静かな雨 (文春文庫)

著者 :
  • 文藝春秋
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レビュー : 104
  • Amazon.co.jp ・本 (171ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167912932

作品紹介・あらすじ

2020年新春映画化決定!

会社が潰れた日、パチンコ屋の裏の駐車場で、やたらと美味しいたいやき屋を見つけた行助。そこは、こよみさんという、まっすぐな目をした可愛い女の子が一人で経営するたいやき屋だった。行助は新たに大学の研究室の助手の働き口を見つけ、そのたいやき屋に通ううちにこよみさんと親しくなり、デートを繰り返すようになる。だがある朝、こよみさんは交通事故の巻き添えで、意識不明になってしまう。家族のいないこよみさんのために、行助は毎日病院に通う。三月と三日経った日、奇跡的に意識を取り戻したこよみさんだが、事故の後遺症の高次脳機能障害で、短期間しか新しい記憶を留めておけないようになっていた。二人は一緒に住むようになるが、こよみさんは、その日の出来事を覚えていられない。だが、脳に記憶が刻まれなくなっても、日々が何も残していかないわけではない。忘れても忘れても、二人の中には何かが育ち、ふたつの世界は少しずつ重なっていく。それで、ふたりは十分だったーー。第98回文學界新人賞佳作に選ばれた瑞々しいデビュー作。文庫版にはアンソロジー『コイノカオリ』(角川文庫)収録の「日をつなぐ」を併録。

感想・レビュー・書評

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  • 夜寝る前に今日一日を振り返るひと時。あの場面ではこうすれば良かった、ああいう人にはこう接すればいいんだ、と色んな瞬間が思い起こされるとともに、今日一日で学びを深めた、昨日より前に進んだ自分に気づきます。それが、恋人どうしだと、夫婦だとどうでしょう。彼があのように物事を考えてるなんて知らなかった、彼女にはこんな一面もあるんだな、とその気づきが二人の関係をさらに深めていくきっかけにも繋がります。でも、もし、今日の記憶が今夜眠ることで白紙になってしまったとしたら、今日の経験が無かったことになってしまうならどうでしょうか。その時、その人は果たして今日という日を生きたと言えるのでしょうか。

    『遠くないうちにだめになるだろうと予想はついていたけれど、まさかこんなに早く来るとは思わなかった』と、冒頭の一文で主人公・行助が職を失ったことが語られます。そんな帰り道にふと見つけた『たいやき屋』。何気なく買っただけなのに、わざわざ戻って『これ、おいしい』と作ってくれた こよみに話しかけた行助。これをきっかけに二人の関係が始まりました。『いつも、ありがとう』そう返してくれたこよみに『それだけで体温が二度ほど上昇するような、胸元からバンビでも飛び出してくるような気分だった』という行助。一方、この表現の登場で早くも宮下さんを感じた私も全く同じ気持ちになりました。

    しかし、幸せは続かないもの。バイク事故に巻き込まれたこよみ。三月と三日の長い眠りから目覚めますが、『古い記憶はしっかりしています。ただ、残念ながら新しい記憶は残らないようです』衝撃的な事実を告げられた行助。でもここからこよみと行助の本当の歩みが始まっていきました。

    『病院でもらった診断書には、外因性精神障害と書かれていた。無性に腹立たしくて、僕はこよみさんには黙って病院に電話をかけた』、精神障害という言葉に引っかかる行助。ここで宮下さんは鋭い視点を入れます。『事故に遭って足を悪くした人が、先天性の麻痺を持つ僕を見て、こっそり、あの人とは違う、と線を引く。そういうことを僕は今まさにやっているのだった』、生まれつき足に麻痺があり松葉杖に頼ってきた行助。自分がされてきたこと、自分がそういう風に見られてきたことを、逆に大好きなこよみにしてしまっている自分に気づき愕然とする行助。人は線を引くのがとても好きです。辛いことがあると特にそうです。そうやって何か他人との間に線を引いて自分を区分けて納得する。どこまでいっても自分のことである以上、それで納得できるならそれでもいいとも言えますが、される側とする側を経験した行助を描くことで、人にそういった一面が誰にでもあることを強く意識させてくれます。

    そんな中、二人の関係のこれからについて、『迷ってるうちは進まないほうがいいよ』と姉に言われた行助。でも逆にその言葉をきっかけに歩みを確かなものにしていきます。

    作品では、中盤から後半にかけて、宮下さんならではの表現が惜しげもなく登場します。
    『あたしの世界にもあなたはいる。あなたの世界にもあたしがいる。でも、ふたつの世界は同じものではないの』
    『もし、面白いと思えるものがあったら、それが世界の戸口なんだよ。あなたにとっては突破口かもしれない。いつでも開ける。そこからあなたは外に出られる』
    宮下さんの本を読んでいるんだという喜びに満たされる瞬間です。そんな中でこよみが大切にする本の話が出てきました。『数学者は毎朝、自分の記憶が短時間しか持たないことを確認して、泣く』、映画は見ましたが本はまだ読んだことがない、小川洋子さんの「博士の愛した数式」のことだとピンときました。そもそもこよみのシチュエーションは博士と似た設定です。「博士」もとても印象に残る作品でしたが、この作品では毎日記憶がリセットされるこよみと行助の繋がりが描かれていく中で、そもそも人は何でできているのか、人生を作り上げていくものは何なのか、という問いかけがなされていきます。同じような設定でも「博士」とはかなり異なる印象を、そして宮下さんが描きたい世界を感じました。短い作品ですが、後半に行けば行くほどにとても読み応えのある作品でした。

    どんな偉大な作家にも始まりの作品はあります。初々しさの残る作品に触れるのは、その後に大きく飛躍された人であればあるほどに、とても楽しみな瞬間でもあります。この作品は宮下奈都さんのデビュー作。この作品から11年後に「羊と鋼の森」で本屋大賞を受賞される宮下さん。読み終わった感想は、最初から宮下さんは宮下さんだった、ということでした。初々しさの残る、それでいて深いところに何かが響く。読んで、世界に触れて、そして、自分の中にすっと染み込んでくる、初々しさが故の味わいを深く感じられた作品でした。

  • ・静かな雨
    "胸元からバンビでも飛び出してくるような気分"どんな気分?(笑)でもなんだか表現が良いな。
    とにかくこよみさんの人柄がとても素敵。たい焼き食べてみたくなった。
    自分が学生時代にこよみさんの言葉を知りたかったな。学校での勉強の大半は意味ない!大人になって使う事なんてない!と思ってた。
    今ならもっと学びたいと思える。知らない事を知る事の大切さと面白さをあと10年20年早く知りたかったなと思う。
    寝たら忘れてるって寝るのが怖くなるな。起きた瞬間も????から始まっちゃうのかな。
    もっと2人の続きが読みたいなと思った。

  • "静かな雨"は、たい焼き屋を営むこよみさんと僕の話。
    こよみさんはいわゆるもらい事故で、短期記憶が残らなくなってしまう。そのこよみさんと僕が、一緒に暮らし始め、日々の記憶は残らなくても、美味しいもの好きな二人が、ゆったりした時間の流れの中で、丁寧に暮らすうちに、二人の間に何か大切なものがが育まれていると思えるところがいい。

    "日をつなぐ"は、高校時代の同級生と遠距離恋愛の末に結婚した修ちゃんと私だったが、赤ん坊が生まれ、育児ノイローゼ気味になっていく私を描いた話。
    子育ての辛さなど共感する人もいるとは思うが、個人的にはモヤモヤ間だけが残った。

  • 本の装丁とタイトルが素敵で絶対読みたいと思っていた。
    予想通り穏やかでゆったりして、この空気感は好き。
    勤務先が倒産することとなった傷心の行助は、帰り道たい焼き屋を営むこよみと出会う。
    行助は生まれつき足に麻痺があり、松葉杖を使う。出会う間もなく、こよみは不意の交通事故にあい、新しい記憶は短時間しか留めておけない障害を負う。
    行助を、そしてその後こよみとの二人を、心配し温かく見守る行助の家族(姉、父、母)の優しい気持ちがひしひしと伝わってきた。障害を抱えた二人の、心寄せ合うなんということない日常の描き方の穏やかな文章が印象的だった。
    あるいみ、あきらめを受け入れることの大切さを訴えているように感じた。あきらめは悪いことではないと、その中にもある幸せみたいな。

    後の、日をつなぐは、お豆のスープとバイオリンがでてきて(静かな雨も、たい焼きと音楽)。
    とにかく、一曲。一曲聴くことができさえすれば道が開けるような気がした。力を得られる、この無間から抜け出せる、と私は思う。この気持ちがよくわかる。
    無間とは、無間地獄のことなのですね、知らなかった。
    ラスト一行で、一瞬思考が止まりかけた。が、こういう結末を読み手に委ねる終わり方嫌いではない。好きでもないが。

  • 表題作ほか中編1篇を加えた著者のデビュー作。静寂の中に燻るエネルギー、鬱屈とした中にも一筋の陽光が差すような感覚。“日をつなぐ”は著者の心情、奥底からの叫び声を余すところなく披露する。日本における家族のありように帰着するのか...。ラストでどちらを思い描くかは読み手次第。私は吐き気を催した。

  • 宮下奈都!すごい人だ

    羊の鋼の森だっけ?
    から多分なこの人の作品を読みたいと思った。

    自分の価値観をがーんと揺さぶられる。
    なんて、くだらない考えなんだろう自分、もっと自分はましだと思った
    ところが宮下奈都の世界観からすれば愚かだ。陳腐だ!

    本文より
    こよみさんは静かに泣いている。眠れば消えてしまう月。その光に照らされて雨か降り続いている

    表題が「静かな雨」

  • う~ん。「デビュー作はこんな感じか?」としか言えない。
    最後まで物語に入り込めないまま読み終わってしまった。
    「羊と鋼の森」が良かったので期待しすぎたかな。

  • 恥ずかしながら宮下さんの作品は本作が初めて。読み心地も読了感もすごくよくて、他の作品も読みたくなった。
    表題作は落ち着いた愛を感じさせる大人なラブストーリーだった。思い出を蓄積させること以外でも愛情の育て方はあるんだな。こうやって、一緒にいられる一瞬一瞬を愛おしむ気持ちを大切にしたいなと、最後の一文で思った。

  • 初読みの作家さん。表題の通り、最初から最後までまるで静かな雨が降り続いているかのような小説。静謐という言葉がよく似合う。物語を通して大きな起伏はないけれど、決して単調というわけでもない。
    主人公の行助はたいやき屋さんを経営するこよみさんと親しくなるが、彼女がある日交通事故に巻き込まれた際に記憶を短時間しかとどめられなくなってしまう。それでも行助は彼女の店に通い続け、遂には一緒に暮らすようにもなる。
    こよみさんはさっぱりとしていて、何があってもあまり動じない。交通事故がなかったかのように、彼女は今まで通り変わらずに過ごしているようにも思える。けれど、ちょっとしたことから、彼女の記憶の欠如が垣間見えることが余計に目立つ。あとちらちらと仄めかされる彼女の素性が、余計に彼女を「高嶺の花」にしている気がした。
    行助の言うように、特別な日の特別な出来事を覚えていないことよりも、日々の暮らしの中にあるささやかな記憶が零れ落ちてしまうのはきっとつらいんだろうな。人間は、この些細な日々の記憶でできていると思うと、尚更。

  • 宮下奈都氏の作品の中でも、際立って透明感が強い話だったことを記憶している。怒涛の展開だとか衝撃の結末みたいなものはなく、それでも静かに息づいている世界観がとても美しくて切なくて、本当にこの人のことばは綺麗だと感じいった。特に最後のページの描写の仕方が好き。

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著者プロフィール

宮下 奈都(みやした なつ)
1967年福井県生まれ。上智大学卒業。2004年、「静かな雨」で文學界新人賞に入選し、デビュー。日常に起こる感情の揺れを繊細で瑞々しい筆致で描きだす作品で知られる。『スコーレNO.4』が書店員から熱烈な支持を集め、注目を浴びる。代表作に、2016年本屋大賞、ブランチブックアワード2015大賞、「キノベス!2016」などを受賞した『羊と鋼の森』があり、2018年6月映画化。『静かな雨』が2020年新春映画化が決まり、2019年6月6日文庫化される。ほか、福井からトムラウシに移り住んでいた頃の日々を描いた『神さまたちの遊ぶ庭』や、福井での身辺雑記や本屋大賞受賞前後のエピソードなどを描いた『緑の庭で寝ころんで』がある。

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