原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2018年7月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (432ページ) / ISBN・EAN: 9784167911096

作品紹介・あらすじ

大宅賞、早稲田ジャーナリズム大賞を受賞した名著。

広島平和記念公園の片隅に、土饅頭と呼ばれる原爆供養塔がある。
かつて、いつも黒い服を着て清掃する「ヒロシマの大母さん」と呼ばれる佐伯敏子の
姿があった。なぜ、佐伯は供養塔の守り人となったのか。また、供養塔にまつられている被爆者の遺骨は名前や住所が判明していながら、なぜ無縁仏なのか。
引き取り手なき遺骨の謎を追うノンフィクション。

「知ってしまった人間として、知らんふりはできんのよ」
佐伯敏子の言葉を胸に、丹念に取材を続ける著者。
謎が謎を呼ぶミステリアスな展開。そして、埋もれていた重大な新真実が明らかにされていく――。

文庫版では、単行本が出てからの供養塔にまつわる動きなど、著者の書きおろしもたっぷり加えて、新しい写真も追加しました。
後世に伝えていきたい、日本人必読の書です。

解説・平松洋子

〈目次より〉
第一章 慰霊の場
第二章 佐伯敏子の足跡
第三章 運命の日
第四章 原爆供養塔とともに
第五章 残された遺骨
第六章 納骨名簿の謎
第七章 二つの名前
第八章 生きていた〝死者″
第九章 魂は故郷に

みんなの感想まとめ

戦争の悲劇とその後の人々の思いを深く掘り下げた本書は、広島の原爆供養塔にまつわる遺骨の謎を追いながら、個々の命の重みを再認識させる内容です。著者は、無縁仏となった多くの遺骨の背後にあるストーリーや、戦...

感想・レビュー・書評

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  • 夏が来ると 広島・長崎をテーマにした書籍に目が留まります。
    この本は
    「氏名や住所がわかっていながらなぜ無縁仏とされたのか?」
    という所から切り込んでいる内容でした。

    いまだに 引き取り手のいない遺骨が沢山あるという事。
    あの日 家族全員がなくなった為にそういう事もあるし、
    この本では 間違って 違う名前を記載されたとか
    人違いだったとか、海外からの方が日本語名で最後言ったので
    本名がわからずこの 供養塔に収められたままであるとか。

    戦後70年。
    もう 当時を知る人がいなくなってしまってきている今。
    私より若い方が こうして調べて本にしてくれた事は
    とても嬉しい。

    私の知らなかった 戦争末期から戦後の時代を教えてもらえた本でした。
    多くの人に この本を読んでもらいたいと思いました。

    戦争はもう二度としてはいけませんね。
    どんな理由があっても・・・・・

  • 広島に原子爆弾が投下されてから80年という節目を迎えるまでに何とか読了。
    本日NHKで生中継していた平和記念式典で、供養塔の映像と在りし日の「供養塔の守り人」佐伯敏子さんの姿を拝見することができた。
    今もまだここに何万という、「帰るべき場所へ帰ることのできない」死没者が眠る。何万。言うのは容易いが、実際それだけの人が無惨に殺され積み上げられていることを想像したらどうだろう。
    その中のひとりひとりが自分の大切な人だったら、どうだろう。
    このような惨たらしい人間が人間らしく死ぬことすら許されないことが二度と起きないために、自分にできることは何か。
    知り、想像し、忘れず、伝えること。微力だが、それしかない。
    他の著書でも思ったが、堀川惠子さんのお人柄が滲み出るような文章は、ハキハキとテンポ良く、読まさる。
    #原爆供養塔
    #堀川惠子
    #読書
    #読書時間

  • いつもながら堀川さんの著作は読みごたえがある。これまで読んだ裁判とか死刑囚がテーマではなく、この本は広島の原爆がテーマだけどもともと堀川さんは広島出身だそうでそれだけに真摯に取材を重ねた感がある。
    原爆投下そしてその後をたどるなかにさまざまな不条理が、やるせない思いにさせるものが描かれる。原爆を機に身内ですら疎遠になったり不仲になったり、原爆で亡くなった人の算定の覚束なさとか、供養塔に納められている人の情報が実は不確かだったりとか、本で深く触れられている佐伯敏子さんや著者が受けた行政の対応とか。平和を軸に誠実に公明正大に対応している気がしていた行政の被爆者対応、縁故者対応だって平和のイメージを隠れみののようにしてずいぶん不誠実な扱いをしてもいたのだなと感じた。
    一方で、原爆に遭った人や何かしらの縁がある人、また、広島の人々がひそやかに亡くなった人を悼み平和を願っていることも伝わってくる。さらに堀内さんが書いているように、それがゆらぎかねない時代になりかけている危惧を自分も感じる。あれだけの惨禍も歳月の流れとともに時代に都合よく変化してしまうという不条理。あらがわねばいけない不条理。

  • 毎朝の通勤電車の中で、ときおり涙ぐみながら読んだ。私たちが穏やかで変わり映えのしない日常を送るこの地の下には、たくさんの死が埋まっている。どうしてそれを忘れていられよう。

  • 「じゃからこの年になってもね、自分との戦いなんよ。強くならんといけないね、強ければ相手に優しくできるでしょ。ひとりひとりの心が強くなれば、戦争だって起きんのよ。」佐伯敏子さんのこの遺言は世界中のすべての人々に共有されなければならない。

  • 素晴らしい労作。
    暁の宇品、を読み、堀川惠子さんのこの本を手にした。

    途中、沢山の方の話が続き、少し長いかな、とは思ったけども、この長さはこの本に必要だったとも思う。
    当人のイデオロギーや情緒に流されない硬い筆致で進む文章であるが故、尚更抑えた思いが読者の胸に届くと感じた。美しいテキストだと思う。

    「哀しみも喜びもみな自分が作るの、人が作るんじゃない。自分のものの思い方で喜びも怒りも哀しみも生まれるし、争いも生まれる。じゃからこの年になってもね、自分との戦いなんよ。強くならんといけないね。強ければ相手に優しくできるでしょ。ひとりひとりの心が強くなれば、戦争だって起きんのよ。大切なのは力じゃなくて、心じゃからね。」p399

  • しんどい話が多い中、佐伯敏子さんのこれまでの戦前の人生の話がしんどさをこえるたくましさ(ふつうの大和撫子なら諦めて身を投げ出すだろうし賭けとかしなさそう、若さゆえかもだけど)で、そこはめちゃくちゃおもしろかったです。佐伯さんお一人にもこのような物語があるように、亡くなった一人ひとりにも色んな物語があったのだろうなと。

    1人の死がキチンと処理される現代において、終わった話だと片づけられた約数万人の死者、と雑にカウントされたままの人に向き合い、祈り、その人となりや残された人の足跡を辿るおはなし、頭が下がります。

    たしかに日々生きていて父母があり子供がおり兄弟親戚があり友達があった人間ですら、生死もわからず遺骨もないまま約何万人の死者の1人らしいよたぶん?みたいな不確実なものにされてしまう恐ろしさ、ましてや異国や縁のうすい者などジュッパヒトカラゲの数にすら入っていないかもしれない、汚れ仕事はいつも下っ端の仕事、政治的に金儲け的に戦争を正当化する言説があるのはわかるけど、平民の身としては戦争になったらワリを食わされたり死んだりするしかないので戦争反対だよそりゃ。

  • 星を四つとしたのは、広島に生まれ育った人間として、知らなければならなかった事を今初めて知ったことがいかに多かったことか、ということによる。

    悲しみも喜びもみな自分が作る。人が作るんじゃない。自分のものの思い方で、喜びも怒りも哀しみも生まれるし、争いも生まれる。だから、自分との戦いなのだ。強くならないといけない。強ければ相手に優しくできる。ひとりひとりの心が強くなれば、戦争は起きない。大切なのは力じゃなくて、心なのだ。

    相手に仕返しをしようと思うのなら、強くなることだ。強くなれば、優しくできる。私はあなたと違って、あなたに辛く当たらない、私は強いから。だから、あなたにはめいいっぱい優しくするのだ。優しくする事が、つまり仕返しなのだ。

  • 4.44/87
    内容(「BOOK」データベースより)
    『広島平和記念公園の片隅に、土饅頭と呼ばれる原爆供養塔がある。かつて、いつも黒い服を着て清掃する佐伯敏子の姿があった。なぜ佐伯は供養塔の守り人となったのか。また、供養塔にまつられている被爆者の遺骨は名前や住所が判明していながら、なぜ無縁仏なのか。もう一つのヒロシマの物語。大宅賞受賞作。』

    『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』
    著者:堀川 惠子
    出版社 ‏: ‎文藝春秋
    文庫 ‏: ‎430ページ

  • 210.7-H
    文庫

  • 序章
    第1章 慰霊の場
    第2章 佐伯敏子の足跡
    第3章 運命の日
    第4章 原爆供養塔とともに
    第5章 残された遺骨
    第6章 納骨名簿の謎
    第7章 二つの名前
    第8章 生きていた“死者”
    第9章 魂は故郷に
    終章

    第47回大宅壮一ノンフィクション賞
    著者:堀川惠子(1969-、広島県、ジャーナリスト)
    解説:平松洋子(1958-、倉敷市、エッセイスト)

  • 堀川惠子(1969年~)は、広島県に生まれ、10年に亘る広島テレビ放送での報道記者・ディレクターのキャリアを持つ、ドキュメンタリーディレクター、ノンフィクション作家。『死刑の基準~『永山裁判』が遺したもの』で講談社ノンフィクション賞(2010年)、本作品で大宅壮一ノンフィクション賞(2016年)を受賞している。本書は2015年に単行本が出版され、2018年文庫化。
    本書は、広島の原爆供養塔に纏わる佐伯敏子さんの生涯と、その意思を継いで自らが携わった被爆者の遺骨を肉親に届ける活動を通して、著者が見、聞き、感じたことを綴ったノンフィクションである。
    佐伯敏子さんは、1919年広島市に生まれ、自らも被爆しながら、広島平和記念公園内で被爆者たちの遺骨を供養する原爆供養塔の清掃活動を自主的に30余年に亘り続け、2017年に亡くなったが、「原爆供養塔に行けば、佐伯敏子さんに会える」と広島を訪れる人々の間に口伝てに広まり、晩年は“広島の大母さん(おおかあさん)」とまで呼ばれた方である。その証言は、平和教育の題材として日本全国で幅広く活用され続けているという。
    広島の原爆で亡くなった方は14万人(広島市発表)とも20万人(『広島県史』)とも言われ、原爆供養塔には無縁仏7万柱が納められているという(原爆投下当時の広島市の人口は推定45万人)が、その大きさ・重さを簡単な言葉で表すことは難しい。
    本作品の単行本出版後、2016年にはバラク・オバマ氏が現職の米国大統領として初めて広島を訪問し、2017年には「核兵器禁止条約」が国連で採択され、かつ、国際NGOのICANがノーベル平和賞を受賞したものの、北朝鮮の核開発を巡る情勢は実質的には好転していない(本日時点)し、世界には様々な価値観を持つ集団が存在しており、価値観の相違が対立に繋がり得ることは否定しようのない事実である。
    しかし、私はこれまでも、『黒い雨』、『いしぶみ~広島二中一年生全滅の記録』、『散るぞ悲しき~硫黄島総指揮官・栗林忠道』、『今日われ生きていあり』、『野火』、『火垂るの墓』など、戦争をテーマとした多数の本を読んできて、読み終わるたびに、「戦争は正解ではない」と感じたし、著者が「文庫版あとがき」で語っている、「人類史上、初めて核兵器の犠牲者になった死者たちが眠る、原爆供養塔。そこで家族の迎えを待つ万という人々の思いにふれた者として、悪を悪で制する核抑止論に賛同することは難しい。」との思いには強く共感を覚える。
    戦後生まれの我々が語り継がなければならない、原爆・戦争の悲惨さを再認識させる力作である。
    (2018年8月了)

  • 読みながらふと、終戦から自分が生まれるまでよりも長い年月を私は生きてきたのか、と気づき、戦争ってつい最近のことなんだなとひしひし感じ、ずーーーっとキリキリお腹が痛い読書時間だった。父親が生まれたのなんてまだGHQ占領下だものなぁ。
    著者の緻密な取材には頭が下がるばかり。自分が生まれるたった数十年前の出来事なのに、知らないことだらけ。それなのに、戦争を知らない世代からあれよあれよと「憲法改正」だの「抑止力としての核兵器」だのいう声が出てくることに、うすら寒いものを感じずにはいられない。抑止力としての核兵器とか寝ぼけたこと言ってる方々は、自分でこの広島や長崎の地獄を味わう覚悟があるのか?と問いたい。
    こんな兵器を作ってしまったら、人間は使わずにはいられなくなるんだよ。だから作っちゃいけないんだよ。なぜ生きていくために、人を殺す兵器や軍隊が必要なんだ。

    終戦記念日前に、いろいろと考えさせられる本でした。

  •  広島の平和記念公園は設計者の丹下健三氏の思想から、原爆ドームを悲劇と平和の象徴として中心に据えることを意図してつくられており、訪れた人が平和の祈りを捧げる目線の先にドームがくるように周辺施設は配置された。


     しかしその原爆ドームから少し離れた場所に原爆供養塔という、原爆の犠牲になった七万柱の遺骨が安置されていることは、あまり知られていない。
     広島や原爆に関する本は少なからず読んできたと思っていた自分も、原爆供養塔というものがあることを初めて知った。見た目は巨大な土饅頭で、一見してもなんだかわからない。古墳と説明されても納得しそうな外観だ。

     昭和33年のある日、被爆者のある女性が平和記念公園に立ち寄った。その折に公園の片隅にあった土饅頭と呼ばれる塚の前に立った。この塚の下には何十万人もの原爆犠牲者の遺骨が安置されていると聞いていた、しかし、そこは掃除がされている様子もなく、草が伸び放題だった。原爆慰霊碑には手を合わせていく人は多いのに、原爆供養塔には誰も手を合わせない。原爆慰霊碑には原爆犠牲者の名簿は納められているが、遺骨は原爆供養塔のほうにある。なにか違和感があった。

     その日から彼女の供養塔への日参がはじまる。一年中休むことなく。それが犠牲者への供養となり、生きのびたことへの自責の念を浄化させることにつながるように思えたから。

     彼女の名前は佐伯敏子。何十年にもわたって体が動く限り、原爆供養塔の祈りと日々の清掃を続け、安置所内の遺骨を家族のもとに帰す活動を続けた人だ。病気で動けなくなってからも常に気にかけ続けた。

     彼女の原爆体験は壮絶だ。被爆直後に母親を探すために中心部へとむかった彼女は、ひどい熱傷で顔の判別がつかなくなった多くの被爆者の足を踏みつけ、痛みで声をあげさせた。顔では判断できないから声で母親を見つけようとしたのだ。
     その当時は必死で、ごめんなんさいと言いながらも、仕方ないことと心を傷みることもなかったが、時間が経つにつれて、なんて酷いことをしたのかと心を痛めるようになった。
     被曝の後遺症で、下痢や嘔吐を繰り返して痛みでのたうちわまって死んでいった兄を、看取ることもなく牛小屋でひとりで死なせてしまったこともあった。当時は感染のリスクがあるからと納得していたが、あんなにやさしくしてくれた兄にひどい仕打ちをしてしまったという悔いは時がたつほどに募った。

     あるとき供養塔の内部の遺骨を掃除すると、骨壺のなかには名前や被爆時にいた場所、住所まで書かれているメモがあることに気づいた。どうしてここまで詳しいことがわかっているのに、この遺骨は家族のもとに帰れないのだろう、と不思議に思った。そんな骨壺は無数にあった。
    「もしかしたら、ここに遺骨があることを知らないのではないか」
     彼女はそれらのメモ書きのなかで比較的近い場所を訪れてみようと決めた。彼女のこの些細な行動から、家族の帰りを待ちつづけた多くの遺族のもとへ、遺骨が帰る大きな物語へとつながっていく。
     詳しくは本書を読んでいただきたい。


     平和記念公園が整備計画が進むにつれて、行政は供養塔の維持管理をほっぽらかし、存在なんて無くしてしまいたいかのように扱う。

     佐伯さんは「平和公園」という言葉を使いたがらなかった。あそこは「地獄公園」だ、と言っていた。なんでもかんでも平和というきれいな言葉にして、原爆慰霊碑に眠る七万体もの犠牲者と、その苦しみを忘れさせようとする、その言葉が佐伯さんは気に入らなかった。
     この言葉が自分には一番響いた。

      平和への祈りはもちろん大切だ。平和記念公園の存在意義が否定されているわけでもない。 しかし、平和を最も希求した被爆者たちの、地獄が、苦しみが後世に薄らいで伝っていいはずがない。薄らいだ分だけ、平和への願いも薄らいでいく。もしかしたら、そのうち原爆は必要悪だったなんて言葉が広島からも聞こえてくるようになるかもしれない。

     この本、第47回大宅賞を受賞したのに、全国的には全く売れていない。 
     広島や原爆を語る上で、もっと広く読まれていい本だ。文庫化されて手に取りやすくなったことだし、大人だけじゃなく、夏休みの課題図書に選定して、高校生にも読んでほしい。

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著者プロフィール

1969年広島県生まれ。『チンチン電車と女学生』(小笠原信之氏と共著、日本評論社)を皮切りに、ノンフィクション作品を次々と発表。『死刑の基準―「永山裁判」が遺したもの』(日本評論社)で第32回講談社ノンフィクション賞、『裁かれた命―死刑囚から届いた手紙』(講談社)で第10回新潮ドキュメント賞、『永山則夫―封印された鑑定記録』(岩波書店)で第4回いける本大賞、『教誨師』(講談社)で第1回城山三郎賞、『原爆供養塔―忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)で第47回大宅壮一ノンフィクション賞と第15回早稲田ジャーナリズム大賞、『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社)で第23回AICT演劇評論賞、『狼の義―新 犬養木堂伝』 (林新氏と共著、KADOKAWA)で第23回司馬遼太郎賞受賞。

「2021年 『暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

堀川惠子の作品

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