『罪と罰』を読まない (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2019年7月10日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784167913205

作品紹介・あらすじ

読まずに読む!



ドストエフスキーの『罪と罰』を

読んだことのない四人が、

果敢かつ無謀に挑んだ「読まない」読書会。



単行本刊行時に大きな反響を呼んだ前代未聞の試みに、

岸本佐知子の「文庫版あとがき」

矢部太郎の「解説マンガ」

を加え、パワーアップして文庫化!



「読む」愉しさが詰まってます。



目次



読まずに読む 吉田篤弘



読まない! 未読座談会・其の一

読むのかな… 未読座談会・其の二

読んだりして… 未読座談会・其の三



『罪と罰』登場人物紹介 三浦しをん

記憶の謎と謎の影絵 吉田浩美

『罪と罰』あらすじ 三浦しをん



読んだ! 読後座談会



読むのはじまり 三浦しをん

読まないを読む、何度でも 岸本佐知子

解説マンガ 矢部太郎

感想・レビュー・書評

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  •  今回の選書は偶然ではなく必然でした。赤染晶子氏→岸本佐知子氏(赤染氏と交換日記)→クラフト・エヴィング商會(岸本氏のエッセイ挿画)とつながった不思議な縁です。そういや流れじゃないけど、しをん氏の文庫解説を吉田篤弘氏が書いてたな。

     それにしても誰が考えた、この読書会? 本書冒頭で、吉田篤弘さんが経緯を明かしています。これは、古典的名作『罪と罰』(1866年ドストエフスキー)を、未読4人による「本を読まずに本の内容を推しはかる」という、ある意味ナンセンスな実験なのだと。

     この前代未聞の読書会メンバーが、宴席の片隅で話していた「同人」の4人。(以下、紹介文は私)
    ・岸本佐知子‥‥翻訳家にして妄想の達人
    ・三浦しをん‥‥BL妄想と一人ボケツッコミの達人
    ・吉田 夫 妻‥‥ないものをあることにする達人
    なんかこの4人、集まるべくして集まった?

     読書会のルールとして、最初に冒頭と最後の各1ページだけ、岸本さんが英訳本から翻訳したものを配布し、あとはなりゆきで…。とはいえ、暴走対策で唯一読了者である文藝春秋の立会人を置き、読書会の途中何度かテキスト朗読し、方向性のヒントにするというものです。

     構成は、未読座談会→登場人物紹介・あらすじ→読後座談会(答え合わせ)となっており、やはり前半の未読座談会が特に面白いです。
     アルコール入ってんの?みたいな盛り上がりで、ドストとか言っちゃってるし(ミスドじゃないんだから)、登場人物にツッコミを入れる悪ノリ満載。
     少ない情報からの推理と妄想が広がり、作家目線での視点・分析には大いに感心もしました。

     改めて、「読む」ことの奥深さを再認識させられました。作中で触れられていますが、「読む」ことには、先を読むことや行間の深読みの意味もあるのですね。本を読むことの楽しみ方が広がり、読書の敷居を低くして多様性を示す一冊でした。

    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
      いっちゃってください! 爆笑ですよ笑
      いっちゃってください! 爆笑ですよ笑
      2025/09/19
    • kuma0504さん
      妄想得意です。
      汝、星のごとくを読んだら、星を編むの内容は、ある程度妄想してしまったし。
      妄想得意です。
      汝、星のごとくを読んだら、星を編むの内容は、ある程度妄想してしまったし。
      2025/09/22
    • NO Book & Coffee  NO LIFEさん
       私も妄想は大好きです笑 公然と得意とか上手とは申しませんが、脳内回転が急速回転することってよくありますね。これもまた読む、いや読まなくても...
       私も妄想は大好きです笑 公然と得意とか上手とは申しませんが、脳内回転が急速回転することってよくありますね。これもまた読む、いや読まなくても楽しいですね(^^)
      2025/09/22
  • ドストエフスキー「罪と罰」を読まずに4人の作家が読書会を開き内容を推測し合う話

    4人の作家たちがヒントを手掛かりに自由に推測、思ったままを言い合うのがこの本の面白さ

    ほんの少しの話の断片のヒントから作家流に「わたしならこういう筋書き、こういう流れにする」とか想像力が半端なく広がる

    いったいどんな物語なのか
    期待に胸を膨らませ、夢中になって「ああでもない、こうでもない」と語り合う

    そして読んだあとにまた集まって
    読後座談会

    私は読んだあとにこの本を手にしたが、作家たちの当たらずとも遠くなく、話が横道にそれることもしばしばあるにもかかわらず、ちょっとのヒントで軌道修正してくる様子に感嘆した

    ラズミーヒンは修造だとか
    ポルフィーリーは愛之助だとか⋯
    みな自分の好き勝手に想像していいんだよと、いわれてるようで安心する

    作家の感想にかかわらず、本は読んだ人それぞれ、謎解きや解釈があっていいんだと思わせてもらった

    あと巻末に矢部太郎による解説マンガがあってホッコリとした気持ちになった

  • 『罪と罰』ね?誰もが聞いたことがある作品名だ。
    そういえば「〇と△」と言う題名の本って結構あるなと思った。
    海外の作品だと「罪と罰」のほかに、トルストイの「戦争と平和」、スタンダールの「赤と黒」、ヘミングウェイの「老人と海」などが有名だ。
    有名だけれども、読んだ人はあまりいないのではないかとも思う。
    私もこれらは読んでいないし、今でも読みたいと思わない。
    何故かと言うと、登場人物のカタカナの名前が覚えられず誰が誰だかわからなくなってしまうのだ。

    まあ、それは置いといて、この本を読みたいと思ったのは、4人の著者に尽きる。
    特に岸本佐知子さんと三浦しをんさんが会話するとどんな展開になるのかが楽しみで「罪と罰」なんて正直どうでもいい。

    ですが、岸本さんは最初と最後の部分を英語訳版を読んで翻訳しているし、吉田浩美さんは子供向けに作られた15分ほどの影絵作品を見ておおよそのあらすじを知っている。
    きちんと読んではいなくても、この4人なら何となくどんな物語かを何処かで耳にしている。

    座談会は、三浦しをんさんが暴走しがちで、吉田篤弘さんがその暴走の軌道修正する感じになっている。
    岸本さんはと言えば、三浦さんの妄想の火に油を注ぐ感じで進行係的な役回りになっている。

    それにしても登場人物のほとんどがデブだと決めつけたり、「きっと、こうに違いない」と次から次へとよく想像できるものだ。

    そして実際に「罪と罰」を読んだ後、三浦さんと岸本さんが2人そろって「出てくる人、みんな頭がおかしい」と言って共感しあっている。
    だから「超面白い!」となる所がこの2人の人柄を表しているようで微笑ましい。
    「罪と罰」を読んだ後の4人の「あーだこーだ」の座談会(というか雑談)のパートの方が面白かった。

    「『罪と罰』を読まない」を読んで、「罪と罰」を読んだ気分になりました。

  • 内外ともに、いわゆる「名作」がとにかく苦手だ。
    今から40数年前は、『罪と罰』『車輪の下』を最初の1〜2ページから先へ読み進めることがどうしてもできなかった。

    太宰治は3作品くらいは読んだはず。

    『坊ちゃん』『智恵子抄』『塩狩峠』は読んだ。
    我ながら「名作」のくくりがいまいちいい加減だ。
    他にも読んだ作品はあるかもしれないが、大昔のことなので覚えていない。
    苦手意識だけははっきりしている。

    今から約10年前には、『カラマーゾフの妹』(高野史緒著)という小説を読んだが、そもそもの『カラマーゾフの兄弟』を読んだことはない。
    また、日本人に生まれたからにはと『源氏物語』(瀬戸内寂聴著)を読破しようとして1巻だけで挫けた。

    『老人と海』は日本語と英語の両方、長年所持しているが、何度も何度もトライするも、やはり最初の数ページ以降に進めず。
    あんなに薄いのに。

    近年では芦田愛菜ちゃんの『まなの本棚』を読んで『あしながおじさん』にトライするもすぐに挫折。
    もう一生読まなくていいやと決めた。

    齋藤孝氏の『読書する人だけがたどり着ける場所』を読んで『オイディプス王』(ソポクレス著)というものをなんとか読んだ。(これも薄い)

    これと同じ古典新訳文庫シリーズなら読めるのではないかとシェイクスピア(割と薄い)を図書館の本棚で手に取ってペラペラとめくってみたが、借りる気にならず。
    (追記 シェイクスピアはこの年の5月から結構読んだ)

    思い返すも、情けない遍歴である。

    で、本書。
    作家という職業に就いていらっしゃる方々は「名作」の数々を、作家になるより前の、人生の早い時期に当然読破している側の人達なんだろうと勝手に思い込んでいたのだが、どうやら違ったようだ。

    本書の最初のうちは面白い趣向だなと読んでいたが、途中から飽きてきた。
    「立会人」である編集者の方から少しヒントをもらうというルールだけなら良かったのだが、吉田浩美氏がちょいちょい、いきなりのネタバレをぶっ込んでくるのがなんとも心情的に受け付けられず。
    そしてヒントとして挟まれる『罪と罰』の本文もやっぱり苦手。
    座談会を、ものすごく読み飛ばした。

    後半の『罪と罰』の登場人物紹介、全内容、読後座談会は、少し飛ばしながらも読んだ。

    私にあらためて【『罪と罰』を読まない】と強く決意させてくれた本書には、ある意味感謝。

  •  隅から隅まで面白かった。「“読む”は読む前から始まっている」という考えは、私もぼんやりと思っていたことではあるが、この四人のおかげで私の罪と罰読書も、読んでないけど始まったぞ!と感じた。
     四人の自由で対等な雰囲気がまたとても良かった。罪と罰を読んでない者同士で話すという企画なんだから対等なのは当然だが、誰かの持っていた文学や歴史の知識がヒントになるときも、ガイド役の学者先生的な人の授ける解説を拝聴するみたいな空気は一切なく、プロ作家としての作劇的勘で何かを言い当てようとするときも、「ここできっと二人の対話が八十ページ続くんですよ」とか「結婚式で繰り広げられる七日七晩にわたるロシアの宴の描写でページ水増し作戦に違いない」とか、ただただ面白い。未読読書会の前に十五分の影絵版罪と罰を見たということで「私知ってるのよ、言っちゃっていいのこれ?」と誰よりも優位に立って発言していた浩美さん(矢部太郎さんの解説マンガでは、影絵原理主義者と呼ばれていた)による、後半の衝撃の告白には盛大にずっこけたし、なんて可愛い人なんだと思った。
     四人が読んだあとに開催された読書会の様子も収められており、コロンボさながらの倒叙ミステリになっているという指摘と、彼女らによる脳内キャスティングで、松岡修造、スティーブ・ブシェミ、片岡愛之助(あと、私は知らなかったけど皆さんお気に入りの様子だったヴィゴ・モーテンセン)が登場したのも楽しかった。

  • 『罪と罰』の主人公、青年ラスコーリニコフをつかまえてのっけから訳者の岸本佐和子さん、
    「主人公が超ニート野郎なんですよ」
    きゃはは~さすがのドストエフスキーも真っ青だな。

    『罪と罰』を読んだことがないという作家・翻訳家4人に、作品の目次と全体のページ数、そして小説の冒頭や中途の章で好きなページをちょっとだけお披露目(朗読)する。4人にヒントの飴玉を与え、それをなめながら犯人ならぬ、小説の全体像を解明していくという、それほんと?? と言いたくなるような、まさに舐めた座談会で遊んでいるからおもしろい。

    もちろん『罪と罰』の表題は知っていても、実際に読んだことはないという読者をターゲットにしているのだろうけど、そもそも読んだことすら忘れるほど前に眺めたわたしのような人も射程に入っている。おそらく学生時代あたりに読んだきりの記憶は、脳内のどこか深淵に沈殿したまま埋もれ、あるいは別の記憶と絡まってクラゲのようにどこぞを浮遊していて、読んだことがない人とさほど変わりはない。だから読んでいて、「うぎゃ~そうきたか!」という可笑しさなのだ。

    とはいえ、4人ともさすが作家だ、と思わせる奇天烈なイマジネーションに感心する。しかも作品の分量と配分へのこだわりは尋常ではない。作品全体のページ数、章ごとのページ数、このあたりに起・承・転・結のどの部分がくるはずで……といった、ある種の職業病というか、プロの勘どころのようなものが炸裂して興味深い。まるで患者から病状をきいた医者が因果関係を慮り、犯罪事実から弁護士が量刑相場を推し量るような感覚なのかも……みょうちきりんな想像をしながら楽しんだ。

    このところ、学生時代に読み散らかしたドストエフスキー作品、無残に途中放棄したもの、結局読んでない作品世界を散策している。時の試練に耐えてきただけに、滋味に溢れていて、若いころでも大人でも、おそらくどの歳になってながめても、まるで初めて読むようなわくわくとした感覚やみずみずしさがある。これこそ古典の不思議なたたずまい。

    ただロシア小説の頭痛の種は、どの歳で読もうと、作中人物の呆れるほど長たらしい名称のほかに、愛称や尊称、卑称などがこんがらがってしまうことだ。なので冒頭20ページほどの間に登場した人物の名前を付箋にメモして表紙裏にでも貼っておけば、長編のさなかに「これは誰なん?」というときも心強い。
    ということで、次なるむちゃぶり企画を期待している。「高等遊民」超ニート男が登場する夏目漱石なんてどうだろか♬(2021.10.23)

  • ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことがない4人が内容の妄想を繰り広げる。
    1ページ解禁しただけで4人の推理が止まらない。
    で、読むんかい!
    この企画を書籍化、さらに文庫化してくれたことがありがたい。

    • NSFMさん
      はじめまして
      面白そうな本ですね。ドストエフスキーの名作「罪と罰」についての有名作家さん達が何を感じどう表現するのか?
      自分も気になりました...
      はじめまして
      面白そうな本ですね。ドストエフスキーの名作「罪と罰」についての有名作家さん達が何を感じどう表現するのか?
      自分も気になりました。
      近いうちに自分も読んでみます。
      2025/04/21
    • shuzo music&bookさん
      コメントありがとうございます。
      登場人物紹介や各章のあらすじまで収録されていて充実の内容でしたよ。
      コメントありがとうございます。
      登場人物紹介や各章のあらすじまで収録されていて充実の内容でしたよ。
      2025/04/21
  • 読んでないのに、推理してどうするんだ。
    と思いながら、読む。
    もうねえ、『島耕作』とか『slam dunk』式とか、なぞらえ方から笑えるんですよ。
    (と思ったら私のレビューも『デスノート』になぞらえてんじゃん、怖!)

    ラスコーリニコフはきっとこういう理由で、お婆さんを殺したんだとか、ソーニャのことは単に見た目で選んだんだとか、小説のページをランダムに朗読しながら、わちゃわちゃしてるのが楽しい。
    あー。こういう会、ありだなー。

    で、結局のところは読むのですよ!(笑)

    その後、もう一度集まってわちゃわちゃするんだけど、ほぼ満場一致でスヴィドリガイロフ推しに変わってるところが笑える。
    最後に矢部太郎のあとがき漫画が挟まれていることも、訳分からんテイストに仕上がっている。
    (個人的には、吉田浩美が影絵影絵言うのを、影絵原理主義と言い表わした一コマが、非常に気に入っています)

    ただ、これが一冊として成立するのは、『罪と罰』が想像の斜め上を突っ切る作品だからなんじゃないかなと思う。
    一見、読んでたら格好よさげに見られ本で損してる所はあると思うけど、読んだら「ある意味」すげぇ本読んだな、ってなんか達成感があると思う。
    でも大人が読むより、中高生の方がきっと味わえる。

    そんなわけで、この本を『罪と罰』の横に配置して欲しい。
    相手は新潮と光文社だけど。
    この機会に文春でも新訳だしたら良いのでは、ちょっとライトな訳にしても面白いと思う。

  • 未読座談会という、(立会人以外の)出席者全員が本を読まずに参加するという、『読んでない本について堂々と語る方法』をやってみたという記録本。

    実際には、冒頭と結末を数ページずつ読んでからでありましたが、想像力が膨らんでどんどん空想の話が進んでいって面白い。小説家と自分の距離感を感じざるを得ませんでした。

    ときどき、想像力に置いてけぼりにされながらも、実際に自分も本で読んだことがないので、こういう話なのかな、と何度か振り回されました。

    読んでは忘れを繰り返しながら、新しい本を読み続ける自分にとっての、「読む」という行為は一体どんな意味があるのだろう。

    忘れてしまうのでは、むしろ無駄なのではないだろうか、とすら思えるけれど、読むことの意味についてのなんとなくのヒントが、巻末の三浦しをんさんのあとがきに書かれていて、深いなぁと思いました。

    『もしかしたら、「読む」は「読まない」うちから、すでにはじまっているのかもしれない。 世の中には私がまだ手に取ったことのない小説が無数にあります。…それらはいったい、どんな小説どんな物語なのか。愛と期待を胸に思いめぐらせるとき、私たちはもう、「読む」をはじめているのです(P290)』

    読書は終わりなき旅といいますが、それは色んな本を渡り歩く意味だと思っていました。
    しかし、それだけでなく、一冊の本のことを何度も思い出しながら、これからの人生を生きていくことも意味するのではないでしょうか。

  • 読まない、というか…部分読みしつつ、推理する。
    新しい読書会みたいなもの、かな?

    4人の想像が当たったり当たらなかったりで面白い!この本が楽しかったのと、『罪と罰』を読むか読まないかという問題は別なので…私はきっと読まないと思う。やはり本編は陰鬱とした面倒くさい類のロシア文学なのだろうなぁという予想。

  • ロシアものは自分に酔う
    こんな本読んじゃってる自分を想像するだけで満足してるかもしれない。
    何冊か読んで途中棄権してる本もあるが、罪と罰も上下巻で揃えて読むタイミングを逃している。

    そこにこの本があると知り、こちらを読んだら読む気になるのか…?なんて
    ちょっと遠回りしてみることに。

    結果、四人の読書会がエッセイのようでもあり
    とてもハマってしまった。
    作家さん達であるから、書き方や持って行き方なんかも自分と比較したりする、そんな会話もめっちゃ楽しい。
    罪と罰を普通に読んでいたらこうは思わなかったと思う。

    ロシアものは難解だ
    だって人の名前も日本人にはとっつきにくい発音(発声)
    それでいてあだ名が二つ三つ出てきたり
    例えば、太郎さんを、父は太郎兵衛と呼ぶがははあはタロちゃんと読んだりする、それが物語の中で出てくると同一人物なのかなんだかわからないまま読んでいてなんだそうか!というのがある。

    ドストエフスキーをドストと言うこの四人。
    ああ、そんな感想持っていいのか、私だけじゃなかった、などなど
    共感に溢れてこれから罪と罰、読むより楽しみが増した。

  • 本書はネタバレNGな本だと思うのでさわりだけ。

    『罪と罰』を読んだことがない4人( 岸本佐知子 三浦しをん 吉田篤弘 吉田浩美(敬称略))が、「読まずに推理」「少し読んで推理」「読んでから感想を語る」という順で『罪と罰』に迫っていく座談会を開催する。

    岸本さんの「主人公が超ニート野郎なんですよ。」(P15)という切れるナイフのような一言で始まり、「捨てキャラ」や「ばばあ」などかつてロシア文学を語るときにおおよそ使われたことがないであろう言葉が飛び交う。
    再読するときは爆笑しちゃうだろうなぁ、これは。

    結論としては『罪と罰』はエンタメ!ということを知ることができて良かった。

    ************************************************************************
    『罪と罰』、なぜか14歳のときに手に取っちゃったんですよねえ。もちろん「この本意味わからない。」で終わりました。それまでは難しい本は読んでいなかったので読書というと「作者と分かり合えない=分からない」だったのに「まったく理解できない=分からない」読書が存在することを知りました。

  • ドストエフスキーの『罪と罰』を未読の4人が、『罪と罰』を読まぬまま、ストーリーを予想し、語りあう読書会の記録。

    このコンセプトを聞いたときに「なんて無謀で面白そうな…」と思い、文庫化されたのを機にいつか読むべく購入、積読。で、やっと読み終わりました!
    読みながら何度噴きだしたものか。声をあげて笑うたび、家で読んでいてよかった! 電車で読んでたら社会的にしねるわ…と思いもしました。読みだしたら止まらず、ほかの本を読んでいてもほかの作業を進めていても、気がつくとこちらに手が伸びる。何これこわい。
    『罪と罰』未読でよかった、と喜び、そしてこれは『罪と罰』をしっかり読んでからもう一度この読書会を読み直さねば…と心に誓い、『罪と罰』と同様に何度読んでも楽しめそうな本でした。

    三浦さんの推理が自由すぎて、同じ未読者であるにもかかわらず「いや待て、それはさすがにないだろ」とツッコミいれまくりました。
    その一方で名言も続出で「たいていのロシア人は太っている可能性がある」とか、何という真理。

    『罪と罰』を未読のかた、ぜひ『罪と罰』を読む前にどうぞ!
    既読のかたにも騙されたと思って読んでいただきたい。
    ひたすらに引力も重力も圧倒的な本に振り回される体験を満喫しました。

    しかし、こういった時間や体験を共有できる読書仲間がいるって素敵ですね。羨ましいです!

    ※カテゴリは「笑」かなとも思ったのですが、物語の水先案内と解釈してこちらに入れました。

  • 職業柄、罪と罰を読んでないって大きな声で言いにくいけど、読んでない4人が、読まないであーでもないこーでもない、一部読んでさらにあーでもないこーでもないと。
    そして、読んでからまた集まって。
    罪と罰を読みたくなるような、というよりも、この仲間でお喋りしてるのを横で聞いてるのが面白いって感じ。

  • 衝撃でした。本は「読んで楽しむ」ものだと思っていましたが、「読まずに楽しむ」こともできるなんて……!

    ドストエフスキーの世界的な名作、『罪と罰』を読まない人生を歩んできた作家4人が集結。

    本書前半では、『罪と罰』にまつわる4人の断片的な知識と、ランダムに選んだ数ページ分の本文だけで、物語の展開を好き勝手に推理します。
    そして後半に差し掛かるところで、ついに4人は生まれて初めて『罪と罰』を読む!!本書後半では実際に読んだ感想と、前半で語った見当はずれな推測や各自のびっくりポイントをおもしろおかしく語り合って笑い転げている、なんとも内輪間満載な一冊です。

    そんなものが本になるんだ……文春さん思い切ったね、と今でも少し思いますが、議論にのめりこむ4人を外から眺めているうちに、自然とドスト(エフスキー)やラスコ(ーリニコフ)への愛着がわいてしまうので不思議なものです。

    また、4人とも「書く」仕事をしているだけあって、前半の推察がぶっ飛んでます。「しをんさんだったらここで2人殺る?」「この小説のタイトル、もしかしたら最初は『老婆殺人事件』だったのかも」などなど……気づけば私も4人と一緒に笑い転げていました。

    そして何を隠そう、私自身も『罪と罰』を読んでいないのです……!
    私は『罪と罰』を読まずに本書を読みました。後半はネタバレのオンパレードでしたが、それまで4人のあれやこれやの推察を読んでいたので、そのまま最後まで楽しんで読めました。せっかくなので、本編にも挑戦してみようかと。

    『罪と罰』を読んでない方は読みたくなる、読んだ方ももう一度読みたくなること間違いなし。そんな見方もあるのか!という驚きと発見を与えてくれる、良書です。

  • まず作家や翻訳家の皆さまが、私と同じく『罪と罰』を読んだことがなかったり、ロシア人の名前が覚えられない。という共通点に安心(笑)

    しかし作家さんの想像力は、凡人ではない。
    どこで殺すのが物語として盛り上がるか、この人物はこういう人なのでは、という想像力が半端ない!

    最終的に全員がちゃんと読み、また集まることになりました。

    読んだ後の読書会は、皆さまさすがの感想で、それぞれ本に貼ったふせんやメモを、全部見せてください!と思いました。

    『罪と罰』は長編で、この遅読の私はどれくらいで読めるのか、と思いましたが、やっぱり読みたくなりました。

  • いやはや、こんな風に読書会ができるなんて知らなかった。何となく分かっている情報だけで、どんなお話かを推測しながらあれやこれやを想像し、きっとこんなお話しになっているに違いない、と語り合う集い。登場人物の性格や主人公との関わりをも練り上げる辺り、職業作家・翻訳家さんならでは。
    全体の進行を追うと、三浦しをんさんの圧倒的な作家としての経験値と創造力と想像力に負うところが多いと思いました。他の方々の的確な茶々入れと推察力は、しをんさんの創造力の触媒になっていると見ました。

    そして、『罪と罰』読後読書会も開催。こちらは、心動かされたところ、読む前の推測がいかにずれていたかを笑いあい、一押し登場人物の自慢大会。

    この本を読んだ人は、『罪と罰』を通して読んだよ…と公言してもよいくらいにストーリーを把握できるのではないかと思います。

    その他、興味深かったのは、作者ドストエフスキーにも想いを馳せていることでした。

  • まだ読んでないけど感想書きます。正確には読み切ってないけど、ということです。

    三浦しをんさんがぐいぐいと出てくる物語の筋。そこにちょっとたじたじになる吉田さん。影絵を見たことをずっと思い出している奥さん。翻訳者の役得な岸本さん。

    筋を読むのは面白い。
    登場人物がことわりなしに愛称になったり、略されたりしてロシア人はとにかく複雑。名前も長いです。

    なんでこんなに長いものを書くのか、読めるのか。不思議でならない。
    原作は読むつもりはない(笑)

  • 〈読まずに読む〉とは
    「文字を読む」と「先を読む」の組み合わせ。
    この興味深い読書会を覗き見できるのが本書であり、笑いたい時にぴったりな本だと私は思っています。
    登場人物に勝手にニックネームを付けちゃったり、各々が持ち合わせた情報から推理しつつ皆さん好き放題言ってて(特に三浦しをんさん)、電車では読めないレベルで笑えます。
    読後の読書会の模様も描かれているので「罪と罰」のネタバレありですが、読んだことのない「罪と罰」を読んでみたくなります。
    「本は読まなくても読める」
    「読む前から“読む”は始まっている」
    「小説は、『読み終わったら終わり』ではない」
    という言葉が素敵だなと思いました。

  • こんな本があっていいのか?って内容なんですが、私はまんまとはまり、「罪と罰」 読みました!
    面白がって読み終えたそのままのノリで「罪と罰」に突入できます。

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著者プロフィール

岸本 佐知子(きしもと・さちこ):上智大学文学部英文学科卒。翻訳家。訳書にルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、リディア・デイヴィス『話の終わり』、スティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』、ジョージ・ソーンダース『十二月の十日』、ニコルソン・ベイカー『中二階』、ショーン・タン『セミ』、アリ・スミス『五月 その他の短編』など多数。編訳書に『変愛小説集』、『居心地の悪い部屋』、『コドモノセカイ』、『楽しい夜』など。著書に『気になる部分』、『ねにもつタイプ』、『なんらかの事情』、『ひみつのしつもん』、『死ぬまでに行きたい海』、『わからない』などがある。『ねにもつタイプ』で第23回講談社エッセイ賞を受賞。

「2026年 『あれは何だったんだろう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

岸本佐知子の作品

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