- 文藝春秋 (2022年11月8日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (128ページ) / ISBN・EAN: 9784167919528
作品紹介・あらすじ
父の記憶、父の体験、そこから受け継いでいくもの。村上文学のルーツ。
ある夏の午後、僕は父と一緒に自転車に乗り、猫を海岸に棄てに行った。家の玄関で先回りした猫に迎えられたときは、二人で呆然とした……。
寺の次男に生まれた父は文学を愛し、家には本が溢れていた。
中国で戦争体験がある父は、毎朝小さな菩薩に向かってお経を唱えていた。
子供のころ、一緒に映画を観に行ったり、甲子園に阪神タイガースの試合を見に行ったりした。
いつからか、父との関係はすっかり疎遠になってしまった――。
村上春樹が、語られることのなかった父の経験を引き継ぎ、たどり、
自らのルーツを初めて綴った、話題の書。
イラストレーションは、台湾出身で『緑の歌₋収集群風₋』が話題の高妍(ガオ イェン)氏。
AIがまとめたこの本の要点
この本を表す言葉
みんなの感想まとめ
父と子の関係を通じて、戦争の影響や家族の絆を深く考察する作品。村上春樹が自身の父の記憶を掘り下げ、文学的な感性で描いたこのエッセイは、独特な表現と共に、過去を振り返る機会を提供してくれます。父が戦争を...
感想・レビュー・書評
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隙間時間で読ませて頂いた。
お父様について語る息子。この作品で何を思うわけでは正直なかったが、独特な表現、感性とでも言うべきか、難しいことは考えずに読んで、あゝそうかで良いのかなと。文学の評価云々をすべき本ではない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
タイトルの通り村上春樹さんが父親について語っています
村上春樹さんは好きです
だけど、村上春樹さんの父親には興味がありません…w
すみません…
以上ですw
ただ、私は自分の父親について語れるのかな…
語れるほど父親のことを知っているのかな…
きっと語れないです…
あなたはどうですか?
父親について語れますか?-
ほん3さん
お父さんは破天荒な人だったんですねw
ほん3さんは破天荒の血は引き継いでないです?ほん3さん
お父さんは破天荒な人だったんですねw
ほん3さんは破天荒の血は引き継いでないです?2023/08/27 -
ゆーき本さん
うちの父親も孫には甘々でしたねw
私は誇れる父親!ではないですね…
子どもたちに将来語ってもらえるようにしないとwゆーき本さん
うちの父親も孫には甘々でしたねw
私は誇れる父親!ではないですね…
子どもたちに将来語ってもらえるようにしないとw2023/08/27 -
かなさん
いい人でした、我慢強い人でした、と娘から語ってもらえるかなさんのお父さんは素敵な人なんでしょうね!
私も娘からそう言ってもらえるよ...かなさん
いい人でした、我慢強い人でした、と娘から語ってもらえるかなさんのお父さんは素敵な人なんでしょうね!
私も娘からそう言ってもらえるように「がんばれ!自分」w2023/08/27
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京都の「安養寺」というお寺の次男として生まれた父。
三度の招集を体験したが、悲惨な戦争から何とか生き延びることができたこと。
戦争で亡くなった人たちのために、毎朝小さなガラス・ケースに収まった菩薩にお経を唱えていたこと。
あの時代を乗り越えてきた人たちがいたからこそ、今の私たちがこうやって幸せに生きていられるのだと思う。
亡くなった父へ向けて書かれたこの文章は、エッセイとも小説とも受け取れる、とても深みのある一冊だった。
「ねじまき鳥クロニクル」で読んだ、残虐な場面が思い出される。
そして、猫にまつわる印象的な思い出。
物言わぬ小動物は、もしかして、家族に何か大事なことを伝えてくれるような役目を果たしてくれているのかもしれない。
後の方に書かれていた「降りることは、上がることよりずっとむずかしい」という言葉が印象的だった。
村上春樹らしい言葉で、どこか本音のようなものがうかがえる。 -
いつの頃からか、私は村上春樹作品が苦手になり、自分では手に取ることがなくなった。昔はよく読んでいたのになぁ。そして前回、「女のいない男たち」を貸してくれた人が今回また村上作品を貸してくれた。
副題のとおり、村上春樹が父親(たまに母親)について語った短い文章。
村上春樹さんは、かなり長い間父親とは疎遠だったということだが、そういえばそんなことを聞いたことがあるようなないような。
父親が亡くなった後、父親の経歴、戦争体験などをたどり、自分のルーツを見つめて、こう書いてあった。
「我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことでなのはあるまいか。」
その通りだと思う。私も最近ぼーと似たようなことを考えている気がする。私がこの世に生を受け、生きていることに意味なんてなく、単純に偶然にすぎない、というようなことを。もちろん、だからといってこの生をちっぽけだとかは思わない。この偶然に意味を持たせるのが人間なんだと思う。
そして、村上春樹さんは少しでも父親の経歴が、特に戦争体験が違うものとなっていたら自分は存在しなかったということを考え、こう書いている。
「戦争というものが一人の人間ーごく当たり前の名もなき市民だーの生き方や精神をどれほど大きく深くかえてしまえるかということだ。」
あらためて戦争のある時代(今も海の向こうではあるわけだけど)に、ままならない人生を送った人たちを想った。
村上春樹さんの文章としては短いし、とても読みやすかった。これは借りて良かったと思った。-
>Jon Jonさん
コメントありがとうございます。
同じですねー。何なんでしょうねぇ〜。
個人的には読んでいる時も読んだ後にも感じるあの疲...>Jon Jonさん
コメントありがとうございます。
同じですねー。何なんでしょうねぇ〜。
個人的には読んでいる時も読んだ後にも感じるあの疲労感がもう無理な気がして読もうと思わないのですが、読んだら読んだで楽しめるのかも、とも思います…優先順位は低いですが…2023/04/28 -
わかります。
若い時は、あの何とも言えない世界に対応するパワーがあったけど、今はそれが重くてムリみたいな感じですよね笑わかります。
若い時は、あの何とも言えない世界に対応するパワーがあったけど、今はそれが重くてムリみたいな感じですよね笑2023/04/28 -
2023/04/29
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ずっと気になっていた村上春樹と父との確執
もちろん彼は直接的には語らない
先日確執のあった父を亡くした
なにも変わらない
表向きは
人には伝わらない
自分の中でも理解できない
複雑な気持ち
少し代弁してくれたみたいで一人ふっと力が抜けた
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村上春樹さんが、お父様が亡くなったことをきっかけに、自分の父親について、そして村上さんとの関係性について、時代背景である戦争について、実際に書きはじめてみることで考えを深めていったエッセイです。台湾出身の高妍さんが担当された表紙と挿絵は、なんだかぼんやりとした思索を静かに呼ぶような絵でした。
村上千秋さんという人が春樹さんのお父様で、京都のお寺・安養寺の次男として誕生します。安養寺の住職が村上さんの祖父ですが、もともとは農家の子だったのが、修行僧として各寺で修業を積み、秀でたところがあったらしく住職として安養寺を引き受けることになったようです。
僕は読む作家を血筋で選ぶことはないので(多くの人もそうだと思います)、作家と言えば全般的に、無から生まれた有に近いようなイメージで受け止めているところがありまして(もちろんそうではない方もいらっしゃいますが)、本書のように村上春樹さんのルーツが具体化していくと、また違った世界が開けたかのような、宙ぶらりんだと思っていたものが地面に根を張っていたことに気付かされたような現実的な感覚を覚えました。やっぱり過去ってあるんだ、という至極当たり前なことを知らしめられた驚きみたいなものでしょうか。
さて。やっぱり千秋さんは徴兵されているんです。それも3度も。戦争から生き残ることも数奇な運命を辿ってのことでしょうし、運命の気まぐれのように通常よりもずっと短い期間で除隊されることも、のちに生まれる子孫のことを考えれば、紙一重みたいな運命の揺れを感じます。春樹さん自身、次のように書いています。
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そしてこうした文章を書けば書くほど、それを読み返せば読み返すほど、自分自身が透明になっていくような、不思議な感覚に襲われることになる。手を宙にかざしてみると、向こう側が微かに透けて見えるような気がしてくるほどだ。(p107)
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自分が誕生したというその出来事は、ほんとうに偶然であって、ちょっとした加減でそれは実現していないもののような、吹けば飛ぶような「事実」であると感じられる。これは、村上春樹さんだけの話ではなく、万人がすべてそうですよね。微妙で繊細な、1mmほどの運の加減で、僕らはそれぞれ、幸か不幸かこの世界に誕生している。そういった大きな運命観を感じさせられる箇所でした。
それでは、再び引用をふたつほどして終わります。
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いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼き付けられることになった。ひとつの情景として、更に言うならひとつの疑似体験として。言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを――現代の用語を借りればトラウマを――息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は<引き継ぎ>という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?(p62-63)
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→ここで言われていることを家族の間でいえば、「世代間連鎖」にあたるでしょうし、歴史という大きなものにも当てはまることとしては「連続性」にあたるでしょう。これらは、ある意味でフラクタル的(全体と部分がおなじ形になる)なのだな、というイメージが上記の引用から浮かぶと思います。なんであれ、人の営み上、負の要素も正の要素も、引き継いで僕たちは生きています。たとえば「世代間連鎖」の暴力なんかは、それを止めるのがとても難しい。でもきっと、<引き継ぎ>にはその度合いがあると思うのです。どこまで深く受容して引き継げるか、自覚的であることができるか、そういった姿勢が、<引き継ぎ>によって自らが侵食されコントロールを失う状態に陥らないためにはやったほうがいいのだろうな、と僕は考えていたりします。
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父の頭が実際にどれくらい良かったか、僕にはわからない。そのときもわからなかったし、今でもわからない。というか、そういうものごとにとくに関心もない。たぶん僕のような職業の人間にとって、人の頭が良いか悪いかというのは、さして大事な問題ではないからだろう。そこでは頭の良さよりはむしろ、心の自由な動き、勘の鋭さのようなものの方が重用される。だから、「頭の良し悪し」といった価値基準の軸で人を測ることは――少なくとも僕の場合――ほとんどない。(p68)
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→お父様は京大の大学院までいって、家庭の事情で中退されたそうです。それはさておき、ここで春樹さんがどういう価値判断をする人かが見えています。たしかに、小説を書くのに心の自由な動きがままならなかったら、説明だらけの小説になってしまいそうな気がします。勘の鋭さのようなものも、ストーリーの要となるものがどこにあるのか、それがそれまでに書いた中で後につながる要素としてもう書かれていることに気付くことができるか、みたいなことはあると思います。それとは別に、頭の良し悪しで人を判断しないという職業的性質が、他者を見る目として柔らかな目となって機能すると思えるのですが、それって、人をモノ扱いせずちゃんと人間扱いする目でしょうから、こういったところはみんなが養えるように学校教育に組み込めばいいのに、なんて考えたりしました。創作の授業をやったらどうか、ということです。
というところでした。100ページちょっとの分量の、淡々とした短いエッセイです。でも、村上春樹さんの作品をたくさん読んできましたから、知らずにできあがっている心の中の「村上さん領域」を埋めるパーツがひとつ手に入ったような感触のある読書体験になりました。こうやって最後になってからやっといいますが、「猫を棄てる」エピソードが、些細な微笑ましさを含んでいて、それが小さなちいさな救いになっていると思いました。 -
村上春樹が父親の記憶を辿る。
それは悲惨な戦争の一部分を記したものであったし、
春樹氏の父の思い出であったし、
それらの記憶にそっと温もりを添える猫の思い出でもあった。
これらの事を丁寧に思い返し、調べ、文章の形にするには、辛さを伴う作業であったと思う。
親の歴史を辿るには、自分にとって蓋をしたはずの楽しくない思い出と向き合う事も必要だったであろうから。
本書を最初に目にした時は、あまり好きなタイプの表紙・挿し絵ではなかった。
けれど読み進めるにつれ、温かく、どこか懐かしいガオイエンさんの絵が、しっくりとはまっていくのを感じた。
村上春樹本人もあとがきで、彼女の絵には不思議な懐かしさを感じると述べている。
私事だが、今年の夏は父親という存在について考えさせられる年だった。
パートナーのお父様が亡くなった。
私の父は大きな手術を受けた。
これまでの「普通」が失われてしまった。
だけど私達はこれからも生きてゆくので、これからは今の形が普通の日常になってゆく。
そんな事もあってか、「猫を捨てる」をしみじみと読んだ。
父と母が出会い、そして生まれてきた一人の息子としての村上春樹。
素の彼がそこに居た。
「ここに書かれているのは個人的な物語であると同時に、僕の暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部でもある」と言う。
世界的に有名な物書きであることが、お父様の歴史を辿るのにプラスに働いたことも多いだろう。
だけど私は、普通の暮らしを送る何者でもない私だ。
父が健在であるうちに、母が健在であるうちに、共に時間を過ごし、もっと話をし、私の暮らす世界を作り上げている物語を知ろうと思った。
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傍らに珈琲を。さん
先日は「楽園のカンヴァス」の感想へのコメントありがとうございました。美術館通いが趣味なのであれば、楽しめる作品だと思いま...傍らに珈琲を。さん
先日は「楽園のカンヴァス」の感想へのコメントありがとうございました。美術館通いが趣味なのであれば、楽しめる作品だと思います。私の美術館通いは、ド素人のミーハー心からで絵画への造詣などほぼ皆無なんです(笑 ちなみにここ何年かでは、ゴッホ展、横山大観展、バンクシー展、フェルメール展なんかにいきました。ところで、傍らに珈琲を。さんは足立美術館はもう行かれましたか。島根県にある美術館ですが、私のイチオシで特に日本庭園が素晴らしくていつ行っても心揺さぶられます。
話は変わりますが、村上春樹は私もたまに読んだりします。本作も以前に読んだんですが、父との思い出が綴られた何となく郷愁のようなもの感じさせてくれたエッセイですね。ちなみに私は子供の頃に本作の舞台である西宮周辺で生活していましたのでリアリティを感じつつ読み進めた記憶があります。
傍らに珈琲を。さんの感想の最後の一文にとても共感しました。私と私の父との関係についても思いを巡らせるきっかけとなりました。
今後ともよろしくお願します。2022/11/18 -
TAKAHIROさん、コメント有難う御座います。
西宮で過ごされた期間があるんですね。
ご自身の見た西宮の風景と重なりますね。
共感して頂...TAKAHIROさん、コメント有難う御座います。
西宮で過ごされた期間があるんですね。
ご自身の見た西宮の風景と重なりますね。
共感して頂けたこと、嬉しく思います。
こうして自分自身の両親に置き換えて考えられたのは、村上さんが一人の村上少年としての思いを飾らずに明かしてくれたからだと思っています。
TAKAHIROさんが仰るように、郷愁を感じますよね。
マハさんの作品も是非読んでみたいと思っています。
少し前にNHKでゲルニカに纏わる番組を観たところなので「暗幕のゲルニカ」の方を先に読むかもしれませんが。
私の美術館通いも好きなだけで特別詳しくはないです 笑
コロナ禍で何となく足が遠退いてしまい、先日久しぶりに岡本太郎展に行ってきました。
写真OKだったのでとても楽しく、作品からパワーを貰ってきました♪
前回美術館に行ったのは2019年のクリムト展、ゴッホ展、コートールド美術館展だったので、3年ぶりでした。
島根県足立美術館、行ったことはないのですが素敵な所ですね。
検索してみて思い出したのですが、こちらも以前、テレビの特集で見たかもしれません。
美術館から庭を眺めたときに一番美しく見えるよう、植木の剪定が緻密に行われているとの番組でした。
あの枯山水のお庭は、足立美術館だったように思います。
長くなりました 笑
こちらこそ、今後とも宜しくお願いします。2022/11/18
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・春樹も晩年なのだな……としみじみ。
・「ねじまき鳥クロニクル」を「思い出さないわけにはいかない」(春樹風フレーズ)。
・最近ウィリアム・フォークナーを読んだり中上健次を思い出したりすることが多いが、春樹もこういう「先祖調査」をしていたんだな。おそらく一般人のように何となくではなく、春樹らしくキッチリと。作品にどれくらい織り込まれているのかはいずれ研究されるだろうけれど。
・萩尾望都の両親との確執も連想。 -
個人的に最近、「僕らの暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部」というのが染みる。
もちろん村上春樹さんの物語は僕なんかにとってあまりに大きな物語だけど。 -
作者として絶大な人気を誇る村上さんの幼少期はどんなものだったのかが気になり読みました
誰にでもある幼少期にある一種のエピソード、トラウマ、印象に残ってるなんともないこと。
主にはご両親のお話。猫の話。
ぎゅっと幼少期の出来事が詰まっているけど
どれも村上さんにとって忘れられないエピソードなのだろうなと思った -
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お父さんの話
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初audible で読了。中井貴一朗読。
運命、決められたものではなく偶然の意味で、の流れって面白いなと思う。村上春樹の違う一面が伺える。
2023.6.30
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阪神間のこと、興味深い。
関係ないけどノルウェイの森の緑ちゃんみたいな人が、カレーを食べにいった国分寺の喫茶店にいて感動した。
絵もあって、字が大きめの文庫本だったから一瞬で読んでしまった。 -
村上春樹が父について語った本。
その父は、お寺の次男として、大正6年に生まれた。戦争の被害を一番に受けた世代。
そして息子が父に関して良く覚えていること、それは毎朝、小さなガラスケースに収められていた菩薩に向かって、長い時間お経を唱えていたこと。子供だった息子は尋ねる、誰のためにお経を唱えているのかと。仲間の兵隊や、当時は敵だった中国の亡くなった人たちのためだと。
そして、父はただ一度だけ、当時まだ小学校低学年だった息子に語った。自分の属する部隊が、捕虜の中国兵を処刑したことがあると。
戦争体験をほとんど語ることのなかった父が、なぜそのことを語ったのだろうか?息子に言い残し、伝えなくてはならない、〈引き継ぎ〉だったのではないか、と著者は推測する。
父と息子は、その後、20年以上も顔を合わせない疎遠状態になってしまった。90歳を迎えた父と60近くになった息子が、父の亡くなる少し前に顔を合わせる。それは和解のようなものだったと著者は言う。
戦争の影を背負った父の思い出、その始まりと終わりに、猫を巡る印象的なエピソードが語られる。
必ずしも親密とは言い難かった親子関係。それでも、いやそれだからこそかもしれない、亡き父について語ることとした著者。
淡々とした文章の奥に、いろいろな感情の揺らぎが感得される、そんな作品だった。
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村上さんが亡き父を語ったエッセイ。大概の人間は親と何らかの確執を持っているものと思います。若い頃と言っても40〜50歳手前までは、(これは自分の感覚なのかもしれませんが)その確執から逃れる機会はないのだろうと思います。しかし、親が高齢になり、衰え死期もそう遠くないと思われる頃にようやく和解の時、または寛容になれる機会が訪れることが多いのではないか、自分の経験からそう思っています。(私も父は6年前、母を最近亡くしました)
だから、村上春樹でさえそうなのか!と半ば驚きもあり、みんなそうなのだ…と納得もする告白(このエッセイは意を決しって書いたと言う印象)でした。
父と小さい頃に海辺に猫を棄てに行くという思い出のシーンは、どこか懐かしさを感じます。(イラストも効果的です)
私も父母を亡くしてから自分の家系のルーツに興味を持ち、調べているところなので、その心境にはとても共感しました。(どうしてもっと前に興味を持たなかったのかと後悔しつつ)
父母、祖父母と遡って生き様を知ることで、彼らのこれまでの行動や言動の成り立ちが分かり、先人たちの多くの努力や犠牲の上にここに居ると言うことに気がつきます。
村上さんもお父様と長年の確執があったにせよ、最後は和解したということでほっとしました。 -
春樹さんは父親と実生活面ではどのような距離感で過ごしていたのか。精神面ではどのようなことを父に対して考えて過ごしていたのかを知るために読んでみたい
#猫を棄てる
#父親について語るとき
#村上春樹
22/11/8出版
#読書好きな人と繋がりたい
#読書
#本好き
#読みたい本
https://amzn.to/3VCj3lC -
いつも村上春樹さんの小説は自分の話なのに、客観的というか、別のもう1人が自分を眺めているようで、その感覚がとても好き。
こちらも同様で自分と父親の話なのに、不思議な視点で語られているように感じた。
父親の語られなかった部分を無理矢理掘り下げて語ろうとしていないところも、春樹さんと父親の関係を示しているようでした!!
猫のエピソード2つがなんとも言えない余韻をもたらしてくれました。
余談ですがイラストがとても好き!! -
村上春樹とその父の話
昭和の時代、父と一緒に海に猫を捨てに行く・・・
ところが家に帰ってみると家の玄関には捨てた猫が先回りして帰っていた!?
注:ホラーではありません
寺の次男として生まれ育てられた父、日中戦争を経験し教師となった父・・・
村上春樹が自分の父を振り返り自分のルーツを探し求める話。
前編にわたり挿し絵あり! -
私がこの本で得られたこと、あとがきにあるように、歴史が過去のものではなく、それらが自分の中にあるのだと言うことを感じられたことです。
父と共に猫を捨てにいったのに、その猫が先回りして家にいた。そんな父と僕との何気ない人生の共通の思い出が、2人の中にあり、その共通のものが、2人を作っていくという感じ。その象徴的な絵のように感じました。
小さな日々の積み重ねが、やはり自分をつくりあげ、その一つが違えば、また違う道がある。こうしたいくつもの重なりや偶然の上になりたっていることを、村上春樹さんとそのお父さんの一つの歴史の中で感じさせてもらえる本だったと個人的には想います。
高妍のイラストもこのお話の雰囲気と相まってとても素敵でした。
著者プロフィール
村上春樹の作品
