キャパへの追走 (文春文庫)

  • 文藝春秋 (2017年10月6日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784167909475

作品紹介・あらすじ

キャパがその激しい一生で

捉えた一瞬の数々、

その足跡を辿り、同じ現場に立つ。



◆写真史上もっとも有名な作品のひとつ「崩れ落ちる兵士」をはじめ、数多の名作を撮影した伝説の戦場写真家、ロバート・キャパ。著者は学生時代よりキャパにシンパシーを抱き、評伝の翻訳、写真集の監修など、その生涯を追い続けてきた。



2013年の『キャパの十字架』では、「崩れ落ちる兵士」の撮影の真相に迫り、その作品の秘密がキャパに背負わせた“十字架”を感動的に描き切った。



本書で著者は、キャパが故国ハンガリーを出てから、最期の地インドシナに至るまでの人生すべての旅路をたどり直す。キャパが生涯で残した数多の写真の撮影場所を可能な限り探し歩き、同じ角度で現在の光景を撮影したのだ。



キャパの実質デビュー作であるデンマークでのトロツキーの撮影から、運命のパートナー、ゲルダ・タローと出会ったパリ、スペイン戦争での数々の名作、第二次大戦のノルマンディー上陸作戦やパリ解放、唯一の来日から最期の地インドシナまで、著者は世界中を旅して、キャパがレンズを通して見たものを追体験する。そして旅の最後には、ニューヨークに眠るキャパの墓へ……。



世界中を追う「キャパへの旅」で、キャパが歩みつづけた「勇気あふれる滅びの道」すべてを巡礼することで、人間・キャパの全体像が見えてきた。



著者の永年にわたるキャパへの憧憬を締めくくると同時に、今までにない形の紀行・人物ノンフィクションを提示する大作。



解説は、姉妹作『キャパの十字架』取材に多大なる協力をした、写真家・田中長徳。

みんなの感想まとめ

キャパの写真を追体験する旅をテーマにしたエッセイ集で、著者は世界中の撮影場所を巡り、キャパが捉えた瞬間と同じ景色を再現します。著者の視点から、キャパの人生や作品への深い愛情が伝わってきますが、時折、エ...

感想・レビュー・書評

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  • 1.エンドレ•フリードマン
    エンデレ•フリードマンと聞いて誰のことかピーンと来る人は大したものだ。
    その人は、沢木耕太郎のファンに違いない。

    エンドレ•フリードマンはハンガリー人。
    だから、正式には、名と姓をひっくり返して、フリードマン•エンドレと呼ばなくてはならない。
    (ハンガリーでは名前を日本と同様、姓名の順番で言う)
    アシュケナージュ•ユダヤ系。
    職業カメラマン。
    スペインとヨーロッパ、北アメリカと日本、そしてインドシナで活躍した。
    ハンサムで、ヨーモア溢れたギャンブラー。
    恋人は、ゲルダ•タローとイングリッド•バーグマン。
    インド品で地雷を踏んで、40歳で亡くなった。

    そう、フリードマン•エンドレとは、戦場カメラマン、ロバート•キャパの本名だ。
    「ロバート•キャパ」はいかにもアメリカンな響きがある。
    しかし、この名前は意図して作られた「芸名」のようなものだ。
    本名のフリードマンは、それだけでユダヤ人と分かる名前だが、キャパという名前には何の宗教臭もない。

    ロバート•キャパに関する本もブダペストに持ってきていた。
    彼がハンガリー人だからではない。
    偶々。
    持ってきていたのは、沢木耕太郎の「キャパへの追走」。
    傑作「キャパの十字架」の続編だ。

    「キャパへの追走」は、キャパの生涯を簡明に辿った後、キャパが傑作写真を撮った場所を特定して、同じ場所で同じアングルで沢木が写真を撮るという趣向の本だ。
    かつてキャパが立ち、アングルを決めて、シャッターを押したという行為を、追体験するのだ。
    そうしてキャパの写真を見返すと、当然時代の流れはあるものの、キャパの被写体に向けた眼差し-愛情溢れた視線-が痛いほど伝わってきて、感動的だ。
    何故彼のフォトが人々からこんなに愛されるのかがよく分かる。
    キャパの眼差しには、優しい愛が溢れている。

    2.キャパの生家—ミッション•ポッシブル
    ブダペストに駐在中に、キャパ、もとい、フリードマン•エンドレの生家を探してみようと思った。
    さて、これはミッション•ポッシブルなのか、インポッシブルなのか?

    エンドレは1913年、第一次世界大戦の前年に、ブダペストの洋品店の倅として生まれている。
    そして、17歳までそこで暮らしている。
    だが、Google Mapには何の情報もなかった。
    頼みの同僚のハンガリー人たちは、ロバート•キャパすら知らない。
    ミッション•インポッシブルか、と思われた時、「キャパへの追走」を読んでいて、そこに生家の住所を発見した。
    「Varoshaz utca 10」
    utcaはハンガリー語で「通り」を表す。
    「ヴァレスハーズ通り 10番地」

    ここからはGoogle Mapの出番だ。
    住所を入れてみて驚いた。
    今いるアパートからすぐそばではないか。
    ものの5分の距離。
    いつも買い物をしているスーパーから大通りを渡ってすぐだ。
    行ってみるとかなり狭い通りだ。
    あれ、聖イシュトバーン大聖堂に歩いて行く時に通る通りではないか。
    10番地は建物の角。
    一階はアイリッシュ•パブになっている。
    二階より上はアパートになっているようだ。
    建物をぐるりと回ってみたが、「ロバート•キャパ」や「フリードマン•エンドレ」を示すプレートはどこにも無かった。
    ハンガリーでは、ロバート•キャパは認知されていないのか。
    通りを振り返ってみると、教会の尖塔が見えた。
    エンドレ少年も毎日見た景色だ。
    1913年から1930年までのことだ。
    第一次世界大戦でハンガリーは大きく領土を失い、重苦しいハンガリー王国時代のことだ。
    産業発展のない国でユダヤ人として生きることは窒息するような苦しさだったことだろう。
    ハンガリーからの脱出、それこそが若きエンドレ唯一の希望だった。

    3.キャパの生涯
    キャパの生涯をざっと振り返ってみよう。
    1931年、17歳の時にデモに参加しただけで逮捕される。
    これがきっかけとなって彼はドイツに行き、ジャーナリズムの専門学校に通う。
    写真通信社の現像係として採用されて、現像のテクニックを身につける。
    コペンハーゲンにロシアの革命家レオン•トロツキーが来るので、写真を撮って来いと命じられる。
    講演会で熱弁を奮うトロツキーを撮った迫真の写真がカメラマンとしてのエンドレのデビュー作だ。

    1933年にはナチスが政権を握り、ユダヤ人排斥が投げしくなってきた。
    エンドレはドイツを脱出、ハンガリー経由フランスのパリに向かう。
    パリでは困窮し、毎日新聞社の日本人カメラマンのアパートに転がり込む。
    1934年には、同じくドイツから脱出してきたユダヤ人の女性カメラマン、ゲルダ•タローと劇的な出会いを果たす。
    エンドレ21歳、ゲルダ24歳。
    意気投合した二人は、架空のアメリカ人カメラマン「ロバート•キャパ」を作り出す。
    これは一人の人物というよりも、二人の作り出したプロジェクトと言えるだろう。

    1936年、二人はフランスの写真雑誌からスペイン内戦の取材を要請される。
    スペイン内戦は、左派の共和国政府に対して右派のフランコが反旗を翻して起こった内戦だ。
    共和国政府をソ連とメキシコ、そして国際旅団という義勇軍が支援、一方のフランコをナチス•ドイツが支持して、戦闘は激化した。
    (「原田マハの『暗幕のゲルニカ』は、その時代、スペイン人としてフランコに抵抗したピカソを描いている)
    エンドレとゲルダは、スペイン南部のアンダルシア地方で決定的な写真をものする。
    共和国軍の兵士が戦闘で撃たれ、倒れる寸前を撮った(と言われる)写真だ。
    この写真は「崩れ落ちる兵士」(Falling soldier)と題されて、アメリカの「ライフ」誌に掲載される。
    撮影者は「ロバート•キャパ」とキャプションされている。
    この写真は、スペイン共和国政府のアイコンとなる。
    これによって、「ロバート•キャパ」の名は世界中に轟く。

    この写真の真実に迫ったのが、沢木耕太郎『キャパの十字架』だ。
    この写真に違和感を感じた沢木が、図らずも明らかにしてしまったのは、
    (1)この兵士は撃たれてなどおらず、訓練中に丘でずっこけただけた、ということ
    (2)この写真を撮ったのはエンデレではなく、ゲルダであったこと
    という驚くべき事実だ。

    だが、「ロバート•キャパ」=エンドレ•フリードマンと捉えるのではなく、「ロバート•キャパ」=エンドレ&ゲルダのプロジェクトと捉えれば、その写真のキャプションに「ロバート•キャパ」とあるのは不思議ではない。
    問題は、二人のプロジェクトとして大成功を収めた時、ゲルダが既にこの世の人ではなかったということだ。
    ゲルダは、暴走した(味方である)共和国軍の戦車に轢かれて死んでしまうのだ。

    1939年にエンドレはアメリカの永住権を取得する。
    アメリカでは国内の写真を多く依頼されるが刺激がない。
    状況が一変するのは、ナチスがポーランドに侵攻、第二次世界大戦が勃発した時のことだ。
    1941年にはイギリスに飛び、ドイツ空軍による空爆の様子を撮り、北アフリカ戦線、イタリア戦線と前線を取材して回る。
    戦場カメラマンとしてのピークは、1944年のノルマンディ上陸作戦だ。
    連合軍の勝利を決定付けた作戦だが、ドイツ軍は鉄壁の守りで連合軍の上陸を待ち受けていた。
    連合軍の死者は半端ではない。
    正しく、決死の上陸作戦。
    エンデレ=キャパは上陸作戦の軍団に加わり、ナチス•ドイツの銃弾の嵐の中をノルマンディに上陸していった。
    彼が必死に撮ったのは、波の中を決死の進軍をする連合軍兵士の姿だ。
    その写真は大きくブレている。
    そのため、矢のように飛んでくる銃弾の音まで聞こえるかのようだ。
    人々を驚かしたのはそのアングルだ。
    その写真は、上陸しようと前進する兵士たちを真正面から捉えている。
    ということは、エンデレ=キャパはビュンビュン飛んでくるドイツ軍の銃弾を背にしてカメラを構えていた、ということだ。

    戦後、1946年、アメリカの市民権を得たエンドレは、人気絶頂の女優イングリッド•バーグマンと恋仲になる。
    バーグマンは、映画「カサブランカ」で世界的な女優となっていた。
    バーグマンはキャパの陽気な振る舞いの背後にある「死の影」に惹きつけられたのだろう。
    バーグマンは結婚を望むが、エンドレはそれを拒み、二人は別れることになる。
    この頃、エンドレはパブロ•ピカソの写真を撮っている。
    (ピカソは、スペイン内戦の同志だ)

    1947年、写真家集団「マグナム」を結成する。
    1954年には日本を訪問、大歓迎を受ける。
    その最中、「ライフ」社よりインドシナを取材してほしいとの依頼を受ける。
    当時、インドシナは戦火に包まれていたが、当事者国はアメリカではない、フランスだ。
    エンドレは、要請を受けてインドシナに飛び、北ベトナムで地雷に触れて爆死する。
    享年40。

    これが「ロバート•キャパ」と目されたエンドレ•フリードマンの生涯だ。

    4.「太陽の門」と「カサブランカ」
    太陽の門(プエルタ•デル•ソル)は、スペインの首都マドリッドにある広場だ。
    「日経新聞」に2020年小説「太陽の門」(赤神諒)が連載された。
    そこには、「ロバート•キャパ」プロジェクトを進めた一人、ゲルダ•タローが登場する。

    この小説の主人公は、義勇軍国際旅団の兵士リックだ。
    彼は、かつての恋人ゲルダ•タローを探していた。
    その彼女と偶然、マドリッドの太陽の門で遭遇する。
    しかし、ようやく出会ったのも束の間、突如襲ってきたドイツ戦闘機の機銃掃射によって、リックの目の前で、カメラを持ったまま呆気なく殺されてしまう。
    これはもう一人の「ロバート•キャパ」=フリードマンの何度も見た悪夢のような、恋人死亡の光景だ。

    この小説は、映画「カサブランカ」に触発され、現実のエンドレとゲルダの青春を反映させて作られている。
    「カサブランカ」のハンフリー•ボガート演ずる主人公の名前は「リック」だ。
    時代から言うと「太陽の門」の方が先だ。
    「太陽の門」が描くのは、1936年のスペイン内戦時代のアンダルシア地方。
    丁度、エンデレとゲルダが「ロバート•キャパ」として取材していた時代と場所だ。
    戦うリックが同志としてそして恋人になるのが、ブランカだ。
    これは、後にリックがモロッコのカサ•ブランカに行くことを語っている。
    「カサブランカ」のリックは、ドイツに占領されたモロッコのカサブランカでバーを営んでいる。
    その中で、リックはスペイン内戦時代にレジスタンスに協力した過去のあることが語られる。
    「太陽の門」は、そのリックの過去に遡り、レジスタンス時代のリックを描いたものだ。
    その意味で、この小説は「カサブランカ」のスピンオフ作品と言える。
    そして、その時代を生き生きと描くために投影されたのが、エンドレとゲルダの青春だ。
    だから、この小説のリックはエンドレの色彩が濃厚だ。
    尤も、エンドレはリックと異なり、もっと多弁で、明るく、自らギャンブルに興ずる男だ。
    だが、そこにはペシミスティックな男の哀愁が深く刻み込まれていて、その意味では、エンドレとリックは一緒だ。

    スペイン内戦には世界中から義勇軍が集まり、共和国サイドを支援する。
    しかし、ヒトラーの支援を受けたフランコ軍に敗れ、フランコは政権を樹立する。
    ゲルダは内戦の最中に死に、エンドレ=リックは傷心を抱えてスペインを去る。

    そして、1941年、エンドレはキャパとして北アフリカを取材して、リックは北アフリカのモロッコはカサブランカで酒場を営む。
    その酒場で邂逅するのが、リックのかつての恋人イルザだ。
    リックはパリでイルザと恋に落ちるが、彼女は黙って彼から去っていった。
    エンドレがゲルダと出会ったのもパリだ。
    そして、ゲルダが死んだ後、第二次世界大戦が終結し後に、パリでエンドレが恋に落ちるのが、イルザを演じたイングリッド•バーグマンだったのだ。

    スペイン内戦はフランコの勝利によって終結し、義勇軍はスペインから去っていく。
    内戦が終結すると、ヒトラーはポーランドへの侵攻を開始し、世界は第二次世界大戦に向けて突き進んでいく。
    リックはスペイン内戦でレジスタンスに参加した後、その敗北後、パリに移り、そこでイルザと出会うのだ。
    そのフランスはあっという間にナチスに敗れ、パリは陥落寸前。
    リックはイルザと結婚式を挙げるためにマルセイユへ行こうとする。
    しかし、マルセイユ行きの汽車にイルザは現れない。
    代わりに届けられるのは、別れの手紙だ。
    傷心のリックはナチスが支配するモロッコのカサブランカで酒場を開き、そこではイルザと図らずも再会するのだ。
    そのイルザを演じたのがイングリッド•バーグマン。
    そのイングリッド•バーグマンは「ロバート•キャパ」と恋に落ち、結婚を望むがキャパに拒絶される。
    こうした流れから、「太陽の門」は、リックとエンドレ、イルザとゲルダ/ブランカという相互反射によって生み出されたと言えるだろう。

    何十年かぶりで映画「カサブランカ」を観てみた。
    そのあまりのpoorさに驚いた。
    1942年、第二次世界大戦中撮影の映画だから仕方ないのかもしれないが。
    全編スタジオで撮影された恐ろしく安っぽい作り。
    登場人物たちは、常にタバコをプカプカふかし、画面はタバコの煙で煙っている。
    それは、スタジオの安っぽい舞台をカモフラージュする煙幕の役割を持たされたのではないかと邪推したくなるほどだ。
    そして、彼らはのべつ酒を煽っている。
    だから、登場人物の大半は酔っ払いだ。
    酔わないとやってられない、といったデスぺレートな雰囲気を感じさせる。

    登場人物たちの演技も、何かカリカチュアされた舞台演劇のようで、観る者の感情移入を排するように作られている。
    ニヒルで、表情も変えずに気障なセリフを吐くリック=ハンフリー•ポガート。
    危険な香りのするリックと、反ナチ•レジスタンスの英雄である夫との間に引き裂かれるイルザ=イングリッド•バーグマン。
    イルザのどっちつかずの宙ぶらりんの感情は、彼女の虚ろな瞳に見事に表現されている。
    イルザは結局、危険な香りを放つリックではなく、革命の英雄たる夫を選ぶ。
    それはリックが仕向けたこととはいえ、その選択を行ったのはイルザだ。
    そのイルザを演じたイングリッド•バーグマンは、リックと同じ危険な香りのする、というよりも死を濃厚に纏ったロバート•キャパと恋に落ちるが、遂には結婚しなかった。
    それは、ロバート•キャパが仕向けたこととはいえ、その選択を受け入れたのはイングリッドだった。
    キャパとイングリッドは、現実において映画をなぞった別離を演じたと言える。
    リックは、自分の愛情よりもイルザの幸福に重きを置いた。
    キャパも同様、自らの想いよりも、イングリッドの幸福に重きを置いたのだと思う。
    何故なら、キャパは、カメラマンとはいえ、戦場でしか生命の高揚を感じることのできない男だからだ。
    常に死と隣り合わせの男には、途轍もない魅力がある。
    だが、それは現実の幸福には結びつかないものだ。
    キャパは、イングリッドの結婚願望を拒絶したが、それはイングリッドの瞳に、現実の幸福を求める一瞬の逡巡を見出したためかもしれない。
    映画のリックにしても、現実のキャパにしても、彼らの行動が示す痩せ我慢的行為は、女よりも男の方がロマンティストだということを示している、のではないかと思ってしまう。

    「カサブランカ」はアメリカ人に圧倒的に支持される映画だ。
    何故なら、
    ハンフリー•ポガートのニヒルな格好良さ、
    イングリッド•バーグマンの正に輝くような美しさ、
    気障なセリフの応酬、
    男の自己犠牲のロマンティシズム、
    男の友情=アメリカとフランスの連帯、
    反ナチという善悪二元論、
    そして、何よりも「As time goes by」のノスタルジックなメロディ
    があるからだ。

    とりわけ「As time goes by」の魅力は決定的だ。
    音楽だけで辛うじて成立していた映画は沢山ある。
    「シェルブールの雨傘」などはその際たる例だが、「カサブランカ」もその系列に属する。

    5.キャパの写真館
    キャパの出身地ブダペストには、Robert Capa Contemporar Photo Centerがある。
    ロバート•キャパはハンガリーでも忘れられていなかった。
    アパートから徒歩20分。
    真夏の炎天下、汗をかきかき行ってみた。
    マーラーや「炎のケンコバ」(小林研一郎)が常任指揮者を務めたオペラ座から程近い路地の一角にある。
    ステンドグラスの美しい階段を上った二階に受付。
    入場料を払おうとすると「生憎、キャパの部屋は改修中です。その他のカメラマンの作品は見ることができます。」と、受付のおばさんの冷たい宣告。
    改修が完了するまで二週間程度かかるとのこと。
    キャパの収蔵作品のリストはないかと聞いても、「無い」の一言。
    仕方がないので、他の作家の作品を見て、また汗を流しながら、帰宅した。
    結局、プダペストでは、キャパの作品に巡り合うことは出来なかった。

  • 2025/06/22

  • キャパの写真と同じ場所で撮る、というコンセプトのエッセイ集でした。さすが沢木耕太郎、うまく撮れた・撮れない・場所が判明せず、のどれに転んでいても洒脱で面白かったです。こういう言い方も何ですがさすが写真がうまくてキャパの写真との対比以上にキマッた一枚が多かった。

  • 作家とテーマは好きであるが、明らかに雑誌の連載記事であり、エピソードも含めてそれほど心惹かれるものはなかった。本人は好きなことをして良い旅だったのだろうが。。、

  • 悪くはなんだけれども、何か熱がない感じがする。
    東京駅のほっこりしたエピソードや、キャパの母親の話とか結構来るものがあるんだけれど何でかな、読後感が意外にあっさりなんですよなぁ。。。
    前作とも言うべき作品を未読のせいなのか、うーむ。。。

  •  『キャパの十字架』は、どことなく読む気が起きないが(TV番組でやっちゃったということもあり)、その発端?元となった雑誌の企画が本書なんだね。

     キャパの写真の撮影場所を訪ね、著者が現在の光景を撮影したものを並べ、キャパが故国ハンガリーを出てから、最期の地インドシナに至るまでの旅路をたどり、  キャパの人物像に迫らんとする、ノンフィクション紀行エッセイだ。

     旅人だったキャパの人生を辿るのに、旅を作風の重要なモチーフとする著者は適任であったろう。キャパの人生の旅路を辿り、フォトジャーナリズムの在り方の移ろいも活写する筆致はさすが。
    「ドイツの協力者」という写真の章で、

    「私には、この地点から、戦争を報じるフォト・ジャーナリストの戦後が始まったと思われてならない。」

     とする。

    「第二次世界大戦以後、多くのフォトジャーナリストにとって、どちらの側に立って写真を撮っていいのかがわかりにくくなっていく。少なくとも、「ノルマンディー上陸作戦」のときのキャパのように、「義」があると信じられる側に身を置き、その一歩一歩が、希望への一歩となるというような「至福の戦争」には、もうふたたび巡り合うことはなかったのだ。」

     以降、キャパは、“その人生の中で、「余儀ない旅」を続け”ることになる。「夢みた旅」は遠い昔のこととなり、著者はこう締めくくる。

    「彼は旅から旅を続け、旅の果てに死んだ。死んだのは、戦場という「旅先」だった。」

  • 「キャパの十字架」に引き続き読んだ。キャパの写真が撮影された場所を訪れ、同じような写真を撮る、という非常に面白い本だった。テーマが写真でありそれに伴う旅ということで、紀行文に近い感じがする。写真とそれに対するコメントという意味では、「旅の窓」のような感じで気楽に読める。しかし、キャパの研究者として世界的にも名をはせられるほどだと思う。「キャパの十字架」を読んでスペインにすごく行きたくなったが、この本を読んで、パリやニューヨークなども含め、世界を旅したいという旅心に火が付いた。

  • キャパの作品が撮影された現場の、現在の写真には、著者なりの解釈や想いが込められ、それ自体魅力的ではあるものの、とこか幕が下りた後の舞台のような空っぽさを感じた。同時に、今日のシーンを並べた事によって、当時の生命と死を切り取ったシーンがより息づく効果をもたらしてもいて、2枚の写真がひとつのストーリーかのよう。各作品に対する著者の捉え方は、文章のあとに掲載されている写真を早く見たくなるような説得力があった。キャパ礼賛ではないフラットな批評も好感。世界各地を巡ったキャパを追走(巡礼)しているので、一種旅行記的要素もあり、ほんの少し深夜特急的な楽しみを味わえるかもしれない。

  • 2019年10月5日読了。

    ●モンパルナス「ル・ドーム」で写真家達との出会い
    ジゼル・フロイト、ハンス・ナムート、ダヴィッド・シ
    ミン、デヴィッド・シーモア、アンリ・カルティエ=ブ
    レッソン

    ●モンパルナス「ラ・クーポール」
    ゲルタ・タローとの出会い

    ●フランスで川添浩史と井上清一のアパートに居候。
    2人はのちに「ちょっとピンぼけ」の邦訳者に。

    ●※ジャーナリストを目指しアメリカへ渡った吉田ルイ子

    ●浙江省の臨海という町にある龍興寺
    →最澄

    ●「禍福は糾える縄のごとし」
    → カフクハアザナエルナワノゴトシ
    →幸福と不幸は、より合わせた縄のように
    交互にやってくるということ。
    吉凶は糾える縄の如し。

    ●キャパの被写体に対する接し方
    →共に話し、遊び、喫い、飲む。
    →「人を好きになること、そしてそのことを相手に
    知らせること」

    ●シャンゼリゼ通りに近い「ランカスター」という
    ホテルを拠点に様々な戦場へ。
    (1944年8月のパリ解放後)

    ●ヘミングウェイ、ジョン・ドス・パソス、ジョン・スタ
    インベック、ウァリアム・サローヤン
    アーウィン・ショー

    ●サンジェルマンデプレ「カフェ・ドゥ・マゴ」や「カフ
    ェ・ドゥ・フロール」
    ジャン・ポール・サルトル、アルベール・カミュ

    その後、「マキシム」や「クリヨン」、「フーケ」へ

  • 【追いかけて、追いかけて】「崩れ落ちる兵士」などの作品で知られる世界的カメラマンのロバート・キャパ。40年という短い人生を駆け抜けた彼の足跡を、代表作の撮影場所を訪ね歩くという方法で迫った作品です。著者は、『深夜特急』などで人気を博する沢木耕太郎。

    沢木氏の筆のなんとやわらかいこと。時にキャパに身を置き、時にキャパに撮られた人間に身を置き、感情の波を自然と表現する文章の数々に感動を覚えました。本作の最大の読みどころは何と言っても最終パート。キャパについて詳しくないにもかかわらず、思わず胸に込み上げてくるものがありました。

    〜そう、もしかしたらキャパは「勇気あふれる滅びの道」を歩みつづけていたのかもしれない。〜

    こんな旅を一度してみたい☆5つ

  • 『キャパの十字架』の続編。ロバート・キャパが撮影した場所を探り、同じ構図での撮影を試みた、その経緯と結果を丹念に綴った一冊。
    タクシーをできるだけ使わず、歩く。観光案内所を訪ねず、街角のバーのウエイターに尋ねる。その場所が見つからない時は、きちんと折り合いをつける。沢木耕太郎という人は、本当にどこまでも生真面目な人なのだろう、と思わずにはいられない。

  • 写真家キャパの作品を元に、同じ場所・同じアングルで撮影することにこだわった一冊。これだけこだわって撮影するのにはさぞかし時間がかかったんだろう・・・と思うと、沢木さんのキャパへのこだわりを強く感じる。

  • 「キャパの十字架」で、ロバート・キャパの傑作とされている「崩れ落ちる兵士」の謎解きに取り組んだ著者が、その過程でキャパの40年の生涯で縁のあった土地を訪れながら、彼の人生を辿ったノンフィクション。

    欧州各地や死地となったベトナムへ向かう直前に訪問した日本も含めて(もちろん戦地の比率が高いが、日本のように全く戦争とは無縁の土地も多い)、ロバート・キャパという写真家の人生を追体験する気にさせられ、かつその土地ごとで撮影された場所をひたすら謎解きを繰り返すように探していく著者のアプローチは、読者を飽きさせない。

    感銘したのは、キャパがアマチュアカメラマンへのアドバイスとして語ったという「人を好きになること、そしてそのことを相手に知らせること」という忠告である。ここにはシンプルながら、人間が誰かと共同作業を行う上で欠かせない真理が込められている。

  • 沢木耕太郎が、伝説のカメラマン、ロバート・キャパが撮った写真40枚の現場を訪れ、現在の現場を同じアングルで撮影し、その旅の体験をキャパの人生と絡めながら綴ったエッセイ集である。
    収められたエッセイの初出は、月刊文藝春秋に2010年~2013年に連載された「キャパの世界、世界のキャパ」で、2015年に単行本として出版され、2017年に文庫化された。
    尚、40枚の現場は、19歳で革命家トロツキーを撮ったコペンハーゲンに始まり、パリ、バルセロナ、マドリード、アンダルシア、漢口、ニューヨーク、メキシコ・シティー、ロンドン、ノルマンディー、ライプツィヒ、熱海、東京、そして40歳で早逝することになるベトナム、等である。
    沢木氏は、R.ウィーランによる伝記『キャパ』を翻訳した(1988年)ことが、キャパの写真と人生に深い関心を寄せるようになった契機で、「余儀ない旅」と「夢見た旅」が複雑に絡み合った旅と不可分の人生を送り、波乱に満ち、矛盾に満ちた存在としてのキャパに強く惹かれたと語っているが、その後20余年、「心のどこかに引っ掛かりつづけていた」、史上最も高名な報道写真「崩れ落ちる兵士」について、『キャパの十字架』(2013年)で沢木氏としての答を出し、それと並行して取り組んでいた本連載(沢木氏は、「崩れ落ちる兵士」を撮った現場に行くことが連載を始めた真の目的だった、と語っている)でキャパへの長い旅を完結させたように思う。
    本書は、もちろん予備知識がなくても十分に楽しめるし(そのために、本書では前段に30頁に亘りキャパの人生の概括が記されている)、沢木氏としてのキャパの評伝として読むこともできるが、『キャパの十字架』と併せて読めば、沢木氏のキャパへの思いがより一層感じられるのではないだろうか。
    沢木氏は、最後にアマウォーク(米国)のキャパの墓を訪れ、こう結んでいる。「もしかしたら、私はキャパへの長い旅の最後に、ささやかな巡礼をしてきたのかもしれない。彼らの世界に深く入り込み、ふたたび出て行くことの許しを乞うために」
    (2017年10月了)

  • 【伝説の戦場写真家の足跡をたどる巡礼の旅】多くの傑作を撮影したロバート・キャパ。故国を出てから落命するまで、その現場を探求し、著者自らの写真によって克明に追跡する。

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著者プロフィール

1947年東京生まれ。横浜国立大学卒業。73年『若き実力者たち』で、ルポライターとしてデビュー。79年『テロルの決算』で「大宅壮一ノンフィクション賞」、82年『一瞬の夏』で「新田次郎文学賞」、85年『バーボン・ストリート』で「講談社エッセイ賞」を受賞する。86年から刊行する『深夜特急』3部作では、93年に「JTB紀行文学賞」を受賞する。2000年、初の書き下ろし長編小説『血の味』を刊行し、06年『凍』で「講談社ノンフィクション賞」、14年『キャパの十字架』で「司馬遼太郎賞」、23年『天路の旅人』で「読売文学賞」を受賞する。

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