本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784197755141
みんなの感想まとめ
物語の中で、ナウシカは人類の未来を救う救世主としての役割を担っており、その葛藤や戦いが描かれています。第3巻では、戦争の悲惨さがリアルに表現され、特に描写の生々しさが印象的です。腐海という呪いの象徴が...
感想・レビュー・書評
-
「ナウシカ」の読み直しを再開する。間が空いても申し訳ない。これは思ったよりもしんどい作業なのだ。
ちょっと前巻を思い出して欲しい。土鬼(トルク)軍の辺境のマニ族の僧正は言った。「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」「(その者は)そなたたちを、青き清浄の地へみちびく」だろうと。腐海は、この時代、全人類にかけられた呪(のろ)いである。そこから救う救世主に、果たしてナウシカはなるのか?
その「問い」が、全巻を通じて囁き続けている。それが「ナウシカ」である。第3巻は、「指輪物語」における黒門の戦いのような厳しい 戦争場面が続く。映画や「英雄物語」ならば、これ以上にないスペクタルシーンであり、聞き手を惹きつける山場ではあるが、宮崎駿の手描き感溢れる絵柄からは、かえってどんどん悲惨さが増してゆく。爆薬で飛び散る肉体の描写。のちに「もののけ姫」でも一部描いたが、その比ではない。ナウシカは、その戦いに間接的に責任を負ってしまう。
伝説の勇者ユパには、この預言を確かめる役割を与えられ、暫くは「森の人」の秘密と付き合う。
一般的には、まだラストに向かうための「繋ぎ」の役割しか持たない第3巻ではあるが、今回再読して重要なことに幾つか気がついた。
ひとつは、一巻目で明らかにされていた「トルメキア戦役戦線地図」がさらに拡大されたのである。これがもしかして、人類に残された最後の「ヒトが住める土地」なのだとしたら、なんと狭いことか!地球(だとしたら、ではあるが)の中では、ほとんど猫の額(ひたい)だ。それを2つの大国が共存するのではなく、激しい戦闘で殺し合う。なんという愚かなことなのか?と、神の眼を持っている私たちにはそう見えるのではあるが、トルメキア王国も土鬼諸侯国もそうではないのだろう。
ひとつは、ナウシカと同じ雰囲気を持つ「森の人」の存在だ。
「蟲使いの祖にして、最も高貴な地の一族。火を捨て、人界を嫌い、腐海の奥深く棲まう者。蟲の腸をまとい、卵を食し、体液を泡として住まう」。それは一巻目のナウシカの未来の姿なのかもしれない。しかし、3巻目で出てきたということは、これが作品のゴールではないということだ。
その他、皇弟ミラルパの本格的登場、悲しいカイ(馬の機能をもち、鳥の顔持つ機動動物)の最期、等々注目すべき場面・設定がいくつもあった。 -
本当ややこしい。
土鬼はなんで戦争したいんだ?
私どっかで見落としたのか?
ナウシカとクシャナが仲良く?なるのは映画と違って個人的には好きな展開。 -
クシャナの言葉はいちいちカッコいいです。
-
こんなに何十年も昔から宮崎駿はマクロな視点を持って世界を見ていたんだなぁと感服させられる。
-
この辺で、バイオテクノロジーのすさまじさが描かれるわけであるが、この時代、既に馬は哺乳類でなくて鳥類になってゐるのであった。
この辺の設定は多分アニメ『時の支配者』(鳥と馬のあいのこの生き物が出る)とかから持って来たんだらう。が、後DNAをいろいろ調べると、馬と鳥は全然関係ないのであるが、馬とコウモリは交尾して子供出来ないのが不思議なくらゐDNA情報がそっくり、といふ結果が出たさうで。
はうはう。 -
クシャナ麾下の兵士さえもナウシカには一目置いている様が嬉しい。アニメの筋からは離れ、土鬼諸侯国とトルメキアの両軍の戦闘に巻き込まれたナウシカの葛藤が見て取れる。トリ馬カイの最期は悲しかった。本書の定価を見ると消費税3%時代のもの。残念ながらページのあちこちに黄ばみも出てしまっている。しかし宮崎監督独特のタッチで描きこまれた物語は色褪せない。
-
戦場を駆けるナウシカ。
ナウシカは英雄になるのかもしれない。
でもそれはナウシカの幸せじゃなくて。
ただ目をそらせない人なんだ。
クシャナさんもきっとそう。
ナウシカの援護に駆けつけた装甲兵も。
見るか見ないか、考えるか考えないか、感じるか感じないか。
見える人には見えない人のことが分からない。
見えない人には見える人がいることが分からない。
きっとずっと分かり合えない。 -
-
第三巻。
-
言ってみれば膠着の巻だが。
ナウシカの気高さに、ドルクも、トルメキアも、カイも、身を捧げんと欲する。
ここで森の人というものが。 -
愛と怖れは共存しない。けど……。
-
ナウシカ、クシャナ、クロトワの距離がだんだん縮まっていくところが見もの。カイここで死んじゃうのね。「食用にせず丁寧に埋葬してやれ」って言うクシャナ、優しいね。
-
映画とは違った厳しい物語に、驚くばかりだ。次々に展開していく様に理解が追いつかないほどだ。たくさんの死を踏み越えて、前に進む。土鬼のマニ族の僧正が亡くなった。その儒者だった女子は。娘のケチャだった。
ケチャは悲しみの中で「死んでしまったら、何にもならないじゃないか」と訴える。ペジテのアスベルは、ケチャの悲しみを理解しつつ、自らも国を失った者として共感を示す。しかし、ケチャはアスベルとナウシカに対し怒りをぶつける。なぜ王蟲の培養槽を破壊しようとしたのか。それがいちばんの問題のようにケチャは考えていた。
僧正は「深い心の持ち主であり、僧会のやり方に身をもって立ち向かった。生命をいじくり、王蟲を弄ぶことは腐海を怒らせ、人間の滅びを早める」と言われた。
剣士のユパは、「火の七日間に至る時代には、生命の源を操る技術が存在したとされる古い伝承がある」と語る。アスベルはユパと共に土鬼の聖都シュワに向かう。その大僧院は神聖皇帝の墓所でもあり、生命を操る技術が深く伝承されている。ペジテのアスベルは巨神兵の化石は知っていたが、超硬質セラミックの骨格を持つ巨神兵を発見する。箱に秘石を同じ形状の穴に移動させると、巨神兵は筋肉や体を形成し始めたため、アスベルは急いで秘石を外した。
一方、アスベル、ユパ、ケチャは土鬼に撃ち落とされ、森の人に救われることとなる。
土鬼の皇弟ミラルバは、土鬼の実質的な統治者で、超常的な力を持ち、人の心を読むことができる。土鬼諸侯国は聖都シュワを中心にした皇帝領、7つの大侯国、20余の小侯国、そして小部族国が集まったものだった。土鬼諸侯国連合はトルメキアを占領しようとした。
土鬼と戦うクシャナは、自分がトルメキアの兄たちによって殺されようとしていることを察知する。クワトロがその役割を担っていたことに気づいたクシャナは、誰が自分を狙っているのか問う。答えはトルメキアのヴ王であった。父親が、わが娘を殺そうとしていることに怒りと悲しみを覚える。
土鬼は人工的な森を使い、蟲を操って瘴気を発生させ、トルメキアの第三軍を全滅させる。クシャナは自分の兵士たちを助けに入るが、ナウシカは一体何が起こっているのかを考え続ける。
トルメキア軍は、最南端拠点である土鬼サバタ土侯国の都城に到着する。土鬼は音を鳴らし、狂ったように踊り狂い、皇弟ミラルバが戻ってくる。王蟲の血の色の青い装束を纏った娘ナウシカが現れる。
ナウシカは「なんという戦争だ。いかがわしい正義すらかけらもないとは。滅びの道を急いでいることに気がつかないのか」と言う。思わずプーチンにその言葉を聞かせたくなる。激しい戦闘の中で、ナウシカは窮地に陥るが、カイの活躍によって無事に抜け出すことに成功する。
クシャナは「ナウシカ、お前はお前の道を行くがいい。それも小気味良い生き方だ。私は私の血みどろの道を行く。親兄弟と殺し合う呪われた道をな」とつぶやく。
腐海の迫る危機とナウシカの生き方、クシャナの生き方、全く違う環境があり、それぞれ選択する生きる道も違う。ナウシカとクシャナはもがき、苦しみ、そして、正解なき生き方を模索する。あまりにもたくさんの試練が次から次に生まれるが、生き延びようとする姿勢や立ち向かう姿は同じだ。 -
息子10歳2ヶ月
息子が喜びそうな本を、母が選んで図書館から借りてきています。時々息子リクエストの本も。読み聞かせほとんどしなくなりました。母はサミシイ。
読んだ◯
好反応◯
何度も読む(お気に入り) ◯
「また借りてきて!」「続き読みたい!」◯
その他
今日も音読が止まらない。
『ナウシカ』読んで、漢字の勉強にもなっているらしい。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
宮崎駿の作品
本棚登録 :
感想 :

めっちゃ面白いですね、原作!
読みながらクマさんの解説聞きたい!
買わないとダメなやつだなー。これは労力いりますね。...
めっちゃ面白いですね、原作!
読みながらクマさんの解説聞きたい!
買わないとダメなやつだなー。これは労力いりますね。
でも続きの巻のレビューも読みたかった!!
年始にAKIRAやってたから見たんですが、あれも原作の方が良いのかなー
コメント返そうとするだけで、長く長くなってしまうじゃないですか!
まぁ、それでも王蟲が蹂躙した後のような砂漠の中に埋もれて...
コメント返そうとするだけで、長く長くなってしまうじゃないですか!
まぁ、それでも王蟲が蹂躙した後のような砂漠の中に埋もれていた私の昔のレビューを読んで頂いたお返しはしなくてはなるまい。
もう続きは、ちょっと書けないかな。赤坂憲雄さんのを読んだ直後はちょっと書ける気がしたんですよ。それほどまでに、7巻までいけば、いろいろ自分も「試される」んです。
それに色色謎があるし。
ポニョが子供向け明るい話というのは大嘘で、それ以降の作品も、子供向けに希望を語る「ジブリアニメ」というのは大嘘で、その出発点がこの作品にあると、常々私は主張していて、それを言語化したいと思っていたんですが、なんかもう出来そうにない。
雪見酒さんが、私を刺激してくれるレビュー書いてくれたら、もしかしたら書くかも知んない。と刺激してみる。
AKIRA観ました!
おそらく映画館では観てない。
マンガ連載はリアルタイムで読んでいました。一巻は買ったけど、それ以降訳わかんなくなって、映画もそうなんだろ、と思って観なかった。ラストはともかく、まさかあそこまで映像的に完成されているとは思わなかった。
多分、原作よりもスッキリ作ったから、こっちの方が良かったんじゃないだろうか。
そのあと、リバイバル上映もなく、DVD化もされてない。ホント貴重な番組でした!その後の「漫勉」も、あそこまで緻密に「設定」を絵化しているとは思ってなかったので、あれから30年間、この人いったい何やってたんだろ、と不思議ではならない。「漫画は書く」と最後言いましたが、白土三平みたいに老害を晒さなかった良いのだけど。
AKIRAの中で、さまざまなオマージュもあったけど、その後、AKIRAドライブが、さまざまな作品にオマージュされているのを、フェイスブックの動画で観て、改めてAKIRAはレジェンドだったんだな、と思いました。
要は面白かったですよね。
話題振ってくれてありがとう!