- 文藝春秋 (2022年7月6日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784167919054
作品紹介・あらすじ
親を亡くし一人になった20歳の夏、父よりも年上の写真家の男と出会った――。男の最後の写真集を前にあのひとときが蘇る。妙に人懐っこいくせに、時折みせるひやりとした目つき。臆病な私の心に踏み込んで揺さぶった。彼と出会う前の自分にはもう戻れない。唯一無二の関係を生々しく鮮烈に描いた恋愛小説。 解説・石内都
みんなの感想まとめ
親を亡くした20歳の女子大生と、彼女より年上の写真家との禁断の恋を描いた物語は、独特な雰囲気と生々しい描写が魅力です。主人公の藤子は、全との出会いを通じて心の奥深くに触れられ、彼との関係が彼女の人生に...
感想・レビュー・書評
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あなたは、三十歳以上も年の離れた人を恋愛の対象とすることができるでしょうか?
マイナビウーマンが2023年に実施した”カップルの年の差は何歳までOK?”というアンケートがあります。幾つかの設問の中にズバリこんな質問が用意されています。
・年上彼氏との年の差は何歳までが許容範囲?
なかなか興味深い設問です。あなたなら何歳と答えるでしょうか?公表されているアンケートの結果は、10歳が29.6%、5歳が14.8%、そして12歳が10.5%と続きます。それぞれ区切りの良い数に回答が寄っているわけですが、それでも10歳の年の差を許容する回答が一番多い結果に驚きます。そして、これらの数字に並んで第4位になったのが、20歳以上9.9%です。なんと一割もの人が20歳以上の年の差を許容しているというその数字にはさらに驚きを隠せません。とは言え20歳以上という”以上”には当然大きな幅があるはずです。あなたはそこに何歳までを許容できるでしょうか?
さてここに、近所の病院へと『ぴいぴい泣くおまえを連れていったことがある』と語る、自身の幼い頃を知る男性と再会した主人公を描く物語があります。『こんな怪しいジジイに関わるな』と悪ぶる男性を描くこの作品。そんな男性に思いを募らせていく主人公を描くこの作品。そしてそれは、三十歳以上年の離れた男性と生きた日々を『これこそが恋なのだと、半ば誇らしく、半ば絶望しながら、信じていた』と語る一人の女性の生き様を赤裸々に描く物語です。
『すみません』と隣に座った『ポロシャツの痩せた男性』に声をかけられ『嫌な予感がした』のは主人公の柏木藤子(かしわぎ ふじこ)。『あの、はじめてなのですが、お勧めはなんでしょう』と訊かれ、『店員に訊けばいいのにと思いながらも』『お一人なら単品より、ランチのBセットがおすすめですよ』と答える藤子。『ありがとうございます』と礼を言う『四十半ばぐらい』の男性はその後も話しかけてきます。『食べることに目がない、と聞いていましたから。柏木藤子さん、ですよね』と訊く男性は『こうも言っていましたね。あいつは本当にお人好しの馬鹿だって』と続けます。それに『記者さんではないんですか』と訊く藤子に『名刺を取り出』し、『ええ、僕は編集をやっております。先生とは生前からお付き合いがありまして、あなたのことも聞いていました。このようなかたちで大変申し訳ありませんが、ちょっとお話を伺わせていただけないでしょうか』と話す男性。『私たちは一緒にごはんを食べていただけですよ』、『あなた方が期待するようなものとは違います』と言う藤子に『僕はあなたの目から見た先生の姿を知りたい』と続ける男性。そんな男性は『先生の最後の写真集』は自身が編集を担当したと語り、『大きな茶封筒から分厚い本を取り』だします。その様を見て『あのひとの写真だ』と思う藤子は、『いいです!』、『見たくないんです…あの頃の自分の姿を。その本に載っている私は私じゃない。違う人間です。ただの、作品なんです』、『あのひとにとって、その写真は、ただの暇つぶしです…私たちには、温度差が、あったんです』と続けます。『あのひとはいつも私を苦しくした。いなくなった今もまだこうして苦しくする』と思う藤子は、『あのひとと出会った初夏のくらいくらい夜』を振り返ります。
場面は変わり、『トイレに行こうと立ちあがり』、『玄関チャイムが鳴ってい』るのに気づいた藤子は『「はいはい」と引き戸を開』きます。『雨が降ったのか、水の匂いがむわりと押し寄せ』る『中に鉄錆のような匂いを嗅ぎわけた瞬間、血まみれの腕が目に入』ります。そこには、『無精髭の男が』立っていました。『雑に束ねられた白髪まじりの髪。汚れたワークブーツ』、『よれよれのデニム地のシャツ』の『左腕の袖口は血でぐっしょりと濡れてい』ます。『恭平は?』と『ぶっきらぼうに』『父の名を呼び捨てに』する男に、『いません』と答える藤子。それに『そうか』と言う男は『あれ、おまえ、藤子か?』と訊きます。『はい』と返す藤子に『でかくなったなあ』と『呑気な声』で返す男は、『おまえ…不用心だね。年頃の娘が、確認もせず開けて』、『悪い奴だっているんだからな、もっと気をつけろ』と言う男は『きびすを返し』ます。しかし、『土間のタイルに血が散ってい』るのを見て、『反射的に血で染まっていない方の袖を摑』んだ藤子。『なんだ』という男に『え、だって怪我が』と言う藤子に『なんの怪我か知らないだろ。人を殺した返り血かもしれないぞ。こんな怪しいジジイに関わるな』と男は答えます。それに『救急車とか呼ばれたくないから、父を頼ってきたんじゃないんですか…せめて止血とか消毒だけでもしましょう』と言う藤子は、『明日病院行った方がいいです…商店街の裏の坂部医院がいいですよ…私、ちっさいときからお世話になってますし』と話します。『知ってる』、『ぴいぴい泣くおまえを連れていったことがある』と言う男は『逃げないから離せ』と言うと『靴を脱いで玄関に上が』ります。『ガキじゃないな、女になったんだな』と話す男は居間へと進み父親の遺影を見ながら『いつだ』と訊きます。『先週、四十九日が終わったところです。事故で』と答える藤子。そして、『止血をし、傷口を消毒し…』と手当を終えます。『助かった。利き手だったから焦った』と言う男は、『低い声で礼をつけ足すと、振り返りもせずに去ってい』きます。そんな男を追う藤子は、『看板のない元写真館の前』に立ちます。『その瞬間、男が誰だかわかった』という藤子。『庭先でしゃがみ込み、母に隠れて煙草を吸う父と男。小さな私は縁側から楽しそうにこそこそ話す二人を見ていた』と記憶が蘇る藤子。『そうだ、呼んだ。あのひとの名を。全(ぜん)さん、と』と『自分の声がよみが』えります。『全さん、おやすみなさい』、『門扉に飛びついて、そう』叫ぶ藤子に『男は振り返り、軽く片手をあげ』ます。そして、『包帯の白が夜の中ではためいて、男は真っ暗な写真館の中に消えて』いきました。藤子の幼き日の記憶にあった廣瀬全。そんな男との再会が藤子の人生を大きく突き動かしていきます。
“親を亡くし一人になった20歳の夏、父よりも年上の写真家の男と出会った ー。男の最後の写真集を前にあのひとときが蘇る。妙に人懐っこいくせに、時折みせるひやりとした目つき。臆病な私の心に踏み込んで揺さぶった。彼と出会う前の自分にはもう戻れない。唯一無二の関係を生々しく鮮烈に描いた恋愛小説”と内容紹介にうたわれるこの作品。白基調の背景に二つの真っ赤なりんごが意味深げに目に飛び込んでくる印象的な表紙が物語を暗示してもいます。
そんなこの作品の書名は「神様の暇つぶし」です。『神様』が暇をつぶすってどういうことだろう、となんとも哲学的とも言える書名が気になります。一方で『神様』と二文字が書名につく小説は思った以上にたくさんあります。私が読んできた作品からまとめておきましょう。
● 書名に『神様』がつけられた作品(作者五十音順)
・青山美智子さん「ただいま神様当番」: “問題は、神様をどうやって楽しませたらいいのかということだ”と難題に向き合う主人公たちを描く物語
・彩瀬まるさん「神様のケーキを頬ばるまで」: 錦糸町の、駅にほど近い六階建てのビルのそれぞれ一室で働く人たちを描く物語
・江國香織さん「神様のボート」: 過去に生きる母親と、それを反面教師とするかのように現実を見据え、今を生きる娘を描く物語
・川上弘美さん「神様」、「神様2011」: “くまにさそわれて散歩に出る”とはじまる”わたし”と”くま”のそれからが描かれる物語
・瀬尾まいこさん「図書室の神様」: たった一人の部員しかいない文芸部の顧問になった主人公と部員の図書室での活動を描く物語
・谷瑞恵さん「神さまのいうとおり」: 家族の当たり前の日常の中に、風習や言い伝え、おまじないに接していく主人公を描く物語
・辻村深月さん「スロウハイツの神様」: 木造アパート『スロウハイツ』で共同生活を営む住人たちを描く物語
・凪良ゆうさん「神さまのビオトープ」: 結婚二年目にして夫を交通事故で亡くした主人公の前に夫の幽霊が現れ日常生活を送る物語
・原田マハさん「キネマの神様」: “映画館で観れば、それはいっそう胸に沁みる”という言葉の先に、映画と映画館が人と人とを繋ぐ物語
・望月麻衣さん「神様のいそうろう」: つがいのモルモットに入った神様と出逢った高校一年生の萌子を描く物語
私が今までに読んできた小説は1000冊です。そのうちの11冊に『神様』もしくは『神さま』という言葉がついていることがわかります。この二文字がついた作品を積極的に読もう!としているわけでもないのにこの数はとても多いと思います。私たちが『神様』という言葉を思う時、それは何かしら追い詰められ、また自分の力だけではどうにもならないと思う時に『神様』という存在を思い浮かべると思います。しかし、上記した11冊の中に、その意味でのいわゆる『神様』が登場するのは青山美智子さんの作品のみです。他の作品に挙げられる『神様』は、それぞれの作品の中で『神様』という存在に比喩されるべきものを象徴的に表しています。そして、この千早茜さんの作品における『神様』が何を表しているのか?『神様』という書名を持つ作品だからこそのその深い意味合い、その意味するところこそがこの作品の読みどころだと思います。
さて、そんなこの作品には、主人公の藤子の振り返りの中に大きな存在感をもって廣瀬全という人物が登場します。二十歳の藤子に対して、『父より十歳ほど上だったはずなので、もう五十代後半』という大きく年の離れた存在、それが全です。『近所での呼び名は不良息子から親不孝者』と呼ばれていた全ですが、テレビ番組で特集が組まれるほどの有名な写真家でもあります。『国民的女優のヌード写真』で名を売ったという全。上記で触れた作品冒頭にも『先生の最後の写真集』という言葉と共に登場してもいます。では、そんな全の写真を前にした藤子を描いた場面をご紹介しておきましょう。
『真っ白な裸体が目に飛び込んできた。黒々と波打つような地面に女が寝転んでいる。死体のように手足を投げだしているけれど、目だけはこちらを挑発的に睨みつけていた』。
『芸能人を撮って話題になったもの』ではありませんが、全の撮った写真の被写体はやはり女性の裸体のようです。
『水を吸い過ぎた果実のように歪に肥え、たわんだ肉がいまにも滴りそうだ。けして美しいとはいいがたい体が生々しい。よく見ると、地面は木の根に覆われていた。うねうねと女の体を吞み込もうとするように這っている。いや、女の体から生えているようにも見える。脚の間の黒い茂みから ー』
これはものすごい表現だと思います。見てみたいとというより、見ることに覚悟が必要、そんな印象も受けます。物語では、『腰だ、腰。ジジイだから腰が痛いんだよ』と年相応の発言をする一方で、写真家としての顔も見せる全。カメラを持つと人が切り替わっていく全。これから読まれる方には、このあたりの表現にも是非ご期待ください。
そんなこの作品は、うっすら幼き日々の記憶の中の存在でしかなかった全と再会を果たした藤子の日常が描かれていきます。『先週、四十九日が終わったところです。事故で』と二十歳の大学生でもある藤子は、突然の父親の死に接し『学校に行かなくても誰もなにも言ってこない。このまま誰からも忘れられていくのかもしれない。どうでもいい』という日々を生きていました。そんなところに突然現れた全は、藤子の人生に一つの起点を作ります。
『父が死んでひとりぼっちになってしまったあの頃、停滞していた私の時間を動かしたのは、確かにあのひとだった』。
全との再会によって藤子の停滞していた人生が再び動きだし、生活のあらゆる面に影響を与えていきます。それは、藤子の感情にも大きく左右するものです。
『全さんといると怖かったり泣いたり反抗的になったりと忙しい。感情の起伏が激しく、知らなかった自分が次々に顔をだす』。
そこにこんな思いが綴られていきます。
『誰かと関わると、もう出会う前の自分には戻れなくなってしまう。それが幸福なことなのか不幸なことなのかはわからない。もう知らなかった日々には戻れないのだから、誰にも決められない。自分自身ですら』。
そうです。そこに描かれていくのは、内容紹介にある通り“唯一無二の関係を生々しく鮮烈に描いた恋”の物語です。自らの父親よりも十歳以上年上の男性との恋を描く物語がこの作品なのです。『赤く熟れた丸い桃』が象徴する物語の中に、主人公・藤子の恋焦がれる思いの強さをこれでもかと描く千早茜さん。この作品にはそんな千早さんのリアルな描写の凄みに魅せられる”恋愛物語”の姿がありました。
『あのひとはいつも私を苦しくした。いなくなった今もまだこうして苦しくする』
そんな思いを抱きつつ、ひとりになった今を生きる主人公の藤子。この作品にはそんな藤子が『ひとつの季節を過ごしたひと』への今も消えない熱い思いが赤裸々に綴られていました。三十歳以上も年上の男性との恋愛への違和感がどんどん消えていくこの作品。藤子の思いが痛いほど伝わってもくるこの作品。
「神様の暇つぶし」という書名が象徴する奥深い意味合いに唸る結末。千早さんの筆の気迫がそこかしこに伝わってもくる素晴らしい作品でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
父親を亡くした20歳の藤子の前に、突然現れた父親より年上の男、全(ぜん)。
あの人を知らなかった日々にはもう戻れない
あ〜めっちゃ好きだった〜
20歳と50代後半の男女の恋愛小説。
なんだか江國さんの小説っぽい雰囲気だった。
生々しくて、おもだるいのに、美しい。
全体的に静かなのに 鮮明で激しい 、、なんとも言えない独特な雰囲気に 惹き付けられた。
結末は予想がついてたけど、ぽかんと穴があいた様な喪失感が大きかった。
時は流れても藤子はこの夏の出来事をずっと忘れられずに生きて行くのだろうな。
個人的には里見くんが大好きだったんだけどな。
私もこういう人間でありたいな。
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千早茜さんの小説には、いつも濃密な空気が漂っている気がします。湿気、人や物などの匂い、肌触りの温度や質感など、五感に訴える描写が生々しく迫ってくる印象を受けます。
本作は、20歳の女子大生・藤子と親子ほど歳の離れたカメラマン・全との関係を描いており、上述の表現も含め多くの歪さが見て取れます。加えて、人間の本能に関わる「性」「食」が根幹をなし、おそらくそれが故に、生理的に受け入れられるか否か、賛否の分かれる作品なのかなと思いました。
個人的には、読後の不思議な余韻が長く尾を引く物語だと感じました。相手に抱く「神様」の想いが、お互いさまだったのかと後で気づきます。ひと夏の記憶を、純度の高い濾過された写真だけでなく、こぼれ落ちそうな醜い記憶も全て脳裏に刻み込もうとする藤子の姿に、2人のみが知る(他者の介入を拒む)光と闇を呑み込む世界を見た気がします。
タイトルの「神様」と表紙写真の2個の林檎が、「禁断の果実」のメタファーであることは明らかですね。手にしてはいけない、禁じられるほどに魅力が増し、欲望の対象になったお互いの関係‥。
物語は、出会った頃と今を行き来しつつ回顧する展開ですが、互いの中に「神様」を見出す関係性は、いろいろな解釈が可能だろうなと思いました。
それら全てを俯瞰して見ている千早さんを感じます。これこそ、千早さんの真骨頂でしょうね。-
ちょっと気持ち悪かったですかね?
でも、空気感が濃くて重いイメージなんです、
私には‥。そこが魅力なんですけど‥ちょっと気持ち悪かったですかね?
でも、空気感が濃くて重いイメージなんです、
私には‥。そこが魅力なんですけど‥2024/06/08 -
いやいや、全然気持ち悪くないです。
わたし、千早さん、3冊しか読んでないですが、
どれも湿気感、霧のような、モヤのかかった映像が常に頭にあ...いやいや、全然気持ち悪くないです。
わたし、千早さん、3冊しか読んでないですが、
どれも湿気感、霧のような、モヤのかかった映像が常に頭にありました。
しろがねの葉をみたあとに、石見銀山に行ってきたんですよね。
そこでも、カラッとした感じではなくて、すごいジメジメした湿気感を感じたんですよね。
なので、湿気というキーワードが響きました。2024/06/08 -
おおっ〜、石見銀山行かれたんですね!
いいなぁ、一生行けない気がします。
せめて物語の中で、妄想を膨らませます(^^)おおっ〜、石見銀山行かれたんですね!
いいなぁ、一生行けない気がします。
せめて物語の中で、妄想を膨らませます(^^)2024/06/08
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「赤い月の香り」が文庫になるまでは既刊をボチボチと読んでいくことにしているこの作者さん。
3冊目は、フォローしている方のレビューに惹かれて、この本にしてみた。
それにしても何かかや忙しくて、3連休も最後の日にようやく感想を書く時間が出来た。
20歳の女子学生と、彼女の父よりも年上の写真家の男とのひと夏の出会い。
行く先が見えているような話だったが、それでもするすると最後まで面白く読むことは出来た。ギラギラした夏の様子や藤子さんの旨そうな喰いっぷりの描き方もこの作者さんらしく。
一方、“右折が苦手”な藤子さんも写真家の本性を垣間見せない全さんも、私にはなんとなく苦手な感じの人で、ぐっと話の中に入り込んではいけなかった。
「楽しい夏だった?」と優しい顔で笑う里見くんが格好いいと思う。 -
なかなか時間が取れず、久しぶりに1冊読了。
確か千早作品はこれで3冊目と思います。
今までに読んだ作品に比べ、文章のリズム感が
少し違いました。少しドロドロとした作品内容
によるものかも…………
相変わらず文章から漂う五感は刺激されました。
内容的には、自分には余り合わなかったかも……
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こういう恋愛は辛い
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千早さん何気に何冊目だろう…
なんとなくコンプリートしたい最近気になる作家さんとなりました。
親を亡くして一人になった20歳の夏の物語で、
親よりも年上の男性に出会う。
なんだかうまく言語化できないけれど、この本は生きる事、人と出会うことで出会った前には戻れない感覚、うーん難しい、言葉にするって難しい。
印象フレーズ
『死期が近づいたら味覚が変わるとか、世界が違って見えるとか、言うけどさ、それって死にたくないくらい大切なものがある奴だけなんだろうな』
読み終わった後、とてつもなく切ない気持ちになり、人生ってなんなんだろう、と。
今回も食がたくさん出てきました。
千早さんの書く文章、一つ一つの使う単語や組み合わせが綺麗で素敵だなー
漢字一文字表現だと、
沼だな、沼。 -
父が死んでひとりぼっちになってしまった20歳の夏の、大学生だった藤子の夏の太陽のような鮮明な記憶が蘇る。
父よりも歳上の写真家全さんと過ごした、藤子の中で消えることのないかけがえのない思い出。
藤子の物語は、記憶を濾過するように、全さんの残した最後の写真集に閉じ込められていた。
「暇つぶし」という言葉が、贅沢この上ない時間を意味するような気がします。
物語の中でふんだんに登場する、藤子の気持ちよい食べっぷりのシーンが、人が生きていることを実感させてくれるようで、もの悲しさを感じます。 -
千早茜さんの恋愛小説を読んでみたくて手に取った作品。
父を亡くした20歳の夏。
藤子は、父の友達で父よりも年上のカメラマンと出会う。2人が過ごしたひと夏の物語。
冒頭から千早さんのオシャレで美しい文章にうっとりした。
ずっと読んでいたい…!
食べ物の描写もたまらなくおいしそう。
食いしん坊な私は食欲を刺激されっぱなしだった。
藤子が出会う年上の男性、全さん。
どこか影があり、掴みどころがなく、目を離せばフラフラとどこかに行ってしまいそう。
影のある男って惹かれてしまう。
藤子が全さんに溺れていく様を見て昔の自分を思い出した。
私にも恋愛が全てだった時があったなぁって。
もう二度と私はこんな恋愛をすることはないんだなぁと思うと藤子が眩しく見えた。
藤子と里見の関係が好きだった。
里見のある言葉にハッとさせられた。
私自身も含めて無自覚に誰もが持っている感情のような気がした。
終盤で明かされる全さんの本心に涙が止まらなかった。
全てを受け入れ、前を向いて生きていく藤子を見て、2人の恋はこれでよかったんだと思えた。
隣合っているのに、決して交わらない影。
装画は2人の関係の象徴だったんだなぁ。 -
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一晩で読み終えた。
激烈な恋愛。
親を亡くした主人公の、最後の砦。
縋りたくなるに決まっている。
なんていったらいいか分からないけど
《人間味》の煮凝りみたいな作品。
文面から体温が伝わってくる。
そして月並みだけど
ご飯の描写が美味しそうで…
思わず晩酌しながら読書した。 -
勢いよくあっという間に読み終えた。狂気じみた恋愛に感情移入が出来ず、自分の感情が揺れぬまま呆気なく終わってしまうかと思いきや、本を閉じてタイトルを見た瞬間、モヤモヤしたものがストンとはまった感じがした。ひと夏の恋は主人公にとって宝物のようであるけれど、他者からみると暇つぶしに見えるような時間。誰かの人生の充実度を他人が勝手に決めつけるべきでないと感じた。
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「彼と出会う前の自分にはもう戻れない」
恋愛には縁がなかった藤子の胸が苦しくなるような大恋愛。
全さんと過ごした濃密な時間が描かれていて、読み終わった後もなにか重たいものが胸の奥に残るような印象的な作品だった。
全さんがモテるのは、カメラマンは今の一瞬を残すことができるからだという考えに、ちょっと納得。
切ないけどいい小説だった。 -
なんと描写がリアルで生々しく食欲、性欲といった人間の濃い欲望に圧倒された物語だった!
最初は歳の差が離れすぎてえっ?!って思ったけど、最後はむしゃむしゃと喰って喰われて依存しあう二人の世界が美しいと思ってしまうほどに。
たったひと夏の間を共に過ごした全さんは藤子にとって男を教えてくれたことだけではなく生きた証をもしっかり刻んでいったし、彼に恋をして愛していた瞬間が生涯写真集という形で永遠に残されると思うと彼の執念深さを感じさせられた。
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2025年の初読み本。恋愛小説の初読み本は、自分史上では初。さんかくに続く、2作目の千早作品。
全編に喪失感を漂わせながら、不思議とどんよりとした読後感がない、オススメの恋愛小説。
食べ物のシーンが多いのは、島本 理生作品に似ていますが、島本作品よりも重苦しくないのが好みの分かれるところかなぁと思います。
同性として、全さんを好きにはなれません(魅力がない訳ではありません❗️)が、女性はこうゆう男性に惹かれるのだろうなぁと感じました。個人的には、里見推しです♫また、まだ行ったことのない山形に訪れてみたくなります。
読了後、まだ未読の島本 理生さんの『ナラタージュ』をできるだけ早く読んでみたいと思いました❗️ -
1年前に本で読了→audible☆
千早さんの物語は凄く引き込まれる感覚がする。
「しろがねの葉」「透明な夜の香」この物語も大好き♡
今作は20歳の藤子と、50代後半の全の話を中心に描かれている。冒頭の男性との会話。なぞだらけな会話の付箋回収が最後まで続く。最後も男性との会話で終わる。そしてまた最初から読みたくなる。
人の心は人が動かし、人の欲望も人が満たす。
千早さんの物語は心の奥底の声を表現する天才だ☆ -
男ってずるい。
天涯孤独の藤子が出会ったのは、父親と同じ歳の全だった。
女に飽きれば簡単に捨てるような人間。そう分かっていたのに、触れた瞬間、救われた気がした。
でもその救いは、長くは続かない。
彼は何も背負わずに消えて、
藤子だけが、その時間に取り残される。
忘れられないということは、静かに残り続ける痛みである。それでも二人にとって、互いは“神様”だったのだと思う。満たしてくれるのに、決して隣にはいない存在。
神様は、きっと残酷だ。
救うのではなく、神様は所詮一緒になれない。
あの夏が美しかったのかどうか、今でも少しわからない。 -
ずっと気になっていた千早さんの作品。
図書館でも人気で、ようやく初千早作品読了。
〜時間は記憶を濾過していく〜
この文章から始まる「神様の暇つぶし」
色んな作家さんの作品を読んでいるつもりですが、
読み始めてからまもなく、
かなりはっきりと違和感を感じました。
とにかく、言葉•表現力が美しいこと。
美しすぎて、まるで詩を読んでいる感覚。
小説感をあまり感じないところが不思議でした。
そして、一番感じたことは、
物語は場面場面で進むのですが、
一文の短さと、接続詞の少なさ。
だからでしょうか、
小説を読んでいる感覚というよりは、
ひとつひとつの文章を読みながら、
自分で繋げていく読み方のようなイメージ。
私の中では、新しい小説となりました。
それにしても、切ないお話でした。
人を思う気持ち、愛し方、愛され方を幼い頃に
感じられない環境で成長することは、
自分自身をも愛することが難しくなる。
藤子さん自身が経験した過去の自分。
全さんを愛したこと。
その夏を忘れないでいること。
そして、里見くんとの思い出。
これからの藤子さんの生き方は、
きっとゆっくりでも新しく歩んでいけるといいなぁと心から思いました。
人気の千早さん作品、また読んでみたいと思います。 -
感想は言葉で表しにくくて出てこないけど、面白かった。場面が目に浮かぶ、言葉がイメージに繋がるので、読んでる最中はどんどん引き込まれていった。切ない話だったけど読み終わった時、藤子さんと同じく私もなんかスッキリした。梅雨が明けた後みたいな。
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美しい表現と、濃密で情熱的な物語。
女にしてくれた彼は、この先も彼女の中で、神様として揺るがない存在で居続けるのだろう。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
千早茜の作品
