- 文藝春秋 (2017年5月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (400ページ) / ISBN・EAN: 9784167908485
作品紹介・あらすじ
「これは自分が書いた中では、ほんとうに好きな小説ですね」――津村記久子
『水車小屋のネネ』『この世にたやすい仕事はない』が話題の著者が贈る、傑作青春小説。
中学生のヒロシは、背は低め、勉強もスポーツも苦手。唯一得意な絵を描くことも、最近は自信を失いかけている。
中三になって出会った新しいクラスメイトは、なんだか大人びた男子だったり、やたらと声の大きな女子だったり、悩みを抱えてそうな生徒もいる。
学校は退屈だし、進路のことは不安だし、母親はうっとうしいし、自分が何をしたいのかもわからない。
何気ない一言に傷ついたり、苦手なやつの意外なやさしさに触れたり、
中学生の自分たちにはどうにもできない理不尽なこともたくさんたくさん、ある。
だけど、それでも、力がなくても、正しい方を選ぼうとすることはできる。
中学生だし、何もできないけど、でももしかしたら何かはできるかもしれないし。
「しないといけないことだから。逃げたら、たぶん一生後悔するから」
うっとうしくて、めんどくさいけど、たぶん、忘れられない毎日だ。
一日一日、大人になっていく、少年の一年の物語。
みんなの感想まとめ
中学生の成長を描いた物語で、主人公ヒロシが新しい仲間たちと過ごす一年間を通じて得る貴重な経験が中心となっています。淡々とした描写の中に、作者の丁寧な観察力が光り、日常の瞬間が鮮明に脳裏に刻まれます。ヒ...
感想・レビュー・書評
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中学生で、誰に対しても見た目だけでなく内面まで見ようとする人が、一体どれほどいるだろう。顔の印象や体格、声・髪など、一瞬で人を判別できる表層的な部分。思春期なんて、大抵そういうもので仲良くなるグループが決まっていたように思う。
主人公のヒロシは背が小さい中学3年生。絵を描くことが好きだが最近は気が進まず、面倒な受験も控えていて、家では一方的によく喋る母親が鬱陶しい。それでもヒロシは、クラスメイトの身に起こる不穏な出来事を解決しようと奔走する…
ヒロシのようなクラスメイトがいたら、中学生の頃の私は彼の人間性まで見ようとしていただろうか。小さくて地味な男子、くらいに思って、それだけで心の中で彼を見下していそうだと、自分の嫌な部分を思い出した。
そしてそんな自分も、クラスメイトに見た目で多くを判断される、あの思春期特有の空気感に、居心地の悪さを感じていたことを思い出した。
ヒロシ自身は中学生という年頃を「何もかもが不確かだ」と捉えている。何も考えずにひたすら好きな絵に没頭していた小学生のときと比べ、不確かだと。
これには強く共感した。中学生なんて、後にも先にも一番不確かな時期だった。
周りのクラスメイトとの関係性も、親や先生への信頼も、自分の将来への展望も、自分の気持ちさえも。何もかも不確かで寄る辺なく、いくら考えても分からないことだらけだった。確かな何かが欲しくて、でもどうしたらいいのか分からなくて、もがいていた。
大人になっても不確かなことは多いけれど、そういうことに対してどう接したらいいのかは分かるようになった。それが、今は考えないという選択にしろ、勉強して知識を身に付けて対処するという選択にしろ。こういう時はこう、というのが少しずつ分かってくるようになって、中学生の頃より随分と楽になった。
私にとって中学時代は、そういう自分の頼りなさのせいで辛い時期だったが、それに比べてヒロシはなんとも頼りがいがある…!
ただのクラスメイト相手でも、困っていたら頭を巡らせて、どうにか助けようとするし、そもそもそうやって考えたり助けたりすることに迷いがない。面倒だと捉える様子も、「何で自分が…?」と考える隙もなく、行動する。
まだ世間のことを知らないなりに、そうやって行動できるなんてめちゃくちゃかっこいい。大人になったらよく分かる、ヒロシのかっこよさ…
ヒロシが高校に進学して、たとえ多くの友だちができなくてもモテなくても、自信を持ってそのまま成長してほしいと勝手ながら願ってしまう。
小説としては時折差し込まれる、ヒロシたちを描いた挿絵の効果もあってか、さまざまなことを思い出したり空想したりしながら読むのが楽しい作品だった。
また関西出身の私にとっては、登場人物たちの関西弁やノリも懐かしく、クスッと笑えるシーンが散りばめられていてよかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
前作「ウエストウイング」に続いての一冊。
中3になったヒロシがクラス替えで出会った新しい仲間と得ていく世界を描いた物語。
相変わらず淡々とした描写なんだけれど、津村さんはその瞬間をものすごく細かく丁寧に描いている。
自然とその瞬間が脳裏に、でもしっかりと入ってくる感じが好きだ。
仲間と過ごした一年間は確実にヒロシのこれからに繋がる貴重な経験。
大人の世界の汚さ、ずるささえも…。
この仲間達、その時々で誰かが誰かの支えになっていたことがオトナ心に沁みたな。
ふわっと明日への爽やかな風が吹いたようなラストがまた良かった。 -
タイトルはティーンエイジファンクラブの曲から。中3の男の子が主人公だが、作者は女性なのになんでこの年頃の男子の、身の回りでいろんなことが起こってても、それがどれだけ大切なことかに気がつかないままでいるさまを描けるのだろうかと思った。人生の分岐点は死ぬほどあるのに選べるのは一つだけ、というあの年頃の途方に暮れてしまう感じがよく思い出された。
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その後、ヒロシがどんな子に成長してるかなと思ったので続きが読めて良かった。
中学生がいちばん大変だと思う。毎日学校に行くだけで偉い。 -
始めはなかなか読み進められなかったけど、半分くらいから一気に読んでしまいました。津村記久子さんの作品を読むと何故かいつもそんな感じになってしまいます。やっぱり津村さんの作品が好きだなぁと改めて思いました。
解説もわかりやすくてとても良かったです。 -
うわ~これまたむちゃくちゃ好きなやつ。
特別な人間が出てこない、みんな等身大でその辺にいそうな感じがたまらなく愛おしいんよな、津村さんの小説って。
ヒロシもヤザワもフジワラもフルノも野末も大土居も増田もみんな好き。
野末はこんなん絶対好きになる。なにより、ヒロシと大土居の感じが恋の1000歩手前みたいでたまらない。安易に恋愛路線に持っていかないあたりが津村さんの凄さであり、良さ。 -
こんな小説は初めて。なんだこれ、という感じ。青春小説というにはキラキラしてないし、ヒロシの成長記というほどのものでもない。いわゆる日常系なんだろうけど、しょうもないような細かい所作まで描きながら、つまらなくならないのはさすがと思う。
はじめの方は、津村作品にしては読みにくいかな、なんて思ったけど、気づいたらぐいぐい引き込まれていた。久しぶりに読み終わってしまうのが寂しいと思える作品に出会えた。 -
この文庫本ではなく、単行本を読んだ時に書いたレビューです。ご容赦ください。<(_ _)>
冒頭───
クラス替えの表は、下駄箱と玄関ホールの間に設置されている掲示板に貼り出されてあった。こっちの脳みそがスライスされてしまいそうなほどのキーキー声を上げて手を取り合ったりしている女たちと、新しいクラスなどどうでもよいという態で余裕ぶって、まったく関係のない話をしながら、しかし掲示板の前から離れようとしない体育会系の男たちの後ろで、背の低いヒロシは根気強く表の確認を待っていた。
自分の名前を見つけたい、というよりはむしろ、名前がないほうが良いかもしれない、とヒロシは思う。名前がないんで帰りました! と誰だか知らないけど担任から電話がかかってきたら言えるし。
もう面倒なのだった。誰と中学三年の一年をつるめるかについて、意外と出たとこ勝負のくせして、この場ではどちらが派手に喜べるかを競っているような女たちや、興味のなさそうな顔つきで名前の表をずるずると眺めながら、こいつにならおれは勝ってるとか、腕力では敵わないけど顔では上とか、想像力をたくましくしている男たちが周りにうろうろしていると、ヒロシはときどき窒息しそうになる。
───
中学の時、ぼくはごく普通の中学生だった。
ごく普通のというのは、周りにいじめたり、いじめられたりする生徒もいなかったし、児童虐待で悩んでいる知り合いもいなかったし、自転車で全国レベルのスピードを持つ友人もいなかったということだ。
サラリーマンの家庭で、両親とも仲が良く、姉も優しく、友達も特に問題を抱えているという人間などいなくて、平凡で毎日のんびりとした中学生活を送っていた。
さすがに、三年生になった時には(それでも夏休み以降だが)受験勉強に追い込まれ、多少は悪戦苦闘したけれど。
薔薇色の未来が待ち構えていると信じていた。
それは、まさかの受験失敗で一気に崩壊することになるのだが。
それでも、この作品の主人公ヒロシのように、小説のネタになるような色々な事件や出来事は殆ど何もなかった。
そのことが今の凡庸な自分を形成するにあたって、良かったのか悪かったのかは、今でも分からないけれど。
ヒロシの周りには多くの個性的な人間が集まる。
私立の女子中学に進学しながら、女友達と馴染めず、学校がつまらなくて辞めたいと思っているフルノ。
背が高く、大人びた感じなのに、反応が鈍く、周りから疎んじられているヤザワ。
女子にしては、細かいことを気にせず、真っ直ぐな性格で、ヒロシが密かに憧れているソフトボール部のキャプテン野末。
その野末と同じソフトボール部で、試合になるといつもホームランを打つ大土居。
ヒロシ以上に絵がうまく、目立たない存在ながらも一目置いている増田。
小学校の時は一緒の塾に通っていたが、今は別の中学に通うフジワラ。
ヒロシは、これら多くの知人友人との距離感を漠然と意識しながら、付き合いを続けていく。
常に何が正しいのか分からず悩んでいる、自意識過剰で優柔不断なヒロシ。
それでも、いざという時は他人のために何とかしようと行動を起こす。
淡々としたさりげない描き方ながら、ヒロシの周りには次から次へと問題が発生してくる。
どんなに考えても、どれが正解なのか分からない。
葛藤するヒロシだが、悩みながらも事件に向き合うことで、少しずつ成長していく。
この細部に至るまでの描写や心象風景の描き方が見事だ。
全てのキャラもしっかりと明確化され、魅力的だ。
現代の中学生は、いつもこんなに問題を抱えて悩んでいるのかと思うと、可哀想に思えてくる。
みんなが新しい高校生活に向かって、それぞれの想いを抱きながら見ためがね橋の上からの景色は、どのように映ったことだろう。
離れ離れになる切なさか、新しい生活への希望か?
P346
“ヤザワの自転車が海に落とされたように、出会った連中は好き勝手に、ヒロシの中にいろんなものを投げ込んで離れていった。ヒロシ自身も、彼らにそうした。”
“たぶんまた誰かが自分を見つけて、自分も誰かを見つける。すべては漂っている。”
他人との関係に、自分がどう関わっていけば良いのか悩み続けてきたヒロシの答えがこの文章にある。
それは、高校時代のみならず、これからの人生の中で永遠に続いていくものであり、ヒロシはこの中学生活の中で初めてそれに出会って学んだのだ。
この作品は、文章に一点の曇りもなく、大阪弁ならではの味わいもあり、余分な表現も一切ない。久々に非の打ちどころのない完璧な小説を読んだ気がする。
津村記久子さん、初めて読んだが只者ではない。
すでに芥川賞を受賞しているようだが、自らも“自信作”と呼ぶこの作品は何かの賞を取るのではないか?
他の作品も是非読まねばと思った。
また、好きな作家が増えた。
是非是非皆さんもお読みください。
心の奥底に響く、優しくて素晴らしい作品です。 -
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作中では言及されていませんが、あのTeenage Fanclubの名曲(またはVelvet Crushによるカヴァー曲)"Everything Flows"にちなむ書名。
大人でも子どもでもない存在が抱える不安や焦燥を描いた本作は、言うなれば『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に近いかもしれません。
しかし、物語の中心人物(あるいは中心人物の一人)であるヒロシは、ホールデンほど性急でも饒舌でもなく、もっともっと鈍臭い。そして、それこそが彼の魅力の源泉でもあります。自分のことで精一杯で、ときには自分のこともままならないのに、周囲にふりかかる問題に不器用に対処しようとする様子は、どこか心を打たれます。
また解説にあるように、ヒロシはやたらと悩む純文的な人間でもなく、胸がすくような行動をするエンタメ的な人間でもない。この中間的な人間を肯定的に描く津村さんの力量は、さすがというほかないです。
個人的には、傑作『八番筋カウンシル』にも似た読了感を味わえました。 -
ヒロシと周りの仲間が一年間を通じて確実に成長していっていて嬉しい。こういう 何年間を積み重ねていけたらヒロシはすごくモテると思う。離れ離れになっても。フルノとヒロシの友情?も好き。
公立に通う中学生の良さがある。色々かんがえたりしながらも、違うタイプの仲間たちとの交流があって。受験でゆれつつもそこまで息苦しくもならずに。
めちゃくちゃヒロインヒーローがいないんだけど、みんな輝いている。 -
淡々とした表現の中に、クスリと笑える部分があって、さすが津村さんと思った。中学3年の1年を通して揺れ動く心が細かく描かれていた。
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ヒロシが、明確な意志がもてず、迷いながらも、自分にも他人にも誠実に生きようとしている姿が好もしい。決め付けない在り方に希望を感じる。
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青春
境遇と性格が似ていることと、子どもの歳が近いことから、親近感が
(ウィークデーなのに夜更かしして読み進めてしまった) -
初めて読んだ作家さん。書き方がかなり独特。内容、情報が盛り沢山な上に、登場人物が全て苗字表記なので、まず男女が分からない。しかも関西弁なのでますます読みにくい。
ただこういった信念みたいなものを決めつけないような小説があってもいいかもしれない。行動と思いは確かに同じではないと思うし、これは、最後の総評で納得した。何気ない日常生活の中に、派手ではないがでも、かなりの事件が潜んでいることはよくあると思うし、それを描くと、こうなるのかもしれない。 -
大土居がよかった。大土居が聞く音楽もカッケェ
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著者プロフィール
津村記久子の作品
