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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784198632281
みんなの感想まとめ
人とあやかしの不思議な交流を描いた六つの物語が織り成す美しい幻想世界が広がります。各短編は、異なる性癖や異能を持つ人間と鬼や龍、竹の精などのあやかしとの関わりを通じて、強い執着が生む境界の危うさを浮き...
感想・レビュー・書評
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タイトル通り、あやかしと人にまつわる物語。
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『あやかし草子』 千早 茜 徳間書店
これは文庫では無いので、
まるで陽光に晒した茜色の和紙のような表紙で、「みやこのおはなし」
と言う副題が付いています。
人と、あやかしの不思議な交流を描いた六つの物語。
こんなにも美しいあやかしの物語を初めて読んだ、と思いました。
異界の物が潜む暗闇が、禍々しい物では無くて、美しい笛の音や、
木々のざわめき、衣擦れの音が聞こえて来る様です。
蛍がひかり、赤いぼんぼりが遠くに灯り、月の冷たい光が緑色に染まる様な、
夢の中をたゆたう様な気持ちにさせられました。
幼い頃、昔話や地域の伝説で聞いた話が、美酒に漬け込まれてえもいわれぬ
香りを放ちながら、再び現れた様な錯覚を覚えました。
読み終わって、あやかしも、人間も、何かに強く執着する時、その境界は
危うくなるのだと感じました。
「天つ姫」と「機尋」と言うお話が特に気に入りました。 -
あやかし(妖かし)は元々は海上の妖怪や怪異の総称だそうですが、今では、海にかかわらず、美しさや幻想的な雰囲気を持った妖怪を示す言葉のようです。
「鬼の笛」「ムジナ和尚」「天つ姫」「真向きの龍」「青竹に庵る」「機尋」の6編。全て独立した短編ですが、いずれも、人と違う性癖や異能を持ち、世の中になじめぬ人間と、鬼、古ムジナ、天狗、龍、竹の精、機(はた)の精といったあやかし達と関わりを描いた作品です。
好きですね。
千早さんらしい薄暮の中に灯るほのかな明かりの様な美しさ。強大な力を持ちながら、優しく、何処か哀切感の漂うあやかし達。副題の「みやこのおはなし」がとてもよく似合う物語です(何故か文庫化された時にこの副題は落ちたようですが)。
ちなみに『あやかし草子』で検索すると、宮部みゆきさんのシリーズ(こちらは草“紙”)や児童文学の那須正幹さんの本も出て来ます。人気のタイトルの様です。 -
6篇のあやかしの物語。
各扉絵には、鳥山石燕(この名を知ったのは『Dr.スランプ』だった。鳥山先生曰く「関係ない」らしいが)の妖怪の絵が用いられており、
古の妖怪の世界に浸れる。
「ムジナ和尚」は古ムジナが廃寺に住み着き、人間の和尚として過ごし始める物語。
人間の感情なんてわからない妖怪なのに、とあるきっかけで人の心を持ってしまう。
それは妖や森に住まう生き物たちには不要なもの。
それでも、もう、知らなかった時には戻れない。
切なさが染みる物語だった。
「青竹に庵る」もほろ苦い物語。
異能の力、と言うほどでもないが、都に住まう人たちよりは秀でている才。
それを吉弥が使ったのはなぜか?
こんな結果になるとは思わなかった?
そう、彼はまだ子供だったのだ。
目の前の大人のことを容易く信じてしまう。
現代でもきっとそういうことはあるだろう。
大人のずるさに騙されて、心を痛めて、自分を責めて。
だから誰かに頼っていいのだよと、そう思ってしまうのは私が「母」なるものだからなのか。
頼りなくて、足りないかもしれないけれど。 -
人を狂わせる笛の音を奏でる一人の男。夜中に誰もいない朽ち果てた門の前で笛を吹いていると、そこに異形の鬼がやって来て・・・「鬼の笛」
流れに背いた狐の死を見て、古ムジナは人を知ろうとし・・・「ムジナ和尚」
この世でいちばん強いものに連れ去られようとした姫と、天狗の頭目・梁星の恋物語・・・「天つ姫」
見たものしか彫れないと、龍神の住むという淵に向かった彫り師の男。そこで出会った美しい女の正体は・・・「真向きの龍」
盗人集団に裏切られ、けがを負いつつ逃げる吉弥。彼を竹林に導いた女・・・「青竹に庵る」
染屋の柳は紅と共に織屋の宮津屋に向かうが、そこには幼子が消えるといううわさがあり・・・「機尋」
京都に伝わる民話・伝説をベースに、泉鏡花賞受賞作家が繊細な筆致で紡ぐ摩訶不思議な物語、とのこと。
「鬼の笛」がちょーっと凡庸で、「あれ?これ千早さんらしくないなぁ」と思っていましたが、次の「ムジナ和尚」からはぐいぐい引き込まれました。
あやかしと出会う者たちはみなどこか人界からはぐれそうな、そんなあやうい存在のものばかりで、彼らがあやかしと触れあい知っていく哀しみは素直に胸を打ちます。
人の世は常にむなしく哀しい。
あやかしたちは強く美しく、ある意味無邪気で、そんな彼らに惹かれるのも無理はないと思います。
それでも彼らの手を振り切り、むなしく哀しいこの世に留まり、自らの生を生きようとする主人公たちの姿に思わず涙ぐんでしまいました。
「奪うことしか知らなかった。飴なんて、くれなければよかったのに。そしたら、こんな気持ちを知らなくて済んだ。これから先も返せなかったものを抱えたままなのは辛い」
「あの飴があんなに甘かったのは、外の世界が辛かったからなのか。おれは何も感じてないと思っていたのに」
「ここに来るのはもう少し後にする。誰かにあの甘さを与えることができるまで」
吉弥をこの世に引きとめた、たった一つの飴の優しさが、ほんのり胸に残りました。 -
作者の筆が冴えわたる作品集。とても良い見つけものをした気分だ。
文庫本のイラストも素晴らしいが、単行本の和綴の本を思わせる装丁がとてもいい。各話の扉絵は鳥山石燕の「画図百鬼夜行」や「今昔百鬼拾遺」から。
6つの中編は、妖と人との境目が曖昧になり、混じり合う物語。
「天つ姫」や「機尋」に見られる、強き男、凛とした女は「しろがねの葉」にも繋ると思う。
2011年8月31日発行と、奥付にあるから、はるか昔から醸されていたのだろう。 -
あやかしが魅せる、人間の悲しく美しい姿。
千早茜はささやかな心の変化を切り取って
その心理描写を情景へ落とし込むのが本当にうまい。
あやかしであれ、人であれ、
誰かとつながりたいと思っている。-
文庫になった「魚神」をやっと購入。近々読む予定。その後は「おとぎのかけら」か「あやかし草子」が文庫にならないかと思っています。。。
「情景へ...文庫になった「魚神」をやっと購入。近々読む予定。その後は「おとぎのかけら」か「あやかし草子」が文庫にならないかと思っています。。。
「情景へ落とし込むのが」
そうなんだ、読むのが愉しみ!2012/08/27
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人とあやかしが混とんとしていた時代の、まさに御伽草紙。
『ムジナ和尚』は、『まんが日本昔はなし』にしてもいいようなお話。
ふと気づいたのだが、≪昔話≫は平安・室町を時代背景にしているものが多いように思った。
何故だろうと思っていると、京都出身の友人が言った。
「もののけは京(みやこ)にしかいないから」 -
まるで和綴じの説話を読んだような印象を受けた。一見地味な語りなので、人によってはいささか退屈してしまうかもしれないが、いずれも静かに寄せるさざ波の下で熱い願いがふつふつと泡立っているようで、個人的にはわりと好みの短編集だった。
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人間と人間でないものの交流を描いた短編集。千早茜らしい淡々と柔らかくうつくしい文章が非常に合っていた。
関係性や話のテイストがそれぞれ違っていて、一つずつしっかりと楽しめた。
同じ場所が舞台なのかもしれないと思わせる話がいくつかあり、不思議なものたちが息づいていた時代を感じられて良かった。
どの話も本当に印象的で、数日掛けて一冊を読み終えたが、タイトルを見れば話の内容や空気感が思い起こせる。 -
妖怪と人間とは一緒にいるのが難しいんでしょうか。
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人間のぬしには、俺の真実の姿など、見定めることはできまいよ-。いにしえの都に伝わるあやかしたちの6つの物語。
『わるい食べもの』に続いての千早茜san。
鬼、狐、天狗、龍、機尋(はたひろ)等といったあやかしから見た人間たち。お気に入りは、2話目の「ムジナ和尚」。人に化け、街に降りた古ムジナが、先輩?のイタチ男と、人間の「好き、故に」という感情や、「目から落ちる水」の意味が分からないと話すところが新鮮でした。
人になってしまった白狐、人間の屍を食べる獣たち、古ムジナの腕の中で息絶える娘、最後の涙。
人間は余裕があるから余計なことをするのではないのか。苛めとか、踊りとか、快楽とか。そこから好きとかという言葉が生まれてくるのだろう という感覚。そして、涙が零れた途端、古ムジナの胸にぽっと宿った「何か」。
この「何か」が、生きるものすべてに、一番大切なものなのではないかと感じました。6話すべてが妖しくて、美しくて、切ない物語。笛や琴の音の描写も素敵でした。 -
どれも結構面白かった。
むじな和尚が好き -
あやかし…この世の者ではない、天狗や龍、狐や狸が化けたり、そんな、あやかしと人間の関わりか方、ちょっぴり切ないファンタジー
ジブリの世界を浮かべながら読みました -
あの頃、オレは願っていた。祈っていた。欲していた。想いをかたちにする才を。感じたもの見たもの全てを残すことができる方法を。
(P.161) -
人と人ならざるものが触れ合うお話6篇。『鬼の笛』では『陰陽師』を連想し、『青竹に庵る』では『蟲師』を思い出した。どのお話においても人もあやかしも美しく切なくて、どんなに時代が変わっても変わらないものがあるのだなぁと。
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