羊と鋼の森 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 678
  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167910105

感想・レビュー・書評

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  • ピアノの演奏あるいはその奏でる音を、豊饒な文体で華麗に表現した小説に、恩田陸著『蜜蜂と遠雷』や中山七里の探偵にしてピアニストの岬洋介シリーズなどがあげられる。
    これらの小説がピアニストの視点で書かれているのに対し、本書はピアノ調律師といういわば裏方が、主人公となっている。
    高校の時に調律に魅せられた主人公が、調律師となって調律の森へ深く分け入って行く成長物語。
    彼が務める楽器店の諸先輩たちとの交流、訪問先での出来事等、全編静謐な筆致で描かれており、読者は調律師の世界の仕事小説としても読むことができる。
    原民喜の「明るく静かで澄んでなつかしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のように確かな文体」という文章が、「文体」を「音」に変えて調律の理想として再三語られている。
    その他いろいろと応用ができそうな美しい文章だ。

  • 文庫出版待ちをしていた1冊。
    待った甲斐がありました。数時間であっという間に読了。
    心穏やかに幸せな気持ちになれるお話しでした。

    日ごろから人の記憶には、視覚・聴覚・嗅覚がとても影響していると思っています。
    例えば懐かしい音楽を聴くとそれを聞いていた時の思い出が鮮明に蘇ったり、夕立の後の匂いを嗅ぐと小学生の頃の夏休みを思い出したり・・・。
    きっと誰にでも経験のあるこういう体験をもっとぎゅっと凝縮し全身・全心で感じているのが主人公の外村くんなんだと思います。

    「調律師」という職業は、ピアノに関わったことのない人にとってはきっと馴染みが薄いかと思いますが、私は10代のころ、妹とピアノを習っていました。そして今は姪っ子たちが習っています。家にも年に一度、調律師の方に来ていただいていますので、調律師という職業のことも、調律していただくことによってピアノの音が全く変わることも知っています。そしてやはり担当していただく方によって音が別物になることも。
    いつも同じ方に来ていただくようにしていますが、ある年、都合がつかずべつの方に来ていただいたときは、やはり音に違和感が出てしまって弾きずらかったことをよく覚えています。
    私でさえそんなことを感じるのですから、ピアニストの方にとって「調律」は相当重要なことなんだろうなって思います。

    いつも我が家に来ていただいていた調律師の方は、とても物腰が柔らかく穏やかな方でした。ピアノの調律をするという作業に興味があってよく見学していましたが、今思えばかなり邪魔だったんだろうなって思います(笑)

    この物語の中には激しいイベントは出てきませんが、静かに流れていく時間のなかで、しっかりと目標を持ち、そこに向かって「こつこつ」と努力をしながら人生を歩いてゆく大切さを教えてくれているような気がしました。

    読み終えた後、心が優しさで満たされました。
    ぜひ、多くの方に読んでいただきたい1冊です。

  • 本屋大賞を獲ったときに、文庫になるのはしばらく先だろうから手に入れることの出来た文庫本​「スコーレNo.4」​をとりあえず読んだ。宮下奈都初読み。普通の少女が、家族や従兄弟や仕事の先輩に刺激をもらいながら、生涯の仕事と伴侶を得る話。王子様も出てくるし、主人公の隠れた才能も開花する。筋書きだけならば、少女マンガにもなりそうな話だったけど、文体が簡潔で、とっても文学していた。今回の主人公の目指す理想「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」に近い。なるほど、こういう作家なんだと思った。

    今回、満を持して現代エンタメ書物の最高峰の賞をとった作品を読んでみて、その変貌に驚いた。たどり着いた「出来」は95点ぐらいだろうか(←エラソーだけど、素人読者の特権です)。主人公は、マンガのように凄い才能を開花させたわけではない。王子様ならぬお姫様も出てこない。なんらかのコンクールで優勝するとかの目立ったクライマックスもない。それでも、「スコーレ」よりも、さらに登場人物や環境を魅力的に、美しく現実的に、きびしく深く掘り下げて作っていた。

    ピアノが、どこかに溶けている美しいものを取り出して耳に届く形にできる奇跡だとしたら、僕はよろこんでそのしもべになろう。(26p)

    ピアノを小説と言い換えれば、それはそのまま作者の願いだろう。

    もちろん、これは見事なお仕事小説である。先輩がこんなにも丁寧に教えてくれて、主人公がこんなにも好きなことに没頭できる仕事に就く幸運は、わたしにはなかったけれども、何処か「懐かしい」と感じるのは、それに近い経験が少しだけ私にも昔あったからだ。

    どのページをめくっても、詩のような文章が並ぶ。原民喜の理想に近づいているのかもしれない。行間に多くのことを語っているのもその現れではある。

    ただし、主人公の外村くんも気がついていると思うが、有る程度合格点を出したあとに、板鳥さんの域に達するのは、近いようで、おそらく遥かに遠い。板鳥さんは「こつこつ、こつこつです」というだろうけど。

    蛇足だけど、作者は目指していないかもしれないけど、このままの文体でそれまでの本屋大賞「鹿の王」や「村上海賊の娘」みたいなファンタジーや歴史物を描くのはむつかしいだろう。この文体で、果たして何処まで「世界は広がるのか」、またしばらくして彼女の作品を読んでみたいと思う。

  • 話題になったからと、買って積ん読になってたが、読み始めたら一気に読んでしまった。
    クラシック音楽やピアニストの話は結構目にするが、調律を題材にした話は確かに珍しい。

    社交的で要領の良い弟君が少しコンプレックスで、ピアノやクラシックに関して特に専門の知識を持っておらず、卓越したセンスはないが、真面目に物事に取り組む。トークが特段上手くはないが、会話に困るほど下手ではない。
    小説の上では没個性とされている外村君だが、彼の実直性は突き抜けていると思う。
    何かをたとえる時の森の詳細な表現や、調律が上手くなるためにコツコツ続けることを苦痛と感じないとさらっと言えちゃう所とか。

    彼は森に囲まれて育ち、本質的なものを自然から学んでいたのだと思う。
    憧れの調律師が目指す「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな音」を体現しようと日々努力し、それをただの一歩としか見ない実直性を持つ外村君が、周りからは異質にも見えるし、どこか脅威にも感じる。人間は楽をしたり面倒なことを回避するための言い訳をいつも使っちゃうので。
    だから、彼のピアノに向かう姿勢が合わない、または耐えられない客は外村君を指名から外すのかもしれない。

    外村君の先輩たちの調律の考え方も様々で、相手に合わせて調律を変えるもの、一般家庭にプロ用の調律はかえってミスマッチになるから一定のパターンにした方が良いという人。自分の今の気分に合わせた調律を求める人。いつもと同じ状態を求める人。

    それぞれがそれぞれの経験を得て築いた調律のスタイル。めいっぱい美しい音を出せるようにした方が良いと思っていた外村君だが、先輩たちの価値観に触れて、自分はどうだろうとグラグラする。
    そこに、ふたごの姉妹のピアノに出会い、彼女のピアノが美しいと感じ、しかし彼女が上手く弾くためだけの調律では聴衆に彼女のピアノの本当の素晴らしさは届かない、と気づく。

    彼の幸運(実力)は、上手くなりたいという意志が強く行動できること、双子に会って肩入れしたいピアニストができたこと、変にこだわりがないから悩みながらも沢山の事を吸収できること。だと思う。

    どんな仕事でも、仕事に対する熱意や方法は人それぞれで、いつも同じ仕事はない。
    ああすれば良かったという教訓や、上手くいった成功パターンから、人は成功のための公式を求めて試行錯誤する。
    自分がやりたい仕事と求められている仕事の折り合いをつけるのはいつも難しくて、イコールになることってあまりない。
    でも、本当は正解方程式なんて無くて、結局客が求めているものを提供できているか、ということなんだろうな。

  • 明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体

    これが柳が目指した調律
    言葉にできないようなものを言葉にしているところがすごい
    この世界には、感覚ではわかっても言葉にできなく、もどかしくなり、そのもどかしさから逃げて知らないふりをしている人も多くいる。
    そんな人たちへ向けてのものであると思う言葉様々なことに通づる
    この作品は表現の一つ一つがその場の情景、そしてその時に感じる風なども目を瞑ると感じてくるような作品。
    調律の世界を自分の生まれである、森という場所とリンクしている事でまったく想像もつかなかった調律というものが少し身近に、そして美しく捉えることができた。
    こんな表現をかけるようになりたい。

  • 好きな道を選んでも、
    才能がないかもしれないという不安感。
    この道を行く事が間違ってるかもしれない。
    それでも前に進みたい気持ちはある。

    私も今の仕事に就いた時は
    このままこの道を進んでいいのか漠然とした恐怖感に苛まれていた。
    才能がない、向いてないと言われたらどうしよう。
    それでもこの道を進みたい気持ちと
    もっと他に向いてる道があるのではないかという気持ちとの板挟みに悩まされる日々。

    この本を読んで
    久しぶりにそんな気持ちを思い出した。
    働き始めてもうすぐ10年。
    昔は散々悩んでいたけど、
    それでも前に進み、
    言い訳せずに努力を出来ることが
    才能なのかなと今なら思う。

    久しぶりに初心に戻り、
    自分の仕事へのスタンスを振り返ってみようと思った。


  • 希望に満ち溢れたエンディングで、とても清々しい読後感でした。ピアノのことは良く知りませんでしたが、主人公の外村もそんな設定でしたので自分も外村と一緒に学んで成長していくような楽しさがありました。
    外村と和音がこの後どう成長していくのか気になります。

  • 穏やかで、真面目で、欲がなくて、面白みのない(?)外村くんが調律師として頑張るお話。

    調律師として目指す場所は、はっきり分からない。
    どんな音を作りたいのか手探りの状態は続くし、飛び抜けた才能があるわけではないのは分かってる。
    でも、根気強く、一歩ずつ、歩き続ける。

    ふたごの和音と由仁と出会い、演奏を聞いたことで、
    素晴らしいピアノの演奏に興奮したり、自分が調律したいという欲を出したりと、外村くんの心が大きく動いていたことが読み取れました。
    もがきながらも頑張る人は素敵だと思います。


    最後の2ページが好きです。

    もしかしたら、この道で間違っていないのかもしれない。時間がかかっても、まわり道になっても、この道を行けばいい。何もないと思っていた森で、なんでもないと思っていた風景の中に、すべてがあったのだと思う。隠されていたのでさえなく、ただ見つけられなかっただけだ。
    安心してよかったのだ。僕には何もなくても、美しいものも、音楽も、もともと世界に溶けている。

  • 本屋大賞受賞作ということで購入。

    ピアノの調律師を目指す物語で、青年の成長を垣間見ることができました。時間がゆっくりと流れていくで癒やされました。終始、森の中にいるような静かな雰囲気が漂っていました。
    青年の少しづつ成長していく様は応援したくなってしまいます。人が殺されたり、ドロドロした関係の小説を多く読んできた自分にとっては、心が浄化された気持ちになり、一呼吸置きたいときにもう一回読んでみようかなと思わせてくれる作品でした。

  • 読みはじめて半分までは、何か起こるわけでもない日常を描いているにしても淡白すぎるなという感じ。
    でも後半化けた!
    秋野さんとのシーンあたりから、先輩たち、双子との関わりが急に面白くなった。
    変わらず展開、文章は淡々としているのに前半から続けて読んでいると、なぜか心が踊って止まらない、という感じ。
    ドキドキを引き立たせるため、あえての淡白な展開だとしたらすごい!

著者プロフィール

宮下 奈都(みやした なつ)
1967年福井県生まれ。上智大学卒業。2004年、「静かな雨」で文學界新人賞に入選し、デビュー。日常に起こる感情の揺れを繊細で瑞々しい筆致で描きだす作品で知られる。『スコーレNO.4』が書店員から熱烈な支持を集め、注目を浴びる。代表作に、2016年本屋大賞、ブランチブックアワード2015大賞、「キノベス!2016」などを受賞した『羊と鋼の森』があり、2018年6月映画化。『静かな雨』が2020年新春映画化が決まり、2019年6月6日文庫化される。ほか、福井からトムラウシに移り住んでいた頃の日々を描いた『神さまたちの遊ぶ庭』や、福井での身辺雑記や本屋大賞受賞前後のエピソードなどを描いた『緑の庭で寝ころんで』がある。

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