- Amazon.co.jp ・マンガ (156ページ)
- / ISBN・EAN: 9784197755141
感想・レビュー・書評
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「ナウシカ」の読み直しを再開する。間が空いても申し訳ない。これは思ったよりもしんどい作業なのだ。
ちょっと前巻を思い出して欲しい。土鬼(トルク)軍の辺境のマニ族の僧正は言った。「その者青き衣をまといて金色の野に降り立つべし」「(その者は)そなたたちを、青き清浄の地へみちびく」だろうと。腐海は、この時代、全人類にかけられた呪(のろ)いである。そこから救う救世主に、果たしてナウシカはなるのか?
その「問い」が、全巻を通じて囁き続けている。それが「ナウシカ」である。第3巻は、「指輪物語」における黒門の戦いのような厳しい 戦争場面が続く。映画や「英雄物語」ならば、これ以上にないスペクタルシーンであり、聞き手を惹きつける山場ではあるが、宮崎駿の手描き感溢れる絵柄からは、かえってどんどん悲惨さが増してゆく。爆薬で飛び散る肉体の描写。のちに「もののけ姫」でも一部描いたが、その比ではない。ナウシカは、その戦いに間接的に責任を負ってしまう。
伝説の勇者ユパには、この預言を確かめる役割を与えられ、暫くは「森の人」の秘密と付き合う。
一般的には、まだラストに向かうための「繋ぎ」の役割しか持たない第3巻ではあるが、今回再読して重要なことに幾つか気がついた。
ひとつは、一巻目で明らかにされていた「トルメキア戦役戦線地図」がさらに拡大されたのである。これがもしかして、人類に残された最後の「ヒトが住める土地」なのだとしたら、なんと狭いことか!地球(だとしたら、ではあるが)の中では、ほとんど猫の額(ひたい)だ。それを2つの大国が共存するのではなく、激しい戦闘で殺し合う。なんという愚かなことなのか?と、神の眼を持っている私たちにはそう見えるのではあるが、トルメキア王国も土鬼諸侯国もそうではないのだろう。
ひとつは、ナウシカと同じ雰囲気を持つ「森の人」の存在だ。
「蟲使いの祖にして、最も高貴な地の一族。火を捨て、人界を嫌い、腐海の奥深く棲まう者。蟲の腸をまとい、卵を食し、体液を泡として住まう」。それは一巻目のナウシカの未来の姿なのかもしれない。しかし、3巻目で出てきたということは、これが作品のゴールではないということだ。
その他、皇弟ミラルパの本格的登場、悲しいカイ(馬の機能をもち、鳥の顔持つ機動動物)の最期、等々注目すべき場面・設定がいくつもあった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
こんなに何十年も昔から宮崎駿はマクロな視点を持って世界を見ていたんだなぁと感服させられる。
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この辺で、バイオテクノロジーのすさまじさが描かれるわけであるが、この時代、既に馬は哺乳類でなくて鳥類になってゐるのであった。
この辺の設定は多分アニメ『時の支配者』(鳥と馬のあいのこの生き物が出る)とかから持って来たんだらう。が、後DNAをいろいろ調べると、馬と鳥は全然関係ないのであるが、馬とコウモリは交尾して子供出来ないのが不思議なくらゐDNA情報がそっくり、といふ結果が出たさうで。
はうはう。 -
クシャナ麾下の兵士さえもナウシカには一目置いている様が嬉しい。アニメの筋からは離れ、土鬼諸侯国とトルメキアの両軍の戦闘に巻き込まれたナウシカの葛藤が見て取れる。トリ馬カイの最期は悲しかった。本書の定価を見ると消費税3%時代のもの。残念ながらページのあちこちに黄ばみも出てしまっている。しかし宮崎監督独特のタッチで描きこまれた物語は色褪せない。
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戦場を駆けるナウシカ。
ナウシカは英雄になるのかもしれない。
でもそれはナウシカの幸せじゃなくて。
ただ目をそらせない人なんだ。
クシャナさんもきっとそう。
ナウシカの援護に駆けつけた装甲兵も。
見るか見ないか、考えるか考えないか、感じるか感じないか。
見える人には見えない人のことが分からない。
見えない人には見える人がいることが分からない。
きっとずっと分かり合えない。 -
第三巻。
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クシャナの言葉はいちいちカッコいいです。
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