日本人の戦争 作家の日記を読む (文春学藝ライブラリー)

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  • 文藝春秋 (2020年2月5日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784168130854

作品紹介・あらすじ

永井荷風、高見順、伊藤整、山田風太郎らは、日本の太平洋戦争突入から敗戦までをどう受け止めたのか。

勝利に歓喜する者、敵への怒りに震える者、無力感から諦念に沈む者……。

作家たちの戦時の日記に生々しく刻まれた声に耳をすまし、国家の非常時における日本人の精神をあぶり出す傑作評論。



巻末に平野啓一郎との対談を収録。

みんなの感想まとめ

戦時中から戦後にかけての作家たちの日記を通じて、非常時における日本人の精神と個々の思想が浮き彫りにされる作品です。作家たちの多様な視点から、国家が国民に何を求め、個人がそれにどう応じたのかが深く考察さ...

感想・レビュー・書評

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  • 戦時中と戦後間もなくの時期の作家の日記。断片的に高見順の日記の一部の文章がどこかに引用されていたのを読んだことがあり、関心があった。それより、平野啓一郎の『文学は何の役に立つのか?』でこの本が紹介されていたのが読むきっかけとなった。
    やはり非常に考えさせられる。国が国民に要請すること、教えることを自分としてどう受け止めるのか、その上でどう行動するのか、という問題。
    作家だけに日本の社会観なり思想との葛藤があるかと思いきや、意外にもすんなり皇国イデオロギーを内面化している人が多かった。
    そんな人が日本の敗戦や占領という事態を迎えて何を思ったか。日記ならではの遠慮のない言葉が並ぶ。

  • 作家の日記というレンズから戦争(敗戦の前後数年間)を見つめる。各々がどんな戦争体験をしたか、当時何歳だったか(どんな人生を経てきたか)、どんな性格だったかで、戦争の捉え方は随分異なり、日本人の見解というよりは、一人ひとりの個性の発露という観。永井荷風と山田風太郎の”見解”の両極端の面白さなどは、著者の取捨選択の狙い通り。また知識人といえども、戦勝報道や噂やデマに一喜一憂する様は、市井の人々と何ら変わらず、こういった事象はコロナ騒動でも散見された通り。日記文学は日本ならではのものらしいが、表で言いたい事を言えない国民性が、日記で内面を吐露する形態を生んだのなら、戦時下占領下などは、最も真価を発揮できるシチュエーションだったに違いない。

  • 「山田風太郎の日記を読んでわかったのは、それまで人は読んだ本によって自分の性格や信念を形成すると思っていたわたしの考えが間違いであるということだった。」
     著者は冒頭近くでこのように述べている。本書は、タイトルこそ「日本人の戦争」とされているが、副題の「作家の日記を読む」の通り、戦争についての著作という要素よりも、作家たちが日記の中で示す戦争に対する態度の紹介を通して、実はもっと普遍性のあるテーマについて書かれていると思われた。
     ここで取り上げられているのは、一般市民ではなく、その時点で、またはのちに文豪と呼ばれるほどの作家たちの日記である。すなわち、インテリ層とみなして良いのだが、どんなに高い程度の教養を備えていると考えられる人々であっても、現代の私たちからすれば、およそ理性的とは言えないような考えを日記に記している実例が多くみられる。このことは、自分にとっても驚きだった。
     そのこと自体が良いことなのか悪いことなのかについては、著者は安易に見解を述べていないが、あらゆる「主義」に我慢がならなかったという渡辺一夫先生や、自由であることを何よりも大切にしていたという内田百間等は、好意的に紹介されている。本書において理性的であるとは、特定の思想や主張に偏っているのではなく、それらから自由でありフラットであることを意味していると思われたが、戦争のような未曾有の非常時においても、人は理性的でいられるものだろうか。いくらたくさん本を読み、しかも自国のみならず海外文学も相当量を読んでいるとしても、また、海外留学の経験や外国人を配偶者にしている場合でも、それでも人は、後からみればどんなに偏った考えからも、逃れることができないのだろうか。
     例えば、これは本書以前にも読んでいて感じたことだけれど、山田風太郎の日記には、敗戦後こそトーンが弱まっているように思うが、戦中は最後の一兵になっても戦う姿勢や、米英憎しの思いが率直に語られている。どちらかというと私は、山田風太郎の「小説」からは、シニカルで、世間ではそう思われていても、実のところ人間なんてそんなものだ、といった思いが読み取れるように感じていた。長いものに巻かれるような考え方ではなく、人の本質を追求するような見方をする作家だと思っていた。しかし本書に引用されている山田の日記からは、今の視点から見れば戦時のプロパガンダ的な典型的思考の仕方に則った主張を繰り返しているように思えた。それは山田風太郎だけではなく、同時代の他の著名な作家・詩人も同様の反応をしていることが本書で紹介されている。
     ただ、本書に繰り返し引用されている山田や伊藤整のような日記を読むにつけ、単純にそれらが戦争を正当化したりあるいは欧米を盲目的に否定したりするのみで、まったく理解が示せないかというと、一方でやはりどこか、今から見て全くの茶番であるとか、そのような感じもしない。自分がもしその時に生きていたら、日本人として、やられたままでなるものか、という気持ちになるのだろうか?同胞のためと思って、死地に赴くことができるのか。戦争に関しての読書が興味深いのは、私自身がそのことに興味があるからだ。もちろん、ここに紹介されている作家たちは著者も指摘している通り、いわゆる銃後の存在であって、前線に立つ兵士たちはこんなに悠長な、ご大層な志など持っている暇はなかったのかもしれない。
     それから興味深かったのは、キーン先生が対談中、日記文学は日本にしかない、と言っていたこと。日本人は日記をつけるのが好きらしい。面従腹背、ではないが、その場では黙して耐え、後でブログやTwitterで書く。確かに私も同じようなことをしている。またそれこそ現代はブログとかSNSがあるが、日記というものは考えてみると特殊な位置づけだ。本書中では荷風の日記が事後に編集されたことの事例が載っていたが、確かに、日記は自分のための本来つけるのだけど、一方他人に読まれることも想定していなくはない。ここで書いている感想も、本来は自分の読書の記録のために書いていたもののはずなのに、ではなぜブログの形にしているのだろう・・
     ともあれ、「八本脚の蝶」を読んで以来、日記を読むことに興味を覚えてきた。本書も有名無名を問わず様々な書き手の日記のエッセンスを紹介していて、とても勉強になった。著者の日本への思いの深さも伝わってくる本だった。

  • 【作家たちの太平洋戦争】作家たちの戦時の日記に刻まれた声に耳をすまし、非常時における日本人の精神をあぶり出した傑作評論。平野啓一郎との対談を収録。

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著者プロフィール

1922年ニューヨーク生まれ。コロンビア大学名誉教授。日本文学研究者、文芸評論家。2011年3月の東日本大震災後に日本永住・日本国籍取得を決意し、翌年3月に日本国籍を取得。主な著書に『百代の過客』『日本文学の歴史』(全十八巻)『明治天皇』『正岡子規』『ドナルド・キーン著作集』(全十五巻)など。また、古典の『徒然草』や『奥の細道』、近松門左衛門から現代作家の三島由紀夫や安部公房などの著作まで英訳書も多数。

「2014年 『日本の俳句はなぜ世界文学なのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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