ある男 (文春文庫 ひ 19-3)

著者 :
  • 文藝春秋
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感想 : 340
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167917470

作品紹介・あらすじ

愛したはずの夫は、まったくの別人であった――。
「マチネの終わりに」の平野啓一郎による、傑作長編。

弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。
宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。
ところがある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に、「大祐」が全くの別人だという衝撃の事実がもたらされる……。

愛にとって過去とは何か? 幼少期に深い傷を負っても、人は愛にたどりつけるのか?
「ある男」を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。

第70回読売文学賞受賞作。キノベス!2019第2位。

感想・レビュー・書評

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  • 文庫化を心待ちしていた作品。
    こ難しい。
    でもこれは、平野さんの作品に対する、とてつもない褒め言葉だ。
    この小説で初対面の言葉が多く散りばめられていて、それは漢字を見ればだいたいの意味はわかるのだけれど、こんな言葉どこでどうやって知るのー!って言葉がたくさん出てきた。
    そして、彼の作品は常にベースに深いテーマが潜んでいる。
    今回も、幸福・生きること・アイデンティティについて、物語が進んでいくと同時に、そのテーマもぐじゅぐじゅしながら掘り下げられてゆく。

    P131「彼は今、自分とは何か、ではなく、何だったのか、ということを、生きるためというより、寧ろどういう人間として死ぬのか、ということを意識しながら、問い直すように迫られていた」

    最近読書をしていると、様々な作品の中に東日本大震災の描写が含まれている。作家さんが、自分なりにあの出来事を表現として昇華している証だと思う。
    年月を重ねたことで、現地で直接的な被害を受けたのとは別の、震災に対する心緒を作品の中から感じることが多い。
    あの出来事で人生観が大きく変わった人もいただろうし、この作品に出てくる主人公「城戸」もその一人だ。

    P138『社会への関心は、香織が呆れる通り、どことなく白々しい、優等生的なものというのが本当で、ただ、それだけとも言い切れない、生来のお人好しもあるんだろう。自分の行動のどこまでが偽善でどこまでが真剣なのかなどと考えてみたところで、それこそ不毛じゃないか』
    P265「恐らく職業的な経験もあって、彼の世界観が、これほどの悲惨な事件でさえ、あり得ることと認識していて、それに遭遇することを、一種、運命的な、事故的な何かのように見せているからだった」

    城戸は弁護士をしている。わたしは法律家ではないけれど、福祉の専門家という自覚は第一線を離れてもずっとあって、何かのニュースで自分で口にした感想に対して、自分で「本当に?」と疑うことがある。その感想にはどこか、職業人としての偽善的な思いが潜んでいるような。本当にそう思うのなら、なぜ第一線で子どもの命を救わないのか。
    人の命に関わる専門家は、どんなに悲惨な、凄惨な事件でも、仕事として、その事件に向き合って、対応をしないといけない。それが続くといろいろなことが麻痺してきて、通常身近では遭遇しない出来事も、まあまああり得ることになってゆく。

    そして、幸福のこと。
    P156「みんな、この世界の評価が高すぎるんですよ。願望ですよ、それって。だから、人が不幸になっても、本人が悪いって責めるし、自分の人生にも全然満足できないし」
    生きること。
    P180「とても真っ当な考えとは思えなかったが、最も愛する人たちが、自分よりも先に死んでくれているというのは彼女の死の不安を宥め、孤独な生を支えてさえいるところがあった」
    アイデンティティ。
    P313「それにやっぱり、他人を通して自分と向き合うってことが大事なんじゃないですかね。他者の傷の物語に、これこそ自分だ!って感動することでしか慰められない孤独がありますよ」

    わたしは本や音楽、映画を通して感情を外に出すことが多い。いろいろな人の気持ちを聴いて、「わかるなぁ」なんて思うことはあるけれど、じゃあ自分がどう思うかって、白紙の状態から自分の気持ちを伝えないといけないとなるとうまく表現できなくて、作品の力を借りないとうまくできない。でも、それでいいんですね。

    帯にある「愛したはずの夫は、まったくの別人だった」
    こういうことって、マッチングアプリが流行してる今ならありえることなのかもしれない。
    目の前にいるアプリで知り合った人が全然プロフィールと違うことはよくあるし、なにせ共通の友人がいないのは、信頼関係を築く上でやはり不安要素として残る。
    その時にどうやって目の前の人がその人であると証明できるだろう。
    わたしはどうやってわたしであることを証明できるだろう。

  • 自分を偽るのではなく、偽りの自分で生きるのでもない。自分ではない何者かの、人生を引き継いで生きる。背乗りについて、そのように考えた事はありませんでしたので、新鮮な感じでした。
    それが、必要である過去を持つ人達。
    それを、念願する家族を持つ人達。
    彼らは、戸籍だけでなく、思い出さえも譲り受ける。自分を構成したものを作り替えて生活する。

    一人の息子を育てながら山村の実家で暮らしていた女性が、控えめな佇まいの男性と恋に落ち、結婚して娘にも恵まれる。その男性が事故死した事で、彼が語っていた彼ではなかったことが判明する。死んだ夫は誰だったのか。知り合いの在日3世の弁護士の協力を得て判明させていく。物語はこの弁護士が主体となっている。彼自身の出自への悩みと絡ませてくるのですね。
    たぶんかなり取材されたのではないのでしょうか。戸籍の背乗りの有り様の手法だけでなく、そこに至ったそれぞれの経緯を解明していきます。
    ある男の妻だった女性は、全てを知っても、自分で選んだ夫であったこと、愛情のあったことを受け入れる。愛情に過去は作用するのか、といった主題もあると思いますが、現実となれば、そこは難問ですよね。

    • 土瓶さん
      おびのりさん、こんばんは~^^
      突然ですが以前観た映画を思い出しました。

      「嘘を愛する女」
      たしか恋人が重病で倒れ、その免許証が偽...
      おびのりさん、こんばんは~^^
      突然ですが以前観た映画を思い出しました。

      「嘘を愛する女」
      たしか恋人が重病で倒れ、その免許証が偽造されたものだと判明して……。
      ヒロインは彼が何者なのかを弁護士に依頼して自らも捜査に加わるのだが。

      というストーリーでしたね。
      結末は、私の自慢の脳細胞がほぼ完全に消去したので覚えてません(笑)
      でもたぶん、本書の方がいろんな問題が絡んでそうですね。
      2022/10/19
    • おびのりさん
      土瓶さん、おはようございます。

      敬称を忘れていたので、書き直しです。
      ある男も映画化されているようです。
      知らなかったからヒットしなかった...
      土瓶さん、おはようございます。

      敬称を忘れていたので、書き直しです。
      ある男も映画化されているようです。
      知らなかったからヒットしなかったのでは。
      平野啓一郎氏初読です。
      恋愛としては、成就させたかった感じがあります。
      そして、少しいろんな問題を絡めたい気持ちがわかります。
      2022/10/20
    • 土瓶さん
      おびさん、おはようです(⁠^⁠^⁠)
      敬称……ああ、別にいらんいらん(笑)
      平野さん。今気づいたけど【マチネの終わりに】の人だね。
      あれも映...
      おびさん、おはようです(⁠^⁠^⁠)
      敬称……ああ、別にいらんいらん(笑)
      平野さん。今気づいたけど【マチネの終わりに】の人だね。
      あれも映画化されてたし、儲けてんな~(⁠~⁠ ̄⁠³⁠ ̄⁠)⁠~
      2022/10/20
  • 文章が固くて難しく、読むのにすごく時間がかかってしまった。
    読み終えた時、内容よりも「やっと読み終わったー!」という気持ちが大きかった。

    ストーリーは面白かったので映画は見てみたい。

  • 別人の人生を生きていた夫。
    そうとは知らず、その夫を愛し結婚した妻。
    在日三世のルーツを持つ、弁護士の城戸。
    それを理解した上で結婚した妻。

    「愛にとって過去とは何か?」
    「愛に過去は必要なのだろうか?」

    初めて読む、平野啓一郎さんの作品。
    何とも壮絶な物語でした。

    自分の過去を捨て、他人の人生を引き継ぎ、生きていく。
    そうしなければ、生きていくことが困難な人もいる。
    考えた事もなかったので、そのストーリーにどんどん引き付けられていった。

    もし自分の夫が、全くの別人だったら?
    一体自分は誰と過ごしてきたのだろう。
    共に過ごした時間が幸せで、信じる事ができれば、過去は関係ないと言い切れるだろうか?

    城戸が妻との気持ちのすれ違いに悩み迷う中で、正面から向き合う場面も心に響く。


    もうすぐ映画も公開されるようなので、そちらも気になります。
    平野さんの他の作品も読んでみたいと思う。

  • 愛したはずの夫は、別人だった。

    夫が亡くなり、一周忌後に没交渉になっていた実家へ連絡すると別人だとわかる。
    戸籍を交換していた理由。
    事実を知っていたら本当に愛せていたのか…
    過去を変えて生きていた彼は、幸せだったのか…

    どんなかたちであっても出会って、今を生きているのなら許せても亡くなったあとに知ったからこそ悩ましいのだろう。

  • 率直な感想としては、感動しました。
    今まで読んできた平野啓一郎作品のなかで、1番の感動作だと思います。この作品は、様々な社会問題を軸に描かれていて、「戸籍問題」「夫婦問題」「差別問題」「家族問題」等、そのどれもが一般社会の誰もが経験する深刻な問題であって、どう乗り越えていくか、どう立ち向かうのか、その葛藤がこの作品を通して、読者に訴えているような気がします。是非読んで考えてみてください。

  • ノンストップで読まされました。
    他のことが何も手につかなくなるくらい、夢中になって読書したのは久しぶりかもしれないです。

    林業に携わる夫・谷口大祐が事故死し、残された子供と共に悲しみに暮れる里枝。
    夫が絶縁していた谷口家に初めて連絡をとったところ、死んだ夫は「谷口大祐」ではなく、「谷口大祐」の名を語っていただけの全くの別人であったことが判明する。
    里枝が愛した夫は、一体どこの誰だったのか…。
    里枝から依頼を受けた弁護士の城戸は、「戸籍交換」という闇の世界を知り、「自分を捨てて他人になる」ことの意義について深く考えることになるー。


    愛にとって、過去とは何か、、、

    自分の生い立ちや過去が、今の自分を形成しているのは間違いないと思います。
    しかし、「自分のままであり続ける」という単純なことが、その人を傷付け、ごく小さな幸せを掴むことすら阻害してしまうことがある。
    真っ当に、真正直に生きていくだけが人生じゃない。どうしてもしんどくなった時には、逃げ道を作っても良いんじゃないか。
    そんなことを、初めて考えさせられました。

  • 誰かを好きになる時、見た目や雰囲気やそういったものがきっかけになることは多いと思う。そんな時、その人の過去や経歴なんかは後付けに過ぎない。それに自分と出会う前の話なんかより、これから歩む二人の未来の話をしたい。でもそれは目の前にいる人をなんの疑いもなく信用しているから言えること。もしも愛した人の名前も過去も別人だと分かったら?そこに確かにあった愛は根本から崩れてしまうのではないか?だって自分が愛したのは誰だったの?人はルーツに空白があると不安になる。ただ、どうだろう?過去を偽っていた夫婦と自分のルーツを明かして結婚した夫婦の対比が描かれているが、いったいどちらが幸せなのだろうか?

  • ❇︎
    ある男/平野啓一郎

    人の精神の成長と、ある男の生い立ちを追う
    弁護士の出自と日常生活への葛藤。
    愛する人の過去が知らされたものと違ったとき、
    人はその人を受け入れ、愛せるのでしょうか。


    〜〜〜〜〜〜〜〜
    宮崎県S市、林業に勤める谷口大祐が作業中の
    事故で木の下敷きになって死亡した。

    妻の里枝は、生前夫から何があっても実家への
    連絡を止められていたが、せめて大佑が死亡した
    事だけでも伝えようと彼の実家に連絡する。

    大祐の兄、不仲の恭一が理枝を訪ねたところ、
    遺影をみて大祐でないと告げられる。

    理枝は死亡した夫の本当の素性を求め、過去に
    繋がりがあった弁護士の城戸に調査を依頼する。

    愛する夫は本当は誰だったのか。

    理枝の依頼を受けて調査する城戸は、
    自身の出自と謎の男Xの思念が交差して、
    存在しない誰かについて追い求める。

  • 中盤、Xとは誰かから外れ、城戸先生の話が中心で読むスピードがスローになったが、Xの正体が分かってからは城戸もXも辛い…悲しいと共感できました。
    紆余曲折あった後、Xが最後幸せな時間を過ごせて良かった。
    実際に戸籍を交換できるなら、別の人物として人生を歩みたい人も世の中きっと沢山いるんだろうな…自分だったら…と考えました。
    原作を読んだ後の映画も見てみたいです。

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著者プロフィール

平野啓一郎
1975年愛知県生まれ、北九州市で育つ。小説家。京都大学法学部卒。1999年、在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により芥川賞を受賞。以後、2002年の長編『葬送』をはじめ、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。著書に『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『ドーン』(ドゥマゴ文学賞)、『かたちだけの愛』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞)、『ある男』(読売文学賞)、エッセイ・対談集に『私とは何か』『生命力の行方』『自由のこれから』『考える葦』などがある。

「2022年 『理想の国へ 歴史の転換期をめぐって』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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