自転車泥棒 (文春文庫)

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  • 文藝春秋 (2021年9月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (480ページ) / ISBN・EAN: 9784167917586

感想・レビュー・書評

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  • 失踪した主人公の父、そしてその父が最後に乗っていた自転車を探す物語。一つの自転車から出会い繋がっていく人、そしてその背景、第二次世界大戦時の話、台湾の動物園へと色んな話が次々へと来る。登場人物や動物の名前が結構出てくるので何回か前のページを行ったり来たりをしながら読み進めた。『歩道橋の魔術師』の延長線と思って読んだけど重めの内容でした。
    古きものへの愛は、時間への敬意という言葉が胸に刺さる。

  • 【書評】注目の台湾作家・呉明益が台湾語でなく中国語で創作する理由|NEWSポストセブン
    https://www.news-postseven.com/archives/20211227_1715569.html?DETAIL

    文春文庫『自転車泥棒』呉明益 天野健太郎 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167917586

  • 商場、蝶、象、戦争、家族

    父とともに消えた自転車を巡る数奇な物語

    読むのに時間がかかったけど、長文とか読みづらいとかではなく、一文一文噛み締めるように読みたい、そんな本

  • 21世紀、台湾。小説家の「ぼく」はヴィンテージ自転車の愛好家でもある。古道具屋のアブーを経由して自転車コレクターのナツさんから「貴方が探しているのに似ている自転車を見つけた」と連絡を受けて駆けつけると、そこにあったのは20年前失踪した父と共に消えた〈幸福印〉の自転車だった。自転車をディスプレイしていた喫茶店の元オーナーで写真家のアッバスと親しくなった「ぼく」は、彼もまた自転車にまつわる物語を持っていると知る。自伝を装ったフィクションと戦地を舞台にしたマジックリアリズム、台湾自転車史の雑学などが渾然一体となった、とある自転車の一代記。


    とにかく盛りだくさんの小説である。第1章の中華商場でのにぎやかな家族史は東山彰良『流』を思いださずにいられないし、章ごとに挟まる「ノート」には著者自身の手による"ヴィンテージ自転車の博物画"(と呼びたくなる)がついている。父の自転車自体は第2章の終わりですんなりと戻ってくるのに、その自転車が消えていたあいだの物語はくねくねと複雑に折れまがり、関わった人それぞれの物語と入れ子になってなかなか本命が立ち現れてこない。
    廃墟のなかにある地下水路の物語、雄蝶のフェロモンを嗅ぎとる蝶の貼り絵師の物語、自分の手すら見えない霧に包まれたジャングルの物語、戦争に連れていかれたゾウの物語、小学校で飼われていたオランウータンと戦時下の動物園の物語。人はみな自分の物語を抱えて「ぼく」の元へやってくる。フェティッシュとは物語への愛着なのだと、古道具屋のアブーと自転車コレクターのナツさんが語るとおりに。
    一見、雑多にすら感じられるほど物語の出入りが激しいのだが、それぞれは細部で呼応しあい、対比されている。そのなかでも「ぼく」の家族史と並んで縦軸を担うのが、アッバスとその父バスアの物語だ。バスアもまた戦争の記憶を抱えたまま、自転車と共に消えた父の一人だった。アッバスは"父の自転車さがし"の先達だったのだ。
    結局なぜお父さんは失踪し、どこへ行ってしまったのかは全くわからない。七人きょうだいの末っ子で、一番年の近い兄とすら14歳も離れている「ぼく」と日本の台湾統治時代を生きた父では、完全に世代が断絶してしまっているせいでもある。「ぼく」が書く自転車史の「ノート」は、その断絶を埋める努力の跡とも言えるのかもしれない。そして〈不在の父〉にかまけていた「ぼく」の虚を突くように、母親の幼少期のエピソードがラストに明かされる。これはプロローグとして置かれたのと同じ物語で、この小説は父の自転車さがしが母を救った自転車の話に挟まれているという全体構成になっている。
    おどけたところもある一人称の軽妙な語り口には『雨の島』にはなかった熱があり、虚と実がいくつものレイヤー状になった文章には時折クラクラしつつも、そのクラクラこそが独特のグルーヴを生みだしてクライマックスまで盛り上げる。単純に自転車の文化史を知れるという意味でもめちゃ楽しい。登場人物たちが語る戦争記憶には極限状態ゆえの超現実的な体験が杭のように深く打ち込まれていて、コンラッドから連綿と続く戦地のマジックリアリズムの系譜にこの小説も連なるものだとわかるが、その体験を後代の人間が「ぼく」の物語として掘りだし、「レスキュー」する。それが本作のアツさのキモだろう。

  • オブラートに包まず、直接的で目を覆いたくなる部分も多々ありましたが、悲しく苦しく切ないながらも美しい文章に引き込まれます。
    がしかし、とてつもなく想像力のいる本だと思います。そこから見えてくるものが儚く、そして美しいです。
    それから、こんなにも父のことを考えたことがあったかなと思うほどに父の姿が浮かんできました。
    決して癒されないし、解決もしないけれど、大きな漠然とした余韻に包まれます。
    私にとって大切な本になりました。

  • 文章がかっこいい。作者がいいのか、訳者がいいのか。おそらく両方なのだろう。同じ訳者の『台湾海峡一九四九』も素晴らしかった。訳者の早逝は本当に残念。呉明益の作品は、これからひとつずつ楽しみにして読んでいきたいと思う。

  • 失踪した父と共に消えた自転車はどこへいったのか?そんな棘のように消えない記憶を抱え、古い自転車コレクターとなった作者。そこから始まる台湾自転車史から家族と台湾の歴史の壮大な物語。
    父の自転車が作者の手に戻るまでに経てきた持ち主たち、その過程で知り合う台湾先住民族の青年カメラマンのもう一台の自転車、さらにそのカメラマンの父の自転車と第二次世界大戦における銀輪部隊…と自転車を軸として展開される物語りが素晴らしい。
    「古いものを愛するのは時間を愛すること」、たった一台の自転車からでも人は過去を見出すことができる。

  • 不思議な小説だ.
    主人公は古い台湾製の自転車の収集マニアである.彼が自転車に執着するのは,どうやら父親の失踪に関係するようだ.父とともに失われた自転車を追い求める物語なのだが,自転車は不思議な運命を辿り,それを追い求める過程で出会う多くの人々の自転車をめぐる物語が積み重ねられる大河小説である.
    「百年の孤独」のようだ,というのは言いすぎかもしれないが,大傑作である.

  • 無くなった自転車を探す旅が、時空を超えて様々な語り口で紡がれていく。
    幻想とノスタルジーが心地よく、見たことの無い台湾の風景が浮かんできた。
    たまに何を意味しているのかわからない部分もあったが、それも含めて美しい小説だった。

  • (私が読んだ)呉明益二作目。

    主人公の父の失踪。そして、消えた自転車。

    「それらは、どこへ行ったのか?」
    その答えを探る中におけるあらゆる人々や歴史、その記憶や悲哀との邂逅の物語。

    作中では自転車やゾウといったキーアイテムがあり、それらが人々を出会わせ、自分の人生や歴史について知ることのきっかけを生成していく。

    私たちは人間だけでなく、あらゆる事物と共に生きている事を思い出した。
    例えば外出に欠かせない靴ひとつ取っても、掘り下げる事で今まで見えてなかった人生について知るきっかけにもなり得るだろう。

    いくらでも多角的に切り取ることの出来る人生の複雑さは、ある種狂気じみているなぁと感じた。

    脱線したが、本作の人生への切り取り方の多様さには感服するばかりだし、なんといっても終わり方があまりにも秀逸すぎる。

    非常に素晴らしい物語でした。

  •  台湾人作家の小説には、ある種ノスタルジーを感じる。
     自分自身が体験していないのに、懐かしさを感じてしまう。
     甘耀明「鬼殺し」にも感じた、日本統治時代の台湾に、かつての日本を感じる。
     それは日本人作家が描く明治期の日本よりも日本らしく感じる。
     
     一台のアンティーク自転車をめぐって、本省人、外省人、日本人、台湾原住民にそれぞれの物語があり、そして太平洋戦争時の銀輪部隊、インパール作戦中のゾウの数奇な運命、が語られていく。

     熱を出すと父親は自転車に僕を乗せて小児科医まで走った。
     当時は高級品だった自転車はよく盗まれ、我が家の自転車も何台か盗まれた。
     幼い頃に最後に見た父の記憶は、自転車に乗って出かけていく姿だった。
     そして父親は突然失踪した。

     年月が経ち青年期の僕は、入った喫茶店にアンティークとして飾られていた自転車は、間違いなくあの日に父親が乗っていた自転車だった。
     どうしてこの自転車がここにあるのか。
     その来歴を調べるうちに、一台の自転車がかかわった人たちの話が語られる。

     台湾という小さな島に、立場も別々のグループがあり、そういった多様性の成り立ちが日本とはまるで異なっている。
     台北の古い街並みに、かつての日本をそこに見る。

  • 濃密な読書体験だった。20年前に失踪した父と共に消えた自転車の来し方を「ぼく」が探るうち、自転車にかかわるさまざまな人と出会い、物語が広がっていく。

    中華商場を中心とした台湾の庶民の暮らし、蝶の羽で作る貼り絵、マレー半島を駆ける銀輪部隊、ビルマから台湾へ渡ったゾウ、戦争のもとで犠牲となった動物園の動物たち。
    一台の自転車にまつわる物語がどこか幻想的な雰囲気を
    もちながら、映像として浮かびあがっていくようだった。
    著者自身も自転車マニアとのことで、随所に自転車にまつわる知識が見られ、自転車への愛情が感じられた。緻密な線で描かれた挿絵がまたこの物語の美しさを表していて、何度も眺めたくなった。

  • 2021のベストにするか迷ったくらい。
    台湾の博物史や蝶の歴史、戦争,銀輪部隊のことが入り混じって僕の父さんの自転車と絡んでくる。
    再読したい。

  • もう少し単純なオムニバスを想像して読み始めたので、戦争が作品に暗い影を落としているのは予想外だった。

    いつの時代も争いを始めるのは人間で、動物はそれに翻弄される。第二次大戦でゾウが戦闘に関わっていたことは知らなかった。動物が何を考えているかはわからないけど、リンワンのように戦争の記憶がトラウマになって残ることだってありうるだろう。
    人間にだって戦争のトラウマが残ることは当然の前提として、でも人間は語ること/語り合うことができるし、あの戦争はなんだったのか、なぜ戦う必要があったのか検証して思慮を巡らせることができるけど、少なくともゾウはあの戦争の背景を知る由もないので、ゾウの心に人間が一方的に傷を負わせたことは尚更酷いと感じた。
    だから一層、マーちゃんと動物園の職員の心が通じ合っている様に胸が震えた。
    贖罪というわけじゃないけど、上野動物園のゾウをゆっくり見に行きたいと思った。

    ムーさんがなぜ木を登るか、戦いの中、木の上で何を見たか、は印象的だった。特に後者は、人間が地球の上で領土を主張して戦いを始めて、敵味方に分かれて争っていても、自然の営みはそれと無縁なもっと大きな流れの中で変わらず続いていくのだと思った。

    自転車のパーツを集める人たちがいるのは興味深かった。私の知らない「面白いこと」はまだまだたくさんあるんだなあ。


    この本を通じて、日本統治時代の台湾や、台湾人の第二次大戦への関わり方を知ることができた。
    (日本によって台湾の運命が翻弄されたことに鑑みれば、これを日本人の私が「歴史」と軽々しく言ってしまうことには少なからず抵抗があるけど、でも他の呼び名が思いつかないので歴史と書くが、)台湾の「歴史」を知ることができて、台湾のことが尚更好きになった。

    必ず再読したい。

  • 重厚で濃密。
    戦争と自転車、ゾウと戦争、チョウの話…知らないことが多すぎて、いろんな目が開かされた。

    そして、アジア史は日本が敵なのか味方なのかがコロコロ変わるので、頭の切り替えが難しい。

    でも、読み進めざるを得ない圧倒的な力を感じた。いつか再読して、きちんと理解したい。

  • 銀輪部隊とか、マレーシア半島に自転車で侵攻したとか知らなかったなぁ。その訓練を台湾で行っていたことも。日本はもう少しきちんと第二次世界大戦で日本軍が行ったことを教育した方が良いと思うなぁ。知らないというのは恐ろしい事だなぁ。

    という訳で自転車と戦争にまつわる色々なエピソードが絡み合って、最後は可哀想な象まで出てくるので悲しくなって最後は大分駆け足で読みました。蝶の絵もあったか。祖父母のエピソードから戦争をきちんと語るってのは大事だよなぁとしみじみ思いました。風化したり美化しちゃイカンよねぇ。

    とは言えそれぞれのエピソードが絡み合うし長いし、関連性がイマイチわかりにくく、時間のあるときにゆっくり読みたい本だなぁと思いました。贅沢に時間がある時に手に取りたいですねぇ…

  • 台湾や東南アジアの映画を観た時に感じる、独特な、身体にまとわりつく湿気、雑然さ猥雑さをこの作品でも感じる事が出来た。又、この空気感を日本語に置き換えた訳者の力量も見事。訳者の天野さんが亡くなられた今、呉氏の筆致を日本語に再現出来る訳者はいるのだろうか。

    作品は複数のストーリーが入れ換わり進行する。 
    一読して理解するには人物相関図を作りながら読み進めるのがいいだろうが、行ったり来たりしながら、または何度も読み返しながら味わうのもまたいいだろう。

    紀伊国屋書店グランフロント大阪店にて購入。

  • 自転車、家族、戦争、ゾウ、チョウ。
    古い自転車を探すことと、歴史を学び直すこと。
    自転車を探すことと、誰かの人生を追いかけること。
    アジア現代史を背景に様々なことを想起しつつ、幻想文学として読んだ。

  • 文章が読みやすい。スラスラ入ってくる。自転車の挿絵も好き。
    2台の自転車を巡る壮大で入り組んだ年代記だった。
    父→ムーさん→サビナ→アニー→林檎の主人→ナツさん
    銀輪部隊?→老人→アッバス
    各所で様々な人生が交差していた。登場人物が多くて理解が甘い部分は少しあるような気もする。だけどそれがいい、あまりにも単純な繋がりでは面白くない。
    ある物事について過去の歴史を紐解いていくスタイルが結構好きなのかも。主人公たちはヴィンテージ自転車の魅力に強く惹かれている。専門家となるほど情熱を捧げていることを羨ましく思った。
    前作で主人公が残していった自転車の行方を問われたことから書かれた小説だとされている。前作も読みたい。
    母の病室で自転車を漕ぐシーンは幻想的。息を呑む間もなく場面が切り替わる印象を受けた。時代も場所も異なる人々に思いを馳せて主人公は自転車を漕ぐ。母がその姿に昔の父を重ねる結末を素直に受け止めることができた。父の影を追い、主人公は何かしらの点で父に近づき、わずかながらも父を理解したのではないか。そんなことを暗示する結末だと思った。

  • 非常にすぐれた文学作品を読み通したという感じがする。
    小説家の「ぼく」が、失踪した父の自転車を探し求める中で多様な人々と交流し、彼らの物語が重層的に折り重なることで豊穣な小説空間を醸成している。大戦中のマレー半島における日本軍の行軍や、戦火に翻弄されるゾウの運命にまで話は及ぶ(ゾウの視点で語られた特異な章も一つある)。この作品の主題のひとつとして、時間の重層性に対して我々がどう向き合うか、ということが挙げられよう。自転車のレストアという営みを通じ、昔を懐かしみつつも時の流れに伴う変化を尊重する立場が描かれている。
    今回はプロットを追うのに必死で細部の読み込みが不完全燃焼になってしまった。他日、再読したい。

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著者プロフィール

1971年台北生まれ、小説家、エッセイスト。輔仁大学マスメディア学部卒業、国立中央大学中国文学部で博士号取得後、現在、国立東華大学華語文学部教授。90年代初頭から創作を行い、短篇小説集『本日公休』(97年)で作家デビュー。2007年、初の長篇小説『睡眠的航線』(本書)を発表し、『亜州週刊』年間十大小説に選出された。以降、80年代の台北の中華商場を舞台とした短篇小説集『歩道橋の魔術師』(白水社)やSF長篇小説『複眼人』(KADOKAWA)、激動の台湾百年史を一台の自転車をめぐる記憶に凝縮した長篇小説『自転車泥棒』(文藝春秋)など、歴史とファンタジーを融合させたユニークな作品を次々と発表している。国内では全国学生文学賞、聯合報文学小説新人賞、梁実秋文学賞、中央日報文学賞、台北文学賞、台湾文学長篇小説賞、台北国際ブックフェア大賞などを相次いで受賞、海外では『複眼人』がフランスの島嶼文学賞を獲得、『自転車泥棒』が国際ブッカー賞の候補にノミネートされるなど、その作品は世界的に評価され、日本語、英語、フランス語、チェコ語、トルコ語など、数ヶ国語に翻訳されている。

「2021年 『眠りの航路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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