GHQ焚書図書開封 (4)

  • 徳間書店 (2010年7月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784198629861

みんなの感想まとめ

テーマは「国体論」とその現代における意義であり、戦前の思想を振り返ることで日本の精神文化を探求しています。著者は、バランスの取れた視点から、戦前戦中の国体論の中で真実と虚構を見極め、特に重要な作品や思...

感想・レビュー・書評

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  • 敗戦し一夜にして天皇信仰の夢から覚めた日本人は、その刷り込まれた現人神のフィクション性を免疫に、宗教に対し抗体を作り上げた。いや、戦前から本気で信仰などしておらず、更に言えば、そうした状態でGHQの行なった思想改造すら、冷ややかに見ていたに違いない。

    … そんな風に思っていた。

    だが、大多数はその時々でルールの上に君臨する存在を無抵抗あるいは無関心に受け入れていただけだったのかも知れない。それよりも目の前の家族が大切であり、生きることに必死だった。

    全てを見抜いて達観していたか、自らの射程範囲外の出来事として傍観していたか。そこに共通するのは、手段に及べない諦念である。

    カウンターナラティブを批評する力や動員力を育て、集団を纏め上げ実力行使する。そこには相当の力や意志が必要だ。勿論、そうした人物もいたが、大衆は専門知に従順であるのと同じくらい、君臨する為政者に順応せざるを得なかった。

    本書はシリーズもので、ここまで読み進めてきたのだが、今回は國體論であり天皇論。

    天皇制という言葉は、日本共産党がつくった用語であり、日本に革命を起こそうとした旧ソ連の国際コミンテルンが用いた「モナキーを倒せ」という命令から“打倒モナキー=君主制“として天皇制を訳した元はソ連製の革命用語だという。

    ー 山田孝雄さんのように「日本はひとつだ」という意見に猛烈に反発する。そういうことが網野という人の基本にあるんだということを覚えておいてください。それは「国旗国歌法案なんか絶対ダメだ。あんなものはウソだ」という思想につながっていきます。そうした偏向思想に対する反論はいちいち申しあげませんけれど、戦後、「日本=単一民族神話を破壊する」といった類の本が彼の他にもたくさん書かれてきたのは、この山田孝雄さんなどが「この国はひとつだ」と、しきりにいいつづけてきたことへの反動なのです。私はふと思うんです。山田さんの言葉づかいのなかにはある種の熱狂があります。ドグマティックな陶酔があります。そういうものに対しては距離をもって見ることが必要だと思います。どんな国だってそう純粋ではない。真水のごとき純粋、あるいは無菌状態のような純一性、そんなことはいえないということはわかりきっていますよ。

    ー 天皇を「天ちゃん」皇后を「おふくろ」と呼ぶこの呼称は、その頃、左翼学生だけでなく案外多くの学生に使われ出していた。「天皇」・「皇后」・「皇太子」と、まともに呼ぶことが気はずかしいような風潮さえあった。極東国際軍事裁判が、予想を裏切り、天皇を戦犯として訴追しないばかりでなく、証人にさえ喚問しないままで打切られた。天皇の罪を認めなかった訳ではない。ただ「政治的考慮」にもとづいて、天皇に関する一切の責任を頬かむりしてしまったのである。同時に、レッド・パージ(説明・共産党員の追放)、アカハタの発禁など進歩勢力への弾圧がはじまった。天皇を温存したまま巻き返してくる強大な勢力を意識したとき、左翼の学生たちはもはや冷静に分析し論難する気力を失い、「天ちゃん」「セガレ」「おふくろ」などと呼び棄てることで、ようやく鬱慣を晴らしたりしたー。

    色んな事を考えさせられる。国旗や天皇を批判できる状態の方が自然。在日外国人からの批判は気に食わないからと、自国民が自国を批判することもできなくなる。批判すれば、非国民扱いだ。これは、“令和の今“の話だが、戦前みたいだ。

    至近、何やら愛国正義が不良外国人を養分にPVを稼いで盛り上がっているようだが、本来権力を制御するための憲法の扱いを誤ってはならない。無批判なナショナリズムは、君臨するものを崇めているだけの思考停止だ。

    見上げると、そこに君臨していたのはPVを稼がせるために品のない素行をさせるビッグテックだった。そして、令和の焚書は自粛警察や正義マンだった、というホラーさえあり得る。

  • 「國體論」とあるので、仰々しい内容なのかと思つて恐る恐る讀み始めたが、極めてバランスの取れた内容であつた。戰前戰中の國體論でも、眞つ當なものもあれば、さうではないものもある。餘りにをかしいものについてはきちんと指摘してゐる。日本人必讀の書だと思つた。

  •  本書第4巻は「國體」論に関する焚書を取り上げている。國體とは、すなわち日本の國の形。皇室を中心にして形作られている君主国日本そのものを指す。戦前の國體論を見ていくことで失われた(否、失ったふり、見えないふりを無意識の次元でやっているだけで現代にも途切れることなく繋がっている)日本民族の精神性・考え方・心象風景を再確認すると共に、現代社会のシステム上(政治的理由・経済的理由・他)見えにくくされてきている直近の歴史を善悪・正誤すべて分け隔てなく、かつ現代において共に考えてゆくための一助とする試みである。

     本書のスタンスに反論の立場からみると取り上げられている文献が偏っているのではないか?という認識があろうと思う。しかし、何と何を取り上げれば『中立』となるのであろうか?これは誰が選別しても厳密には不可能な相談である。問題は持論を「正しい」「中立」と宣言(宣言せずとも、受け手がそのように感じる記述であれば同じ)して偏向情報を流布するスタイルの書物やメディア(岩波書店、NHK、等)であって、はじめから情報発信側が立ち居地を一定程度以上受け手に伝えている(たとえば保守である・共産思想である等。著者の場合は唯物史観一辺倒を批判し、それを越えた部分を掴もうと表現を続けているスタンスであり、保守系統と認識している)場合には当てはまらない。むしろ『中立』『不偏』が厳密には不可能であることを鑑みれば立ち居地を明示されていると感じ取ることができる著者の書物は健全であろうと思う。

    本書で紹介された焚書は以下の通り。

    大日本國體宣揚會『國體の明徴と政治及教育』     皇學書院    昭和10年6月
    高須芳次郎   『皇道と日本學の建設』       大阪屋號書店  昭和16年5月
    辻善之助    『皇室と日本精神』         大日本圖書   昭和11年4月
    山田孝雄    『國體の本義』           寶文館     昭和11年8月
    文部省編    『國體の本義』                   昭和12年5月
            『日本國體新講座』         明治會編輯   昭和10年2月
    杉浦重剛 白鳥庫吉 松宮春一郎 編著 『國體眞義』 世界文庫刊行會 昭和3年9月
    杉本五郎    『大義ー軍神杉本五郎中佐遺著』   平凡社     昭和13年5月
    山岡荘八    『軍神杉本中佐』          講談社     昭和17年10月

     『國體』に関する特段の予備知識が無い身で詳細を語ることは憚れるのですが、おおよそ印象論でこれら焚書された國體関連の書物を見ると、日本の國體は万邦無比(世界広しといえども日本と類似形態の国家は存在しない)であり、全世界は日本を見習うべき、日本のよさを世界中に広めるべき、等々、兎も角日本万歳論が前面に打ち出された感のある書から、やや唯物史観の流れを汲んだ科学的検証を重視しつつ神話時代の歴史も配慮した國體論を含む歴史観まで様々あります。多分現代日本人には後者の書物のほうが受け入れやすいかもしれません。白鳥庫吉氏の『國體眞義』が後者に該当します。他の國體論書物は万歳度合いが抑制的なのから極端なのまでありますが、基本的に前者の系統になると思います。

     尚、本書途中で『八紘一宇』という用語が出てきますが、これは「日本を中心にして世界をひとつの家にしよう」という思想であり、大東亜共栄圏の思想的支柱であります。これが戦後の朝日的な「人類同善世界一家」という発想と相通じるという着想にはハッとさせられます。おおよそ「國體」論を封印しつつも現代に繋がっている思想とはこの点からも伺われます。

     本書後半では軍神杉本中佐の話が取り上げられています。詳細は本書に譲りますが、一言でいえば、杉本中佐は『國體』を信奉し、日本人の生き様は斯くあるべき!(学者でも思想家でもなく、100万言を尽くす以上のものを体現)という生き方を体現、全うした人物です。最後は戦場にて宮城の方へ向いたまま軍刀を杖にして起立したまま絶命したと言われています。

     『國體』論に関して本書を読むだけでは不十分かもしれません。しかし、そもそも『國體』論自体、よくわからない方も多いのではないでしょうか?そのような状況の中、メディア等を通じて断片的な印象で片付けられがちな『國體』を今一度冷静に考える為に本書に目を通してみることは損はありません。当時の『國體』論の感触がある程度伝わってきます。本書中(194p)で著者が天皇論を考える上での必読書として紹介されたと紹介されている書物を最後に一つ紹介しておきます。
     里見岸雄 『万世一系の天皇~主として国体学的考察』
    昭和36年刊行、平成元年に第五刷ということですから、ひょっとしたら身近に入手する機会が見つかるかもしれません。 

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著者プロフィール

西尾 幹二(にしお・かんじ):1935年、東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。ドイツ文学者、評論家。著書として『国民の歴史』『江戸のダイナミズム』『異なる悲劇 日本とドイツ』(文藝春秋)、『ヨーロッパの個人主義』『自由の悲劇』(講談社現代新書)、『ヨーロッパ像の転換』『歴史の真贋』(新潮社)、『あなたは自由か』(ちくま新書)など。『西尾幹二全集』(国書刊行会、24年9月完結予定)を刊行中。

「2024年 『日本と西欧の五〇〇年史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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