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Amazon.co.jp ・本 (142ページ) / ISBN・EAN: 9784181188092
みんなの感想まとめ
目と耳に障害を持つヘレン・ケラーの教育過程を描いたこの作品は、彼女の成長と努力の物語です。教師サリバン女史の忍耐強い指導により、ヘレンは言葉を学び、感情を表現する力を身につけていきます。彼女は初めはわ...
感想・レビュー・書評
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この本書は目と耳の障害を持つヘレン・ケラー女史の教師として尽力したサリバン女史の記録である。ヘレンは元々記憶力と想像力が豊かで6歳から多くの言葉を学ぶことに熱心だった、だが、我儘で、泣き虫で癇癪持ちだったとある。それは2人きりの生活を余儀なくさせたことで、たった2年で感情的な表現も理解できるようになり、なるべく外出し感受性を豊かにすること、見聞きするものを質問で確認することから始まった、とある。その例が動物園で動物の存在を知り、サーカスではその感覚を想像する意欲が旺盛だったことで、ジェスチャーを含めた話すという事の興味につながった、とある。3年後には口頭で話そうとすることに努力した。伝えることは人にとって最高の喜びを感じ、人真似の習慣から常に身振りで練習を重ね、話すことが劇的に変化した、とある。サリバン女史はヘレンに対して忍耐強く、幼児に教えるような方法で、手の平と自分の顔の形から主に服従と愛情を持てる人になってもらうように接したとある。教師となる基本を丁寧に、感情と想像力を引き出す為に我慢強く教える事に徹したことだ。
ヘレンの言葉「話すことのできるおかげで、私は愛する人たちとより親密な、より愛情の深い交際をすることができます。話すことを学ぶ前のことで自分の考えを指文字で表すことにどんなに苦戦苦闘したか、忍耐が最後には勝つ事を知っていたので努力しました。母にもう一度私の声を聞かせてあげられるという喜びが苦労を和らげ、どんな失敗もこの次には頑張ろうという刺激になりました。」詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
教育は提供する側も受ける側も不断の努力と辛抱が必要なんだなと実感した。奇跡はそのままでは起きない。
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ヘレンケラーのことを思うたびに、自分の努力はまだまだだと、心から謙虚に我が身の振り返ることが出来る。
<本から>
(略)
この小さな野生児は、服従という最初の教訓を学び、そして、拘束が楽なものだと気づきました。今や、この子どもの心の中で動き始めている美しい知性を方向づけ、形づくることが、私の楽しい仕事となりました。
ことばが思考を生むということは何てすばらしいことでしょう! ヘレンが新しいことばを学ぶたびに、さらに多くのことばが必要になります。彼女の精神は、絶えざる活動を通して成長してゆきます。
「質問は子どもの心の扉である」 -
ヘレンケラーの自伝を読んでいたら、サリバン先生の存在が重要だったため、今度はサリバン先生の本を読んでみた。
耳が聴こえないというのは方角がわからないし、人の気持ちも、気持ちを表現することばもわからない。頑固だったり、わがままだったりせざるをえない。 注意も聞こえないので、家族は寛容か諦めかで放置してしまう結果、人間らしさを失う。
サリバン先生はヘレンケラーと一心同体だが、教える側として、文字をひとつひとつ、言葉として、文章として意味あるものとして教えていく。細かすぎず、全体が見えるように教えるところも意識していたようだ。
「愛と服従」。
無法地帯のヘレンケラーに教えたテーマ。
本当の自由とは何かを教えたかったのですね。
サリバン先生の観察眼と対応、教育の観念というのは素晴らしかった。
生涯に渡って、最後までヘレンケラーの傍にいて導いていた。
本当にサリバン先生なくしてヘレンケラーはいなかったのだな、としみじみと思う。
盲目の人は視覚以外の感覚に優れているなと思うことがよくあるが、よく聴こえ、相手を感じ取ることができる、つまり教育者としての才能が秀でていたのだろう。 -
ヘレン・ケラーがいかに言語を習得していったのか。サリバン先生とヘレンの努力、忍耐と好奇心。人間の可能性の大きさに感銘を受けた。
障害のないこどもの教育においても、大人が座学で知識を与えるだけでなく、こどもの自然な関心を大切にし、言葉を学びたくなることを待つような、大人の姿勢が大事なのかなとも思った。 -
ちょっと退屈。
ヘレンの教育は相当な困難であったと思うのですが、この本からはあまり伝わってこないですね。
苦労を苦労と思わないサリバン先生だからこそ、ヘレンの教育が出来たのかもしれませんが、なんかちょっと物足りないかな。
とはいえ、彼女は最高の教育者の一人であることは間違いないです。
教養として読んでおくべき一冊ではないかと思いますよ。 -
2014/2/2東上線車中にて、サリバン先生とはどんな人だったのか調べたくなった。今日、英語のレッスンの後、青山の図書館に行く予定なので蔵書にないかみてみようと思う
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★「生命の偉大な事実を理解する心の準備がなされていることがわかって、子供は生まれた時に既に人類の全ての経験を内部に潜在的に受けついでっている。これらの経験は写真のネガの様なもので、言葉が記憶された像を現像しあらわなものにする。」
「ある概念が子供の中でできあがっている場合、その概念の名前を教えることは、物の名前を教えることと同じ様に易しいことです。」
「私が本を好きなのは、本は私が見ることのできないおもしろ事柄について教えてくれ、また人間たちの様に退屈がったり、迷惑がったりすることは決してないからです。そして私が知りたいと思うことは、何度も何度も教えてくれるからです。」2013.10.19 -
壮絶です。ヘレンケラーの自伝では愛と慈愛に満ちあふれた献身的な教師という位置づけでしたが、強い信念と実行能力を兼ね備えた才女であることがよくわかります。着任早々、ヘレンを家族から引き離し、服従させるところからスタートする。とても20歳そこそこの女性が、生活費を稼ぐために最初に与えられた機会を得て就いただけの仕事には思えません。まさに奇跡の人。天職です。
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サリバン先生の数少ない著書。
わがままに育ち暴れることが多かったヘレンが少しずつ成長していく様を心から喜ぶサリバン先生。
わが子でもないヘレンのために、あそこまで愛情深く、懸命になれるのは尊敬に値すると思います。 -
中心となるのは、ヘレン・ケラーを教育したサリバン先生の書簡です。そこでは、ヘレン・ケラー女史と言えば「奇跡の人」のイメージから「ウ、ウォーター!」というシーンが有名ですが、なぜその一言が彼女にとってそこまで衝撃的だったのかという理由がわかります。
言葉と知識と教育が素晴らしく絶妙に結びつき、「奇跡」がおきました。ほんとうは、それははヘレン・ケラーの資質と、ヘレンケラーに対するサリバン先生の深い愛と洞察によるものであり、偶然の「奇跡」ではありません。
人が人を導くと言うことは、これほど素晴らしく、かつまた大変なことであると言うことを思い知らされました。 -
「奇跡の人」ヘレン・ケラーの家庭教師、アン・サリバンの記録。ちなみに「奇跡の人」はヘレンではなくサリバンである。原題は「The Miracle Worker」であり、これは実際にはアンのことを指した言葉である。
本の大半が、サリバンが母親代わりだったホプキンス夫人に書いた手紙の内容となっている。そこには、サリバンがヘレンにどのような教育を施したかが事細かに書かれている。サリバンの視点から書かれたこの本は、ヘレンは素晴らしく純粋で探究心あふれる子供ではあるが、神童ではない。同じくサリバンも完璧な教師ではない。その半生から美化されがちな二人だが、どれだけ苦労してきたかがよく分かる本である。この奇跡は、ひとえにサリバンの我慢強さと教育哲学、そして何よりもヘレンの深い深い好奇心のが生んだものだと思った。 -
自分の子育てにも、特に文字や作文を覚えるまでの幼時時期の育児書としても役立てられそうな、感慨深い内容の一冊だった。
ヘレンケラーのおいたち、そしてサリバン先生の教育内容とその結果についてはほぼ知ってはいたものの、教えた側の苦悩と苦労を含んだ、その赤裸々な考察過程を示す、彼女の手紙で大半を作られたこの本は、また子育てに迷った時、自分を、そして教育というものの、教えられる側にたった熟考を振り返る時に再読してみたい。 -
言語とはあくまで道具にすぎない。
言語で伝えられることには限界がある。
知識や経験の少ない子供には伝わらない事がたくさんあるということを理解しなくてはならない。それをたくさんの言葉で飾り立てて、説明する必要がどれだけあるだろうか。
子供にはわからないことがあっていい。子供は自分で理解して行く。それが大人になって行くということ。
その理解の仕方は人それぞれで、何より大事なのは自分で一つの答えを見つけるという一連の過程である。
「教授」という活動は、時に明快で素晴しい言葉で子供たちに理解を達成させる。しかし、それは「理解までの一連の過程」という機会を剥奪することになる。
教育は「明瞭にすること」と「不明瞭のままにすること」の取捨選択を深く考えて、活動をデザインしていかなくてはならない。
そう思いました。
図書館で借りて読みましたが、購入して手元に置いておきたいと思います。 -
<関心のあったこと>
・教育の理念→ 興味のあることからはじめる
形式ばかりの教育はしない
質問には答える。中身を重視。
気質を損なわない
・何のための言語なのかということ
・大切なのは、感覚を多く経験する能力であって、言葉ではないということ
・抽象的な事柄に対する教育(exe.死、宗教など)
・同じような接し方 -
サリバン先生がどのようにしてヘレンを教育、支えていったのか、サリバン先生自身の多くの手紙から見つめていった本です。
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