春のオルガン

著者 :
  • 徳間書店
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感想 : 27
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198602505

感想・レビュー・書評

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  • 「夏の庭」の次に出された95年の作品。
    小学校を卒業したばかりの女の子・トモミが主人公。
    短い春休みに体験したこととその心情が鮮やかに描かれる。
    振り返ればどれも「小さな出来事」だが、あの頃は確かにこんな風だったと胸に刺さる箇所がいくつもある。悩みさまよったあげくの「ああ、これだな」という着地点がちゃんと用意され、読後の清々しさもいつもの湯本さんの筆致だ。
    トモミの唯一の味方である9歳の弟・テツの存在感がとても大きい。

    春休みという年度替わりは、不安と期待とで不安定な時期。
    家族や隣人のことで問題が起こり葛藤するうちに、自身の中に未知の部分も顔を覗かせたりして一層不安定になる。
    「怪物」と表現されて登場するそれは憎悪や残酷さという邪悪なもの。
    父親を殺されたナウシカもそれで苦悩していたことを思い出す。そしてトモミも、それをもてあます。
    安易に残酷さや憎悪を解き放ってはいけないと分かっているだけに、読んでいて辛い部分だ。
    後半空が晴れるようにひと皮剥けるのだが、その支えになるのが弟と祖父の存在。
    そしてあとひとり、野良猫の世話をするちょっと不思議な小母さんの存在。
    心の揺れ動く時期こそ、寄り添う大人の力は必要なのね。
    家出したバスの中での、お祖父ちゃんとの会話。トモミのために身体を張って闘おうとした弟。
    「どうしようもないかもしれないことのために戦うのが、勇気というもの」の言葉と共に心に残る場面だ。

    タイトルの「オルガン」は、家族の繋がりを象徴的に表している。
    すでに壊れた古いものだが、いつか紐解かれ蘇ることだろう。
    「夏の庭」「ポプラの秋」「春のオルガン」の3部作を読了したことになるが、どれもたくさんのメッセージが詰まっていて忘れがたい印象を残してくれた。
    珍しく著者自身による後書きがあるのも嬉しい。

    • けいたんさん
      お久しぶりです(^-^)/

      3部作なのですね。私冬を読んでいないと思っていました(〃∀〃)ゞ
      3部作の中でもこの「春のオルガン」が...
      お久しぶりです(^-^)/

      3部作なのですね。私冬を読んでいないと思っていました(〃∀〃)ゞ
      3部作の中でもこの「春のオルガン」が一番難しかったです。
      トモミの気持ちを掴み取ることができないままだったと思います。
      nejidonさんはさすがですね。
      わかりやすいレビューに感謝です。
      私の小学生の頃はもっと幼稚だったと思います。
      印象に残っているのがガムを歯磨きがわりにしていたところ(*≧艸≦)
      いいなぁと思いました。
      こんな私だからトモミを掴めないのでしょう。
      nejidonさん、ひっそりと復活でしょうか?
      無理をなさらないように。
      楽しみましょうね(⁎˃ᴗ˂⁎)
      2019/07/09
    • nejidonさん
      けいちゃん、こんばんは(^^♪
      ご無沙汰しておりました!お気に入りもくださってありがとうございます。
      はい、ずっと非公開のスタイルで行く...
      けいちゃん、こんばんは(^^♪
      ご無沙汰しておりました!お気に入りもくださってありがとうございます。
      はい、ずっと非公開のスタイルで行く予定だったのですが、
      先月21歳の子(愛猫です)が亡くなりまして。
      もうもう、あまりにも悲しくて一時は世捨て人のようになってしまいました。
      このままではいけないと思い直し、今月からブクログを再開してみました。
      ちょっと視点を変えてみようと思ったのです。
      とりあえずは、また続けてみますね。はい、無理はしないし、出来ません・笑

      湯本さんの本は結構読みました。「西日の町」も「岸辺の旅」も
      「夜の木の下で」も、みんな良かったです。
      「春のオルガン」が分かりにくいのは、主人公のトモミがまだ12歳で、
      その視点で話が進むからだと思います。
      私は弟のテツが大好きになりましたよ。

      またお話が出来てとても嬉しいです!
      けいちゃんのレビューも楽しみにしていますね!
      2019/07/09
  • 子供二人の物語です。家庭問題を抱えて、別の世界に逃げようとします。途中で捨て猫に餌をやっているおばさんと知り合って、やりがいを感じて積極的に手伝います。看病しているうちに自らの心の傷も同時に治りはじめます。

  • 湯本香樹実さんは、大好きな作家の一人。まだ学生だった頃、『夏の庭』を読んですごく胸に染み入るものを感じ、『ポプラの秋』を読んで息ができないくらいたまらなく切なくなって、大好きになった。

    しかしこの2作以外に著作を知らぬまま時が過ぎ、昨年『西日の町』の文庫が出たときにあの2作以外にも本が出ていたことを知り、調べてみたら、文庫になっている3作の他にこの『春のオルガン』があることがわかった。同時に、本書は『夏の庭』に続く児童文学第二作だったことも知った。大好きな作家だというのに、知らなすぎだ、わたし。

    さて、主人公は小学校を卒業して春休みに入ったばかりの、12歳の桐木トモミ。家族構成は、今のところ、おじいちゃんとおかあさんと、弟のテツ。おばあちゃんは死に、翻訳の仕事をしているおとうさんは家を出て行ったきり帰ってこない。塀の位置のせいでお隣の家と争っているから、最近どうも家の中がおかしくなっている。

    家にいるのが嫌でテツと一緒に外へ出ると、トモミの知らない場所をテツはドンドン進んでゆく。山本製作所という鉄クズ屋、学校の体育館の裏にあるすだれ沼、そして川原で会ったおばさんも一緒に行った、高速道路の巨大な柱の足元にあるガラクタ置き場。そのガラクタ置き場にはノラ猫がたくさんいて、おばさんは猫たちにエサをやっていたのだ。それからトモミとテツはその場所に通うようになる。そこに捨てられている古いバスの中で眠ったりもした。

    春というのはなかなか複雑な季節だ。ひとつの区切りが終わり、またもうひとつの区切りが始まろうとしている時期。これから始まる新しい1年が楽しみでワクワクしたり、去年の今頃はどうだったか自分のことを振りったり。トモミは、テツを追いかけながら春のにおいを感じ取り、こう思う。

    --------------------------------------------------------------------------
    去年も、おととしも、その前の年も知っていたはずなのに、好きだったはずなのに、どうしてだろう。今年、こうやって一年ぶりに同じにおいのなかにいると、時間はどんどんたつのに、何か大事なことをし忘れているような気がしてくる。
    ---------------------------------------------------------------------------

    なんとなく感じる焦りや苛立ち。誰もが感じたことがあるのではないだろうか。

    この作家の本を読むたびに感じる。たまらなく懐かしいにおいを。

    わたしにもあった。こんな場所が。その正体が何だったのか未だにわからない、コンクリートのがらんどうの建物らしきもの。周りには何もない、ただ草の生えているだけの、のっぱら。そこへ学校帰りに友達と寄り、よく遊んだものだ。とくに決めていたわけでもなく、約束していたわけでもないのに、なんとなくそこへ行ってしまうのだった。昨日のことのようにくっきりと思い出す。その建物に妙に響き渡る自分たちの声や、風の音、草の色とにおい。

    そしてこれまた何も決めていないのに、なんのきっかけもないんだけど、なんとなくそこへ行かなくなっていった。子供なんてそんなものだ。でもそんなひとときが楽しかった。一所懸命で精一杯だった。本書を読んで、そんな思い出が鮮やかによみがえった。

    大人たちの事情に巻き込まれながらも、キラキラ輝く春休みの思い出がここに描かれている。自分も持っているこの頃の思い出を大切にしていこう、と、なんとなく切なくなった。

    本書は、著者の実体験にもとづいているそうだ。どうりで鮮やか過ぎるはずである。

    読了日:2006年6月20日(火)

  • 小学校を卒業したばかりのトモミの気掛かりは家のことだった。

    隣のお家のおじいさんと敷地を巡ってのトラブルに、
    お父さんは問題から逃げちゃうし、お母さんも疲れ切っていて、おじいちゃんはマイペースに部屋の片付けをしている。

    トモミの不安を取り除いてくれるのは、弟のテツだけだった。

    テツと近所を歩き回って出会ったのは、たくさんの野良猫たちと、猫たちに餌をやっているおばさんで
    はじめは警戒しながらも、徐々におばさんの猫の餌やりを手伝いながら友達になっていくトモミとテツ。

    おばさんが熱を出した時は、看病と猫の世話の代わりにしてあげ、
    ある日から伝染病で数を減らしていく猫たちと
    それに屈することなく薬をあげるテツ。

    隣の家のおじいさんが、怒ってテツを捕まえたとき、
    トモミはありったけの力で、身体中から叫んだ。

    いい子でいることなんてやめる、家族がバラバラな気持ちになっていることも気に病む必要なんてない。
    成長する自分の体に感じていた不安も、それを傷つけようとする存在にも屈しない。

    大切な弟を守るため、突然倒れたおじいさんは憎いけれど、見捨てないという賢い判断。

    中学に上がる前の短い春休みのトモミの成長。

    よかった。最初じめじめ暗い話だったけど、最後のところが本当によかった。
    もう少し私が若ければ、泣いていた。

    作者の少し実体験みたい。猫好き。
    少女の不安と成長が、いい。

  • 子供が主人公なのはどうかなぁーと思って読んだけれど、おもしろかった。
    子供の頃に思ってた感情と、感覚が分かる!わかるー!となったし、大人にならないと分からないこととがうまく頭の中で整理できて読めた。
    弱い年下の弟テツ。春から中学生になる弟思いのお姉ちゃん。たくさんののら猫、太ったタバコ吸いのおじいちゃん。働いてるお母さん。
    みんなそれぞれに思うところあり、一所懸命生きてるのが良かった。

  • この物語は普通のものと違って、触った時の感覚や、目で見て感じたことなどが、面白い表現に変わっていると思います。読めばすぐに気づくと思います。お話の内容は、もうすぐ中学生になるトモミと弟のテツが隣の家との争いや、家族のことが原因で、捨てられた古いバスの中で暮らすことに決めました。家に帰らず、、、、そんなトモミとテツに様々な不思議なことが怒ったり、色々な人に出会ったりします。感情がとても強く描かれています。

  • 小学校を卒業したトモミは、自分が怪物になる夢をよく見る。隣家とのトラブルで母は疲れ果て、父は帰ってこない。そんななかでのトモミと弟の春休みの生活を描く。理不尽ことがあったらどうするのか、自分が怪物になりそうになたっらどうすべきか、人生が上手く回らなくなった時の苦しさと乗り越え方を、なんとなく教えてくれる。おじいちゃんの小学校の時エピソードが胸にズシンと響く。

  • おじいちゃんと「月の砂漠」をふたりで歌ったこと。
    おかあさんには、内緒だ。

  • <table style="width:75%;border:0;" border="0"><tr><td style="border:none;" valign="top" align="center"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198602506/yorimichikan-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/412AZVARQXL._SL160_.jpg" alt="春のオルガン (Books For Children)" border="0"></a></td><td style="padding:0 0.4em;border:0;" valign="top"><a href="http://blog.fc2.com/goods/4198602506/yorimichikan-22" target="_blank">春のオルガン (Books For Children)</a><br />(1995/02)<br />湯本 香樹実<br /><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198602506/yorimichikan-22/ref=nosim/" target="_blank">商品詳細を見る</a></td></tr></table>
    <blockquote><p><strong>きのう小学校を卒業した。今日から春休み。でもなんだか私の頭はもやもや。隣の家との争いが原因で、家のなかもぎくしゃく。ひょろひょろ頼りないやつだけど、私の仲間は弟のテツだけだ。私たちはいっしょに家の外を歩きはじめた。小さな沼。広い空の下の川原。ガラクタ置場でのら猫にえさをやる不思議なおばさん。そしてある日、私たちはもう家に帰らないで、捨てられた古いバスのなかで暮らそう、と決めた…。十二歳の気持ちと感覚をあざやかにていねいに描き出した、心に残る物語。</strong></p></blockquote>
    いつまでも子どもでいたいのに、ぐんぐんと背が伸び大人に近づいていく。躰だけが自分を置き去りにして勝手に大人になっていってしまうようなアンバランスさ。そんな年ごろの少女を、身の回りで起きる象徴的な出来事とともに描いて妙である。
    そういえばこのくらいの年のころ、わたしもよく頭が痛くなっていた、と思い出した。

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著者プロフィール

1959年東京都生まれ。作家。著書に、小説『夏の庭 ――The Friends――』『岸辺の旅』、絵本『くまとやまねこ』(絵:酒井駒子)『あなたがおとなになったとき』(絵:はたこうしろう)など。

「2022年 『橋の上で』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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