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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784167916138
作品紹介・あらすじ
100年前の日本人は、疫病とどう戦ったのか? 文庫オリジナル!
スペイン風邪が猛威をふるった100年前。作家の菊池寛は恰幅が良くて丈夫に見えるが、実は人一倍体が弱かった。そこでうがいやマスクで感染予防を徹底。その様子はコロナ禍の現在となんら変わらない。スペイン風邪流行下の実体験をもとに描かれた短編「マスク」ほか8篇、心のひだを丹念に描き出す傑作小説集。解説・辻仁成
【収録作品「マスク」】
見かけは頑健に思われているが、実は心臓も肺も、胃腸も弱い。そんな自分に医者は「流行性感冒にかかったら、助かりっこありません」と言う。だから、徹底的に感染予防に努めた。でも暖かくなったある晴れた日に、黒いマスクの男を見かけて――。
みんなの感想まとめ
疫病と向き合った100年前の日本人の姿を描いた短編集で、特に「マスク」では、見かけとは裏腹に弱い体を持つ主人公が感染予防に努める様子が描かれ、現代のコロナ禍と重なる部分が印象的です。作品全体を通じて、...
感想・レビュー・書評
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短編集で「スペイン風邪をめぐる小説集」を集めたもので
「100年前の日本人は、疫病とどう戦ったのか?」
というこんなご時世柄、文春文庫さんが文庫オリジナル版を編みなさったわけ。
「マスク」「神の如く弱し」「簡単な死去」「船医の立場」「身投げ救助業」「島原心中」「忠直卿行状記」「仇討禁止令」「私の日常道徳」
「マスク」
見かけは太っていて頑健そうに見えるが、実は弱いからだなんだ、と菊池寛らしい主人公は言う。何ですか、太っていたら成人病予備軍だよ、と突っ込みたくなるが100年前はね、栄養を取るのも大変だったでしょうからね、みんなガラガラにやせていたし、美味しいもの好きの主人公、ガッチリ美食していたのだね。案の定「インフルエンザにかかったら死にますよ」とお医者様に脅かされて、だから用心してマスクは手放せない。外出も避ける。死亡者数の増加に憂える。あら、今とおんなじだ。しかし、暑いような初夏にはとうとうマスクを外した。まだまだ感冒は流行していると新聞に書かれているのに、みんなしていないし・・・つける勇気が・・・でもでも、ある日、人だまりの野球場でマスクをしている人を一人みつけたよ!さあ、主人公はどう思ったか?
「スペイン風邪流行」ネタなのは「神の如く弱し」「簡単な死去」くらいで「船医の立場」「島原心中」は広義の意味で病気もの、「忠直卿行状記」「仇討禁止令」は有名時代ものだし「私の日常道徳」は作家の矜持がわかり、菊池寛は人間性を突く、おもしろい短編を書いた作家なのです。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
コロナ禍にある2020年の発行であることから、100年前に同じように猛威を振るったスペイン風邪の流行を扱った短編集が編まれることになったのかと推測する。
「マスク」はコロナ禍あるあるが満載されている。マスクをしないで混雑の中に出かけるのは、勇気ではなく蛮行である。
他に、流行性感冒にかかった友人や、流行性感冒で亡くなった同僚に対する周囲の対応を描いた作品が続く。
「船医の立場」は、流行性感冒がテーマではないものの、感染病と正義をテーマにしている。
「忠直卿行状記」は歴史物。他は、幕末から明治にかけての人々を描く。
どれも人間心理の描写が鋭く細やかで、考えさせられる。特に「仇討禁止令」に描かれる維新の悲劇はやるせない。
「私の日常道徳」には菊池寛の人柄を感じる。約束は破らない、ただし原稿の締め切りだけはやむを得ない、というのがふふふ・・・
【マスク】
流行性感冒が猛威をふるう。医師から心臓の異常を指摘されている私は、感染イコール死を意味する、と戦々恐々とする。
【神の如く弱し】
婚約者を親友に奪われてもはっきり抗議もできず、知り合いに愚痴ばかり垂れ流して生活を荒ませていく友に呆れ果てていた。
その友が流行性感冒にかかり、死の淵を彷徨う。
【簡単な死去】
社内でも嫌われ者の同僚が流行性感冒で急死した。故郷とは断絶しているので社で葬儀の世話をしようと上司は言うが・・・
【船医の立場】
盗んだ小舟で黒船に乗り込もうとした幕末の志士二人の願いを受け入れるかどうか。
【身投げ救助業】
京都、琵琶湖疏水の飛び込み名所の橋のたもとで茶店をいとなむ老婆は、多くの身投げ人を救ってきた。
【島原心中】
死にきれなかった心中の片割れの男を尋問した若き日の検事。そこで感じた、法における罪と、人の情において許せない行動と。
【忠直卿行状記】
家康の息子結城秀康を父に持ち、越前六七万石を継いだ忠直の寂しい暴君ぶり
【仇討禁止令】
高松藩の祖は、水戸光圀の兄。徳川宗家の中でも御三家に次ぐ家という自負が強い。
幕末、鳥羽伏見で負けて逃げ帰り、錦の御旗を掲げた土佐藩、丸亀藩に攻め込まれる危機が迫った。
佐幕を貫いて逆賊の汚名を着るか、それとも恭順か。
【私の日常道徳】
自分より金持ちからは遠慮なくもらい、金のない人には援助を惜しまない。
好意には好意を、悪意には悪意を。
『解説「百年の黙示」辻仁成』
百年前のパンデミックを描いた「マスク」は現代のコロナ禍そのもの。この時から日本人はマスクの重要性を認め、ヨーロッパのようにロックダウンに至らずに済んだ。菊池寛の先見の明よ。 -
図書館でタイトルと作者を見て手に取りました。
直木賞や文藝春秋創業者ということでいつも名前だけ聞いていた菊池寛。ずっと気にはなっていたけど、なかなか手に取る機会がなく。どんな文章を書く人なのかずっと興味がありました。
表題のマスクはコロナ禍と似たような雰囲気が感じられて面白かったです。他の話も人の心の機微に触れられて、興味深かったです。特に島原心中と身投げ救助業が印象的でした。 -
百年前のスペイン風邪流行時の東京の雰囲気を知りたくて読んでみた。
ワクチンはないけど、人口密度と移動量を考えると、流行り具合は大差無いのかもしれない。
「マスク」における主人公の言動、発想は、驚く程現代とそっくりだ。 -
マスクはワクチン普及前のコロナ禍とかなり感染症対策が重なっていることに驚かされる(極力外出しない、常に手を洗う、でかけるときはマスクでがっちりガード)マスクをしないで外出する他人を見て憎悪を感じたというエピソードもあり。
一緒に収録された作品の中では、黒船に乗り込もうとした吉田松陰を皮膚病のゆえに乗船拒否したことをのちに悔やんだ船医の立場、張合やプライドを無くしてしまうと行動の生き甲斐がなくなるという身投げ救助業、検事の思い込みを強引に被疑者から誘導した経緯を詳細に説明したために高瀬舟よりも安楽死への追及に関する深みはなくなってしまった島原心中、部下のお追従にある日気づいてからは何も信じられなくなり乱行の限りを尽くようになり改易によって初めて心の平穏を取り戻した越前の暴君、松平直正の内心を巧みに描写した忠直卿行状記、許嫁の父である佐幕派の家老を闇討ちで暗殺したのちに明治維新をむかえ開明派の武士の苦悩を描いた仇討禁止令、こういうものが掲載されているが、やはり日本のオーヘンリー、非常に好みの作品が多かった。 -
マスクなど短編集。マスクは100年前のスペイン風邪の流行時の話。菊池寛先生の怯えなんかが、コロナ下の今とほぼ同じなのが面白かった。他の短編、忠直卿行状記、仇討禁止令も面白かった。
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「マスク」
大正時代にスペイン風邪が大流行したとき
その予防法として、やはりマスク着用が推奨されたらしい
しかし第一波の疲れが出て
第二派の到来するころには、もはや誰もマスクをつけなかった
そんなおり、筆者は野球場でマスクをつけた選手に出会い
なぜか不快さを感じる
「神の如く弱し」
師匠の娘に振られたことを根に持ち
小説のなかでさんざんにこき下ろしたりしたものの
スペイン風邪にやられて寝込んでしまったとき
師匠の家から親切な言葉をかけられ
それでやっぱり泣いてしまう
そんな男の、天然ダブルスタンダードを前にしては
情けなさよりも、むしろ恐怖が先に来るのだった
久米正雄がモデルの話だろう
師匠は夏目漱石である
「簡単な死去」
風邪にやられて新聞社の同僚が死んだ
実家とは縁が切れており、友人のひとりもない彼は
死んでなお周りの人に嘲笑されてしまう
死んだ彼も皮肉家で、世間を嘲笑してばかりだったが
しかし裏表のない人ではあった
「船医の立場」
吉田松陰が黒船におしかけたさい
船内には、これを擁護して
アメリカに同行させようという声も強くあったのだけど
船医の意見で却下されたという話
その時、松陰はたまたま疥癬にかかっていたため
防疫の観点から、渡航は認められないとする理屈だった
結果、吉田松陰は船を降りたのち処刑され
船医は自分の判断を悔やむことになる
「身投げ救助業」
明治時代、琵琶湖から京都に水をひいて、川が造られた
それが一時期、自殺の名所になっていたらしい
平安神宮に近い橋の下で商いをしていた婆さんは
自殺者を救助するたびに警察からの謝礼金を受け取って
ひと財産を築き上げるほどだった
ところが、その財産を娘に全部持ち逃げされてしまい
自分が川に飛び込んでしまった
「島原心中」
ここでいう島原は、京都にある花街のこと
その島原にあるおんぼろ遊郭の二階で、心中事件が発生した
取り調べに出向いた検事は、生存した男を巧みに誘導して
自殺幇助の罪を白状させた
それで内心得意になっていた検事だが
死んだ女に病の痕跡があることを知り
やむを得ない自殺の幇助がなぜ罪になるのかと自問する
「忠直卿行状記」
越前守松平忠直は、大阪夏の陣で大手柄を立てた武将だった
しかし甘やかされて育ったため、やや癇の強い性格だった
あるとき行った槍の仕合で
相手が手加減したことを偶然にも知ってしまい
そこから、孤独を感じるようになって
狂気におちいった
菊池寛の代表作のひとつである
「仇討禁止令」
幕末時代、讃岐・高松藩は佐幕派であったが
先導役の家老が何者かに暗殺され、じきに尊皇派へと鞍替えした
維新の後、暗殺者は東京に出て出世し、判事になっていた
彼は、家老の娘と婚約していたのだったが
心に隠した暗殺の事実が重荷になって
娘から逃げるように上京したのであった
しかし数年たって
そろそろ彼女も別の家に嫁いだろうと思ってた矢先
当の彼女が、弟をともなって上京してくる -
R6/9/17
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コロナ禍中、ずっと読みたかったのだが後回しにしていたもの。
スペイン風邪の…と書いてあったので、その当時の様子がメインなのかと思っていたら、
菊池寛本人が身体が弱い判断が出されての、な話だったので少し印象が違った。
が、結局マスクするのしないので心が移り変わる様子が描かれていて面白かった。
本人の体験談というかエッセイのようなものなので、
作品とはまたちょっと文体の雰囲気が違うのも生身の人間っぽくて良い。
さすが文豪。
これとは違うバージョンの電子書籍で読んだので、収録されている他の作品の
ラインナップが違うかもしれない。
私が読んだのはマスクの他は将棋、勝負事、出世、身投げ救助業が収録されていて
どれも面白かったなぁ。身投げ救助業と勝負事が好きだったかも。 -
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強者と自惚れそうになる時に読み返す本
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表題の短編「マスク」では、今も明治も感染症対策は大差無いなと気づかされた。黒マスクって昔からあったのね。
「身投げ救助業」が印象的。川に身投げして溺れた者を救助して小銭を稼いでいた老婆が... -
副題は「スペイン風邪をめぐる小説集」でありながら、パンデミックにかかわる話は前の三作だけ、残りの五作は現代(大正時代)や歴史小説です。
で、その「スペイン風邪」というのは今回の文庫本の目玉になるところだと思いましたが、確かに出版された当時の2020年末は、コロナのせいで生活が一変した一年を顧みることができる時期でした。しかし有り体に言えば、二年も経った現在ともなると、マスクをしつつ、「もううんざりだよ」「もう情報を聞きたくない」というイライラした気持ちが多いです。
この小説集の中に一番好きなのは「仇討禁止令」です。結末は少し弱いが、なんか私はそういう激動した時代の愛憎劇に惹かれやすい傾向があるかな。 -
主人公の心の動き。
自分がマスクをしている時としていない時の周りを見る目線がユーモアたっぷりに描かれている。笑っちゃいけにんだろうけど、つい。あ。 -
物怖じしない反省文て感じ。これがテーマ小説ってやつか。
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久米正雄がモデルの『神の如く弱し』目的で読んでみた。
菊池から見た破船事件後の様子が分かるのと、久米が何とも可愛かったので満足。 -
913-K
文庫 -
菊池寛の小説は中学だか高校の頃に新潮文庫の『藤十郎の恋・恩讐の彼方に』を1冊読んだきりで、まずまず面白いと感じたような記憶があるが、当時文庫ではこれしか手に入らず、特に図書館で全集を探してみるというまでの意欲を持たなかった。
ところが、最近書店の店頭で、菊池寛の文庫本が2,3冊出ているのを発見し、「なぜ今、菊池寛?」といぶかしんだ。
本書について言えば、「スペイン風邪をめぐる小説集」と副題が付されており、なるほどコロナ禍の現在にこそ売れるかもしれないという思いで出版されたようである。もっとも、この点に関してかなり疑問がある。実際に読んでみると、スペイン風邪(インフルエンザ)が「流行性感冒」として物語に出てくるのは最初の方の数編のみであり、後半のことごとくは、全然インフルエンザと関係ないのだ。これでは誇大広告、不適切な副題ではないか。しかも、インフルエンザの流行が特に主題的な大きな要素としてクローズアップされているのは、『マスク』という、巻頭のごくごく短い1編のみなのである。
そういうわけで、当時のインフルエンザに翻弄される人々を菊池寛がどれだけ描いたか、という興味を持って読み始めた読者はもの凄い失望を味わうことになるだろう。
が、まあ、そういう出版社の意向は無視して単純に菊池寛の未読の小説を読むということを楽しめた。
やはり当時の純文学、のちにいう「芥川賞系」とは異なる味わいがあって興味深かった。文体は現在の軽薄さの流行とは全く異なるものだが、やはり、文学的な深遠さは持たない。
集中『忠直卿行状記』は、このレビューの最初に挙げた新潮文庫にも入っていたもので、懐かしいし、これはやはり、なかなか優れた作品だと思った。
本書のレビューからは離れるが、作品中、殿様の配下の者たちがやたらと「切腹」することに私の思考は誘い出されて行った。日本的な「忠義」のための自死は、自己の人生そのものや内面生活を廃棄し、「タテマエ」「様式」に殉じるという自己-無化に快感を味わうという群衆の統合性へのカルト的宗教ではないかと思った。こうした信条や社会的「秩序」を「美しい」と三島由紀夫や右派の人々は言うのだろうが、自己からは隔絶した「他者」のため(利他)ではなく、自己を内包するはずの「集団的自我」に自己を犠牲にするという、結局は利己的な態勢は、そのままめちゃくちゃな世界大戦に突入した後の日本を彷彿とさせるし、「個人よりも公」などとやたら喧伝する最近の自民党や右派イデオローグにも通じていて、そのナショナリズムぶりがすこぶる気持ち悪い。その先にはファシズムしかないだろうと思うのだ。
そんなことを考えたのは、モッセの『大衆の国民化』と同時に読んでいたためだろう。
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