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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784167912321
作品紹介・あらすじ
日本人の祖先は、どのようにこの列島に渡ってきたのか。この課題に徹底的な科学調査によって迫り、アフリカから日本までの「グレートジャーニー」の道筋を浮かび上がらせる。
従来の「人類の祖先は海岸沿いに移動した」という説によれば、日本人の祖先は太古、海面が低かった陸続きの時代に歩いて日本列島にやってきた、と考えられていた。この定説に疑問を抱いた、著者を中心とする「国立科学博物館人類史研究グループ」は、ユーラシア大陸全体より出土した遺跡のデータを集め、その年代と、そこより出土した人骨のDNAを、地図上に再現した。
その重層的な調査の結果見えてきたのが、日本人の祖先はユーラシア大陸の北と南、さまざまなルートをたどって日本にやってきた、という事実。そして最終的に「対馬ルート」「沖縄ルート」「北海道ルート」の三つの入り口から日本列島に到達したことが明らかになる。そのとき、対馬はすでに海峡であり、沖縄は列島であった。すなわち、最初の日本人は、歩いてではなく「航海」によってこの日本列島にやってきたのだ。
3万8000年前、われわれの祖先は、偶然の漂流によってではなく、強い意志を持った航海者として、日本列島に移住してきたのだ。
単行本が発行されたのち、著者を中心とする研究グループによってクラウドファウンデイングが立ち上げられた。当時の船を手作りし、黒潮に乗って沖縄の島から島へと航海する挑戦の様子は、NHKスペシャル「人類誕生」で取り上げられ大きな話題を呼んだ。2019年夏、いよいよ台湾から与那国島への、日本人誕生を再現する航海に挑む。
みんなの感想まとめ
日本人の祖先がどのようにこの列島に到達したのかを探求する本書は、科学的調査を通じてそのルートを明らかにしています。従来の説を覆し、ホモ・サピエンスが「航海」を通じて日本に辿り着いたことを示す新たな視点...
感想・レビュー・書評
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アフリカから日本にやってくるにはどのようなルートがあったのか。
原人とホモ・サピエンス、気候もさることながら
移動する背景も興味深い。
研究はまだまだ続いていて、クラウドファウンディングで海を渡る実験実証ている。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日本人とは何か。
それを人類学上から明らかにしようとするプロジェクトが進行中だ。
まず、日本に最初にホモサピエンスが到達したのはいつ、どのようなルートだったのかを考察するためには、世界を俯瞰する必要がある。
アフリカを出発したホモサピエンスが日本に到達したのは3万年以上前の旧石器時代のこと。
従来はアジア南岸沿いに進行したと考えられていたが、ほかにもヒマラヤを迂回する南北ルートの陸路で東進が行われていた。
3万年前、今より海面が低く、海岸線が広かった陸地からホモサピエンスが日本に入ったルートは、旧石器時代の遺跡から3つ考えられる。
・対馬海峡ルート
・陸路で繋がっていたサハリンからの南下ルート
・沖縄ルート
それぞれ、ホモサピエンスはどのようにして日本に足を踏み入れたのか。
最終章では、当時の技術のみを使用して考えられるやり方で沖縄ルートの再現に挑む。 -
日本人起源論の書だが、いくつか注目点がある。
まず、日本列島に到達するまでの人類史をダイナミックに捉えていることだ。隣国や東アジアのことただけではなく、世界規模で考えられている。
日本列島へのルートは朝鮮半島、琉球、そして地続きだったこともあるサハリンと北海道から、津軽海峡を越える3つがあった。何も渡海が条件となるというのが特徴だ。
三方向から来た原日本人は、どれかが他を打倒するのではなく、緩やかに混血していき、それぞれの遺伝子が受け継がれている。さらに農耕文化を持った弥生人と呼ばれる人が長い年月をかけて日本列島に渡来し、原住民と混血したことで日本人の原型ができたという。
あとがきで筆者は本書が取り上げたのは日本人だけの問題ではなく、どの民族も他との関係の中でたまたま現在の形になっているだけで、民族の優劣を語ることは間違いだという。全くその通りだ。この種の研究はナショナリズムに利用されやすい。学問的には間違っているのだ。
後半の三万年前の航海の再現実験はまさに冒険のようで読んでいて楽しくなる。この実験は本書刊行後に成功したらしい。面白いことをやる人がいたものだ。 -
海部陽介(1969年~)氏は、東大理学部生物学科卒、東大大学院理学系研究科博士課程中退の人類進化学者。東大大学院理学系研究科准教授、国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長等を経て、東大総合研究博物館教授。
2016~19年に国立科学博物館が主催した日台共同プロジェクト「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の代表を務め、3万年前に我々の祖先が行ったと想像される、手漕ぎの丸太舟で台湾から与那国島へ渡る実験航海を行い、成功した。
本書は、ホモ・サピエンスがアフリカから日本に如何なるルートで辿り着いたのかを、遺跡調査の最新のデータを踏まえて明らかにしたもので、2016年に単行本が出版された。そして、上述の「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の経過を加え、2019年2月に文庫化された。(航海が最終的に成功したのは2019年7月である)
本書の内容は概ね以下である。
◆ホモ・サピエンスは、4.8万年前頃にヒマラヤ山脈を隔てて南北に分かれて拡散・東進して行った。その約1万年後に、東アジアのどこかで双方の集団は再び出会ったと思われる。
◆日本では、原人・旧人が存在したかは判明していないが、3.8万年前に突如人類遺跡が爆発的に現れることから、その時期にホモ・サピエンスが大陸から日本に渡ってきたと考えられる。そのルートは、①朝鮮半島から対馬を経て北部九州に至るルート、②台湾から琉球列島に沿って北上するルート、③大陸からサハリンを通って北海道に南下するルート(当時は海面が低く、地続き)があったが、3.8~3.7万年前の遺跡は古本州島(当時は本州・四国・九州は地続き)に集中していることから、①が最も早かったと考えられる。
◆上記①、②のルートはいずれも海を渡る必要があるが、これは、4.7万年前頃に東南アジアからオーストラリア・ニューギニアに移住した際の渡海に次いで古い、人類の海洋進出の記録である。また、後者の渡海は、(当時は現在の島の多くが地続きで)標高が高く大きな島が密に散らばり、それらを目視しながらできるのに対し、②の台湾から与那国島への渡海は、当時でも100km以上あり、近くまで寄らないと舟から目視もできず、かつ、その間には、世界最大規模の海流である黒潮(幅100km、流速は毎秒2m)が横断しており、極めて難易度の高い渡海であった。
◆①の集団は、基本的にその後の縄文人に連続していった可能性が高いが、2.5千年前に始まる弥生時代には、大陸から集団が渡来し、その後、縄文人の系譜を受け継ぐ在来系の人々と、大陸からの渡来系の人々が様々に混血して、歴史時代の日本人が形成された(渡来系集団の遺伝的影響は本州~九州で強いと考えられる)。
そして、最終章の「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」については、人類・考古・民俗学の専門家、海流・地形・植生の研究者、古代舟作製と漕ぎ舟航海のエキスパートらが参加し、3万年前に存在したであろう材料・作製技術・航海技術のみで、草束舟、竹筏舟、丸木舟を作り、実験航海を行った経過がまとめられている。
前半の歴史の部分については今や類書も多い中、本書の白眉はやはり、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」に関するところであろう。最後の航海成功までを含めた「完全版」を望みたい。
(2021年10月了) -
草舟(草束舟)で台湾から与那国島へ渡る。
このプロジェクトはテレビのドキュメンタリーでもやっていた。
旧石器時代の道具で材料を加工し、コンパスなど文明の航海器具は使わない。
そのプロジェクトについて書かれるのは、最終章の11章。
やっぱり、その部分が一番面白い。
そこまでは、予備知識や関心の度合いにより、ちょっと辛い部分もあるかも。
ホモサピエンスは、アフリカで生まれ、世界中に伝播した。
部分的には旧人とも混血しながら。
こういうところは、近年の遺伝子解析技術でわかってきたことだという。
海岸だけではなく、内陸も含めたルートで。
日本へは、主に三つのルートで入ってくる。
旧石器時代の人々が途絶えた証拠はないらしく、縄文人やのちの渡来人などとも混じって現在に至るらしい。
縄文人も単一的な集団ではないという指摘は面白かった。
これから、どういうことが新たに分かってくるのだろう。
この先が少し、楽しみになる。 -
日本人はどこから、どうやってきたのか。壮大、かつ、悠久の時間を経て、アフリカからやってきたホモサピエンス。断片的で、発掘されていないものを、想像で補いながら作る大仮説。面白い、素晴らしい。
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新たな下顎骨化石を発見し ダチョウの卵殻 錐きり 死者に対する儀礼行為というのも、如何にもホモ・サピエンスらしい行動である。 ニア大洞窟 中華料理用の燕の巣を採取する為に なかがいにん仲買人 舟型棺 植物珪酸体の分析から 定型性に乏しい剥片石器が主体の文化が広がっていた ロシアのアルタイ山脈にあるデニソワ洞窟の発掘キャンプで 一般に赤道に近い地域に暮らすアフリカ人などは、細身で腕と脚が長い体形をしているが(その方が体熱を放散しやすい)、高緯度地域の集団では胴長短足の傾向が強く、中でも北極海沿岸に暮らすイヌイット(エスキモー)は極端にそうであることが知られている。 中国や韓国からは、原人もしくは旧人が作った、ハンドアックスと呼ばれる大型の石器が多数発見されているが、このタイプのものは日本では知られていない。 古代型人類の先住者がいなかったか、いても少数だった日本列島に、3万8千年前頃、ホモ・サピエンスが渡ってきて急拡大したのではないだろうか…。 地図を見ながら遺跡証拠を検討していくと 島毎に固有の動物がいる琉球の島々が、長期間分断されていたことは自明である。 陸橋説を否定する関連分野の情報を統合した論文を書いたので このように台湾から与那国島への渡海は一筋縄ではいかないのだが ガラス質の黒曜石 槍先 古本州島の最初期の文化については 古代型人類は海を渡れなかった可能性が高いので せきじん石刃 つまり南ルートと北ルートの集団は、互いに出会ったのだ!両者の祖先がアフリカを離れ、4万8千年前頃にヒマラヤの北と南の二手に分かれてからおよそ1万年後に、東アジアのどこかで。 北の石刃文化と南の非石刃文化が朝鮮半島で共存したとする論文を国際学術誌に発表している 沖縄ルート 対馬ルート 北海道ルート はくへんせんせんとうき剥片尖頭器 失われた人類史を復元する作業を続けていきたい
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テレビで見てある程度の結論は見えていた。文庫版用に書かれた新しい章を読むと、そこにいたるまでの過程がよく分かった。これからの計画もある程度わかった。本書全体的には過去に読んだほかの本で知っていることも多かった。だから、最終章を読むだけでも良かったのだが、まあ、復習と思って読んだ。「あとがき」に良いことが書かれているので引用しよう。「人類史の中では集団の移動と混血、文化の伝播と相互作用が繰り返されているため、事実上“純粋な民族”や“純粋な文化”は存在しない・・・だから、“民族”というものは、政治や言語そして人々の認識といったもので人工的に規定されている仮の線引きにすぎない・・・」こういうことを理解したうえで「優劣という意識が薄まり、他の人々を尊重する空気が国際的に醸成されることを願っている。」私もそれを願う。そうそう、本書の内容、テレビ番組の中身だけれども(何も知らない人のために)3万年前に使われていたと考えられる方法のみを使って、台湾から与那国島へ渡ろうというのだ。黒潮がそれを妨げる。見えない目標に向かって前に進む。そんなことをなしとげた過去の人類。その好奇心とかチャレンジ精神とか(あるいは単に何かから逃げていたのかもしれないが)そういうものを我々は忘れてはならない。
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【書誌情報】
『日本人はどこから来たのか?』
著者:海部 陽介[かいふ・ようすけ]
出版社:文藝春秋
定価:本体700円+税
発売日:2019年02月08日
ページ数:256
判型・造本:文庫判
発行日:2019年02月10日
ISBN:978-4-16-791232-1
Cコード:0195
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167912321
【目次】
はじめに 私たちはどこから来たのか?
第一章 海岸沿いに広がったのか?
第二章 私たち以前の人類について
第三章 ヒマラヤ南ルート
第四章 ヒマラヤ北ルート
第五章 日本への3つの進出ルート
第六章 対馬ルート、最初の日本人の謎
第七章 沖縄ルート、難関の大航海
第八章 北海道ルート、シベリアからの大移動
第九章 一万年後の再開
第十章 日本人の成立
第十一章 ついに始動した「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」
あとがき
文庫版への謝辞
参考文献
著者プロフィール
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