男ともだち (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167908072

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  • あなたは今までの人生の中で異性の”ともだち”をもったことがあるでしょうか?

    頭の中にパッと何人かの顔が思い浮かぶ方もいるかもしれません。男女の”ともだち”何人かと休みになればどこかに遊びに行って騒いだあの時代、そんなことを振り返った方もいるかもしれません。しかし、いま、ここで問いかけているのはそういったグループ交際のことではありません。一対一、二人だけの付き合いの中での”ともだち”関係のことです。それは、『布団と同じ匂いの筋肉質の身体が横に滑り込んできても、兄弟のように安心して眠り続けていられた』という男と女の関係になるはずの場面でも決してそんな関係に進展することのない関係です。大学時代、『バイトがない日は暗くなってくるとハセオの部屋に行った』と、男性の部屋に通う女性の姿を見れば当然にそこには恋愛感情があると見るのが自然だと思います。しかし、他の男性には『誘われればすぐに寝た』一方で、その男性とは決して男女の関係には進まない女性。そんな女性は、その関係をこんな風に説明します。
    
      『愛人でも恋人でもないよ、ハセオはただの男ともだち』。

    そんな女性は「男ともだち」のことをこんな風にも説明します。

    『旦那や彼氏や愛人では駄目な時ってある』、『女ともだちじゃなくて、そこはやっぱり男ともだちじゃなきゃ埋められない』。

    この作品はそんな女性が三人の男性と関っていく様を見る物語。そんな三人の中の一人の男性に「男ともだち」という繋がりを感じる物語。そしてそれは、そんな女性が「男ともだち」に支えられながら『自分が小さかった時に見たかった景色』を見つけていく物語です。

    『壁時計に目をやる。まだ朝の七時過ぎ』という時間に携帯電話の着信振動音が鳴り『こんな時間に電話をかけてくるのは真司さんくらいしかいない』、『当直明けの気まぐれ』だろうと思うのは主人公の神名葵(かんな あおい)。そんな葵はキッチンに立ち、自分の弁当を作っている彰人のことを見ます。『でないの?仕事の電話かもよ』と言われるも『彰人の前ででられるわけがない』と思う葵は『結婚している自分には細心の注意を払う』くせに『私の同棲相手への配慮』をしない真司に苛立ちを憶えます。電話の振動も止まり『占い雑誌のイラスト、終わったんだ』と訊く彰人は『生活のリズムは守った方がいい』と言って出勤していきました。『彰人よりひとつ上の私は来年で三十にな』るという葵は、携帯を手にし、先程の着信の相手を調べます。真司からではなかったその電話。一方で知らないアドレスからメールが届いているのに気付きます。『まいど。ご活躍なにより。しょっちゅう関西行くから暇ならつきあえ』というその内容を見て『ハセオ』と思わず声をもらした葵は、『夜にでも電話する』という最後の一文で再び『ハセオ』と呟きます。そんな葵はハセオと『いつも一緒にいた』という大学時代を思い起こします。『バイトがない日は暗くなってくるとハセオの部屋に行った』と、男子学生たちがしょっちゅう出入りして『煙草のけむりと酒瓶と漫画雑誌と麻雀の音』で溢れていた部屋のことを思う葵。『二歳上だった』というハセオと、『互いが景色の一部になってしまうくらい一緒にいたけれど』、『恋人同士ではなかった』という関係を続けていた二人。そんな過去に思い耽っている中、携帯の着信で現実に引き戻された葵は『もしもし』と通話に出ました。『晩飯でも行こう。迎えにいく』というその電話は真司からでした。『急いで服を着替え、彰人に置き手紙を残して部屋をで』た葵。『同じ額の生活費を入れ、平等な関係でいる』彰人との生活の一方で『大学付属病院の勤務医』で妻子もいる真司と関係を続ける葵。そして、再び着信があり、『おっでたな』といきなり語り出した相手はハセオでした。『雑誌でお前のイラスト見たから』と大きな声で話し出したハセオ。『一昨年、自費出版で絵本を一冊だした。それが海外で賞をとっ』たという葵は、話しながら『いつも独りで締切に追われている』ものの『名前は広まってきてはいるが、精神的にも作家としても豊かとはいえない』自身のことを思います。一方で『今週末、空いてるか』、『いま富山の薬売りなの』というハセオ。そして、再会を果たしたハセオに『楽だな』と感じる葵。『真司さんのように私の言葉の裏を読もうともしないし、彰人のように気を遣ってくるわけでもない』というハセオとの二人の時間に自然に笑顔が戻ってくる葵。そんな葵が三人の男性とそれぞれの接し方を続けていく中で、『ハセオは大切な大切な男ともだちだ。この先もずっと』と改めて気づくことになる物語が描かれていきます。

    「男ともだち」という少し不思議な書名のこの作品。そんな物語では、主人公の神名葵が接する三人の男性との関係性の違いが描かれていきます。まず一番身近な存在が『同じ額の生活費を入れ、平等な関係で』同棲を続ける彰人です。しかし、物語の中ではそのすれ違いの描写ばかりが目立ちます。『すれ違いから目をそらして、何も文句を言わない彰人に甘えていた』という葵は、その一方で『大学の事務バイト』で知り合ったという勤務医の真司と関係を深めていきます。『私たちの関係は不倫だ』とはっきり認識を持った上で妻子ある真司と積極的に関係を持つ葵。実際にこの作品で描かれる男と女の濡れ場シーンは、真司との濃厚な関係のみで、同棲相手の彰人とはそもそも本当に同棲しているのか?と思えるほどにクールな描かれ方です。『この関係が彰人にばれたら困る。けれど、困るのは彰人を失いたくないからというより、その後のあれこれが面倒だから』という葵のなんとも身勝手極まりない感情。主人公ながら葵という女性はなかなかに読者の感情移入を阻む残念な人物、そんな印象が募っていきます。

    そんな中に現れるのがハセオという第三の男性の存在でした。大学時代に知り合ったという二人の関係は『互いが景色の一部になってしまうくらい一緒にいたけれど、私たちは恋人同士ではなかった』という不思議な関係です。あなたは友人のことを思い浮かべた時に異性で”ともだち”と呼べる人はいるでしょうか?異性の場合、どうしてもそこには恋愛感情と紙一重な感情が生まれてくるように思います。グループでたまに遊びに行く相手、というならいざ知らず、親しくなればなるほどにそこには、恋愛感情が芽生えていくのではないかと思います。しかし、この作品で描かれる葵とハセオの関係は決して一線を超えません。『恋愛感情、人としての愛情、友情、連帯感、どれもぴんとこない』とその関係を自分でも定義できない葵。しかし、そんな葵はハセオのことを一緒にいて『楽な相手』だと感じています。『愛人でも恋人でもないよ、ハセオはただの男ともだち』と人に紹介もする葵は『男ともだち以外に呼び名が浮かばないんだよね』と言い切ります。しかし、そんな男女の関係性がどうしてもピンとこない相手からは『男と女が一緒にいて意識しないなんてのは嘘よ。偽善と欺瞞のにおいがする』、『男ともだちってずるい響き』だ、と言われてしまいます。そんな葵は、ハセオとの関係を改めて思う中で悩み苦しんでもいきます。『ただの男と女になるのだ。特別だと思い込まないように。特別でなくなってしまえば、もう失くすことを恐れないで済む』と考え、その関係性を変えることに突き進んでいく葵。そんな葵にあくまで「男ともだち」としての姿勢を崩さないハセオ。異性間の友情が成立するのかどうか、この辺りは読者によって意見が大きく異なるのではないかと思います。そんなことは絶対にありえないと思う方には恐らくこの作品はある種のファンタジーとさえ映るような気もします。一方で解説の村山由佳さんは『神名とハセオのような関係は、じつは、ある』と断言されます。『そんじょそこらには転がっていないだけで確かに存在する』と続ける村山さん。数多の小説で描かれる男と女の恋愛物語ではなく、男と女の友情物語が描かれる非常に稀有なこの作品。読者の異性間の関係性への考え方が図らずも露わになるこの作品。「男ともだち」という言葉の響きが気になる方には是非一読いただきたい作品だと思いました。

    そんな異性間の友情に一見焦点を当てているように見えるこの作品ですが、一方で、その主題は実は違うところにあるのではないかと感じました。それは、この作品は、児童書の編集者に『本当に描きたいものを描けてますか?』と問いかけられ自問を続けていく葵の成長の物語ではないかということです。『何かを生みだすことは、暗い暗い海にたった独りで舟をだすのに似ている』と感じ、『慌ただしい生活をしていても、絵筆を握れば違う場所に行ける』とイラストを描き続ける葵。『暗い海の底の底には光がある。闇の果てには綺麗なものがある』と思い、そのことを信じて『それを見つけたくて、一心に描く』と絵に向き合い、絵を描くことに真摯な姿勢を見せる葵のイラストレーターとしてのプロ意識は、同棲しながら不倫をするという乱れた異性関係を送る葵のまったく別人のような姿でもあります。『孤独だ、と感じる時ほど、純度の高いものを描ける。足りないものがある時ほど、自分の理想がくっきりと見える』と、あくまで自分自身を見つめていく葵。そんな葵の真の姿は彰人にも真司にも決して見えてはいません。それを唯一見てくれていたのがハセオなんだと思います。男性に甘えたい思いで彰人や真司に接していく葵。しかし、彼らは彼女の目指すところを見てはくれません。一方でそんな彼女を一歩引いた位置から真摯に見つめてくれるハセオには、男性として甘えることはできません。『いま会ったら甘えてしまう。甘えて、男ともだちじゃなくて男として求めてしまいそう』、そして『ハセオはずっと男ともだちのままでいて欲しい』と矛盾する思いに苛まれる葵。この作品で描かれる葵という女性は、上記した通り共感のしづらい女性であることには違いありません。しかし、自身の仕事に真摯に向き合い、人生の悩みをハセオという「男ともだち」に頼っていく葵の姿に視点をずらすと、そこにはドロドロとした男と女の物語ではなく、葵という一人の女性の成長の物語が浮かび上がってくるのではないか?そう、この作品はどこに注目して見るかで読後感が全く異なってくる、なかなかに興味深い作りの作品だと思いました。

    『愛人でも恋人でもないよ、ハセオはただの男ともだち』。私たちは異性間の交友を見ると、どうしてもそこに恋愛の感情の先に続く関係性を思い浮かべてしまいがちです。そんな言葉に『偽善と欺瞞のにおいがする』という指摘が生まれるのはもっともです。しかし、この作品では、そこにただ一緒にいて『ああ、楽だな』と感じる女性の姿があり、それを”ともだち”として受け止める男性の姿が描かれていました。

    悩み苦しみながらも『自分が小さかった時に見たかった景色』をようやく見つけたというその女性。そんな女性から『ハセオにとっての愛情ってなに?』と訊かれた男性はこんな風に答えます。『見ててやることかな』。女性の側から見えるそんな男性のことを「男ともだち」という言葉をもって描いていくこの作品。「男ともだち」なんて関係性は絶対にあり得ない!そうおっしゃるあなたにこそ是非読んでいただきたい、そんな作品でした。

  • よくある異性間の友情成立論と先入観を持って読んではいけません。様々なキャラにより紡ぎ出される至言の数々。仕事や恋愛や人生に行き詰った者たちに送られた著者からの贈り物。
    作家という仕事の矜持を垣間見た一冊。心穏やかな読後感。

  • 無償の愛。友だちって何だ?友だちの定義がわからなくなってきた。心理描写好きでした。

  • 勝手な期待や悲観がなく、乱されることもない。ある意味でいちばん波のない関係。彰人はちゃんと恋人だったし、真司さんはちゃんと愛人だったし、ハセオは「やっぱり」男ともだちだと思った。友情を越えているような、言葉では表せない間柄。答えが出ているようなものではなく、フラッとやってきて、つかず離れず。ともだちなのかな。大事にされていることが分かるこそ、揺れ動く主人公の気持ちが切ない。

  • 登場人物の誰にも感情移入することができなかったため、俯瞰して作品を読み進めていきました。
    ストーリーの展開も大きく移り変わっていく訳ではないのですが、同性の友達とは違って異性の友達だからこそ見せられる自分の弱い部分や、だらしない部分はあるなと共感する部分もありました。
    でも、ハセオと神名の関係性はフェアじゃないのでは…とモヤモヤする部分もありました。神名の方がハセオにもたれ掛かり過ぎでは…と肯定も否定も出来ない気持ちになりました。
    作中の情景描写の表現が豊かで、繊細で綺麗でした。

  • カリスマ書店員がイチオシしているというので読んでみた。知らない作家さんだったけど他著も読みたくなるくらい面白い。やっぱり書店員さんの発掘力は恐るべし。

  • ハセオを便利に使ってしまっていそうでイヤだった。

  • 凛としてさっぱりとして、強がって、でも本当は孤独も弱さも持ち合わせている、神名が好きだなと思った。そして、ハセオも好きだなーと思った。世間的にはクソみたいなことしてるのに、何でか惹かれてしまう登場人物たち。自分の醜さを認めて、開き直って、でも心の中では悩んだりあれこれ考えたりして、大切なものは絶対傷つけないようにして。不器用だし可愛げないけどそこがなんか愛しくなってしまった。

  • これは好きな話だ、と思った。

    あらすじを読むと、退廃的な話だろうか、と思うのだけど、そんなことない。倫理的ではない行いばかりなのに、どうしてか、生きる活力が地面の方から沸いてくるのをすくう作業を追体験しているような。魅力的な登場人物たちのせいか、隅々まで文字をきちんと追ってしまいたくなる台詞のせいか。

    吉本ばななのキッチンを、今風にして、そして登場人物の年齢を10歳ほど上げたらこんな感じだろうか。

    恋人にしてしまうのはもったいない男ともだちというもの。すごく共感してしまった。そんな存在がいるのが羨ましい。

    そして、クリエイターの生活にも、少し憧れてしまう。
    良いことも悪いこともなんでも糧にし、一人で立って歩き、孤独な自由を生きるのが悦びであり、その生き方を成り立たせる才能とチカラがあるところ。

  • 一番大切な人だから、ずっと一緒にいたいから
    恋人同士にはならない。
    頭では理解できるものの、そんな蛇の生殺しみたいなのやめてくれ~・・・と思ってしまうのだ。

    異性に対しての『好き』ってなんだったっけ?・・・と、
    ゲシュタルト崩壊を起こしてしまいそうな物語でした。
    浮気することになんの罪悪感も感じない主人公の神名と
    恋人が何人もいる男友達のハセオ。
    恋愛に夢も希望もなく欲望のはけ口くらいにしか考えていないから、
    恋人同士になってしまったら、関係がダメになると思い込んでしまっている。
    自由なようで実は不自由な人たちなのだけれど、
    自分の価値観と美学を信じて前向きに生きようとする姿は凛々しくてとても好感が持てました。

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著者プロフィール

1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年に同作で泉鏡花文学賞を、13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一賞を受賞。他の著書に『からまる』『眠りの庭』『男ともだち』『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観と共著)『鳥籠の小娘』(絵・宇野亞喜良)、エッセイに『わるい食べもの』などがある。

「2021年 『ひきなみ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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