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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784197700257
みんなの感想まとめ
生きることの意味や自然との関係を深く考えさせられる物語が展開され、登場人物たちの個性やその強さと弱さが大人になった今だからこそ理解できるようになる。かつて子供だった読者は、時間の経過とともに新たな視点...
感想・レビュー・書評
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漫画版は、子供の頃はよく分からなかったが、今読むと全然見え方が違う。
そして登場人物達の個性も大人になったから理解できる強さと弱さがあり、すべての登場人物に愛おしささえ覚える。
テーマとして、生きる(命)とは何かを深く突き付けられる。それだけでなく、今発生している様々な環境的、社会的なテーマが盛り込まれている。
生きることは変わること、死も変わることのひとつ。
繰り返し繰り返し、傷つきながらも毎日を生きる。毎日の生まれ変わり。
大きな生命体を繋ぐという意味で、王蟲は個が失われることを否定しなかった。森も木は石化しても全体で繁殖し、浄化し続けた。人は自然を忘れてはならない。
はじめは世界を救う志しがあった勇敢な少年は、長い時と共に、権力にまみれた神聖皇帝となってしまう。人間は欲深く、ひとりで立派な王であり続ける事は難しい。
調停者である巨神兵(オーマ)は、神のような存在として人に作られ、暴走し世界を滅ぼしてしまう。これは、将来、AIの判断に頼りきって、人間が自己を喪失しないことを願うばかり。
ナウシカは、全ての自然に神が宿る、と語る。これは日本の神様の考え方。そして、自然に宿る神を忘れた古い人類を敵として対峙する設定には、同じ人間として凄く複雑な気分にもさせられる。
ナウシカの世界で起きていることは、まだ現代でも起きうる要素を沢山残している。
また20年後に読んでみたい。
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やっぱり何度読んでも理解しきれない…
そしてこの続きが気になって仕方ない… -
ほぼほぼ一気読み!
瘴気や巨人兵を兵器として人間同士が争うっていうところが、ちょっと進撃の巨人を思い出した。
最後の最後らへんは難解で腹落ちし切っていないけれど、今まで映画しか見たことなかった私からすると、全体を通して深くてすごい壮大で、宮崎駿恐るべしと思った。 -
図書館で1-7巻を全貸りした。
旧人は私達の未来かなぁ…それを滅して嘘を突き通した(?)ナウシカさんは非道で賢く優しいなぁ…とか、色々考えさせられた。
クシャナさんと蟲使いの人達が可愛いすぎて幸せになって欲しいなぁ。
この物語の主人公はクロトワさんにするといいかも…
恐ろしい事に小1の息子がガン読みしてる笑-
2014/11/06
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腐海がなくなり清浄な世界がもどればすべての生物は死ぬ…そういった設定なのか。いや、そうではない。必ず生き続ける。そう信じたい。この地球の生物とはどこから来てどこに行くのだろうか。
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かつてジブリに在籍していた庵野秀明さんによると「宮さんの作品は絵コンテ段階が最も(宮さんの)理想に近い」という。映画製作では完成に近づくほどにその純度が下がる宿命にあると。
※「コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと」より
https://x.gd/tgimN
そういう意味では本シリーズは宮崎駿さんの最高純度作品と言える。
そういう意味では本シリーズは宮崎駿さんの最高純度作品と言える。ナウシカから始まるジブリ作品に登場する躍動感あるキャラクターの原型もたくさん登場する。まったく古くならないマスターピース。 -
急展開とはこのことよ。ユパの最期もそうだし、なだれ込むように世界の謎へと。ユパとクシャナの「わかえりあえる感」……ナウシカと母……精神分析への誘惑……。
……。
すべてはシュワの墓所による、いわば元・人類……プレ・いまの人々による計画だったのだ、と。「おまえは危険な闇だ。生命は光だ!!」
それへナウシカは「ちがう。いのちは闇の中のまたたく光だ!!」と言い放つ。
クシャナの父は「気に入ったぞ。お前は破壊と慈悲の混沌だ」と結構いい役どころ。
このへん、漫画のテンションの高さに圧倒されっぱなしだけれど、冷静になってみると、何も言っていないに等しい。
一言で言い換えれば「混沌」「清濁」「きれいはきたない、きたないはきれい」くらいか。
宮崎駿といえば「ラピュタ」の冒険活劇・漫画映画的側面にだまされがちだが、全体を通して見てみると、ほとんどが、わからない、はっきりしない、結論は先送り、善悪が保留される、対立軸がわからなくなる、戦争好きと平和への拘りで引き裂かれ、世界生き延びよと世界滅びよが同時に発せられる、すべてアンビバレントなのだ。
まずは「ナウシカ考」で深める。
次に他の宮崎駿作品群を見返す。特に「ナウシカ」「もののけ姫」「風立ちぬ」を重点的に。
それらいわばマジメな作品をフラッグにして、その間を埋めることで、彼を貫くヒューマニズム/ニヒリズム・ペシミズム、反戦/兵器好き、に再度注目してみる。「/」に引き裂かれている点こそが作家性だとわかったので、そこに着目しつつ。
手塚治虫、水木しげる、諸星大二郎、高畑勲、など、重なり合いつつ同時代に活躍した作家たちに目を向けるきっかけにする。日本アニメの黎明期とかジョン・ラセターとか「雪の女王」とか。
などなど宮崎駿を基点にして、いろいろ再鑑賞、整理していきたい数か月。結構巨大な個人的プロジェクトになりそうだ。 -
歌舞伎化を前に積読解消。
多くの人が「アニメは前の一部だけ、全館読むとスゴイ」というので何年も前から持っていた。全部読んだ感想。
・コンセプトがレイチェル・カーソンの「沈黙の春」
・結構話やモチーフが右往左往する。序盤でキーアイテムとして出てきたペジテの石のあっけない処理とか。キャラクターの関係も、ナウシカ-アスベルかと思えば森の人が出てきたり、終盤クシャナが雑に扱われたりもする。長編の割に読了にカタルシスがない。
・逆に、アニメ版は見事な起承転結で感動シーンの抽出がうまく、宮崎駿は漫画家ではなくアニメーターだったのだろう。
・ナウシカと蟲の描き込みはこだわりというかフェチズムがある。
・昔見たアニメではナウシカ大好きだったが今読むと「男が憧れる聖母キャラ」が濃すぎ、むしろクシャナにヒロイズムを感じる。 -
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すごい。
頭が飽和状態。
ちゃんと理解出来たのかどうか…。
とある人がナウシカを「破壊と慈悲の混沌」と称する。
それは人そのもののことかもしれない。
この物語はナウシカをそういう存在として描いたのがすごいんじゃないかな。 -
うちのめされる。
映画は映画で好きだけど、深さでいうと、やはり漫画版。
そしてヴ王の意外なかっこよさ。。 -
完全なるものが、一番いいものではなく、不完全を前提として、そこにどれだけ合わせていくか。
綺麗過ぎる水には魚が棲めないように、人が生きていく上で影や闇が必要であること、不浄さも必要であることを認めざるをえない。
それを受けいれてこそ、成長があるし、前に進んでいけるのだなぁ。
今の社会や文明や文化は人間が創ってきたものだけど、そこに合わせて人間も変化してきている。
そんな中で、これからの変化に合わせて、受け入れた上で、それでも前に進んでいく人になろうと思いましたヽ(^。^)ノ -
物語のレビューは嫌いである。どうやってネタバレを避ければよいのだ。
この物語は、自分が生きるということは誰にも支配されてはいけないこと、すべてのものに許しを与えること、すべてのものとともに生きること、やってくる死を受け入れることを教えてくれる。 -
映画版ではただの強い兵器でしかなかった巨神兵がこんなに活躍するとはね。最後まで読むと、クシャナはただの悪役じゃなかった。最終ページに書かれている「その後」のナウシカとクシャナに希望を感じる。このフルバージョンをアニメ(テレビでも映画でも)で見たいけれど、無理だろうなあ。
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噛み締めながら,当時読んだ気がする。
衝撃のラスト。
墓所、腐海、ナウシカ達の存在する意味、最後に全てつながった時にナウシカの選んだ未来
まじで、続編を映画化して欲しい作品。 -
この本が出された2日後 阪神大震災が起こった。3月20日に、地下鉄サリン事件が起こった。廃墟後の復興、そして人間の愚かさなどをテーマにした物語が、作られたのは予言的である。「火の七日間」は、推測されるのは核戦争、そして放射能汚染。放射能という毒をなくすには、100年単位の時間がかかる。原発事故が、私には想起される。ナウシカにのめり込んだ理由も、そこにある。7巻を読んで、それ以上の大きな暗示があった。赤坂憲雄先生が「黙示録」というのも納得できる。
まず、土鬼についての考察
土鬼諸侯連合国は、多部族国家であり、常に部族間の紛争の危機に晒されていた。土鬼の言語は梵字に似ている。土鬼の皇弟ミラルパは、僧侶の衣装で、大量の目が描かれた覆面をしている。超常力を持っているが故に、皇兄ナムリスをさしおいて権力を握っている。多部族を宗教の力で一つにまとめ、僧会という僧の集まりを利用していた。ナウシカは、ミラルパのことを「生きている闇」と呼んだ。念動で攻撃したり、相手の心を読むことができ、幽体離脱もする。この力で、押さえつけていた。ナムリスは、ミラルパが100年前にはナウシカのような徳の高い君主だった。そのうち、愚かなままの民衆に絶望し、暴君になってしまった。
土鬼の皇帝は、土王クルバルカの一族でおさめられていたが打ち破って権力を取った。クルバルカは王蟲を神聖視する土着の自然崇拝の宗教を持っていた。それは継承者チククが念力を持っていることで発揮される。
ミラルパは、父親が延命処置手術の失敗によって肉体を崩壊させながら死亡した光景を見ているので、自分では延命手術を受けずに、薬草浴に使って治療するという方法を取るが、空気に触れると短時間で老化する。日常的に薬草浴に浸からざるを得ない状況にあった。ミラルパといえども死の恐怖が存在していた。ナウシカに痛めつけられた皇弟ミラルパの薬草浴に、ナムリスに薬品を入れられて殺されるという事態が起こった。それでも、魂が幽体離脱し、ナウシカを殺そうとして、逆にナウシカに導かれて、復元された自然の中で成仏するのだった。
ミラルパが一番信頼していたのは僧官チャルカで、国土を荒らす戦いをやめるように箴言するのを鷹揚に受け入れていた。チャルカはナウシカのいうことについて、納得し民衆を導いた。
ナムリスの最後のセリフが、意味深い。
「俺はもう生きあきた。」
「何をやっても、墓所の主のいうとおりにしかならん。」
「あとは、あの小娘がしょっていけばいい。」
皇兄ナムリスは、積極的に延命処置手術を受けていた。老いることのない肉体を手に入れていた。そのため、不老不死の皇兄と認められていた。巨大な目玉の面をしている。ミラルパも多数の目の面をしている。なぜ目なのだろうか?目は監視の意味を持ち、民衆に対する権力の保持であると同時に、自分の目を曝け出さないのは、その弱さを意味している。また超常力がないので、ヒドラや巨神兵を使って制圧しようとする。まず、ミラルパの僧会、僧を大量粛清した。皇兄ナムリスの欲望のままに行動する。
皇兄ナムリスは、土鬼トルメキア二重帝国を作るべく、トルメキアのクシャナと政略結婚をするために捕える。トルメキア侵攻を進めるも、ナウシカの戦い、巨神兵の暴走などによって阻まれる。クシャナは皇兄ナムリスをボコンと殴ったら、首が取れてしまった。延命技術は、身体を強肩にすることが難しいようだ。そして、皇兄はこの物語から脱落する。
結局、土鬼は滅亡することになる。
一方のトルメキアは、減り続ける労働力と生産力を確保するために、腐海と内海を隔てた隣国である土鬼諸侯国への侵略戦を開始するため、同盟関係にある辺境の小部族たちに招集をかけていた。トルメキア国ヴ王の目的は、土鬼の聖都シュワの攻略であり、墓所に封印された生命操作技術であった。
ヴ王は、クシャナ皇女を殺すことを命じた。参謀クロトワは、その戦いぶりやナウシカを通じて、クシャナの味方となっていく。
クシャナは同盟国のペジテを攻略することを命じられる。それは、ペジテに生き残っている巨神兵の秘石があるからだ。その秘石を確保せよと命じられた。そこで、ペジテの皇女ラステルは秘石を持っていて、兄に渡してくれとナウシカに頼むのである。ナウシカは兄のアスベルに秘石を渡すことになる。
クシャナは精鋭部隊「第3軍」を加えて土鬼に派遣した。腐海を避け内海を超えて土鬼の都市サパタを陥落した。土鬼マニ族の部隊がクシャナに攻撃をする。
聖都シュワの墓所がその中で重要な役割を果たす。墓所の教団はその中枢に残された生命の真実を刻んだ「聖なる文書」の解読に全力をあげていた。墓所の主は、土鬼の歴代の王たちを支配していた。
ミネルパもナムリスも自己の欲望の呪縛から解き放たれなかった。そしてナウシカは、自己の欲望はなく、自己よりも他者のためにいき、自分自身の闇とも向き合ったがゆえに、墓所の主と対決できるのだ。
【風の谷ナウシカのまとめ】
土鬼軍とトルメキア軍との戦いは、あくまでも人間対人間の戦いである。その中で、トルメキア軍の風の谷ナウシカは、人間同士は争いをすべきでないと主張し、多くは、ナウシカの姿勢と主張に賛同していく。クシャナにおいてもナウシカを支持する。ナウシカの超常力と王蟲の血で染められた青き装束が、伝説の王として認められることになる。宮崎駿は宗教的でないリーダーにしたかった。
一方で、作られた粘菌と王蟲は、大地の汚染されたものを浄化するために、大海嘯を起こし、再び森を再生させる。自然対人間の構造が明らかになるが、人間はその自然に従うしかない。粘菌と王蟲は、人間を攻撃対象とはしない。自分たちの子供をいじめるならば、怒りを持って全体で攻撃する。
人間の汚染したものは、人間の力で回復できない。人間の人生は100年に満たない。森は1000年を生き延びる。時間的スケールが違う。それは自然の力によって回復される。王蟲の大海嘯で全てをなぎ倒して、粘菌が森林の腐海を作る。その腐海が大地を浄化する。この仕組みは植物で汚染物質を吸着させるバイオレメディエーションの技術そのものだ。その腐海の謎を解こうとしたのは、剣士ユパであり、ナウシカだった。そして、森の人セルムの協力で、そのメカニズムをナウシカは知るのだった。
さらに、墓所の主が、延命技術による不老不死のヒドラ技術、巨神兵の技術、粘菌などの変異技術を持っており、それをナウシカがママと慕われた巨神兵によって破壊する。そのような操作する技術を持つ主はいらないのだ。自然の営みに従って、自分たちの力で歴史は切り開いていくのだ。清濁があり、闇がある中で、愚かな人間は、それでも生きていくのだ。
やっと、第7巻のレビューが書けた。かなり、苦しんだ。 -
なんて奥深い最後だろうか。
過去に存在し、そしていつか訪れるだろうと日々焦がれている未来に、自分たちの身体がもはや対応できないなどと…どの口が言えようか。
どう理解できようか。
もののけ姫のキャッチコピーは“生きろ”だったけれど、ナウシカの最後のことばである“生きねば”にこそ強い意志を、頑な思いを感じざるを得ない。
必死に生きねば。
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