アニメージュコミックス 風の谷のナウシカ(7)

  • 徳間書店 (1994年12月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784197700257

みんなの感想まとめ

生きることの意味や自然との関係を深く考えさせられる物語が展開され、登場人物たちの個性やその強さと弱さが大人になった今だからこそ理解できるようになる。かつて子供だった読者は、時間の経過とともに新たな視点...

感想・レビュー・書評

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  • 漫画版は、子供の頃はよく分からなかったが、今読むと全然見え方が違う。

    そして登場人物達の個性も大人になったから理解できる強さと弱さがあり、すべての登場人物に愛おしささえ覚える。

    テーマとして、生きる(命)とは何かを深く突き付けられる。それだけでなく、今発生している様々な環境的、社会的なテーマが盛り込まれている。

    生きることは変わること、死も変わることのひとつ。
    繰り返し繰り返し、傷つきながらも毎日を生きる。毎日の生まれ変わり。

    大きな生命体を繋ぐという意味で、王蟲は個が失われることを否定しなかった。森も木は石化しても全体で繁殖し、浄化し続けた。人は自然を忘れてはならない。

    はじめは世界を救う志しがあった勇敢な少年は、長い時と共に、権力にまみれた神聖皇帝となってしまう。人間は欲深く、ひとりで立派な王であり続ける事は難しい。

    調停者である巨神兵(オーマ)は、神のような存在として人に作られ、暴走し世界を滅ぼしてしまう。これは、将来、AIの判断に頼りきって、人間が自己を喪失しないことを願うばかり。

    ナウシカは、全ての自然に神が宿る、と語る。これは日本の神様の考え方。そして、自然に宿る神を忘れた古い人類を敵として対峙する設定には、同じ人間として凄く複雑な気分にもさせられる。

    ナウシカの世界で起きていることは、まだ現代でも起きうる要素を沢山残している。

    また20年後に読んでみたい。

  • やっぱり何度読んでも理解しきれない…
    そしてこの続きが気になって仕方ない…

  • 最高に濃厚な宮崎駿さんの大叙事詩。墓所の技術を借りずに星が決めるに任せた(ストイックだなと思う)ナウシカたち人類の未来が明るいことを願わずにはいられない。うまく清浄な世界に適応するように自然と進化できたらいいな……。
    2025/10/07 3日間で一気読み。

  • ほぼほぼ一気読み!

    瘴気や巨人兵を兵器として人間同士が争うっていうところが、ちょっと進撃の巨人を思い出した。
    最後の最後らへんは難解で腹落ちし切っていないけれど、今まで映画しか見たことなかった私からすると、全体を通して深くてすごい壮大で、宮崎駿恐るべしと思った。

  • 図書館で1-7巻を全貸りした。

    旧人は私達の未来かなぁ…それを滅して嘘を突き通した(?)ナウシカさんは非道で賢く優しいなぁ…とか、色々考えさせられた。

    クシャナさんと蟲使いの人達が可愛いすぎて幸せになって欲しいなぁ。

    この物語の主人公はクロトワさんにするといいかも…


    恐ろしい事に小1の息子がガン読みしてる笑

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「旧人は私達の未来かなぁ…」
      そうならないよう、しなきゃね(って出来るのか?)
      「旧人は私達の未来かなぁ…」
      そうならないよう、しなきゃね(って出来るのか?)
      2014/11/06
  • ラストのナウシカの選択。 二通りの解釈ができるとおもう。
    ひとつは、地球の主役は人間であることを、人間自身の手で終わらせるということ。
    何となく釈然としない読後感が残るのは、エコロジーが人間に勝つことへの違和感そのものだと思う。
    地球のためにナウシカは人間を裏切り、それが結局人間のためになるというパラドクス。
    発展のはてに幸福などないという宮崎駿のスタンスが伝わってくる。

    だからナウシカの選択には勇気と、無邪気なほど人間の発展を信じてこられた人間には虚無とも弱さとも受け取られかねない危うさがある。
    ナウシカの最後の清々とした、ちょっと寂しそうな笑顔が印象的。

    もう一つは生の価値は誰かによって決められるのではないという、ニーチェのような決意。たとえ誰かによって設計された道だとしても、生きることそのものに価値がある。だから、「すでに勝利した者のごとく進め」。

  • 腐海がなくなり清浄な世界がもどればすべての生物は死ぬ…そういった設定なのか。いや、そうではない。必ず生き続ける。そう信じたい。この地球の生物とはどこから来てどこに行くのだろうか。

  • かつてジブリに在籍していた庵野秀明さんによると「宮さんの作品は絵コンテ段階が最も(宮さんの)理想に近い」という。映画製作では完成に近づくほどにその純度が下がる宿命にあると。
    ※「コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと」より
    https://x.gd/tgimN

    そういう意味では本シリーズは宮崎駿さんの最高純度作品と言える。
    そういう意味では本シリーズは宮崎駿さんの最高純度作品と言える。ナウシカから始まるジブリ作品に登場する躍動感あるキャラクターの原型もたくさん登場する。まったく古くならないマスターピース。

  • 急展開とはこのことよ。ユパの最期もそうだし、なだれ込むように世界の謎へと。ユパとクシャナの「わかえりあえる感」……ナウシカと母……精神分析への誘惑……。
    ……。
    すべてはシュワの墓所による、いわば元・人類……プレ・いまの人々による計画だったのだ、と。「おまえは危険な闇だ。生命は光だ!!」
    それへナウシカは「ちがう。いのちは闇の中のまたたく光だ!!」と言い放つ。
    クシャナの父は「気に入ったぞ。お前は破壊と慈悲の混沌だ」と結構いい役どころ。
    このへん、漫画のテンションの高さに圧倒されっぱなしだけれど、冷静になってみると、何も言っていないに等しい。
    一言で言い換えれば「混沌」「清濁」「きれいはきたない、きたないはきれい」くらいか。
    宮崎駿といえば「ラピュタ」の冒険活劇・漫画映画的側面にだまされがちだが、全体を通して見てみると、ほとんどが、わからない、はっきりしない、結論は先送り、善悪が保留される、対立軸がわからなくなる、戦争好きと平和への拘りで引き裂かれ、世界生き延びよと世界滅びよが同時に発せられる、すべてアンビバレントなのだ。

    まずは「ナウシカ考」で深める。
    次に他の宮崎駿作品群を見返す。特に「ナウシカ」「もののけ姫」「風立ちぬ」を重点的に。
    それらいわばマジメな作品をフラッグにして、その間を埋めることで、彼を貫くヒューマニズム/ニヒリズム・ペシミズム、反戦/兵器好き、に再度注目してみる。「/」に引き裂かれている点こそが作家性だとわかったので、そこに着目しつつ。
    手塚治虫、水木しげる、諸星大二郎、高畑勲、など、重なり合いつつ同時代に活躍した作家たちに目を向けるきっかけにする。日本アニメの黎明期とかジョン・ラセターとか「雪の女王」とか。
    などなど宮崎駿を基点にして、いろいろ再鑑賞、整理していきたい数か月。結構巨大な個人的プロジェクトになりそうだ。

  • 歌舞伎化を前に積読解消。
    多くの人が「アニメは前の一部だけ、全館読むとスゴイ」というので何年も前から持っていた。全部読んだ感想。
    ・コンセプトがレイチェル・カーソンの「沈黙の春」
    ・結構話やモチーフが右往左往する。序盤でキーアイテムとして出てきたペジテの石のあっけない処理とか。キャラクターの関係も、ナウシカ-アスベルかと思えば森の人が出てきたり、終盤クシャナが雑に扱われたりもする。長編の割に読了にカタルシスがない。
    ・逆に、アニメ版は見事な起承転結で感動シーンの抽出がうまく、宮崎駿は漫画家ではなくアニメーターだったのだろう。
    ・ナウシカと蟲の描き込みはこだわりというかフェチズムがある。
    ・昔見たアニメではナウシカ大好きだったが今読むと「男が憧れる聖母キャラ」が濃すぎ、むしろクシャナにヒロイズムを感じる。

  • すごい。
    頭が飽和状態。
    ちゃんと理解出来たのかどうか…。

    とある人がナウシカを「破壊と慈悲の混沌」と称する。
    それは人そのもののことかもしれない。
    この物語はナウシカをそういう存在として描いたのがすごいんじゃないかな。

  • うちのめされる。
    映画は映画で好きだけど、深さでいうと、やはり漫画版。
    そしてヴ王の意外なかっこよさ。。

  • 完全なるものが、一番いいものではなく、不完全を前提として、そこにどれだけ合わせていくか。

    綺麗過ぎる水には魚が棲めないように、人が生きていく上で影や闇が必要であること、不浄さも必要であることを認めざるをえない。
    それを受けいれてこそ、成長があるし、前に進んでいけるのだなぁ。

    今の社会や文明や文化は人間が創ってきたものだけど、そこに合わせて人間も変化してきている。
    そんな中で、これからの変化に合わせて、受け入れた上で、それでも前に進んでいく人になろうと思いましたヽ(^。^)ノ

  • 物語のレビューは嫌いである。どうやってネタバレを避ければよいのだ。

    この物語は、自分が生きるということは誰にも支配されてはいけないこと、すべてのものに許しを与えること、すべてのものとともに生きること、やってくる死を受け入れることを教えてくれる。

  • おわりの7巻

    露になる真実

    あらゆるメッセージが詰まりまくった
    物語でした。ほんと。

    宮崎監督の視点の多さに驚きますね。

    それにしても
    ユパ様とテトが死ぬなんて
    衝撃的過ぎましたけど、
    やっぱり死に際の
    「すすめ いとしい風よ」
    という言葉が良過ぎて感動。

    「争い」と「自然破壊」
    「永延の命」という大きなテーマは
    後により洗練された「もののけ姫」
    という形で身を結ぶわけですが、
    最終的に「生きろ」という
    芯のメッセージがまったくブレてなくて
    さすがだとおもいました。

    映画は映画で見事なまとめ方でしたが
    原作コミックは尺の長さに合った
    見事な完結ぶりだったと思います。

    何よりもナウシカの強さが
    心をゆさぶりますね。この物語は。

    今読めて良かったです。

    心から


    読むのにかかった時間:1時間

    こんな方にオススメ:ナウシカファン必読

  • 映画版ではただの強い兵器でしかなかった巨神兵がこんなに活躍するとはね。最後まで読むと、クシャナはただの悪役じゃなかった。最終ページに書かれている「その後」のナウシカとクシャナに希望を感じる。このフルバージョンをアニメ(テレビでも映画でも)で見たいけれど、無理だろうなあ。

  • 噛み締めながら,当時読んだ気がする。
    衝撃のラスト。
    墓所、腐海、ナウシカ達の存在する意味、最後に全てつながった時にナウシカの選んだ未来
    まじで、続編を映画化して欲しい作品。

  •  この本が出された2日後 阪神大震災が起こった。3月20日に、地下鉄サリン事件が起こった。廃墟後の復興、そして人間の愚かさなどをテーマにした物語が、作られたのは予言的である。「火の七日間」は、推測されるのは核戦争、そして放射能汚染。放射能という毒をなくすには、100年単位の時間がかかる。原発事故が、私には想起される。ナウシカにのめり込んだ理由も、そこにある。7巻を読んで、それ以上の大きな暗示があった。赤坂憲雄先生が「黙示録」というのも納得できる。

     まず、土鬼についての考察
     土鬼諸侯連合国は、多部族国家であり、常に部族間の紛争の危機に晒されていた。土鬼の言語は梵字に似ている。土鬼の皇弟ミラルパは、僧侶の衣装で、大量の目が描かれた覆面をしている。超常力を持っているが故に、皇兄ナムリスをさしおいて権力を握っている。多部族を宗教の力で一つにまとめ、僧会という僧の集まりを利用していた。ナウシカは、ミラルパのことを「生きている闇」と呼んだ。念動で攻撃したり、相手の心を読むことができ、幽体離脱もする。この力で、押さえつけていた。ナムリスは、ミラルパが100年前にはナウシカのような徳の高い君主だった。そのうち、愚かなままの民衆に絶望し、暴君になってしまった。
     土鬼の皇帝は、土王クルバルカの一族でおさめられていたが打ち破って権力を取った。クルバルカは王蟲を神聖視する土着の自然崇拝の宗教を持っていた。それは継承者チククが念力を持っていることで発揮される。

     ミラルパは、父親が延命処置手術の失敗によって肉体を崩壊させながら死亡した光景を見ているので、自分では延命手術を受けずに、薬草浴に使って治療するという方法を取るが、空気に触れると短時間で老化する。日常的に薬草浴に浸からざるを得ない状況にあった。ミラルパといえども死の恐怖が存在していた。ナウシカに痛めつけられた皇弟ミラルパの薬草浴に、ナムリスに薬品を入れられて殺されるという事態が起こった。それでも、魂が幽体離脱し、ナウシカを殺そうとして、逆にナウシカに導かれて、復元された自然の中で成仏するのだった。
     ミラルパが一番信頼していたのは僧官チャルカで、国土を荒らす戦いをやめるように箴言するのを鷹揚に受け入れていた。チャルカはナウシカのいうことについて、納得し民衆を導いた。
     ナムリスの最後のセリフが、意味深い。
    「俺はもう生きあきた。」
    「何をやっても、墓所の主のいうとおりにしかならん。」
    「あとは、あの小娘がしょっていけばいい。」

     皇兄ナムリスは、積極的に延命処置手術を受けていた。老いることのない肉体を手に入れていた。そのため、不老不死の皇兄と認められていた。巨大な目玉の面をしている。ミラルパも多数の目の面をしている。なぜ目なのだろうか?目は監視の意味を持ち、民衆に対する権力の保持であると同時に、自分の目を曝け出さないのは、その弱さを意味している。また超常力がないので、ヒドラや巨神兵を使って制圧しようとする。まず、ミラルパの僧会、僧を大量粛清した。皇兄ナムリスの欲望のままに行動する。

     皇兄ナムリスは、土鬼トルメキア二重帝国を作るべく、トルメキアのクシャナと政略結婚をするために捕える。トルメキア侵攻を進めるも、ナウシカの戦い、巨神兵の暴走などによって阻まれる。クシャナは皇兄ナムリスをボコンと殴ったら、首が取れてしまった。延命技術は、身体を強肩にすることが難しいようだ。そして、皇兄はこの物語から脱落する。
     結局、土鬼は滅亡することになる。

     一方のトルメキアは、減り続ける労働力と生産力を確保するために、腐海と内海を隔てた隣国である土鬼諸侯国への侵略戦を開始するため、同盟関係にある辺境の小部族たちに招集をかけていた。トルメキア国ヴ王の目的は、土鬼の聖都シュワの攻略であり、墓所に封印された生命操作技術であった。
     ヴ王は、クシャナ皇女を殺すことを命じた。参謀クロトワは、その戦いぶりやナウシカを通じて、クシャナの味方となっていく。
     クシャナは同盟国のペジテを攻略することを命じられる。それは、ペジテに生き残っている巨神兵の秘石があるからだ。その秘石を確保せよと命じられた。そこで、ペジテの皇女ラステルは秘石を持っていて、兄に渡してくれとナウシカに頼むのである。ナウシカは兄のアスベルに秘石を渡すことになる。
     クシャナは精鋭部隊「第3軍」を加えて土鬼に派遣した。腐海を避け内海を超えて土鬼の都市サパタを陥落した。土鬼マニ族の部隊がクシャナに攻撃をする。

     聖都シュワの墓所がその中で重要な役割を果たす。墓所の教団はその中枢に残された生命の真実を刻んだ「聖なる文書」の解読に全力をあげていた。墓所の主は、土鬼の歴代の王たちを支配していた。
     ミネルパもナムリスも自己の欲望の呪縛から解き放たれなかった。そしてナウシカは、自己の欲望はなく、自己よりも他者のためにいき、自分自身の闇とも向き合ったがゆえに、墓所の主と対決できるのだ。

    【風の谷ナウシカのまとめ】
     土鬼軍とトルメキア軍との戦いは、あくまでも人間対人間の戦いである。その中で、トルメキア軍の風の谷ナウシカは、人間同士は争いをすべきでないと主張し、多くは、ナウシカの姿勢と主張に賛同していく。クシャナにおいてもナウシカを支持する。ナウシカの超常力と王蟲の血で染められた青き装束が、伝説の王として認められることになる。宮崎駿は宗教的でないリーダーにしたかった。

     一方で、作られた粘菌と王蟲は、大地の汚染されたものを浄化するために、大海嘯を起こし、再び森を再生させる。自然対人間の構造が明らかになるが、人間はその自然に従うしかない。粘菌と王蟲は、人間を攻撃対象とはしない。自分たちの子供をいじめるならば、怒りを持って全体で攻撃する。
     人間の汚染したものは、人間の力で回復できない。人間の人生は100年に満たない。森は1000年を生き延びる。時間的スケールが違う。それは自然の力によって回復される。王蟲の大海嘯で全てをなぎ倒して、粘菌が森林の腐海を作る。その腐海が大地を浄化する。この仕組みは植物で汚染物質を吸着させるバイオレメディエーションの技術そのものだ。その腐海の謎を解こうとしたのは、剣士ユパであり、ナウシカだった。そして、森の人セルムの協力で、そのメカニズムをナウシカは知るのだった。

     さらに、墓所の主が、延命技術による不老不死のヒドラ技術、巨神兵の技術、粘菌などの変異技術を持っており、それをナウシカがママと慕われた巨神兵によって破壊する。そのような操作する技術を持つ主はいらないのだ。自然の営みに従って、自分たちの力で歴史は切り開いていくのだ。清濁があり、闇がある中で、愚かな人間は、それでも生きていくのだ。
     やっと、第7巻のレビューが書けた。かなり、苦しんだ。

  • 風の谷のナウシカ7 1995

    月刊アニメージュ1993年3月号〜1994年3月号連載
    1995年1月15日初版発行

    『風の谷のナウシカ』(かぜのたにのナウシカ)は、宮崎駿による日本の漫画作品。アニメーション監督・演出家でもある宮崎が、1982年に徳間書店のアニメ情報誌『アニメージュ』誌上にて発表したSF・ファンタジー作品。

    戦争による科学文明の崩壊後、異形の生態系に覆われた終末世界を舞台に、人と自然の歩むべき道を求める少女ナウシカの姿を描く。1984年には宮崎自身の監督による劇場版アニメ『風の谷のナウシカ』が公開された。2019年には歌舞伎化された。

    漫画は『アニメージュ』1982年2月号より連載を開始し、映画制作などのため4度の中断期間を挟みながら、1994年3月号にて完結した。1994年に第23回日本漫画家協会賞大賞、1995年、第26回星雲賞コミック部門を受賞。コミックス全7巻の累計発行部数は1780万部を突破している。海外でも8か国語で翻訳・出版されている。

    あらすじ

    プロローグ
    高度産業文明を崩壊させた「火の7日間」という最終戦争から1,000年後の地球。汚染された大地には異形の生態系である菌類の森「腐海」が徐々に拡がり、腐海には昆虫に似た蟲(むし)と呼ばれる巨大生物達が生息する。
    菌類は一欠片でも村に侵入を許せば、たちどころに汚染が広がり、菌類が放出する瘴気(しょうき)は、多量に吸い込めば一時も持たず死に至る。衰退した人類たちは瘴気と蟲に怯えながら、錆とセラミック片に覆われた荒廃した世界での暮らしを営んでいた。
    トルメキア、土鬼(ドルク)という敵対する二大列強国が覇権を争っている中、腐海の辺境にあるトルメキアと盟約を結ぶ小国風の谷から、物語は始まる。風の谷の族長ジルは、腐海の毒に侵されて病床にあり、ジルの娘ナウシカが代理で国を治めていた。

    序盤
    ある日、ペジテ市を滅ぼしたトルメキアの第四皇女クシャナ及び親衛隊から逃れるため、ペジテの避難民を乗せたブリッグが、腐海に隠れ蟲を殺した為、蟲に襲われ風の谷に近い腐海の縁に墜落する。ブリッグに搭乗していた瀕死の王女ラステルは、救助に駆け付けたナウシカにとある石を託し、兄に渡して欲しいと懇願して事切れる。その石は、最終戦争で世界を滅ぼした巨神兵を蘇らせる鍵となる秘石であった。
    巨神兵を得ようとしたクシャナ達が、秘石の捜索の為に風の谷に飛来。検疫を受けないままの強行着陸をとがめたナウシカは、クシャナの部下と一騎討ちを演じる。ナウシカの師匠でもある旅の剣士ユパの仲裁で停戦し、クシャナ達は谷を去る。やがてトルメキアは土鬼との戦争の為、盟約を盾に辺境諸国に出征を強いる。夜明けと共にナウシカは父ジルに代わり、風の谷のガンシップに乗り、城オジと呼ばれる数名の老従者と共にクシャナ支隊へ合流する。
    土鬼の地へ向けて腐海を南進するクシャナ支隊の空中艦隊を、ラステルの兄アスベルが操るペジテのガンシップが単機で奇襲し、多大な損害を与えるも装甲コルベットに撃墜される。乱戦の中で風の谷のバージのワイヤーが切れ、不時着水する。バージを回収する為に降下したナウシカは、地蟲(じむし)と翅蟲(はむし)に襲われるアスベルを、腐海下層部でメーヴェで救出するが、翅蟲達に追われ腐海の奥に逃げる途中、彼がメーヴェから落ち着地する。直後にナウシカは翅蟲達に襲われ、メーヴェから落ち瘴気マスクを失い、気絶し着地する。その後目覚めたナウシカは、腐海下層部の大気が清浄である事を発見する。そして、その地の砂とナウシカが以前ユパに見せられた腐海下層部の無毒の砂との共通点を見出し、腐海が汚染された大地を浄化している真実に気づく。

    中盤
    劣勢の土鬼軍は、腐海の植物を品種改良し、特殊な瘴気を出す生物兵器を、土鬼の町に駐留するトルメキア軍に対し使用した。この人工の森の瘴気は蟲を死に至らせる物であり、マスクを持たない軍を撃退する事に成功した。しかし、トルメキアに輸送中の菌類の苗が土鬼各所で一斉に突然変異を起こし生じた、重マスクでも浄化できない程の強毒の瘴気を出し、増殖力の大きな粘菌が暴走し始め、事態は収拾不能になる。かねてからこの粘菌の発生を予知していた蟲は、暴走する粘菌に向かって大量に集結した。蟲達が粘菌に自らを吸収させる事で粘菌はやがて通常の瘴気並に弱毒化し、暴走は収束していく。大量の蟲(特に王蟲(オーム))が移動する現象は物語中で「大海嘯(だいかいしょう)」と呼ばれており、移動する蟲の体に付着した胞子が蟲の死骸を介して拡がり、腐海をより拡大してしまう。結果、土鬼の主要な国土はほとんど滅亡するに至った。
    ナウシカが大海嘯を止めようと土鬼の地を1人で探索する内に、大海嘯が収束し、「森の人」と呼ばれる種族の1人、幽体離脱をしたセルムに導かれ、彼女は幽体離脱をし、腐海の植物群が浄化し、蟲達が守る、「青き清浄の地」を見る。その後、土鬼軍がペジテに駐留するクシャナ支隊の蟲使いから奪取し、土鬼で復活させ、トルメキアに輸送中の眠る巨神兵の胎児と土鬼で会ったナウシカは、覚醒した胎児の前でアスベルに託された秘石を掲げ、巨神兵の母となる。土鬼の聖都シュワにある「墓所」と呼ばれる施設は、内部に旧世界の科学技術を保存しており、皇帝達に技術を与える事で世界を動かしていた。墓所の技術で戦争利用の為、腐海植物を品種改良した他、巨神兵を復活させた事を知ったナウシカは、今起きている瘴気を使う戦争を止め、巨神兵の戦争利用を防ぐ為、「墓所」を永久に封印しようと巨神兵と共にシュワに向かう。

    終盤
    旅の途中ナウシカは、エフタル語で「無垢」を意味する「オーマ」と名づける。生まれたばかりの赤子のような幼児性と残虐性を持ち合わせていた巨神兵は、名を得るや急速に知能レベルを発達させ、旧世界におけるあらゆる利害を調停する為に人工的に作られた神、「裁定者」としての役割に目覚める。
    その後ナウシカは、古代の動植物や文化を保存している「庭園」の中に入り、オーマと別れ、「庭園の主」と会話した際、セルムに助けられ、腐海生物が旧世界の技術による人工生命体であること、自身を含む現生人類及び腐海外の現生動植物は、旧世界の人々が、汚染された環境に適合するよう人類及び旧世界の動植物を改造した人工種であり、浄化完了後の清浄な世界では腐海生物同様に生存できないという事実を知る。旧世界の人々は腐海を作り出して世界の浄化完了後、火の7日間によって絶滅に瀕した科学文明勃興以前の動植物や文化を復活させると共に、清浄な世界で生きられる体を持つ、穏やかな新人類をこの世に生み出し、世界を再建する事を目的としていたのだ。
    「墓所」はそれ自体が意識と旧世界の科学知識を持つ人工生命体でもあり、墓所とシュワに到着したオーマが互いに攻撃し合った結果、街は墓所以外跡形もなく壊滅する。遅れて到着したナウシカは墓所の中に入る。墓所の中枢にあり、表面に1,000年前の古代文字が現れる肉塊は、「墓所の主」と呼ばれ、ナウシカに浄化完了後の戦争のない理想郷を作る為に協力して欲しいと言い、汚染に適応した現生人類を元に戻す技術も表面に記されてあるとも言う。しかしナウシカは、清浄のみを追求し一切の汚濁を認めない旧世界の計画に反発して協力を拒否し、「墓所の主」をオーマに握り潰させる。
    その後「墓所」は、旧世界を研究し「墓所の主」と共にいる事を望む科学者達と、ヒドラ達、そして新人類の卵を内部に収めたまま倒壊した。「苦しみや悲しみ、そして死も人間の一部である事を受け入れ、汚濁と共に生きてゆく事」。それがナウシカの選択であった。

    エピローグ
    オーマはナウシカに看取られながら役目を終え、生き延びたナウシカは全ての真実を胸の奥に秘めたまま帰還する。そして、土鬼の地に留まり土鬼の民と共に生き、土鬼で会った少年チククの成人後に風の谷に帰ったとも、やがて森の人の元へ去ったとも言い伝えられたという。

    世界観
    産業革命から1,000年を経て極限まで科学技術の発展した人類社会が、「火の7日間」と呼ばれる最終戦争によって滅びてからさらに1,000年余りが経過した未来の地球が舞台。作中ではセラミック時代終末期と記述されている。

    ユーラシア大陸の西のはずれに発生した産業文明は
    数百年のうちに全世界に広まり
    巨大産業社会を形成するに至った
    大地の富をうばいとり大気をけがし
    生命体をも意のままに造り変える巨大産業文明は
    1000年後に絶頂期に達し
    やがて急激な衰退をむかえることになった
    「火の7日間」と呼ばれる戦争によって都市群は有毒物質をまき散らして崩壊し
    複雑高度化した技術体系は失われ
    地表のほとんどは不毛の地と化したのである
    その後産業文明は再建されることなく 永いたそがれの時代を人類は生きることになった

    — ワイド判 第1巻 冒頭より
    火の7日間によって地球全体に有毒の汚染物質がばらまかれており、更に陸地の大部分は菌類の森「腐海」に覆われ、人類は腐海の毒が及ばない地域で生活している。しかし腐海は少しずつ広がり続けており、わずかに届く毒で子は育たず、石化の病が流行り、人口は減り続けている。また海は「この星の汚染物質が最後にたどり着く所」とされ、人類は海からの恩恵も得られなくなっている。火の7日間以前の産業文明は旧世界と呼ばれ、かつての高度な科学技術は失われて地下の古代都市から発掘された遺物を利用するに留まり、人々の生活様式は現代からすら大きく後退している。それでも人類同士の勢力抗争は続いており、作中ではトルメキア王国と土鬼諸侯国連合の間で勃発したトルメキア戦役の模様が描かれる。また王国内では王位継承権を巡り権力闘争が続いている。

    終盤では、文明を衰退に追いやった諸々の事象が世界を再建する為の遠大な計画であったという真実が語られる。火の7日間は兵器としての巨神兵が世界を焼き尽くした戦争と伝えられてきたが、巨神兵の真の役目である裁定により世界破壊が選択された事が示唆されている。腐海も序盤では汚染された世界を浄化するために生まれたという仮説が述べられるが、これも旧世界によって人工的に作り出されたことが示されている。人類や腐海外の動植物はかつての生命工学によって毒へ耐性を持つよう作り変えられており、逆に清浄な世界では生きていけなくなっている。そして旧世界の知識と技術は、墓所の主や庭園の主といったかつて作られた人工神により守られていた。

    制作背景
    執筆の経緯
    『ルパン三世 カリオストロの城』の公開後、宮崎はテレコム・アニメーションフィルムの海外合作『名探偵ホームズ』『リトル・ニモ』の制作準備に関わりながら、次回作の構想を練るために多数のイメージボードを描いた。その中には『となりのトトロ』や『もののけ姫』の原案のほか、「グールの王女ナウシカ」「風使いの娘ヤラ」「サンド王蟲(オーム)」といった本作のモチーフも描かれている。しかし、『カリオストロの城』の興業成績の不振により「企画が古臭い」というレッテルを貼られ、アニメ業界では不遇の地位に甘んじていた。

    アニメージュ編集部は『未来少年コナン』や『ルパン三世 カリオストロの城』を通じて宮崎の才能に着目しており、1981年8月号において「宮崎駿特集」を掲載した。また、宮崎から『戦国魔城』と『ロルフ』 という2本の映画企画を預かり、徳間グループの映像会議に提出したが、原作が存在しないことを理由のひとつとして採用されなかった。そこで、編集部はアニメ化への布石と誌面の話題作りを兼ねて、宮崎に連載漫画の執筆を依頼した。担当編集者の鈴木敏夫に口説かれた宮崎は、「漫画として描くならアニメーションで絶対できないような作品を」という条件で受諾。『ロルフ』にSF的な「腐海」という設定を加え、『風の谷のナウシカ』の題名で執筆を開始した。

    連載開始時には『名探偵ホームズ』との掛け持ちで多忙を極めたため、第2話以降しばらくは鉛筆原稿のまま掲載された。宮崎は映画化の際には原作も終わらせることを考えたが、アニメーション作家として地位を確立した後も執筆を続け、12年かけて完結に導いた。

    連載途中(1992年)アニメージュ誌の締め切りまでに1ページ書き足りなかったことがあり、「いいわけ」としてその1ページ分を使って趣味の軍事ショー見学記の漫画が書かれたことがあった。最後のコマでは「おわび」の「び」の字を消して「り」に直し「おわり」としている。

    物語設定の背景
    宮崎は少年時代に読んだ『マクベス』の「森が動く」という台詞に驚き、植物のことを扱いたいという意識を持っていた。漫画家志望だった学生時代には革命ものの習作を描いていたが、本作では「人間がいる世界というか、自然物というか、そういうものとの関係を語らないと、生産と分配の問題だけを論じてもくだらないことになると思ったんですよ」と述べている。

    物語序盤に提示されていた自然と科学技術の対立という構図は、後半では世界の浄化を巡るより複雑な構図に変化していく。宮崎は、この作品を結ぶにあたり影響を受けた事件としてユーゴスラビア内戦を挙げ、「あれだけひどいことをやってきた場所だから、もう飽きているだろうと思ったら、飽きてないんですね」「戦争というのは、正義みたいなものがあっても、ひとたび始めると、どんな戦争でも腐ってゆく」と述べており、これを物語終盤に反映させた。


    腐海(ウクライナ/クリミア半島)
    宮崎は風の谷のイメージを「中央アジアの乾燥地帯なんです」と発言し、腐海のモデルはウクライナ、クリミア半島のシュワージュ(腐海)としている。オーストラリアのオルガ山(カタ・ジュタ)には風の谷(Valley of the Winds)という場所があるが、スタジオジブリによれば関連はない。宮崎の初連載漫画『砂漠の民』も中央アジアを舞台としており、主人公の属するソクート族の王都「ペジテ」が登場している。作中の地名にも、中央アジアやタリム盆地の都市に関連した地名が見られる。「古エフタル王国」は言語などが謎に包まれたエフタルと呼ばれる中央アジアの遊牧民、「トルメキア第四皇女クシャナ」はインド北部に生まれたクシャーナ朝との関連が指摘される。旧世界の産業文明が発生した場所はユーラシア大陸の西、つまりイギリス周辺としている。

    本人による評価
    宮崎によれば、作品の出発点になっている自分の考えを自分で検証することになって、後半はこれはダメだという所に何度も突き当たらざるを得ないことの連続だったという。予定調和なユートピアを否定することになり、ぐちゃぐちゃになってしまったとも語る。体力的にも能力的にも時間的にも限界で、何の喜びもないまま終わって、完結していない作品だと説明している。ジャーナリストの立花隆は、宮崎駿本人に「あれは映画にしないのか」と尋ねたところ、「できない」との返事を受け取ったと述べている。

    他作品からの影響
    ベースになった映画企画『ロルフ』は、アメリカの漫画家リチャード・コーベン(Richard Corben)のコミック"Rowlf"(1971年)をもとに、「小国の運命を背負うお姫様」という着想を得たもの。宮崎は東京ムービー新社に対して"Rowlf"の版権取得を提案してもいる。『ロルフ』は宮崎が漫画家の手塚治虫と共同で映像化しようとしたものの、原作者が許可しなかったために立ち消えとなった企画だった。

    主人公ナウシカのモデルとして、宮崎は日本の古典文学『堤中納言物語』に登場する「虫愛づる姫君」を挙げている。名前はギリシア叙事詩『オデュッセイア』に登場する王女ナウシカに由来する。作品内に登場する人名や地名などには、実際の歴史的事項に一致または類似するものもある。例えば、クシャナはインドの王朝名(クシャーナ朝)、地名エフタルは実在の遊牧民族名、ミラルパは実在のチベット仏教行者(ミラレパ)など。

    ルネ・ラルーのアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』(1973年)や、手塚治虫、諸星大二郎の影響も指摘される。なかでもフランスの漫画家メビウスの『アルザック』(1975年)には強い影響を受け、宮崎自身メビウスと対談した際に「『ナウシカ』という作品は、明らかにメビウスに影響されつくられたものです」と語っている。また、腐海と人間との関連性には、中尾佐助の唱えた照葉樹林文化論も影響している。他に『パステル都市』『地球の長い午後』『デューン/砂の惑星』等のSF小説の影響を指摘する論者もいる。特に『パステル都市』には、腐敗・酸化した土地、そこから掘り出される過去の遺物を再利用する黄昏の文明、その特徴的な遺物である飛空艇、対立する2人の女性王族、それを助ける剣士、世界を破壊する前世紀の人造人間など、ナウシカと共通するモチーフが多い。さらに、作品の主要舞台となる「錆の砂漠」という地名の固有名詞が、書籍に掲載されている宮崎駿が書き下ろしたアニメ版ナウシカの幻の主題歌の歌詞に登場していることも確認できる


    以上のようにWikipediaで紹介される風の谷のナウシカ原作7巻。
    自分の購入したこれは2023年5月5日114刷発行とある。
    この7巻が最終巻になる。
    墓所、そして世界崩壊前の文明のすごさ、そしてエゴ・・
    腐海だけではなく、ナウシカ達の人間そのもの、生き物自体が瘴気を発するこの汚れた世界で生きていけるように組み替えられていた。
    そして清浄な世界では生きられないと・・・
    なんということだろう。
    単純ではない物語の深さ・・善とは何か悪とは何か・・分からなくなってくる。
    著名人の中でも評価は分かれているようだ。

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    「ナウシカ」知識人たちはこう評価した 
    J-CAST ニュース | 2020年2月6日17時30分

    米教授「最も研究が進んでいない作品」
    「知の巨人」立花隆氏は、文春ジブリ文庫・ジブリの教科書の第1巻目の「風の谷のナウシカ」(2013年)の巻頭によせた「前人未踏の巨大世界、ナウシカ」で、映画の原作となるコミック(漫画版「ナウシカ」)を激賞している。漫画版「ナウシカ」は、『アニメージュ』1982年2月号から連載が始まり、映画が終わったのちも中断をはさみながら連載は続き、「風の谷のナウシカ」の最終巻(第7巻)のコミックがでたのは、1995年になってからのことであった。1995年は、阪神・淡路大震災、オウム真理教の地下鉄サリン事件があった、日本の転換点の年である。評者もコミックが刊行されるたびに購読していた。

    週刊文春(昨年12月26日号)の立花氏の「私の読書日記」では、スーザン・ネイビア著「ミヤザキ・ワールドー宮崎駿の闇と光」(早川書房)を紹介している。この本を読むと、立花氏の熱い思い入れとは相反して、スーザン・米タフツ大教授が一番に押しているのは「千と千尋の神隠し」(2001年)のようだ。漫画版「ナウシカ」については、「極めて高い人気にもかかわらず、・・おそらく、宮崎の全業績の中で最も研究が進んでいない作品である」と指摘する(第10章 救世主(メシア)から巫女(シャーマン)へ 「闇の中の光」を求める漫画版『風の谷のナウシカ』)。その理由について、「物語の壮大な構想、複雑なプロット、繰り返し起きる場面転換、そして無数のキャラクターたちに腰が引けてしまう」ということをまず挙げる。また、宮崎氏の作風が根本的に楽天的で明るいものだとのこれまでの評価と異質であることや、描かれるナウシカが映画版よりダークであることも指摘する。「とは言え、作品自体は、宇宙における人類の位置について従来の考えを覆すような世界観を提示し、大災厄後の未来社会を記憶に残るイメージを用いて描写したことが評価され、概して名作の呼び声が高い」という。

    最近、民族学者の赤坂憲雄氏が、「ナウシカ考 風の谷の黙示録」(岩波書店 2019年11月)を世に問うている。漫画版「ナウシカ」の完結に際して、産経新聞1995年2月4日夕刊紙面に「火と大地、そして小さな母の物語」と題したエッセイを書いたことを「はじめに」で回想している。そして、「時代のほうが喘ぎながら、その黙示録的な世界の見えにくい渚に漂着しようとしている、とでもいうべきか」という。

    ナウシカの行動に納得しなかった野口悠紀雄
    経済学者の野口悠紀雄氏の「『超』整理日誌」(ダイヤモンド社 1996年、新潮文庫 1999年 いずれも版元品切)に収録された「『風の谷のナウシカ』に関する主観的一考察」は、スーザン教授の本にも、赤坂氏の本にも、参考文献としても出てこないが、とても秀逸だと思う。もとは、週刊エコノミスト誌(毎日新聞社)1995年5月9日号~23日号に掲載されたものだ。野口氏は、漫画版「ナウシカ」が、ワーグナーの楽劇「ニーベルンゲンの指環」、J・R・R・トールキンの「指環物語」に続く「第三の指輪物語」であるとの仮説をたてて見事な考察を行う。そして、漫画版「ナウシカ」は、「言語イデオロギー過剰」ではあるが、ファンタジーとしての条件を備えた名作だという。ただし、ナウシカがとった行動(人類の救済計画を拒否したこと)について、野口氏は納得していない。ナウシカに匹敵する登場人物であるクシャナを高く評価し、物語の途中で、世界再建の指導者という人類的使命に目覚めて、実務家として立ち現れたことが、漫画版「ナウシカ」を大人の鑑賞に堪えるものにしたとする。

    野口氏は、当時の文庫版あとがきで、この本で「終末は到来しないこと、多くの人々にとっての日常は退屈な日々の連続であること、そして人類はそうしたなかで21世紀を迎えるであろうことを強調した」という。3.11を経験した我々は、この見解を無条件に受け入れることは難しいが、野口氏がこのエッセイの最後で指摘する「必要なのは、終末が訪れぬ世界、いつになっても終わらぬ世界において、人々を壮大なイメージで奮い立たせるのでなく、実務のレベルで地道に問題を処理することだ」との言葉は、いまの時代にあっても実務家として改めてかみしめるべきものだと思う。<J-CASTトレンド>経済官庁 AK
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    まあ引用元の記事を読む限り、その高度な技術を活かせないのかという発想はあり得る。
    しかし、生命をもてあそんだという意味においてやはり墓所の技術は邪道なのだと思う。
    またこの7巻では巨神兵が裁定者であると自ら語っている。
    シン・ウルトラマン(2022)でもゾーフィーが似た台詞を語るけれども、元ネタはこの風の谷のナウシカだ。
    映画版ナウシカ(1984)のような核兵器を比喩しているとかそういう単純なものではない。ないが故に物語に深みが生まれているのは間違いない。
    また原作最後のページのコマで「生きねば・・」と結んでいるのも印象深い。
    風立ちぬ(2013)でもそのキャッチフレーズは「生きねば」であった。
    作品を超えたキャッチコピーであり宮崎駿の思想でもあるのだと思う。
    立花隆氏が指摘していたように、漫画版風の谷のナウシカの前と後で宮崎駿氏の作品郡は大きく進化しているのではないだろうか。
    ジブリ映画作品はどの作品もだいたい2年おきくらいにTV放送があるから、それで何度か再視聴することでより深く作品の多重構造を楽しむことができる。
    この漫画版ナウシカも数年おきに読むべき作品なのだと思う。
    また改めて再読したい。


    この最終巻7巻ではユパやテトとの死別がある。
    映画版との違いを痛感する。
    それは巨神兵もそうだ。
    オーマという名前を与えられ、裁定者としての仕事ぶり・・・
    墓の主と戦うことが出来たのもオーマがあってこそだ。
    オーマ抜きでは不可能だった・・・
    この巨神兵の描かれ方の違いも映画版との大きな違いだ。

    結局、墓所は滅ぼされ、遠い未来にナウシカ達現生人類が生き残れるのかどうかは分からない。星の決めることだと。
    とは言え、滅んだのはあくまで墓所だけで庭園(恐らく複数ある)は残っている。
    まあ、危険な技術ではない残してしかるべきものは残した方が良いという著者の判断なのだろうか。


    印象に残った点

    帰還したクシャナはやがてトルメキア中興の祖と称えられるに至るが、生涯代王に留まり決して王位につかなかった。以来トルメキアは王を持たぬ国になったという・・・・。

    さあみんな
    出発しましょう
    どんなに苦しくとも
    生きねば・・・・

    生きましょう
    すべてをこの星にたくして共に・・・

    王蟲の体液と墓のそれとが同じだった

    私は王にはならぬ
    すでに新しい王を持っている

    ひとつだけ父の忠告を聞け
    王宮は陰謀と術策の蛇の巣だ
    ゴミのごとき王族、血族がひしめいておる
    だがひとりも殺すな
    ひとりでも殺すとわしと同じに次々と殺すことになるぞ

    私達はみなあまりに多くのものを失いました
    でもすべては終わったのです
    今はすべてを始めるときです

    好きになれない女だったがそなたに王位を譲る
    トルメキア王国の正統なる後継者として
    疲弊したトルメキアを再建しろ
    道化お前が証人だ

    オーマ
    あなたは私の自慢の息子です
    誇り高くけがれのない心の勇敢な戦士です
    それにとてもやさしい子です

    外に出ろ
    ここにいると死ぬぞ
    いやだわれわれは主と共にあるのだ

    気に入ったぞ
    お前は破壊と慈悲の混沌だ
    ハハハもっと前に会いたかったぞ!!

    たまご・・・?!
    清浄な世界にもどった時の人間の卵か?

    自分の罪深さにおおのきます
    私達のように凶暴ではなくおだやかでかしこい人間になるはずの卵です

    そんなものは人間とはいえん・・・

    オーマ
    その者を闇へ帰しなさい!!

    やめろ闇の子!!
    世界を亡ぼした怪物を呼び覚ますのはやめろ!!

    お前は悪魔として記憶されることになるぞ
    希望の光を破壊した張本人として!!

    かまわぬ
    そなたが光なら光など要らぬ

    巨大な墓や下僕などなくとも私達は世界の美しさと残酷さを知ることができる
    私達の神は一枚の葉や一匹の蟲にすら宿っているからだ

    オーマ
    私達にかまうな
    ここへお前の光をおくれ!!

    すべては闇から生まれ闇に帰る
    お前達も闇に帰るが良い!!

    朕は墓守りにはならんぞ
    お前には仕えん!!
    自分の運命は自分で決める

    お前達は希望の敵だ

    神というわけだ
    お前は千年の昔沢山つくられた神の中のひとつなんだ
    そして千年の間に肉腫と汚物だらけになってしまった

    絶望の時代に理想と使命感からお前がつくられたことは疑わない

    その人達はなぜ気づかなかったのだろう
    清浄と汚濁こそ生命だということに

    苦しみや悲劇やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない
    それは人間の一部だから
    だからこそ苦界にあっても喜びやかがやきもまたあるのに

    あわれなヒドラ
    浄化の神としてつくられたために生きるとは何か
    知ることもなく最もみにくい者になってしまった

    お前にはみだらな闇のにおいがする
    多少の問題の発生は予測の内にある
    わたしは暗黒の中の唯一残された光だ

    娘よ
    お前は再生への努力を放棄して
    人類を亡びるにまかせるというのか?

    その問はこっけいだ
    私達は腐海と共に生きて来たのだ
    亡びは私達の暮らしのすでに一部になっている

    種としての人間についていっているのだ
    生まれる子はますます少なく
    石化の業病からも逃れられぬ
    お前達に未来はない

    人類はわたしなしには亡びる
    お前達はその朝をこえることはできない

    それはこの星が決めること

    虚無だ!!
    それは虚無だ!!

    王蟲のいたわりと友愛は虚無の深淵から生まれた

    お前は危険な闇だ
    生命は光だ

    ちがう
    いのちは闇の中のまたたく光だ!!


    お前は亡ぼす予定の者達をあくまであざむくつもりか!!

    お前が知と技をいくらかかえていても
    世界をとりかえる朝には結局ドレイの手がいるからか

    私達の身体が人工で作り変えられていても私達の生命は私達のものだ
    生命は生命の力で生きている

    私達は血を吐きつつ くり返しくり返しその朝をこえてとぶ鳥だ

    生きることは変わることだ
    王蟲も粘菌も草木も人間も変わっていくだろう
    腐海も共に生きるだろう

    だがお前は変われない
    組み込まれた予定があるだけだ
    死を否定しているから

    真実を語れ
    私達はお前を必要としない

    どの真実をだね?

    あの時代どれほどの憎悪と絶望が世界をみたしていたか
    想像したことがあるかな?

    数百億の人間が生き残るためにどんなことでもする世界だ

    有害の大気
    凶暴な太陽光
    枯渇した大地
    次々と生まれる新しい病気
    おびただしい死

    ありとあらゆる宗教
    ありとあらゆる正義
    ありとあらゆる利害
    調停のために神まで造ってしまった
    とるべき道はいくつもなかったのだよ

    時間がなかった私達はすべてを未来に託すことにした

    これは旧世界のための墓標であり同時に
    新しい世界への希望なのだ
    清浄な世界が回復した時
    汚染に適応した人間を元に戻す技術もここに記されている

    交代はゆるやかに行われるはずだ
    永い浄化の時は過ぎ去り
    人類はおだやかな種族として新たな世界の一部となるだろう

    私達の知性も技術も役目を終えて
    人間にもっとも大切なものは音楽と詩になろう


    なぜ真実を語らない
    汚染した大地と生物をすべてとりかえる計画なのだと!!


    子等よ
    手荒な出迎えをして許しておくれ

    武装を解き平安に伝えねばならないわけがあるのだ

    自らの愚かさゆえ空しく亡びたあまたの人間を代表して
    そなた達に伝えたい
    永い浄化の時にそなた達はいる

    だがやがて腐海の尽きる日が来るであろう
    青き清浄の地がよみがえるのだ

    浄化のための大いなる苦しみを罪への償いとして
    やがて再建へのかがやかしい朝が来よう

    子等よ
    私達はこの墓を絶頂と混乱の時代に英知を集めて建設した
    その朝が来た時世界の再建の力になるようにと

    わが身体に現れる文字を読みその技を伝えるがよい
    すべての文字が現れた時その日が来る
    苦しみが終わる日が

    子等よ
    力を貸しておくれ
    この光を消さないために


    主は暗黒のこの世にあって唯一の光なのだ
    かつて築かれた壮大な知の結晶だ

    失政は政治の本質だ
    つまらぬゴタクはもういい!
    墓の主とやらを出せ

    見ろ
    こいつらは死ぬことも出来ぬ化物だ
    墓が飼うヒドラだ

    ちがう
    我々は聖なる文書の解読と検証にすべてを捧げる教団だ
    その文字は冬至と夏至に一行のみ新たに生まれて来るのだ
    その一行すらわが教団が総力を傾けても理解するのに時が足りぬのだ
    その文字は世界のなりたち生命の秘密について語っている
    文書はまだ終わらず我々の仕事は道半ばに過ぎぬ
    我々は外部の協力者を必要としている

    わが教団は墓所の主の下僕として中に住むことを許された選民だ
    博士とは主と皇帝とのとりきめに従い教団が養成し僧会に提供した下人にすぎぬ
    土鬼帝国が消滅した今教団は外に新たな協力者を必要としている


    先を急いで沢山の死者を後に残して来た
    私を守ってくれた人
    導いてくれた人
    大切な友人も敵だった人々も・・・・
    埋葬すらしなかった
    だからどうかみんな・・・
    死者へのいたわりを忘れないで・・

    シュワの墓所には旧い世界のいまわしい技が遺されています
    王蟲を培養しヒドラを飼い巨神を育てた技が
    その技があるかぎり邪な者をよびよせ虚無が死を吐き出します

    セルム
    私は嘘をつきました
    これからもつき続けます

    人間は汚染にあわせて身体をつくりかえてしまった・・・
    でもそれをみんなに伝えて何になるでしょう
    ・・・それに・・
    私の中で激しく何かが叫びます
    私が見た風景
    あなたが案内してくれた腐海の尽きる所
    世界はよみがえろうとしていました
    たとえ私達の肉体がその清浄さに耐えられなくとも

    次の瞬間に肺から血を吹き出しても鳥達が渡っていくように
    私達はくり返し生きるのだと
    腐海の胞子はたったひとつの発芽のために
    くり返しくり返し降り積もり無駄な死を重ねます

    私の生は10人の兄と姉の死によって支えられました

    どんなにみじめな生命であっても
    生命はそれ自体の力によって生きています
    この星では生命はそれ自体が奇跡なのです

    世界の再建を計画した者達があの巨大な粘菌や
    王蟲達の行動をすべて予定していたというのでしょうか

    ちがう
    私の中で何かがちがうと激しく叫びます

    あの黒いものはおそらく再建の核として遺されたのでしょう
    それ自体が生命への最大の侮蔑と気づかずに

    この人達は年百年もこうやって生きて来たのだ
    私達はなんて沢山の事を学ばなければならないのだろう

    やめなさい
    死者のものを盗ってはならない
    いかなる死者もはずかしめるな!

    裁定は下っている
    和平とはお前達の終わりのない愚行を意味する言葉であろう
    それを断ち切るために私は力を与えられた

    ひょっとすると
    人間を亡ぼしに行くのかもしれない
    だとしても・・・

    その少年はヒドラを連れてシュワに向かった
    人間を救いたいと言い遺して
    同じ道を私は巨神兵と蟲使いと共に行く

    この庭にあるもの以外に次の世に伝える価値のあるものを
    人間は造れなかったのだ
    (この発言箇所は庭園の主と墓所の主との大きな違いであろう)

    でもシュワの中心には別なものが仕組まれています
    生命をあやつりオーマや粘菌を育て大海嘯の呼び水となる技が漏れ出ています

    なぜ墓所には伝えるに値しない技が遺され死の影を吐き出しているのですか?
    沈黙もまた答えです
    お別れです

    自分で壊しましたがあなたの下さった安らぎの一瞬を忘れません
    さようなら私の名はナウシカ

    ナウシカ・・・・いい名だ


    あなたは残酷ですがやさしい
    きっと生命を奪うことはできないのです
    だから私をとめられません

    たとえどんなきっかけで生まれようと生命は同じです
    おそらくヒドラでさえ・・・
    精神の偉大さは苦悩の深さによって決まるんです
    粘菌の変異体にすら心はあります

    生命はどんなに小さくとも外なる宇宙を内なる宇宙に持つのです

    いまはすべてがはっきり見える
    恐ろしいほど心が澄んで来た

    かくされた意図
    火の七日間の前後
    世界の汚染が取り返しのつかぬ状態になった時
    人間や他の生物をつくり変えた者達がいた
    同じ方法で世界そのものも再生しようとした

    有毒物質を結晶化して安定させる方法
    千年前に突然攻撃的な生態系が出現した原因

    たった数千年で腐海は不毛の大地を回復させようとしています
    その役目が済んだら亡びるようにも定められている

    目的のある生態系
    その存在そのものが生命の本来にそぐいません

    私達の生命は風や音のようなもの
    生まれひびきあい消えていく

    千年前人間は絶望の淵にあったのでしょう
    必死に人々は希望を見つけようと努力した
    生態系をつくり生物をつくりかえる技は
    この庭の維持にいまも生きています

    計画では今は再生への道程のはずでした
    けれど現実には愚行はやまず虚無と絶望は更に拡がっています

    天地が清浄だった時のいきものが腐海のほとりに住めるはずがない

    瘴気に肌をさらしながらわずかなマスクだけで平気なのをおかしいと感じなかったのかな?

    そなたのしようとしていることはもう何度も人間がくり返して来たことなんだよ

    愛していないのになぜあの死神に名を与えたのだ
    自分を愛さなかった母への復讐をしたのかね?
    そんな・・・

    みな自分は誤りをしないと信じながら
    業が業を生み悲しみが悲しみを作る輪から抜け出せない

    この庭はすべてを断ち切る場所
    トルメキアの二人の王子を見ただろう
    彼等は生まれてはじめて安らかな喜びを感じている

    父は自分の子供を王位を奪う簒奪者としか見ておらぬ
    自分達も小心な愚者を演じて来なければとうに殺されていただろう

    クシャナのこともナウシカが教えてくれた
    クシャナは深く傷ついた鳥だといった
    本当は心の広い大きな翼を持つやさしい鳥だって

    クシャナ
    ここに
    血は血はむしろそなたを清めた
    王道こそそなたにふさわしい

    人間を相手に軍が戦うは取り返しのつかぬ修羅への道

    なんとか止めねばならん
    ナウシカにはなれずとも同じ道はいける

    同じ予言が時には生への希望となり時には彼岸へのあこがれにもなる

    ナウシカがみんなをつなぐ糸なんだ

    ナウシカがいなければバラバラにいがみあうだけだった

    ぼくはオーマ
    調停者にして戦士そして裁定者

    今はあの二人が生かすに値するかどうか観察している

    2024/08/10(土)記述

  • なんて奥深い最後だろうか。
    過去に存在し、そしていつか訪れるだろうと日々焦がれている未来に、自分たちの身体がもはや対応できないなどと…どの口が言えようか。
    どう理解できようか。

    もののけ姫のキャッチコピーは“生きろ”だったけれど、ナウシカの最後のことばである“生きねば”にこそ強い意志を、頑な思いを感じざるを得ない。

    必死に生きねば。

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著者プロフィール

アニメーション映画監督。1941年東京都生まれ。学習院大学政治経済学部卒業後、東映動画(現・東映アニメーション)入社。「ルパン三世 カリオストロの城」(1979)で劇場作品を初監督。1984年には「風の谷のナウシカ」を発表。1985年にスタジオジブリの設立に参加。「天空の城ラピュタ」(1986)、「となりのトトロ」(1988)、「魔女の宅急便」(1989)、「紅の豚」(1992)、「もののけ姫」(1997)、「千と千尋の神隠し」(2001)、「ハウルの動く城」(2004)、「崖の上のポニョ」(2008)、「風立ちぬ」(2013)を監督。現在は新作長編「君たちはどう生きるか」を制作中。著書に『シュナの旅』『出発点』『虫眼とアニ眼』(養老孟司氏との対談集)(以上、徳間書店)、『折り返し点』『トトロの住む家増補改訂版』『本へのとびら』(以上、岩波書店)『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』(文春ジブリ文庫)などがある。

「2021年 『小説 となりのトトロ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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