- 文藝春秋 (2017年7月6日発売)
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感想 : 70件
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784167908812
感想・レビュー・書評
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言葉の紡ぎかた‥‥好きすぎる。
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都と陵は一つ違いのきょうだい。特殊な関係の親の元に育つ。ママは言葉が鋭く、自然と人を怖がらせもする、だけど魅力的で男受けは良い。
都はママが大好き。どうして子供は、母親が好きなんだろう。どんな母親だったとしても、子供は母親の全部が好きなのだ。
陵は、偶然地下鉄サリン事件の現場に居合わせ、幸い難を逃れる。ママは空襲で実母を失う。それぞれが命の安全が脅かされるようなPTSDを抱える。
大好きなママが病気で亡くなってからもずっとママの夢を見続ける都。
若い頃は離れて暮らしていたが、30代半ば再び実家で一緒に住みはじめた都と陵。陵がサリン事件に出くわしてから。人の死は、遠いようで紙一枚隔て隣にあった。
都と陵の関係について、ありえないと言ってしまえばその一言だが、家庭環境が影響を及ぼした(のだろうか)。
「わたしは陵のようになりたかった。陵になって、ママに喜んでもらいたかった。でもできなかった。だからわたしこんなにも陵が好きなのかもしれない」と言っている。
強烈なママの自爆から逃れられない都は、外へ飛び出せなくて、結局、陵に向かった。
子供というのはいつかは親元を巣立つもの。肉親から離れてゆくのが自然だろう。都(陵も?)は言わば毒親のママから精神面で自立できなかった(のだろう)。
「いつもわたしと陵は裁かれている。わたしたちを知るすべての人々に。けれど、真にわたしたちを裁いてくれる者など、ほんとうはどこにも存在しない。」
重いなぁ。この時期キツイ。
だけど、こんなにも綺麗な言葉文章で描かれた物語は濁りもない真っ白い水のよう。雰囲気がすごい。
夏の夜の鳥で始まって鳥で終わる。一羽だけぽつんと浮いていた水鳥。
また夏が来る。鳥は、太く、短く鳴くことだろう。 -
この本の空気は、江國香織の書くものに似ていると思った。
家族は、一緒に暮らせば暮らすほど思い出が増えていく。
歴史のようなもの。水の流れのように、とどまることを知らない。
思い出を共有し過ぎた姉弟の、愛の物語。
優しすぎて、深すぎて、なんだか泣けてくる。 -
ただただ美しい言葉の羅列が並び、そこには静謐とした雰囲気が纏っていた。禁断の行いでありながら、それを問題視にしているわけでもなく、ごく当たり前の状況、出来事として綴られている。個人的に川上弘美さんはファンタジー要素が多い印象があったけど、今作ではそれは薄らいでいて好みだった。「真鶴」と同等か、それ以上の傑作。
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ひとの人生に触れると実感して思い出すことがある。それは思い出だったり、生き方だったり、生と死の匂いだったり。
濃密な家族と、広義な愛の物語でした。
軽々しく時を越えていろんな場面が描かれているのに、全く不自然でなく、そこに存在しなかったわたしも、主人公たちのあたかもそばにいたように思い描くことが出来る。
夏のじっとりとした空気。しかし、冬になればその暑さを忘れてしまう。でもどうしてもあの夏のあの夜に戻ってしまう。
すごく読まされた、という気持ちです。
ぐいぐいと同じ沼に引き摺り込まれた気持ちでした。
時計だらけの開かずの間が開かれる時、やっと覚悟ができた気がします。
周りのキャラクターもとても魅力的で、わずかしか出てこなかったキャラクターの人生も空想します。 -
テーマは、家族と愛。愛は近親相姦と世間で呼ぶ類のものかもしれないけれど、卑猥な感じではなく、読んでいると、愛の変形系の一種としてナチュラルにスムーズに受け入れられる。主人公の都の両親は、実の兄妹で、都も弟の陵に恋愛感情を持つ。都の母親「ママ」はさばさばしていて冷たいところがあるけれど、どこか人を惹きつける魅力を持った女性。世間から見れば、都の家族は歪んで、ねじれている。いとこの奈穂子はアメリカ帰りの帰国子女で、都から見ればいつも笑顔なように見えて、少しも笑っていない無表情にも見える女の子。(「奈穂子は笑っていた。あるいは、無表情でいた。」)都の育ての父親は、時計コレクターで、都の弟の部屋には掛け時計がたくさんあって、そして南京錠がかけられ開かずの部屋になっている。
冷静にみたら、えーそんなんある?って思うくらい風変わりな家族で風変わりな暮らしだけど、読んでいるとまあそれもありかと思う。そして自分の外への寛容度が高まって、自分自身への寛容度も高まる感じがした。
よく、話の細部まで理解できなかったように感じる。自分の心の中がさざ波が立っているからなのか、それとも人生の経験不足からなのか。またいつの日かゆっくりと読み返してみたい。 -
きれいな物語だった。川上弘美さんの小説が好きなのは、解説で江國香織さんが書かれているように、そこにゆるやかな肯定があるからかもしれない。
許さないことや否定することが流行っている中で、そのゆるやかな肯定が懐かしく温かく優しく感じられる。 -
「1986年」の章を読みながらうわー凄いな怒涛のように場面が追い込んでくる、と圧倒された。言葉なのに。
江國香織さんの解説でその章を取り上げていて、『まるで音楽のようだ』と評していて、それだ!と自分の言葉の足りなさに笑った。
ストーリーがどうのより、なんというか、「人が生きること」のいろいろな断片のきらめきを見たような気がした。 -
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少し他とは違う、とある家族の物語。
読みながら、「蛇を踏む」や「なめらかで熱くて甘苦しくて」を思い出す。家族の物語であり、男女の物語でもある
きょうだい同士の恋愛、という事で構えていたが予想とは違う静謐で緩やかな空気で話は進む。異性の兄弟は居ないので分からないが、一番近い存在で、自分のものであるという所有欲?のような…都が陵に抱える感情は惹かれ合う双子か、母子のようだなとも思ったり。
都と陵の「ママ」は、女に嫌われるタイプだと語られているが、どうしようもなく魅力的に映る。特別な美人とか男好きではなく、どこか冷たくてドライなのに強く惹き付ける…好きというより憧れてしまう。ひんやりとしているのに硬く凝ってはおらず、柔らかく隙間を縫って進んでいく…。
時代を行ったり来たりしつつ家族の姿が描かれ、ラストでは暮らした家を手放し、少しづつ家族が解けていく。
それは前向きで、時の流れと共に訪れる自然な別離かもしれないが自分はまだそこにもの悲しさを感じてしまう
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水声ー水の流れる音。水は止まらずに流れるが、物語はその音を意識させず、時に内面を表し、姉弟の行為に対する一般論を遠ざけた。時計もそうか。時を刻みながら、回想で歪む時系列を象徴する。常識とは無関係に、ただそこにあり、本人たちのみが理解し得る関係性。姉弟の行為にどのような意味があるのか、彼らは考えないようにした。読み手は考えるべきだろうか。登場人物に自らを重ねても、読み手はその感情を想像し得ない。
川上弘美は、食べる事をとても美味しそうに描く作家だと思う。そんな彼女が描く非日常のドラマだから、共感できないとどんよりした気持ちになりそうだが、決して共感は出来ず、ただ眺めるだけ。 -
家族とは何なのか、何とも不思議な感覚に囚われる。川上さんの文章は美しくて、すうっと、それこそ白い広野をあちこち彷徨いながら読み進め、そして読後は何ともむず痒い。内容は正直苦手だが好きな小説だった。
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川上弘美特有の意図的にひらかれた言葉たちが、さらさらとしてつかみどころのない、それこそ水のような文章にまとまって、死と、愛と、家族と、きょうだいと、仄暗さを纏うゆるやかな幸福が描き出されている。
歪な家族を描いているのに、それを歪であると感じてしまう自分自身が歪なのではないかと錯覚してしまうほどに透明な小説だった。
それなのに読み終えたらするりと溶けてしまって、つかみそこなってしまった感覚だけがただ残っている。 -
ある家族の、「私」から見た家族のお話し
子供の頃と今とが交差しながら進んでいく
家族みんなが素敵なんだけど、
何よりママがとても素敵
美しくて奔放で人を惹き付ける魅力のある人
人が人に対する想いが、丁寧にかかれてる -
家族の物語。
55歳になった都の思い出。
心にはいつも死んだママがいる。
ママが死んでから同居をしないといって出て行ったパパがいる。弟の陵がいる。
パパと呼んでいるが実は叔父で子供の時からママと一緒にいるのでずっとパパと呼んでいる家族だ。
一緒に暮らしている陵は弟で生まれた時を知っている。
ママの心はいつも満たされていて、家族の中心だったが若いのに癌で死んでしまった。
最後のピクニックでママがいった。
「もうすぐあたし、死ぬのね」
「もうそれ,飽きたから、やめて」
「せっかくその気になっているのに」
「その気になってならなくていい」
「こんなにこの家で権力をふるえるのって,初めてのことなんですもの」
「あなたはいつだって、この家の一番だったでしょう」
パパは笑った。ママも私も、陵も。
「ねえ、後悔しちゃだめよ」
「何かを、してもしなくても、後悔はするんじゃない?」
陵がぽつりと言った。
「してもしなくても、後悔しちゃだめなの」
「それって、おなじようなものじゃないの」
「違うの。後悔なんかしないで、ただ生きていればいいの」
死んでいく人間の言うことはよく聞かなきゃ。ママはそう言って、おむすびを口に運んだ。
(意味を考えては、いけない)
(そこから何かがもれていってしまう、あるいは入り込んできてしまうから)
おれたちって、生まれてこのかたずっと、だだっぴろくて白っぽい野に投げ出されているみたいだよね。いつか陵が言ったことがある。
「たとえば荒野のように、雨風そのほかこっちにつきささってくる攻撃的なものから無防備な場所じゃなくて、なんだかぼんやりした抽象的な感じの場所」
この白い野のことを時折思うようになった。
その光景は次第に形を変えてきたが、やはり果てのない野だった。
陵と都が住んでいた家は古くなって取り壊された、今はマンションで隣り合わせに済むようになった。
お互いに訪ねあって暮らしている。
恋人を愛することと陵を愛することは、まったく違うことだった、けれど、その違いをわたしはうまく言葉にできない。誰かに聞かれる機会もないから、言葉にする必要もない。
パパとママの関係も陵と都の関係も世間から見るといびつな家族の形をしている。
その家族はそれでも、好きだといいあったり、同じベッドでねむっている。
しかし都はいつも白く広がっている野の風景を見ている。
陵は会社に行き都はうちでイラストを描く、世間の秩序に沿って暮らしているが、家族という絆とは違った結びつきの中で漂っている日々が、ママも思い出とともにたゆたうような言葉で読者を浮遊させる。
一気に読ませる不思議な魅力は相変わらず川上さんのものだ。 -
終始ふわふわしていて、タイトルじゃないけれど水の中にいるような雰囲気が流れる小説。
手っ取り早く言えば姉弟の近親相姦のお話なのかもしれないけれど、そういう枠に当てはめるのは何だか違和感がある。
独自の愛、独自の家族感、というか。
ひとつの夫婦やカップルにはそれぞれの形がある。というように、この2人はこの形なのだろう、と妙に思わされてしまうのだけど、とてもしっくり来るわけではないというか。。
難しいな。笑
実はけっこう前に読み終えていた作品で、タイムラグがあるので感想をつづる感覚も若干遠いのだけど、時系列が行ったり来たりしながら、1組の姉弟とその母と父(その両親にも1つのいわくがある)を中心に描かれている物語。
1969年から、2014年にいたるまで。
かつて少年少女だった姉弟は50代になり、そして…。
川上弘美さんの小説を読むとなぜか縁側があるこぢんまりとした日本家屋が浮かぶ。そういう描写は無いのだけど。不思議。静かで、美しい文体だからだろう。 -
川上弘美さん特有の艶っぽい文体で綴られるひとつの愛と絆のかたち。ともすればドロドロとしてしまいそうなのに、上品さを保っている。世間一般の価値観ではありえない関係なのに『こういうのもアリかもなぁ。人生の正しさなんてあるようでないんだよなぁ』と、読み進めるうちに素直に彼らを肯定してしまう。その感覚が心地良かった。
著者プロフィール
川上弘美の作品
