彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠 (文春文庫)

Kindle版

β運用中です。
もし違うアイテムのリンクの場合はヘルプセンターへお問い合わせください

  • 文藝春秋 (2024年4月9日発売)
3.82
  • (8)
  • (15)
  • (9)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 187
感想 : 18
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784167922061

作品紹介・あらすじ

【第53回大宅賞受賞作】
1972年11月、革マル派が支配していた早稲田大学文学部構内で、一人の学生が虐殺された。後に「川口大三郎君事件」と呼ばれるこの悲劇をきっかけに、一般学生は自由を求めて一斉に蜂起。しかし事態は思わぬ方向へと転がり、学外にも更なる暴力が吹き荒れて――50年前、「理不尽な暴力」に直面した著者が記した魂と悔恨のルポ。



1972年、キャンパスでいったい何が?


思想家・内田樹氏 推薦!
「同時代を生きた人間として樋田さんがこの記録を残してくれたことに深く感謝したい。
若い人に読んで欲しいと思う。
人間がどれほど暴力的になれるのかは知っておいた方がいい」

【本作原案映画、公開決定!】
『ゲバルトの杜 彼は早稲田で死んだ』
(5 月25 日よりユーロスペース他で公開)

みんなの感想まとめ

1972年の早稲田大学で起きた悲劇的な事件を通じて、学生運動の激動とその影響を描いた本作は、当時の臨場感をリアルに伝えています。著者自身が事件の渦中にいた経験をもとに、暴力と正義について深く考察し、全...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  もう昔のことになりましたが、今から50年前は学生運動が盛んで、多くの人がその流れに中に身を投じたのです。その当事者としての臨場感がとても凄い本です。あの当時、よく分かっていないのに、何もかもわかっているように断定して、敵や味方を創ったのだ。
     人間って不思議な生き物ですね。オーディブルで聞きましたが、とても良いです。

  • 1970年代、早稲田で学生運動の真っただ中にいた著者が、経験したことを克明に記したノンフィクション。暴力がキャンパスを支配していた当時の状況を、当事者の目線で書いている。
    学生運動に興味があったので読みました。非常に興味深く、読み応えがありました。

    単純な感想としては、「大学って、学問をするところじゃないの?当時の大学はいったい何やってたんだ!?」という疑問をもちますね。本書の記述からだと、著者は反革マルのための運動ばかりやっていて、肝心な学問がおろそかになっているような印象になってしまう。(もちろんちゃんと卒業しているんだから、そんなはずないんだろうけど)。さらに単純な感想を加えると、いや、学内の”紛争”だとか”対立”だとか言ってるけど、もうこれ犯罪やん?警察出てきて取り締まろうよ!と、現代の感覚では思いますね。学生が、鉄パイプやら角材やら持ち込んで、主義主張の反する同級生を脅したり、実際に大けがをさせたり、火を放ったり、授業中の教授を連れ去ったり。

    そんな、現代の感覚ではありえないことが、なぜ知的なはずの大学で、日々当たり前に行われていたのか、謎だ!と前から思っていて、本書を読みながらも「だからそれは犯罪だってば」とは思ったけど、著者のあとがきにもあるように、そう単純な話ではないことが分かった。
    一番興味深かったのは、事件後何十年も経って、革マルのリーダーだった人と対話するところ。で、相手は著者が聞きたかったようなことは全然答えてくれず、話は平行線をたどる。二人の対話を、できるだけ正確に再現してあるのだろうけど、「話が平行線をたどっている」「この二人は分かり合えない」ということがよく分かった。
    自分たちの活動が、自分が率いた組織が過ちを犯して、前途ある学生の命が奪われたというのに、自分が実際に暴力を行使していたことに対して真摯に向き合っているようには見えない相手。
    しかし実際に革マル派として活動していた当時の学生のほとんどが、こんな感じだったのだろうということもよくわかる。深い理由も、理念もない。「誘われたから入った」「先輩が言っていることに共感して手伝った」「みんながやっていたから」「自分の力が必要とされていたから」「なんとなく」「面白かった」etc…。
    彼は著者から重ねて何度も尋ねられて、「理屈で説明できない」と正直に答えている。

    著者は学生のときから一貫して、非暴力を訴えてきた。大学で、暴力による支配を否定する、どう考えてもまっとうな意見が、なぜ通らなかったのか不思議だが、それは現代にも通じる。「暴力はいけない」「戦争はやめよう」と、大抵の国では子どもに教えるはずなのに(教えないのかな、もしかして)、どう考えても間違っている戦争を、私たちは止めることができない。みんなが、大人が、国家が、まともな国家なら、暴力、戦争にNOと言えばいいだけの話なのに、それができない。不寛容に対して不寛容で闘っている。

    「自治」とか「民主主義」の概念を捉えるうえでも、いろんなことを再認識できて良かった。

  • 恐怖の記憶と向き合って、本書を世に出してくださった著者に感謝。
    本書はエンタメ小説のような、面白い読み物ではない。残酷で救いのない展開が続くし、淡々と記録を追う形式なので、読了に時間がかかった。それでも間違いなく読んでよかった一冊。

    タイトルから、一事件を追及したルポかと思いきや、川口君リンチ殺人事件は序盤で、想像を絶する凶悪な暴動が連鎖する。

    事件をきっかけに革マルに支配されていた生徒たちの怒りが爆発。「早稲田に自由を取り戻す」と著者らは奮闘。しかし、抵抗により革マルの暴動は激化。リンチ・襲撃・放火と暴力に歯止めがない。大学当局はいっさい介入せず、黙認。著者も恐ろしいリンチに遭う。さらに、著者の周りでも武装化をめぐって内ゲバが激化…。

    さまざまな要因により、著者が活動をあきらめるシーンは非常に切ない。ずっと暴力に非暴力で戦ってきたのに、暴力と権力が支配を遂げてしまう。この本は序盤から辛く壮絶な展開が続くが、それでも奮闘している著者と仲間を見守って読むなか、この結末には苦しくなった。この理不尽に、圧倒的な真実性があるのだが……。

    巻末の元革マル派・大岩氏とのインタビューでは、彼が如何に軽薄に暴挙に出ていたのかがわかる。小学生の虐めと同じような、意味のない優越感からくる、無責任な暴力と加虐だったのだろう。著者や大内君など、純粋な大学生の人生を狂わせながら、本人は朧げな記憶を武勇伝のように語っている。このインタビューパートは著者の話術に引き込まれるものの、それでも大岩氏の軽薄さと無自覚に胸糞悪くなった。

    大岩氏と対照的なのが、革マル派でありながらたった一人で川口君のご遺族に頭を下げ、晩年まで当時の事件に苦悩していたという田中氏。彼の話が聞きたかった。また、革マルへの恨みよりも、事件後も争いが続くことに悲しんでいた川口君のお母様、著者の盟友で「寛容な心で闘う」と著者に教えた山田さんなど、この本には印象深い方がたくさん登場する。大学紛争のなかで行き交う、各々の思惑が興味深い。

    最後、奥島総長によって、革マル派との腐れ縁を立つことができたと書かれており、この話を読んでいて初めて救いを感じた。奥島総長もまた、強迫や吊し上げなど、革マル派からの妨害が絶えなかったという。そのなかで、「事なかれ主義で続けてきた体制を変える」という表明を覆さず、早稲田に自由を取り戻されたと。

    私は本書を読み、学生運動や革マルについて調査したが、もっともっと知るべきことがあるのだと、そう感じた。「この本は読む必要がある」と感じずにはいられない、一冊であった。

  • 「不寛容な暴力に寛容で立ち向かう」

    全ての人にその人にとっての正義がある。ということを学びました。
    知る必要のある歴史でした。歴史と言えるほど昔の話ではないけど、、
    村上春樹の小説などでたびたび登場する学生運動について知ることができてよかったです。

  • ほんの少し上の世代においても、このように学生運動の暗部に影響を受けていた学生たちがいたことを知った。全共闘の時代(1960年代末)については、様々な記録(文学、映画など)で知ることができますが、早稲田大学でこんなことが起こっていたなんて…。
    著者自身が渦中に身を置いていたことなどから、執筆するにあたって様々な苦労があったと思う。まさに「労作」であり、それが正当な評価を受けたことを嬉しく思います。
    著者が新聞記者を志したきっかけとなった記事、読んでいてこちらの心も揺さぶられた。

  • 1972年11月8日、革マル派が早稲田大学文学部構内で、川口大三郎さんという学生を殺害した。著者は革マル派の横暴に対し、あくまで非暴力で対抗しようとしていた。

    今のキャンパスからは想像もつかない暴力が蔓延していた早稲田大学の状況に、慄然とせざるをえない。色々なところで話には聞いていたけれど、この本の真に迫る筆致は、そのときの状況を描き出すにとどまらない。暴力が支配する世界への異議申し立てとして、非常な迫力を持っていると思った。

    本書では多くの後半、革マル派の幹部として活動していた大岩圭之助と筆者の対談が掲載されている。この部分を読みながら、果たして当時の革マル派は今どうしているのか。何を考えているのか。それが知りたくなった。

  • 平和な学生時代を過ごせた反面、社会と真摯に向き合う機会もないままにきたと言われると、確かにそうかもなんだけど、それでもなお、こういう暴力に晒される局面がなくてよかったと、心底思う。でもその時代を、ただなかったことにするのでなく、根底にあったものを突き詰めていかんとするノンフィクション。読み物として非常に興味深し。

  • 半世紀前の日本の大学構内がこんなに暴力にまみれていたなんて…信じがたい衝撃だった。
    50年という月日を経ての対談も印象的だった。
    長く生きてみないとわからないこともあるのだなと感じた。
    共感できることは少ないが、こういう時代があったという学びにはなった。

  • 学生運動を早稲田川口事件を中心に描く。
    寛容と不寛容はいつにも通じる概念。

  • 読み応えのあるものでした。この時代に多少の憧れもあった時代のものとして非常に興味深いです。たぶんノンポリで過ごしてたと思う。いつの日か革マルと中核がなぜ大学に広がったか知りたい。

  • 1972年11月、革マル派が支配していた早稲田大学文学部構内で、一人の学生が虐殺された。後に「川口大三郎君事件」と呼ばれるこの悲劇をきっかけに、一般学生は自由を求めて一斉に蜂起。しかし事態は思わぬ方向へと転がり、学外にも更なる暴力が吹き荒れて――50年前、「理不尽な暴力」に直面した著者が記した魂と悔恨のルポ。
    話には聞いたことがあるものの、自分が生まれる20年前の話なので正直実感はわかない。想像もつかないし、自分の大学のキャンパスは小規模だったこともあり、ぽわんとした空気だった。おちおち安心して通えないのでは、大学として成り立っていないし、学ぶ場所であって政治や信念を押し付け合う場所ではないはずだ。非暴力や寛容という精神は、海外でのデモや戦争に対してもジレンマとして降りかかる難題だが、今の極右派にはいつか終焉が来ると願うしかない。そのためには社会全体で理性的な非暴力の精神を培っていくしかないのではないかと思った。


  • あまりに衝撃的な事実。
    最後の対談は読み止めることはできなかったです。

  • 6/18読了
    こんな大学生活があったのか!

  • 革マル派による殺人が明かされる件は興味深かったが、後半にいたりどうしても筆者の言い訳にしか見えなかった。もちろん、あの時代特有のものもあるから一言に決めつけられる事は出来ないのだが。
    全ての学生が革命に燃えていたのかと思いきやそうでもなく、演説を聞いて逃げ出した人の話など興味深いところもあった。

  • 単行本はもちろん発売されてすぐに読んだ。
    ポリタスTVに出演された時の樋田さんの誠実で粘り強く、ジャーナリストとしては常に公正であろうとされていて、正義を追い求めるお人柄が滲み出るお話しぶりだったことに感銘を受けたからだ。
    映画ゲバルトの杜の上映後のトークセッションでも、思わず慟哭こみあげる様子を見せられ、本当に地道に真摯に取り組まれている、その中でなにより人間性、人間は自由に生きるべきであるということが感じられこちらも込み上げるものがあった。
    文庫では、文庫版のためのあとがきが追加されていて、とりわけ、代島監督の映画を観た後に読むと良いと思うし、当時のことを今も振り返り振り返り生きてこられた、そしてすでにお亡くなりになられた方々ひとりひとりの心情や信念が、樋口さんの心のフィルターを通して描かれている。
    学生が自分ごととして、主語を大きくしないで取り組まれた運動、川口さんの死を理不尽なものと党派的な観点ではなく、自分の友達が、同じ学生が殺されたことへの危機感、危機意識、理不尽、そして悔恨からの運動、このようなことを二度と起こさない自由なキャンパスを求め闘った運動があったことは、興味本位な、学生運動といえば、ついそちらに目が行きがちな新左翼のセクト、党派とは異なる、自分たちの言葉で自分たちの心を伝え非暴力の闘いを貫こうとしたり暴力非暴力の間で揺れた人たちがいてそれでもじぶんごととして真剣にヘルメットのことを考えた学生たちがいたこと、もっと知られるべきだと思う。単行本読まれた方も文庫版を読む事をおすすめするし、本書を読んでゲバルトの杜をみてまた読んで、、、自由とはなにか、今の戦争とナンセンスだらけの世界、日本について考える強いガイドになる。
    樋田さんは、諦めない事、非暴力、非武装、非戦で諦めず闘い続けること、諦めないで信じ続けることについて勇気づけてくれる。

    文庫版あとがきから引用
    ここに書いたのは、あの運動に関わった10,000人を超える学生たちに比べれば、ほんの1部に過ぎない。それでも、私にとっては、あの闘いが豊かな実を結んだと言う確信を抱くのに十分である。私たちは短期的には敗北したかもしれないが、長い人生を考えれば、負けてはいない。暴力は人々を沈黙させ、殺すこともできる。しかし、その人生を究極的に支配することはできないのだ。

    革マル大岩圭之介、今の名前は辻信一。かなしいかな鶴見俊輔大先生が関与してこーなっている。ちくまプリマー新書で本が出ちゃってたりしてそれも驚きとやるせなさ、行き場のない怒り。
    日本は強いもの権力暴力装置もつものに巻かれる社会、、、、、
    私は樋田さんを応援する、樋田さんの本を買う。

  • 川口大三郎君虐殺事件、早稲田大学第一文学部、1972年、革マル

  • エリートが考え 下部構造は 行動のみ
    何も考えていなかった人間が 教授として
    反省もなく 最もらしい活動をしている
    共産党系の恐ろしさ

  • 【不条理な暴力に私たちはどう抗えるのか――】内ゲバが激化した一九七二年、革マル派による虐殺事件を機に蜂起した一般学生の自由獲得への闘い。いま明かされる衝撃の事実。

全18件中 1 - 18件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

ジャーナリスト。1952年、愛知県出身。県立旭丘高校卒、早稲田大学第一文学部社会学科卒。’78年、朝日新聞社に入社。高知支局、阪神支局を経て大阪社会部へ。大阪府警担当、朝日新聞襲撃事件取材班キャップを務めたのち、京都支局次長、地域報道部・社会部次長、和歌山総局長。朝日カルチャーセンター大阪本部長等を経て、’12年から’17年まで大阪秘書役を務め、同年12月退社。
著書に『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(岩波書店)がある。



「2020年 『最後の社主 朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』 で使われていた紹介文から引用しています。」

樋田毅の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×