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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784198602369
みんなの感想まとめ
心温まる物語が描かれたこの作品は、ノラネコから家猫へと変わった「ブータレ」と呼ばれる猫の心の旅を追います。彼は、ひとり暮らしのおばさんと一緒に過ごす中で、飼われている小さな魚たちと友情を育みます。最初...
感想・レビュー・書評
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いとうひろしさんの児童小説ですね。
「ルラルさんのにわ」のいとうひろしさんの、猫の気持ちになって、描かれた物語です。
ねこはノラネコでした。
ノラネコなのにふとっていました。
でもそれはむかしの話です。いまは、ひとりぐらしのおばさんにかわれています。
だからノラネコではありません。
だけど、やっぱりふとっていました。
ねこはいつでもふてくされているように見えたので、おばさんからブータレとよばれました。
おばさんは、ねこのほかにおさかなを二匹かっていました。南の海で生まれた小さな魚です。
ねこは、普通は魚に悪さをするのですが、なぜかブータレは、この二匹の夫婦の魚とお話をして、友達になります。
あるひ、だんなさんの魚が、金魚バチからの外にとびだして、ぐったりしていました。ねこは、だんなさんに近づくと、魚の臭いがプーンとします。するとねこは、頭がくらくらして、舌なめずりしてしまいました。「ぼく、食べちゃう」
ねこは、このままでは、二匹の夫婦の魚を食べてしまうと、思っておばさんの家から、出ていくことにしました。
こうしてねこの、心の旅が始まります……!
とても心が温まる、やさしさに満ちあふれたお話です。生き物の命の大切さを考えさせてくれますね。
いとうひろしさんの、独特のとぼけた可愛らしい絵がまた、魅力的です。
(この本は、メメさんの本棚登録の感想を読んで、どうしても読みたくなりました。メメさん、感動と愛情を感じさせてくれる、とても素敵な物語でした。ありがとうございます(=^ェ^=)) -
『ねこと友だち』 (1995年初版)
いとうひろし 作
【作者紹介】より
伊東寛(いとうひろし)、1957年東京生まれ、早稲田大学教育学部卒業。独特のユーモラスであたたかみのある作風の絵本・挿絵の仕事で活躍中。
主な作品に、「おさるのまいにち」シリーズ(路傍の石幼少年文学賞受賞)、「ルラルさんのにわ」(絵本にっぽん賞受賞)などがあります。
「ねこはノラネコでした。
ノラネコなのにふとっていました。
でもそれはむかしの話です。いまは、ひとりぐらしのおばあさんにかわれています。
だからノラネコではありません。」
いとうひろしさん節のはじまり方ですね。ワクワクしてきます。笑
ほっぺがぷっくりしていていつでも不貞腐れているように見えたので、おばあさんはねこを“ブータレ“と呼びます。ねこの方も、おばあさんのことを「自分だってブータレじゃないか」と思っています。
おばあさんは他に金魚鉢で小さな魚を2匹飼っていました。夫婦の魚にねこがいたずらしないな心配でしたが、ノラネコだったねこが興味があるのはゴミバケツだけでした。
そんなねこと2匹の小さな魚の関係は、少しずつ変化していきますー。ねこを仲間だと思ったおさかなは、ねこに話しかけ友だちになります。しかしある日、ねこは金魚鉢から飛び出したさかなのだんなさんに近寄り、本能が目覚めはじめます。
「ーぼくは、ここにはいられない」
ねこは友だちを食べないよう、家を出ていきます。
ノラネコだったねこと、友だちになった2匹のさかなの夫婦のお話しの中で、友だち思いのねこの姿が描かれています。心優しいブータレのことが、愛おしく思える、心温まるお話です。(=^ェ^=)
(小学5年生の教科書にも掲載されたお話のようですね。高学年からお薦めですね。(*´︶`*))
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ノラちゃんならば食べ物に有りつければいいぐらいと
でも こんなに考えて生きて過ごして居るのならば 家においでよ! -
伊東寛
徳間書店 (1995/01)
(BOOKS FOR CHILDREN)
もう何度も読んでいます
大好きなんです
このやわらかい絵と文
でも深い なんかいとしくてジーンとくるのです
ラストのいいこと
登場(動)物がべたべたせずにくっきりしているところも大好きです
もうずいぶん以前の出版ですが大切な本です
≪ この命 頂いてまた 命へと ≫ -
ねこは捨て猫でした。もらわれて、飼われることになった家では、先住の魚がいました。
最初は、魚に興味がなかったねこ。でも、ひと言ことばを交わしてから、お互いの存在を認めあうようになります。
あるひ、魚が水のそとにでてしまい、パクパクしているところを見つけてしまった猫の心に変化がおこり・・・
としょかんで猫の本をいっぱい借りて読んだ本の1冊。猫と魚のせつない友情、こころがあたたかくなる本です。 -
Rちゃんに借りた本。
心の通い合うともだちとしてのおさかなと
おなかを満たす食べ物としてのお魚の
区別に悩むねこ。
食べ物から命をもらっているんだってこと、
目をそらしちゃいけないよね。 -
いとうひろしさんの童話。命を食す、ということに正面から向き合った作品。どうなってしまうのか、ハラハラドキドキの展開ながら、ぶれずに最後まで読ませてくれる。
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ちょっとホロリとさせられました。友達の筈の魚が食べたくなる猫。魚の居ない国に行こうとする猫。猫が可愛いです(笑)
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きんぎょの夫婦とねこが友達というちょっと不思議なおはなし
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久しぶりに心の奥が小さく揺れたお話でした。
のらねこの心の変化とその葛藤とが、落ち着いた(淡々としたというのでしょうか)文章でつづられます。
どなたかも書かれていましたが、庭の土のシーンは衝撃的で、一種の禁忌に触れてしまったようなそんな感じをうけました。しかし、そのことが、それしかできなかった「ねこ」の思いいをはっきりとはしない「何か」な形で読者に伝えてきてくれるのではないかと思いました。
「中学年」カテゴリに入れましたが、高学年の方がより深くこの作品を読めるのではないでしょうか。 -
ねこはちゃんと食べものをもらっていたので、水槽で飼われている魚には
興味がありません。
それどころか友だちになれたのです。
ある日、魚が一匹水槽から飛び出してしまって、床で苦しそうにしていました。
それを見たねこは、不思議な気持ちがわきあがってきました。
それは、ねこの本能・・・。
このままだと、ねこは友だちである魚を食べてしまうかもしれません。
そうならないために、ねこは魚のいない所に行こうと決心しました。 -
小学生の頃に初めて読書感想文を書いたいろいろ思い出深い本。
本を読んで泣いたのもこれがはじめてで、ねこが泣きながら土を食べるシーンは今でも鮮明に覚えてる。 -
みにぴ 2011.02.05
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かけがえのない友達になることができたねことおさかな。けれど、やがてねこは魚をどうしても食べたくなってしまう自分に気づいてしまい、自分のことが嫌になってしまう。最後は一応、ハッピーエンドといえるのでしょうが、やはりちょっぴり切ない物語。自分自身でもどうしようもない気持ちというものがある、ということを気づかせてくれる本なのではないでしょうか。
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表紙のねこは、大きな目を見開いて、
金魚ばちのおさかなを見つめています。
大きな目は真剣で、ちょっと悲しげ。
ねこは、今はひとりぐらしのおばさんに
飼われている元ノラネコです。
ねこの絵は、大きな目でぼーっとしています。
ねこは打てば響くようなすばしっこいねこではなくて、
ゆっくりじんわりと感じて、
ゆっくりゆっくり、自分に何が起こっているのかを
理解しようとするタイプのようです。
おばさんは、ねこのほかにおさかなを二匹かっていました。
一匹はおすで、もう一匹はめすで夫婦でした。
おばさんはねこがおさかなにいたずらをするのではないか
と心配していましたが、
ねこが興味があるのはゴミバケツだけだったので、
金魚ばちの魚はどうでもよかったのでした。
おばさんは、えさをくれるので好き、
おさかなもテレビも、えさを横どりしないのできらいじゃない
というだけのことでした。
ところが、その関係が急激に変化するのです。
誰かが誰かと友だちになるときって、
こういうスパークが確かに起こりますよね。
あとにも先にも、
なぜその日その瞬間に
そんなことが起こったのか説明できないのですが、
確かにその瞬間、0が1になるのです。
ところが、ある月夜の晩です。
ねこの目玉があおみどりに光りました。
おさかなはそれを見て、同じ仲間がいると思ったのでしょう。
おさかなのだんなさんが、「やあ」と話しかけ、
ねこも思わず「やあ」と返事をします。
はじめはたったそれだけでした。
でもそれだけのことが、仲よくなるきっかけになったのです。
おさかなの夫婦は、自分たちのほかにも
あおみどりに光るものがいることを知りました。
ねこは、けんかや恋じゃなくても
おしゃべりは楽しいことを知りました。
おさかなとねこは、互いの世界のことを語り合います。
おさかなは、水の中にしずかに浮かんでいるのも好きでした。
水と体がつりあうと、時間が止まります。
そのままじっとしていると、
生まれるまえにもどっていくような気持ちになります。
こんなことがさらりと書いてあるのです。
こんなおさかなとねこの語り合いの関係も少しずつ変化していきます。
ある日ねこはけがをして帰ってくるのですが、その原因が他のねこと
道ばたに落ちていたタイヤキを取り合ってのけんかだったのです。
おさかなにタイヤキを説明するときになかなか伝わらなかったために、
ねこはとうとう「つまり、きみたちそっくりのおかしだよ」と言ってしまいます。
おさかなのおくさんは「あたしたちを食べるの?」とつぶやきます。
ねこは必死にきみたちを食べるのではないと弁解しますが、
なんとなく気まずくなり、
ねこはおさかなに隠れてごはんをたべるようになりました。
このときまでは、おさかなと自分が食べている魚を
結び付けて考えてはいなかったねこですが、
つながってしまったのでしょう。
そして、事件が起こります。
おさかなのだんなさんが水から飛び出して
金魚ばちの外に出てしまっているのをねこは見つけます。
ねこはおさかなを助けようとするのですが、
とうとう本能が呼び覚まされてしまうのです。
おなかのおくで知らないだれかが目をさましたようでした。
そのだれかはゆっくりと体ぜんたいに広がっていきます。
どこからか気持ちのいい子守歌が聞こえてきました。
それにつれて、おぼえているはずのない
おかあさんのおっぱいのあまさがよみがえりました。
その日、ねこは旅に出る決意をするのです。
ぼくたちは友だちだけど、ここにいると、食べてしまうからと。
できるだけ遠く、できれば魚のいない国まで行こうと
砂漠を目指しました。
ところが着いたところは・・・。
夜明けまえの海が、しずかにねこのまえに広がっていました。
こわいような、なつかしいような、不思議な広がりです。
遠くの遠く、空につながるあたりから、
ゆったりとしたうねりがやってきます。
それはやがて白い帯にかわり、波となってうちよせてきます。
ここでねこが何を学ぶのか、
この幻想的な描写に込められているかのようです。
ねこは考えます。
魚は海から持ってくるとおばさんは言っていました。
でも、あのおさかなが生まれたのも海です。
それもどうやら同じ海のようなのです。
ひとつの海でおさかなが生まれて魚ができる。
それなら、おさかなと魚はどこがちがうのでしょう。
自分のお友だちの「おさかな」と食べるものとしての「魚」。
ねこは葛藤します。
そして、ねこに答えをもたらしたのもまた魚でした。
魚を食べることで、ねこは自分の中の
おさかながいなくなってしまったように感じるのですが、
「おまえ、なかなかいいやつだな。
あんなにうまそうに食ってもらえば、魚もきっとよろこんでるだろうよ」
と言われるほどに魚を食べることで、何かが突き抜けていくのです。
歩いているうちに元気が出てきました。
さっき食べた魚のおかげです。
魚がねこの体になったのです。
ねこはうれしくなりました。
おなかの魚に、ありがとうと言ってみました。
命をいただいて、そして自分の身にしていくこと。
生きている限り逃れることのできない命の営みです。
その本能的な原始的なものを味わったとき、答えが見えてきます。
生きている限り逃れることのできない命の営みとしては、肉体の死があります。
ねこはそれをも感覚的に受け止めました。
味覚と嗅覚というもっとも近感覚が死を理解しました。
もしも、旅立った抜け殻としての体が残っていれば、触覚を使ったでしょうが、
それさえなくなった存在の死を理解するために、
ねこが取った行動の意味が私はわかる気がしました。
死を理解するのは、視覚、聴覚のような遠感覚ではなかったのでしょう。
そして、死の向こうに、受け継がれた命が確かに、残ったのです。
母親の強さも表現されていました。
誰かが自分の特別になることによって起こる
あらゆる出来事や思いが凝縮されているような作品でした。 -
ともだちのおさかなが、いつも食べてる魚と同じで「魚」であることに気付いてしまったねこのおはなし
伊東寛の作品
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感想 :

いとうひろしさん、ユーモアありますね。(笑)
周囲でインフルエンザが流行ってきまして、今日、...
いとうひろしさん、ユーモアありますね。(笑)
周囲でインフルエンザが流行ってきまして、今日、下の子のクラスが学級閉鎖になりました。罹患した子は高熱と割れるような頭の痛みと聞きます。( ; ; )
うちの子は今のところ元気ですが、鼻と喉に風邪の症状がでています、、。
ひだまりトマトさんも、十分にお気を付けられてくださいね。この時期のマスク、手洗い、嗽は大事ですね。
いつもありがとうございます(=^ェ^=)
インフルエンザ、怖いですね((( ;゚Д゚)))
子...
いつもありがとうございます(=^ェ^=)
インフルエンザ、怖いですね((( ;゚Д゚)))
子供さんはお大事になされてください(^_^)v
いとうひろしさんの、ちょっととぼけた味のある絵と文章は癖になりますね(笑)
心に温かみを、いつも感じさせてくれます♪
寒さも、今年は厳しいようですねρ(・・、)
暖かくしてのんびりと読書をされて、良い夢を見られますように………( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆