っていくことで考えていく内容になっている。
    江戸時代の当初は戦国時代から抜けきれない状態が混ざった混沌としたもので、農村では指示に従わない民衆が領主によって殺されたりすることは日常茶飯事だった。領主への不満や、新規の権力者に対する不信感、宗教の絡みご混ざって起こった島原天草一揆を境にして、民衆を殺害しすぎると米を納めてくれる人々もいなくなり国の荒廃につながってしまうと幕府は考え始める。徳川綱吉による生類憐みの令は武断政治から、仁政への転換となる時代であり、その後の民衆を大切にする江戸時代の政治、大きく捉えて人の命を大切にするということという、人としての根本を大切にするようにしたからこそ長続きした時代であったのではないかということについて考えさせられる。その後の三大改革や、その合間に起こる宝永地震や、天明の飢饉など、江戸の人々の危機をどのように幕府は乗り越えてきたのかについて考えることは、東日本大震災を経験した自分たちも大いに学ぶ余地があるものであると思う。江戸時代についての常識にも切り込み、違った角度から江戸時代の検証を行える本である。もう少しこの人の本を読んでみたいと思った。

  • ロシアの接近を機に強く意識されていった。否が応でも対応を攻められた幕府が、彼らの開国要求をはねつけるために、まるで家康以来の伝統祖法であったがように鎖国と言う観念を急速に形づくって行った 当時の日本は小さな島国3千万の人口を養う、高度に発達した米作社会でした 農民を殺戮しすぎると領地から年貢を収めてくれる農民がいなくなり、その地を収める武士たちが食えなくなる 政治・統治面で見れば殺す支配から生かす支配回の転換だったと言える。生命重視の大転換がまさに綱吉によって図られ、徳川の平和が完成したのです

  •  とてもお薦めの本です。歴史を今までとは違った角度から見られるようになり、視野が広がり、人生観が変わりました。
     国防・経済・防災・環境保護・愛民思想と、重大な事を深く考えさせられました。

     この本は、『NHKさかのぼり日本史(6) 江戸“天下泰平"の礎』の文庫版です。

  • [評価]
    ★★★☆☆ 星3つ

    [感想]
    一般的な定説とは異なる江戸時代についてがわかりやすく書かれており、読みやすかった。
    ただし、読み終わった後の感想としては若干の物足りなさを感じた。
    江戸時代後期から江戸時代初期に向かって歴史を遡り、ターニングポイントの原因を追っていく考え方は新鮮ではある。
    戦国時代の名残を色濃く残した江戸時代初期、武断政治から文治政治へと統治の切り替えが進んだ江戸時代中期、成長の停滞し、民衆文化が発展した江戸時代後期とそれぞれの時代に繋がりがしっかりと理解することができた。

  • 情報と補給のない軍隊ほど悲惨なものはない。

  • 殺戮の戦国時代から近現代に通じる礎を築いたのは、(パクス)徳川幕府だとするエッセイスト風の歴史解説書。
    読者の知的好奇心を煽りながら、すぐ読める。

    「生類憐みの令」、「島原の乱」、「レザノフ」など、試験に出る日本史用語を本当の歴史的意義を優しく的確に解説してくれる作品。幅広い読者を満足させてくれるのでは。

    私の好きな覆面作家で、「昔は良かった病」と断じ、現代を賛美するパウロマッツァーリーノとの対談や議論の場を読める機会があるならば、高額なハードカバーでも、即買いします。

  • 薄い
    内容も軽い
    面白いからいいけど

  • NHK出版「NHKさかのぼり日本史⑥江戸 ’’天下泰平’’の礎」文庫版。

    第1章「鎖国」が守った繁栄 1806年(文化3年)
    第2章飢饉が生んだ大改革 1783年(天明3年) 
    第3章宝永地震 成熟社会への転換 1707年(宝永4年) 
    第4章島原の乱 「戦国」終焉 1637年(寛永14年)。 
    参考文献・年表

全25件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

磯田道史(いそだ みちふみ)
1970年、岡山県生まれの研究者。茨城大学、静岡文化芸術大学などを経て、国際日本文化研究センター准教授。専攻は日本近世・近代史・日本社会経済史。
実家は備中鴨方藩重臣の家系で、古文書が豊富にあった。高校生のとき実家と岡山県立図書館の古文書を解読している。京都府立大学文学部史学科、慶應義塾大学文学部史学科を経て、慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。「近世大名家臣団の社会構造」で史学博士号取得。
2003年刊行の『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』が第2回新潮ドキュメント賞を受賞し、2010年森田芳光監督により『武士の家計簿』のタイトルで映画化し大ヒット。2015年には『天災から日本史を読みなおす』で第63回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。その他代表作に『日本史の内幕』などがあり、多くの新書がヒット作となっている。

磯田道史の作品

徳川がつくった先進国日本 (文春文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする