ボラード病 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2017年2月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784167907891

作品紹介・あらすじ

B県海塚市は、過去の災厄から蘇りつつある復興の町。

皆が心を一つに強く結び合って「海塚讃歌」を歌い、新鮮な地元の魚や野菜を食べ、

港の清掃活動に励み、同級生が次々と死んでいく――。



この町に母親と2人で暮らす小学五年生の恭子の視点を通し、淡々とつづられる回想は、やがて歪んだ異世界を浮き彫りにする。



集団心理の歪み、蔓延る同調圧力の不穏さを、小説でしか出来ない方法で描き、読む者を驚愕・震撼させたディストピア小説の傑作!



解説は『想像ラジオ』のいとうせいこう氏。

みんなの感想まとめ

集団心理の歪みや同調圧力をテーマにした物語は、主人公の小学五年生、恭子の視点を通じて描かれます。舞台は震災から復興したB県海塚市で、初めは人々の結束が強調されますが、次第に不穏な状況が浮かび上がります...

感想・レビュー・書評

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  •  著者は芥川賞作家の吉村萬壱さん。震災から復興した町の物語、ディストピア小説等の触れ込みがあり、怖いもの見たさで手にしました。

     物語は、主人公の恭子が小5の頃を回想する形で始まります。舞台はB県海塚市。長い避難生活から戻ってきた人々は、〝結び合い〟で繋がった人たちです。
     ところが、何ということでしょう! 少しずつ不穏な様子が描かれていきます。同級生がぽろぽろ死に、葬儀や学校での授業での異様な光景、海塚讃歌、食の安心・安全の同調圧力等々、不穏を通り越して、宗教がかった怖さと危うさを感じます。盲信する人にとっては理想郷、外から見たら暗黒社会です。

     因みに、「ボラード」とは、船を繋ぎとめる太い鉄柱で、道路の車止めとしても設置される物とのこと。恭子はどちらの世界に繋ぎ止められるのでしょうか‥?
     福島第一原発事故で帰宅困難を強いられている方がいまだにいる中、放射能とその後、被災地の未来と重ねて考えさせられました。
     何が正しく、何が真実なのかが曖昧な世の中ですが、簡単に集団心理に巻き込まれずに、違和感をもてる人でありたいし、行政が愚かな方向に進まないことを願うばかりです。

  • 回想録のように少女の視点で語られていくため、随所で何が起こっているのか不明瞭ですが、舞台となる海塚市の強いディストピア感が描かれていきます。最後は圧巻でした。

  • 最終章はまるで鈍器で頭を殴られたような衝撃があった。全編を通して作中にずっと漂っていた不気味さ、海塚市の気味の悪さがこの最終章で一気に昇華されている。見事な結末。
    こんなに最後の一行で打ちのめされた小説は他に記憶にない。

    主人公の小学五年生の恭子の目を通して描かれた海塚市民の姿がとにかく不気味。得体の知れない悍ましさが漂っている。大人の欺瞞に疑問を持ち斜に構えてしまう子供ならではの感性の裏に、「本当にこの街の人々はどこかおかしい」と思わせる確かな淡々とした描写。直接的なビッグブラザーが存在しない、よりグロテスクな日本的管理社会。“世間”という言葉の持つ異様性、異常性。

    出版時期から間違いなくあの災害を念頭に置いて書かれたことは察せられるがその深奥にある日本社会の薄暗さの描写は他に類するところがない。
    同調するか、抵抗するか。狂うか、狂わないか。普通や一般という名の異常な正常者。正気なのは、間違っているのはどちらなのか、次第に分からなくなる。これは一種のサイコホラー作品だ。

  • 主人公・恭子の回想で物語が進みます。小学5年生の頃の様子を語っています。
    恭子の住むB県海塚市は過去に何らかの災害があり、住民は数年間避難生活を強いられていたらしい。復興が進みやっと故郷に戻ってこられたからか、住民たちの海塚市への想いや住民同士の結びつきは極端な程強い。
    冒頭からずっと何かがおかしくて、母親とのやり取りや学校での様子もずっとひっかかる。
    だんだんこの海塚という町の異様さや、何らかの病気が蔓延している雰囲気が感じられてきます。
    結局、誰が正しくて誰が間違ってるのか、具体的に何が起こったのかは想像するしかないのですが、所々で「絆」「放射能」を連想してしまう…ずっと怖い話でした。
    読み終わると母親の印象が変わるのも驚き。

  • 多和田葉子先生の『献灯使』と同じで、震災後の日本を彷彿とさせるような舞台設定。
    明確に「ここが怖い」みたいなポイントがあるわけではないけど、最初からうっすらと漂う不気味な雰囲気が漂っていた。
    こういう寓話ぽさがある文体、話の進み方をする物語は得意ではなくて読むのに少し時間がかかることが多かったけれど、終盤どんどん不穏さが増していく物語にページをめくる手が止まらなかった。
    ディストピア小説だけどリアリティもあり、描かれている世界が全然大袈裟にも思えなかった。こういう大きな災害などで大人数が同じ感情を共有するような出来事があった時、「団結」を全面に打ち出されると弱さを出すのが難しくなったり、逆にお通夜ムードだから楽しい様子を見せることがNGな空気になってしまう、みたいなことは結構ありそうだし、多感な年齢の子どもたちにはこのへんのケアも必要だと思う。
    アメリカは「ポジティブ」の同調圧力がある、という話を思い出した。

  • 主人公の少女時代の回想として語られる海辺の復興の町。統制された町。幻想のディストピア。病気なのはどちらなのか?狂っているのは誰なのか?苦しくってぎゅうぎゅうする。薄気味悪くってぞわぞわする。どう生きるのが正しくって、どう生きるのが幸せなのか?エンディングも読後感も悪い。作者の術中に嵌っている。

  • すごかった。

    信頼する案内者のおすすめにて予備知識なしで読んだがそれで正解。先入感やネタバレなしで読むべき。

  • 三角をみて、みんなが丸というとだんだん丸になっていく、と書かれていた言葉が印象的。

    同調とか洗脳って自分の考えがなく生きていけるから楽だし、周りからの圧力を感じず生きていけるので、
    ある意味究極の幸せなのかもしれない。

    まぁ気づいた時の喪失感とか虚無感がすごいだろうから、そうはなりたくない。

    だけど実は自分も今同調している状態なのかもなぁ…
    と思える怖さがあった

  • 不愉快な感覚が読んでいる間ずっと続いていた。
    小説内では全てが明らかにされないが、それもまたリアル。
    自分の見ている世界はある意味簡単に変わりうるし、宗教のように思考を委ねることは楽なんだろうな。
    海塚町の閉塞感は昔ながらの共同体の閉塞感というより、なかったことにしよう・自分たちは素晴らしいという新しい未来に向けての同調であり、リアリティを感じた。

  • 「ボラード」って何かなってまず気になって調べたら、ざっくり言うと「地面から出ている杭」で、もともとは港で船を繋留しておくための杭のこと、昭和世代なら若い頃の小林旭や石原裕次郎が波止場で水兵服を着て片足を乗っけてるやつ、あれですあれ、あれを思い浮かべてください(※イメージで語ってます)

    ただ作品の中に「ボラード」は出てきますが「ボラード病」という言葉は使われていません。そこは読者が頭を使って考えるしかない。とにかく自分の目で見て、自分の頭で考えること、それが真実かどうか見極めるのは難しくても他人には違うように見えていたとしても、自分の目と頭以外に信じるものはないのだから自分で決めること、読み終えたときに感じたのはそういうことでした。

    序盤、語り手である小学5年生の恭子の日常描写から始まり、母子家庭で古い農家に暮らしていて貧しいながらも、ちょっとお母さんがヒステリックで怖いなくらいで一見普通の日常を送っているように見える。しかし徐々に彼女が住む「B県・海塚」という土地の異常性、何かから「復興」するために住民が戻ってきたこと、そのため過剰な「結び合い」と地域への愛着を強要されていること、しかも子供たちがほんの数か月で何人も突然死んでいくこと、どうやら30代になった恭子はどこかの島に軟禁されておりこれは彼女の回想記録であるらしきことなどがわかってくる。

    状況だけみればこれはいわゆる近未来ディストピア小説の一種ということになるのだけれど、この海塚という小さな共同体内で強要されている同調圧力は、むしろ昭和の戦時中の、少しでも反戦的な発言をすれば「非国民」と罵倒されたり逮捕されたりした時代の狂気を思わされた。突然いなくなった父親、教師、「絶対に安全」な海産物や農産物を美味しいと完食しなければマークされるけれど、食べた子供たちはどんどん死んでいく。

    それでも全体主義はそこに協調し洗脳されてしまったほうが生きるのは楽で、ハイテンションなライブや祭りの場で冷めている人間はあきらかに排除すべき異物だ。冷めていることを悟られ、そこからつまみ出されないためには自分もノっている演技をしなくてはならない。しかし恭子は失敗する。

    原発とか放射能とかそんな言葉は一度も出てこないけれど、解説でいとうせいこうが言うようにこれは寓話ではなく現実だと確かに思います。考えると怖くなるから考えないようにする、見たくないものは見なかったことにする、でもすでに起こってしまったことをなかったことにはけしてできない。大変怖い小説でした。

  • これは本当に怖かった。
    ちょうど震災の数年後くらいに読んだのもあって、排他的な街の雰囲気や、異物を良しとしない不穏な感じが常にまとわりついてくる感じ。

    大人になった今、もう一回読んでみたい。

  • ーー本当に病気なのはあなた方の方です。せいぜいそうやって、どこまでも仮想現実を生きていけばいいんだ。(p.182)

    世界が狂う時、正気でいることは、狂気に囚われていることと見做される。
    使い古されたモチーフかもしれないけれど、震災後の風景を念頭に読むと、また違った響きを帯びてくる。
    村田沙耶香さんの『消滅世界』や、今村夏子さんの『こちら、あみ子』に通じる読後感だった。

  • なんて怖い小説なんだ。
    読み終わったあと、背筋がゾッとした。

    冒頭から、薄々と漂う不穏な空気。
    何かおぞましいものをみんなが見ないふりをしていることだけがわかるけど、それが何かはわからない。
    淡々と子供が死んでいく。

    最後の章で、これまでの点々とした違和感が線になる。
    どうして、浩子ちゃんは似顔絵を見て首を絞めるほど怒ったのか。
    どうして、赤ちゃんを見つめることが咎められることになるのか。
    どうして、肉や魚をわざわざ買って捨てるのか。
    どうして、緊張するとTシャツが濡れるのか…
    どうして、うーちゃんは後ろ足で立って体当たりで餌を欲しがるのか…

    主人公が淡く心を寄せていた川西さんが、20年もの投獄に引き渡した人物だというのがまた、辛い。容赦ない…
    一見のどかな日本の村社会だが、起こっていることは侍女の物語や1984などのおそろしい世界と変わらない。

    この人の他の本も読んでみたい。
    あぁ、おそろしかった…

  • 自分が病気なのか、それとも周囲が病気なのか。
    最後まで読んで、何が正しいのかわからなくなる。

  • 災害から復興したした海塚市に暮らすクラスで浮いた存在の少女。他人の目や娘の行動に過敏に反応する母。しかし本当に異常なのはクラスメイトが次々と死んでいき、復興の名の下に同調圧力が蔓延する海塚市だということに読者は気付かされていく。デイストピア小説の傑作。

  • 怖い。逃げる場所があるようでないのが本当に怖かった。同調圧力を感じずに過ごしたら、気持ちの良い達成感とかあるんだろう。それに乗っかって生きていけたら幸せに死ねるのかもと思う。でも本当に怖い話。

  • 2020年読破

  • 日本版の1984のようだ

  • なんとも言えない不快感と、気持ち悪さを感じた。
    もしやこれが作者の伝えたかった事なのか?と思うくらい、意図的な気持ち悪さ。
    何が正常で何が異常か判断できなくなるような感じでした。

  • ★3.5
    初めての吉村萬壱。過去の災害から復興を果たした、B県海塚市。地元の食材は新鮮で安全、住民たちの仲間意識も強く、誰もが海塚市を誇りに思い褒め称える。その反面、小学生の主人公・恭子の同級生は、次々と命を落としていく。「赤信号みんなで渡れば怖くない」的な集団心理と圧力、その構図がとてつもなく気持ち悪い。東日本大震災後の日本を彷彿させる部分もあり、被災地域や被災者には厳しい内容かもしれない。が、災害だけに捕らわれず、何事にも同調しやすく、また同調を求められる社会そのものに、警鐘を鳴らしている気がする。

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著者プロフィール

1961年愛媛県生まれ、大阪府育ち。1997年、「国営巨大浴場の午後」で京都大学新聞社新人文学賞受賞。2001年、『クチュクチュバーン』で文學界新人賞受賞。2003年、『ハリガネムシ』で芥川賞受賞。2016年、『臣女』で島清恋愛文学賞受賞。 最新作に『出来事』(鳥影社)。

「2020年 『ひび割れた日常』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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