意味もなく増税を叫ぶわけもない。なぜ増税が必要なのか。これを考えるためには、行政側、政治家側がどう考えているのかを聞くことも、公平な判断のためには不可欠だと思う。
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p.5
「みんなが思っているほど、そんなに財務省に権限もなければ、贅沢もしているわけではない。財務省だけが、悪の権化のように攻撃されているのは、おかしい」
p.6
世間は、財務省を買いかぶり過ぎている。
p.9
峰崎が財務官僚と接して、彼らは一つの目標を定めて、その目標を実現していくことに関して、熟達していると感じた。官僚組織は、何をするためにどうしなければならないかといった答えを、すべて持っている。ところが、省のために忠誠を尽くし、国のために忠誠をつくすというところに行かない。「省あって国なし」なのだ。
これを国益に振り向けるためには、国のために尽力した官僚を評価する仕組みづくりが必要になる。
pp.9-10
国家のために頑張る官僚は、省が面倒をみるのではなく、国が面倒をみる制度であれば、縦割り行政から離れて、国全体のことを考えるようになるというわけだ。
p.15
フランスは、一九四五年(昭和二十九年)に世界に先駆けて付加価値税を導入していた。
p.20
昭和四十八年十月には、第四次中東戦争の勃発に伴い、第一次石油危機が日本経済を直撃した。円高と石油高騰のダブルパンチを受け、昭和四十九年度の税収は大幅に落ち込んだ。その結果、国家財政に歳入欠陥が発生し、翌昭和五十年度の補正予算では戦後初の赤字国債の発行に追い込まれた。まさに日本の財政は、水野勝の言う「緊急の歳入需要」に向けてひた走ることになったのである。
p.28
アメリカ政府の予算を担当する最高責任者との面会が実現してしまったのだ。
p.46
昭和五十年から急速に拡大した日本の赤字国債の発行は、膨張を続けていた。大蔵省内では「数年後には百兆円を超え、やがて二百兆、三百兆円の大借金財政になるのではないか」と危惧されるようになっていた。
p.53
高橋(和夫)から見ると、主税局側の人間には経済主義者が多い。経済をよくしなければ、税収があがらないと考えるからだ。
一方、役人相手の主計局出身者は財政再建至上主義者が多くなる。
p.63
一九八二年(昭和五十八年)から始まったラテンアメリカの債務危機は日本の資金が主役となって窮地から救った。
また一九九一年(平成三年)のインドの外貨危機の際にも日本が主役となってインドを救った。
p.87
日本はアメリカから至上命題として、国内で公共投資をふやして景気を刺激し、自分たちのなかで稼げといわれているのである。世界最大の債務国となってしまったアメリカは、怒涛のように国内を荒らす日本製品に業を煮やし、日本に輸出を抑えろといってきているのだ。それが内需拡大という言葉の中身である。
pp.89-90
日本は公共事業主体で経済対策を行っており、官僚の間でも一般的に施行促進を行うことが一つの大きな経済対策になると考えられていた。
ところが、連邦制のアメリカには中央集権的な日本の仕組みが理解できない。アメリカは高速道路を作る場合、連邦は連邦、州は州で行う。日本のように政府が補助金を出し、補助金にタイアップして地方議会が地方の分を出すという仕組みとはまるで違う。ある意味、日本は建設省の方針が地方まで非常に徹底する形になっていた。
p.95
主計局にはつぎのような「予算担当者十戒」がぎろりと眼を光らせている。
一、いばっちゃいけない―相手のポストに敬礼だ、心しよう。
二、おこっちゃいけない―相手の立場を理解しよう。
三、甘くなっちゃいけない―相手の要求を見極めよう。
四、上を向いちゃいけない―相手を説得しよう。
五、辛くなっちゃいけない―査定はスジを通そう。
六、まるく入れちゃいけない―査定は積み上げよう。
七、独断専行しちゃいけない―横の連絡、上司の決裁注意しよう。
八、ルーズにしちゃいけない―念には念を入れ整理しよう。
九、嫌われちゃいけない―身をつつしもう。
十、遅くなっちゃいけない―仕事は期日内、時間内、工夫しよう。
p.101
武藤が現役のころには、政治主導はあった。官僚主導で重要案件が決まったということは、ほとんどない。官僚が主導して決まったのは、政治家がまったく興味のない細やかなことばかりである。少なくとも、世の中が関心のあることはすべて政治が決めた。
pp.106-7
竹下は国会での答弁で消費税導入に関して「六つの懸念」を自ら示した。
①逆進性。
②不公平感。
③低所得者への加重負担。
④税率引上げの容易さ。
⑤事務負担の増加。
⑥物価の引き上げ(便乗値上げ)。
この六つにに三つが加わり、都合「九つの懸念」となった。
⑦商品価格に転嫁できるか。
⑧消費者が負担した税が確実に納付される保証があるのか。
⑨地方税の減収により地方財政の運営に支障が出るのではないか。
p.132
消費税について話しているとき、小沢(一郎)の指摘が的確で驚いたことがあった。
「売上税の最大の問題は税額票だ」
そう口にしたのだ。税額票は西欧諸国でいう「インボイス」に当たる。インボイスとは仕入れ税額控除の祭に使用する書類。売り手と買い手、売買した物品がサービスの名称、売買の数量・価額、付加価値税額などが記載されている。
p.171
中でも中国は日本に学んでいることでは筆頭格といえる。いいところは真似をし、悪いところは反対の行動を取る。
p.173
バブル崩壊後、あらゆる企業のバランスシートが痛んでいた。債務超過に陥っている。財政出動して契機が浮揚したとしても、それによって得た利益返済にまわされた。つぎにむかって投下されることがなかったのである。バランスシート調整という時代に入っていた。そこから、乗数効果が生まれてくるわけはなかった。
財政出動をけしかける人たちは主張していた。
「財政をどんどん投入する実験をすればいいじゃないか」
契機が回復するまで、何十兆円でも国債を発行しつづければいい。そう主張する学者や評論家もいた。
だが、実際に財政出動する側は、無責任なことはできない。じつは、なにか政策を行うということは、期待する効果とともに副作用がかならず起こる。
p.266
<税制は詰まるところ、本当にマーケットに参加している人が便利で使いやすいものでなければならないんだ……>
p.359
「いいか、お前らがものを考えるときに、自分が総理の立場だとしたら何をするべきかってことを考えろよ」
[...]ほかにも仕事をこなしていくうえでの処世訓のようなアドバイスももらった。あるとき、先輩は言った。
「上の立場の人にモノを説明するときには、我々は、勉強したことは一所懸命説明することが多いけれども、そういうときは、だいたい三割の説明でいいんだ。上の人は、よく知っているから、最初の三割くらいを説明すればほとんど理解する。後は、わからない点や確認したい点があれば質問してくるから、その質問に答えるようにすればいいんだ。全部説明しようとしてたらキリがないんだから」
p.379
野田の持ち味は安定感。エキセントリックな印象はまずない。均衡の取れたリーダーというのが大向こう通りの相場であった。
p.382
藤井は財務大臣たる器に必要な条件は三つあると考えている。まずは国際金融への理解。次に予算査定を乗り切れるかどうか。単に「腕力」だけの問題ではない。所管の大臣に「まあ、しょうがないか」と思わせるだけの人間でなければならない。最後に政府の財政を統べる者として、野党との論戦に耐えるだけの説明能力も欠かせない。
p.387
大平や中曽根ら過去の名宰相たちは、官僚や有識者の知恵を引き出すのが実にうまかった。彼らは、要職を歴任するなかで各界の有識者らと知己になり、幅広い人脈を形成していった。また、そのことが政治力の源泉にもなった。
p.410
一般論として、恣意的な相場操縦あ為替の捜査はやるべきではない。あくまでも、投資の場は公平であり、自由であるべきだ。それが、マーケットというものなのだ。
ただ、極端な相場操縦、為替の捜査というものは許すべきではない。
だからこそ、健全な市場を監視し、維持するための介入は許される。
p.421
かつて、大蔵省にはこんな言葉があった。
「川をのぼれ、海を渡れ」
「川をのぼれ」とは、自分が取り組む制度に浮いての歴史はすべて調べろということ。「川を渡れ」とは、海外の実情をすべて調べろということ。大蔵省では、勉強し、各国の制度を調べるのが当たり前だった。
p.447
江戸時代から、経済の成長の合わないスピードで貨幣をつくったことが、何度もある。しかし、そのたびに、大インフレが起きる。庶民は困窮し、改革へとつながっている。それは、経済学の「いろは」として、広く知られている。
薄井信明
峰崎直樹
藤井裕久
平澤貞昭
行天豊雄
佐藤光夫
内海孚
石原信雄
尾崎護
主税局長の千三百日