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Amazon.co.jp ・本 (656ページ) / ISBN・EAN: 9784167917333
作品紹介・あらすじ
大阪の下町で生まれ小説家を目指し上京した夏子。38歳の頃、自分の子どもに会いたいと思い始める。子どもを産むこと、持つことへの周囲の様々な声。そんな中、精子提供で生まれ、本当の父を探す逢沢と出会い心を寄せていく。生命の意味をめぐる真摯な問いを切ない詩情と泣き笑いの筆致で描く、全世界が認める至高の物語。
みんなの感想まとめ
出産や生命の意味を深く問いかける物語が展開され、主人公夏子の内面と周囲の人々の葛藤が丁寧に描かれています。大阪の下町で育った夏子は、38歳になり、子どもを持ちたいという思いを抱きながら、精子提供によっ...
感想・レビュー・書評
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川上未映子さん著「夏物語」
650頁超の超大作。著者の作品は「黄色い家」以来2作品目になる。
とりあえず最初の感想としては長いという率直な感想。読了までに一週間以上かかった。決してつまらない訳ではないのだが、話の展開が基本的に平地をゆったりと流れる川のように思えた。基本的に緩やかな展開なので読むスピードもあがらない。大事で重要な場面でさえ何度も同じ箇所を読んでいるような感覚を感じてしまい、感想としては川の長さのようだと感じてしまう。
凄いなと感じさせられたのが著者の状況描写や感情描写。それらには特出するものを感じた、抜群に文章が上手く全体を通してとても素敵な文体だった。
一方では会話の関西弁の早口感を文体から感じられるし、もう一方では関西弁のカジュアルさに相反するように状況や心情の描写は群を抜いて丁寧な言葉でスマートに文学的に描かれている。
著者の作家としての手腕の高さを強く感じさせられる。流石芥川賞作家、素晴らしかった。
物語もいつか読もうと思っていた著者の芥川賞受賞作「乳と卵」が第一部に、その数年後の彼女たちの物語が第二部にという物語構成。一冊で二度味わえる作品。第一部が「乳と卵」だと知らずに読んだので後で知って驚いた。
第二部に関しては「妊娠•出産」という「出生」をテーマに様々な女性像を物語に描く事で繊細で鋭く重い物語に変貌している。
正直、芥川賞受賞作である第一部より第二部の方が完全に自分には響いたし感じるものも多かった。
男である自分には経験や体験のしようがない、ある意味では「妊娠•出産」とは神秘の事に自分には感じるのだけど、女性の数だけそこには個人特有の各々の考えや信念がありいくら女性同士、似てはいてもどこかで異なっているものばかりなのだろう。
この作品を読んで、「出生」に関して他者に求められるものは「母」と「子」という関係に対しての理解力という事なのかもしれないと感じた。例えそれが父親でも。
物語内で終盤逢沢は夏子の意見を尊重して彼女が一人で産み、育てていく事を承知する。それは逢沢が父親として夏子と子供に対して示した理解なのだろうと感じる。
体裁や常識の類い以上に母子への理解。
自分にはその事自体が理解できなかったが、そう感じられた。
自分には考えも及ばない、とても難しいテーマだった。
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明日からまた仕事か、っていう気分で眠りにつこうとした、お盆休み最終日のこと。
この作品を、3分の2くらい読み終えた時だった。
主人公と重ねすぎたわたしは、久々に、一睡も出来ないっていうレベルで、眠れなくなった。
ここまで、「子どもを産む」ということに、ぐぐぐ、とフォーカスしていく作品だなんて思わなかった。
皮肉にも、わたし自身がその問題に、意図せずともぐぐぐ、とフォーカスしていた瞬間だったのだ。
『夏物語』というタイトルのこの作品。単行本で出版された時から本棚登録をしていた。待望の文庫化。なぜだか、どうしても、この夏に読みたかった。
プライベートで、ひょんなことから(ひょん、というには重たすぎたけれど)自分がこれまで子どもがほしくないと言ってきたことに対して、その実「子どもを育てることが怖いのでは」というのを、予想しない形で知ることになって、そのタイミングで読んでいたのがこの作品だったものだから、その偶然への畏れと、これから主人公が直面していく「子どもを持つかどうか」問題と、わたしの恐怖と不安が、「眠れない」という形で表出したんだと思う。
自分が「子ども」(それは仕事で会う子どもではなく、自分が出産した「子ども」)に対して持っている感情が、抑えきれずに溢れてきてしまってたんだろう。そのイメージが、今まで具体的にはしてこなかったその姿が、どんどん具体化されて、溢れてきてしまってたんだろう。そして、怖くなったんだろう。
早く読み進めたい気持ちと、これから自分の中に起こるであろう感情と、それらの狭間で、揺れ動く。
『子どもがほしい』、誰かからそれを聞いた時に、「なぜ?」とは聞かないけれど、『子どもがほしくない』と言えば、人は理由を聞く。
なぜ、子どもがほしいことに理由はいらなくて、子どもがほしくないことには理由が必要なんだろう。
例えばわたしがこのまま何らかの病気で死んでしまったとして、誰がわたしのほんとうを知っているんだろう。30代独身で、パートタイマーで、ちょっとメンタル危うくて、感染症が蔓延している社会の中で。職場の人は家まで来ることはしないだろうし、友人や親族だって、毎日連絡を取っているわけじゃない。だけど何より、自分自身のために。
今の時点で、2021年8月22日時点でわたしが思っているほんとうの部分、つまり、わたしが根っこに抱いている感情そのものを、ここに残しておこうと思った。
読み終わった後も、言葉にならないもやもやとしたものや、正論と、正論だけでは片付けられない感情的なもの、全てがフルボリュームで存在し、鳴り合っていて、脳の中がうるさい。結局わたしはどうすることもできない。
その中で叫ばれる声―
・一人で産み育てるということの大変さの現実味
・子どもがいる、という人生に対する想像力
・親としての責任を果たしていないのでは?では親としての責任てなに?
・孤独を感じる時に過る「子ども」の存在、ただ寂しいから子どもをほしがったのではないか
・今後子どもが大きくなった時に直面する、なぜ生んだのか問題への答え
・自分の親が誰であるかを子どもが知っていることの重要性、そしてなんでそれがそんなに大切なのか
・親がどんな思いで自分を産んだのか、どうやって産まれてきたのかを知ることの大切さ、それを知る子どもの気持ちとは?
米津玄師の曲に「アイネクライネ」という曲がある。
その中の歌詞にこうある。
「産まれてきたその瞬間にあたし 『消えてしまいたい』って泣き喚いたんだ」
子どもが生まれた時にあげる「ふんぎゃあ」という泣き声。
誰がその声に、祝福の意味を与えたのだろうか。その子が産まれた瞬間どう感じたのかを、誰かが勝手に決めつけることは許されるのだろうか。
この作品では、「善百合子」という女性が、この歌詞の部分と同様の立場にいる。わたしも彼女の言葉に、強く惹きつけられた。
仕事をとおして、無責任な親を含め、いろんな親を見てきたからこそ聴こえる、様々な声。
自分の感覚と、仕事の中で、社会の中で培ってきた感覚。それらが一気に爆発する。
子どもを産む、ということを、はっきり言って本当に何も考えていない人っていて、そして何も考えずに産んで、何も考えずに育てて、あるところでそれを突然放棄する人っていうのもいて、たぶん児童福祉の仕事をしていなかったら知ることのできなかったことをいくつか目撃・経験してきたわたしにとって、やはり「子ども産む」ことにつきまとうあれこれはやはり簡単に消化できることじゃない。どうしても幸福の意味合いよりも怒りに近い感情を先に持ってしまうし、自分の親に対する怒りや、楽しくなかった幼少期の、嫌な思い出がふつふつと沸きあがってくるばかり。そんな思い出しか浮かんでこない自己嫌悪で涙があふれてくる。「子どもが産まれる」ことの周辺には、決して幸福ばかりだけがあるようには、わたしには思えない。そして、こんなことを考えてしまうことに対して、短い人生しか生きられなかった友人たちに、懺悔をする。育ててくれた親族への罪悪感が、みしみしと音を立てる。
妊娠すること/出産すること/育てること
「子どもを産む」ときに見つめるみっつのこと。
わたしはこれまで「子どもがほしくない」と、そんな風にいろんな人に話してきて、でも、わたしが抱えている問題は、本当にその一言だけで済むものなんだろうか。
なぜわたしは「子どもがほしくない」のか。
別に「ほしくない」わけじゃない。
この人となら、という人と一緒に生活して、その生活の中でいろんなことをすり合わせながら、お互いに変容した価値観を受け止め合ったりしながら、生きていくうちに、いつか子どもがほしいと思うことがあるかもしれない。
その時は徹底的に話し合って相談して、決断をしたいと思ってる。
でも、こんなかっこいいこと言ってみたけど、ほんとはそうじゃない。
ただただ、怖いだけなの。
妊娠も、出産も、育てることも。そもそも、誰かと生きていくことすら覚悟ができていないくらい、臆病者なの。怖くて、怖くて、仕方ないの。妊娠も出産ももちろん怖いのだけれど、何より一番怖いのは、育てること。
どんな障害を持っていても、どんな子どもでも、育っていく中で悪いことをしても、わたしはそれを受け入れて向き合っていくことができるのだろうか。
人との関わりとか、その時大切にしなきゃいけないこととか、わたしがきちんと身に着けたのはたぶん、福祉の現場だった。だからそれはかけがえのないわたしだけの体験。もちろん、もともとの自分の感受性もあったかもしれないけれど、それは鎧であって、仕事をする時だけ身に着けてればいいもの。仕事が終わったら脱いでしまえばいい。でも、その鎧を脱いでしまったら。その鎧なしの姿で、不安定なその姿で自分自身の価値観でもって自分の子どもと向き合ったら、酷い罵り合いをして子どもの人権を侵害するかもしれないし、無意識に子どもを支配してしまうかもしれないし、予想だにしない出来事に向き合うことができないかもしれない。わからない。例えばの話。そんなわたしを誰かが止めてくれるのかな。止めてくれたとしても、だとしても子どもはその時点で確実に不幸な思いをしている。
わたしは「人との関わり」を教えてくれた社会に、福祉の現場に感謝をしている。だから、職業人としてのわたしは前よりもずっと自信を持つことが出来た。職業人としてのわたしだったら、例えばの話をしたわたしにちゃんと向き合って、子どもの人権を守ることができると思う。
だけどその「職業人としてのわたし」がずっと理想の自分として君臨し続けていて、同時に苦しくもある。
仕事以外の時間も全部、職業人としてのわたしに支配をされていて、だから「子どもがほしい」なんて思おうものなら職業人としてのわたしが金属バット持ってこれでもかってくらいわたし(のその思考)をぼっこぼこにして、最後に「次に子ども産もうなんて思ったらマジでぶっ殺すからな」って吐き捨てていく。そんな映像が浮かんできてしまって、怖くて怖くてたまらないの。やっぱりわたしは子どもを持っちゃいけない。わたしがやっていいのは職業人としての子育てであって、自分の子どもの子育てには手を出しちゃいけない。何かあったらすぐに産んだ自分を責めて、子どもが泣き止まなかったら泣いてる子どもの気持ちを理解できない自分を責めて、子どもが笑ったら一緒に笑えない自分を責めて、そんな状況下で笑っている子どもを憎んでしまう。そんなことがあったらどうしよう。怖い。起きていないことに脅えることほど馬鹿らしいことはない。何もかも、やってみないと分からない。でも、職業人のわたしはきっと、子どもを産んだわたしにこう言うの、「なんでそんなこと想像できなかったの」「そんなこと産む前からわかっていたでしょ」「あなたは様々な現実を、仕事を通して見てきたでしょ、今まで何を見て何を感じてきたの」って。責めてくるの。だから、やっぱり、わたしが悪いの。子ども産もうとちょっとでも考えたわたしが、悪いの。だからね、今は、今の段階では、子どもがほしい、って、思ってもいいけど、口に出してはいけない気がするの。口に出したら、一気に現実的になってしまう。そんな現実、怖くて怖くてたまらない。だからわたしは、とても簡単な言葉で済ませてきてしまった。「子どもほしくない」って。だけど、そんな簡単な言葉で済ませられるものじゃないの。わたしはわたしの気持ちに嘘をついてた。「産みたい」も違う、「産みたくない」も違う。怖いの。何もかも。妊娠した瞬間から、その子の命があるまでの間、ずっと、怖いの。向き合っていく自信が、ないの。-
mariさん
おはようございます!
お返事ありがとうございます!!
やはり人には言うものの、ってことありますよね(笑)
来世の考え方、...mariさん
おはようございます!
お返事ありがとうございます!!
やはり人には言うものの、ってことありますよね(笑)
来世の考え方、いいですね。
来世ではこうしよう、っていうのがあると、今の自分の人生このままでもまあ別にいいか、と思える部分もたくさんあるかもしれません。
ぐちゃぐちゃな時って向き合っても結局答えって出ないし、考えれば考えるほどネガティブになっていったりしますしね…
逃げは武器です!!(笑)
と、わたしはずっと大切なことから目を逸らして逃げ続けてる気がしますが…
どこかで受け入れるべきものにも目を逸らしてしまったのかもしれません…
ご縁と流れ、これからはもっともっと見つめていきたいなって思いました!!
ありがとうございます^^2021/08/25 -
naonaona16gさん♭♪
おはようございます!
naonaoさん、深く考えないで下さいね!
案ずるより産むが易し、といいます。私は昔か...naonaona16gさん♭♪
おはようございます!
naonaoさん、深く考えないで下さいね!
案ずるより産むが易し、といいます。私は昔からこの言葉を信じて帝王切開をしました。今おばさんのゆうママは、いつも息子にそう言っています。
沢山悩んで下さい。おのずと結果は出てきます。
気に障ることを書いたら謝ります。
では、このお話はこれでおしまい。
good luck♪2021/08/25 -
ミオナさん
コメントありがとうございます!
人生何事も経験!とは言いますが、命ばかりは取り返しがつきません…
それが怖くてならないんです...ミオナさん
コメントありがとうございます!
人生何事も経験!とは言いますが、命ばかりは取り返しがつきません…
それが怖くてならないんですよね…
だから、出産を経験されたミオナさんは本当に素晴らしいです!!そこに向きあったんですから!!
時々、ここまで悩みすぎなければ、スっと結婚して普通に子どもも持っていたんじゃないかなと思うこともありますけどね…
字数制限ないのいいですよね!
長ったらしいレビューを読んでくださり、本当にありがとうございました^^
よかったら、また遊びにいらしてくださいね!2021/08/30
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1度読もうと決意し第1章で挫折してしまったのですが、この度もう1度トライすることにしました。途中まではどうお話が展開するのか読めなかったため、なかなか読むスピードが伸びなかったのですが、それでもなんとか読み終えた次第です。
本作は独身の小説家である主人公が、子どもを産みたいと望み、精子提供に興味を持つ。その精子提供について調べる中で、精子提供によって産まれた人と出会うというお話。
本作のテーマが出産や生命ということで、後半はめちゃくちゃ重い話だなと思いました。特に私が30手前であり、多くの友人が結婚、出産の話をしているため、余計に重く感じました。本作で最も印象に残ったのは、子どもを作ることは親のエゴだという言葉で、正直この考え方に驚くとともに納得感もあって、ズシリと心に刺さった感じがありました。 -
この物語を貫くのは、世間が押しつける「家族の幸せ」といった生ぬるい綺麗事ではない。
作中、夏子が編集者から「あなたの文章の良さ、リズム、それは強い個性」と評されるシーンがあるが、まさにこの小説自体のリズムと流れが、読者の身体にドクドクと流れ込んでくるような心地よさと、圧倒的な強さを持っている。川上さん自身もこう言われてきたのだろうか、と思わせるほどに言葉が生きている。
特に胸に刺さったのは、美化されがちな「思い出」や「女性の身体」の、あまりにも泥臭く生々しい描写だ。
幼い夏子のために、姉の巻子が一生懸命に考えてくれた「ぶどう狩り」。それは決して美化された思い出なんかではなく、どこまでも「情けない」光景だ。嬉しさよりも情けなさが勝ってしまった幼い夏子の記憶。けれどそこには、紛れもない姉としての温かい「思い遣り」があった。大人になった今、夏子が抱く巻子への大いなるありがたさと、当時の切なさが交錯するからこそ、このシーンは涙なしには読めない。
また、姪の緑子が頭に卵をぶつけて叫ぶ場面。
頭からどろりと滴り落ちる黄身と白身の描写は、月に一度、女の身体の中で飛び出る卵(排卵)、つまり、女性として生まれてきたことの抗えない肉体の現実と生々しさを、視覚的に突きつけてくる。
「子孫繁栄、は?なんですかそれは」
女性にばかり犠牲を強いてきた歪んだ社会システムを冷ややかに一蹴し、産むイニシアチブを自らの手に取り戻そうとする女性たちの静かな逆襲。今の非婚化や少子化の本質が、ここにすべて描き出されている。
しかし同時に、物語はさらに深い深淵へと私たちを連れていく。
「子どもはこの世に生まれたかったわけじゃない。産むということは、とても罪深いことなのではないか」という、逃げ場のない倫理の問い。
やはり妊娠や出産は、人間がテクノロジーでコントロールしてはならない「神の領域」なのではないか、という畏怖。
だが、本書を読み終えた今、もう一つの冷徹な救いのような視点に気づかされる。
生物学的に言えば、私たち生き物は次の世代を生み出すことで、「今生きているモノ」としての役割を終え、この世から静かに消え去る権利(バトンタッチ)を得るのだ。
ハッピーエンドもバッドエンドもない。
ただ、命をめぐるあまりにも重い矛盾の前に、立ち尽くし、震える。今を生きるすべての人に、この言葉のうねりを体感してほしい。 -
大阪の下町で、父親のいない女だけの家庭で身を寄せ合って生きてきた二人の姉妹。
姉の巻子はわたし(夏子)よりも九歳年上で、緑子という娘をひとりで育てている。
大阪のスナックで働いている、いわゆるシングルマザーだ。
一緒に暮らしていた母も祖母もすでに病気で亡くなり、思春期の娘緑子と母巻子との葛藤や、夏子が小さい頃に抱いていたやり場のない思いや何もかもがぐちゃぐちゃに詰め込まれていて、文章全体に血が通っているというか、どくどくと脈打っているような、生々しいぬくもりがあって、読んでいくうちにすべてが愛おしくなってくる。
小説家を目指して20歳で上京した夏子も、今は38歳。文筆の仕事で何とか暮らしている。
夏子は、結婚もせず、パートナーも持たず、妊娠出産して子どもを持ちたいと考える。
そんな中、精子提供で生まれてきて、本当の父親を探している逢沢潤という人物と出会い、彼の関わるイベントやシンポジウムに出向いていく。
この物語は、精子提供という難しい問題を読者に突き付けているだけではなかったような気がする。
それが良いとか悪いとか、方法とか、結果とか、私が知らないことがたくさんあって、ほんとうに難しくて、考えさせられる事柄なのだけれど、夏子が自分でたどり着いた答えが最高に素晴らしくて、この本は、私にとって、忘れられない一冊になりそうです。 -
初めて読んだ川上未映子さんの小説。妊娠を切望する女性作家の心情と生い立ちがつらつらと綴られていく。
内なる声がこと細かく流れるような文章で描かれ、自分が主人公に憑依したような感覚に。
心で感じたことを言葉にするのが、作家という職業だと思うが、これだけすべてを言葉にできると、作家自身の浄化作用のようだ。
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夏子さんが、登場人物が魅力的だった。当初出て来るどうしようもない父親でさえ興味深い不思議な存在だった。けして否定から入らない作者の物の見方が物語に深みを感じさせる。様々なテーマを持った一冊。
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私の記憶違いでなければ、結婚前の川上さんは、「産んだ瞬間から『その子供の人生』が始まってしまうわけで、そんな壮大なこと、自分の願望やら何やらで『できちゃった』というふうに私はできない」というようなことを言っていたと思うのですが(子供を持つことを諦めていた私は、その姿勢にひっそりと励まされていました)、結婚発表時にはすでに妊娠していて、子供を持つに至った理由をパートナーに子供を持つことの素晴らしさを説かれたからだと答えており、その当時何となく鼻白んだ気持ちになったのを覚えています。裏切られたような、なぜか傷ついた気持ちになったのです。本当に勝手ですよね。けれど、あんなに「一人の人間の人生をスタートさせてしまうことに慎重であるべき」と言っていた人に、どういった心境の変化があったのだろうとずっと心に引っかかっていました。この夏物語はそれに対するアンサーとなる内容だと(これまた勝手に)感じました。
巻子と緑子にまた会えたことが嬉しかったなぁ。そして12歳の緑子の巻子に対する切ない気持ちに、自分の思春期を思い出して、やっぱり胸がギューッとなりました。
そのほかにも、ぶどう狩りのエピソードとか、九ちゃんの思い出とか、ぼこされた女の子の話とか、コミばあとのやりとりとか……ちょっと涙なしには読めなかったです。
また、この作品は、産むを肯定するだけでなく、「生まれなければ味わわなかった苦痛」に直面せざるを得なかった善百合子のような人を、どう私たちが、社会が包み込めるだろうかということも合わせて考え続けなければいけないと伝えていると思いました。少なくとも私はそういうふうに受け止めました。 -
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川上未映子さんの本は絶対重くて、絶対読まれへんと思ってたんやけど、なんとなく気になって読んでみることにした
子どもを産むってことは、眠っている子どもを起こすことや、っていう善さんの語りが印象に残った
子ども自身が生まれてきたいかどうかとか、未来に生まれる子どもの権利とか、ここ数年で見聞きするようになった
そんななかで自分は子どもを持ったし、まわりでは不妊で人工授精で授かったいのちもまま聞くようになった
この世に生み落とされたことって、子どもにとってはどういうことなんか。自分が子どもやったころはただひたすらに大人たちがいつか死ぬってことが怖くてたまらんかった。
うちの子はどう思うんやろ、せめて幸せやとおもてもらえるようにしたい、っていう善さんやったら何遍も聞いたわそれ、っていう感想しか出てこんかった。
ほかにも色々テーマ重なってて、かなりの長編やけど、それぞれのテーマに考えを深めることができて良い時間を過ごせた
けど、やっぱしんどかった。当分、川上未映子さんの本は読めん。
「○○○付き労働力」の威力すごい。 -
初めての作者の方です。
今まで何故読んでなかったのか
とても良かったです。とにかく表現力がすごいです。作者があらゆる言葉を尽くして、なんとか表現しようとしているのが伝わってきます。
わたしは当然、主人公と違う境遇で暮らしていたけれど、何故か、わたしの中にも夏子の幼い記憶があるような、そんな気持ちになってくる。これをエモいと言うのだろうか。
長い物語なのでエイっと気合を入れて読み始めたがあっという間に終わってしまった。
第一部と第二部があり、第一部はそれこそ、エモいです。わたしは第一部の方が好きです。
第二部は本題、精子提供に関しての内容で、主人公の葛藤や焦燥感が痛いくらいです。精子提供者の所は気持ち悪くて少し飛ばし読みしました。
最後の方はもう終焉に向けて、読む必要がないくらいに綺麗な終わり方でした。
一つ、なるほどなと思った所。第一部で、なぜお酒を飲むのか、に関して、主人公が姪に説明した言葉「酔ってる間は自分が自分じゃなくなるような感じがするのかもしれない。ひとは生まれてからずーっと自分。それがしんどくなって、みんな酔うのかもしれない」
これは結構響きました -
生むこと、生まないこと、AID(非配偶者間人口受精)で生まれた子の苦しみ、子どもを持つことは善という考え方、女は子どもを持たないと「なぜ生まないの」と問われること、性行為は苦痛であること、男性ほど性を必要としないこと、等々、卵子を持つ女たちが今まで声を上げることが出来なかった事柄に真っ向から挑んだ作品です。
あらゆる考え、立場の違う女性たちを登場させ、語らせ、どの女たちの言葉にも「そうそう!」と共感を導く語り口は作者の優れたテクニックだと思います。よくぞ言ってくれたと。
そして子どもの立場からの「生まれてこない方がよかった」「なんで生んだの?」という悲痛な声も取り上げ、胸に迫ります。
第一部は芥川賞『乳と卵』を展開させた内容で登場人物も同じ。第二部はその8年後。
リズミカルな筆致は読みやすく、主人公夏子は、生むのか生まないのか、“生殖”というセンシティブな領域を瑞々しく活写しています。
世界40カ国以上で翻訳・刊行が進み、英米やドイツなどのベストセラーになるなど、国境を越えて多くの読者や批評家の共感を呼んでいる本作です。
★この作品の作者のインタビューはコチラ↓
https://books.bunshun.jp/articles/-/5198
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650ページの小説!
子供を産むこと、もうけないことに深く切り込む
作品。
実際に子どもがいる、いないで読み手の感想や反感
、共感するしないが別れる作品だと思う。
善百合子さんの、子どもを産むことは自分の事しか
考えてない。生まれてくる子どもが全員、生まれてきたことを喜ぶか苦しみしかないと思うのかは、産む親の賭けだという考えも、考えさせられた。
物語は、大きく2章立てで、1章目は乳と卵の話に
肉付けしたような感じ
2章は、念願叶って小説家になった夏子が、独り身の環境なんだけど、子供が欲しい、産まれてくる子供に会いたいという気持ちが芽生えて、色々な人の
意見を聞いて、悩みながらある決断をするー
読み応えある大作だった? -
小説を書く仕事をしている夏目夏子さんという女性の物語です。
上京してからのお話がメインですが、母、祖母、姉と過ごした大阪での幼少時代のことも彼女の視点から描かれており、どんなことを考えながら歳を重ねてきたのかがよく分かります。
どこに住むか、誰と暮らすか、何の仕事をするか、結婚するのか、子供を産むのか、、、
生きていく上で人は、たくさんの選択をしなければなりません。
本作では、自分の子供に会いたいという気持ちを抑えられなくなった主人公が、「子供を産む」ことについて深く思案し、未婚のままひとりで子供を授かるためのある決断をします。
この決断が良かったのか悪かったのか、どんな未来に繋がるのか、現時点では誰にも分かりません。
それでも、一人の女性が人生を懸けて選んだ道が、希望あふれる明るいものであることを信じたいです。 -
「すべて真夜中の恋人たち」以来。内容の良い悪いは関係なくこの作者とはとことん相性が合わないんだなと思う。評価の良い作品なだけにそれを楽しめない・消化できない自分にがっかりもした。巻子と銭湯に行ったときのシーンで「湯の匂いとしか言いようのない匂いで充満している。」という描写で、ん?当たり前なのでは?と思い心がざわつき始めてもうダメだった。ただ第一部の内容はすごくよかった。卵をつぶしあうシーンなんかとても引き込まれた。
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2026年追記。先日、川上未映子さんのXで彼女が運営するHP?「りぼん通信」のとあるエッセイ?が紹介されていて、それをたまたま読んだ。
12月31日の「その一瞬のために」というもの。これがめちゃくちゃ良かった。今まで読んできた小説が合わなくて、そういうものかと思っていたけど、そんなことなかった。『アイスクリームフィーバー』× ウンナナクールのもとても良かったし。多分彼女の書く詩とか散文みたいなのが好きなのかもしれない。 -
まさに超超超大作!! この一言に尽きます。
パートナーがいない妊娠を求めて、「精子提供」
「不妊治療」様々な問題を抱えて夏子は歩きだす。賛否両論あると思うが、この重いテーマをどう捉えるか、読んだ人の意見も分かれると思いますが、ぜひ女性に読んでもらいたいです。 -
相手が家族でも友人知人でも、それが自分では無い誰か他の人であれば、その人の心なんて決して理解出来るものでは無いはずなのに、どこか自分の中にあるわかっているという思い上がりを指摘されたような気が…
今回も圧倒的だった。
特に最後は圧巻で涙が溢れました…-
2023/09/14
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1/12友達から借りて読了。子どもを産むとはどういうことか深く考えさせられた。私は女に成長できなかったという漠然と思いが言語化されててすごく共感した。
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作家の女性が主人公。前半は割と退屈だった。
書けないし、孤独だし、でずっと悶々とした状態で。
けど、後半は、この後どうなっちゃうのー?ってどんどん引き込まれていった。
子供を産むということがひとつの大きなテーマになっている。
何も考えずに、結婚、妊娠、出産、子育てと経ていくのが、日本ではまだ多数派に思えるが、そうじゃない人も少なからずいて、理解されなくて、自分の中で悩んで、答えを出すしかなくて、その後の人生は自分の責任で生きていかなくちゃならない。
どうなんだろう、女に生まれてなければ良かった?
男のほうが、遥かに楽に生きられるの?
自分で稼げるなら男はいらないって、みんなが声を大にして言わなければならないかも?
今の私には、この"?"をとることができない。
ダンナを必要としている事実があるから。
この"?"をとってしまったら家庭は維持していけない気がする。深く考えてはいけない気がする。
でも、アナウンサーの性接待が大きく取り沙汰されている今、やっぱり何も考えずに生きるのではなく、自分の頭でしっかり、何が正しいのか、考えないといけない。
そのきっかけとして、この本が多くの人に読まれて欲しいと思う。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
川上未映子の作品
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