本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784198635671
感想・レビュー・書評
-
岡田斗司夫と内田樹の対談形式の本。これからはこういう共同体を目指したらいいんじゃないかなということを主に語っている。主なことはこれまでの内田さんの本に書かれていることなんだけど、岡田さんてなんというかものすごく突飛というかユニークなシステムをぽんぽん思いつく人なんだなぁと感心しながら読んでいました。
仕事をしたいから社員がお金を払う会社とか。面白いなー。心地よい反骨精神みたいのを感じる。
・心が折れる瞬間についての考察で、身体を無視した「生きがい」という度量衡、という考え方。
・ロスジェネ論は不毛
・「キャッシュ・オン・デリバリー」は不信の証
・太宰治の小説の最初の一文のウマサ。
(あ、トピックのタイトルもあるけどそうじゃないものもあります)がすごく説得力あった。
キャッシュ・オン・デリバリー~の映画の中のマフィアの例えとか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
”凱風館とFREEex、趣のまったく異なるコミュニティを主宰している、内田樹さんと岡田斗司夫さんの対談本。
タイトルは「経済学」だけど、コミュニティマネジメントの観点で面白く読めた。特に、これからの時代、拡大家族的コミュニティのビルダー(ファウンダー?)になろう、という提言に強く共感。
なかでも、強く印象に残ったのは以下のキーワード。
・努力したら最終的には報酬がある。ただし、どんな報酬がいつもらえるのかは分からない。
・拡大家族(拡張型家族)的コミュニティ = 相互扶助の互恵的な集団を作りたい
・良きパッサーたれ。「あ、あのとき受け取ったのは、パスだったんだ」
・「眠っている知性への敬意」をもって教える
・それぞれ相手に贈与して、反対給付義務を感じて、それを相殺しようと絶えず動き続ける
・急に近づいて「あなたに話す話法」
・「ほんとうに必要なものは金では買えない」時代の共同体実践
これからの時代、コミュニティの世話人として活動する人が肌感覚でもっていたい世界観が、二人の対談のなかで言語化されている感じ。折々で読みかえしたいコミュニティ関連本の一冊になった。
<読書メモ>
・いまは「流行りだから間違いない」「ランキング上位だから良いに違いない」という発想。
(略)あるいは、いまこの人やこの会社がバッシングされているから、自分としては特になんとも思わないけど、みんなとおなじようにバッシングしておけば間違いないよね、って。ぼく「イワシ化」って呼んでるんですけども、社会がイワシ化してるんです。(p.24:岡田)
・自分の気持ちを大切にするために、いろんなところから肯定的な情報を集めてきたり、ソーシャルネットワーク上でイワシ化する(p.34)
★「努力したら、最終的には報酬がある」ということは言ってもいいと思う。でも、どんな報酬がいつもらえるのかは事前には予測できない。ある種の努力をしているうちに、思いもかけないところから思いもかけないかたちで「ごほうび」が来る。それはまさに「思いもかけないもの」であって、努力の量に相関するわけじゃない。(p.55;内田)
※努力と報酬の関係
・もし信託能力に自信があったら、「いまもらえなくても、オレが見込んだこいつならいつか返してくれるはず」と思えるはずじゃないですか。そうじゃないから、同時交換だったり早く対価が受け取れないと安心できないわけで。(p.58:岡田)
※キャッシュオンデリバリーは不信の証、になるほど。
・妄想してると、脳内にドーパミンが出てきて、それだけでけっこうハッピーになってるんじゃないかな。(略)ぼくたちは報酬をけっこう前払いで受け取ってるんだと思う。(p.61:内田)
・自分で「こんないいことしてるオレって、ほんとにいいやつだな」って思えれば、それだけで生命力って向上するんです。(p.62:内田)
・ちょっとずつ関わりが強くなるにつれて、ぼくにお金を払ってもらおうっていう発想なんです。(p.66:岡田)
・たとえ仕事をしなくても内田先生にお金を払いたいっていう人しか集まらないから、自分の値打ちがはっきりわかる。うちは社員が一年更新だから、ぼくがちゃんと仕事をしているかどうかで社員数が増減するんです。ぼくに値打ちがなくなると社員数が減っていく。しかも上限は3年と決めています。(p.74:岡田)
※FREEex(フリックス)の社員制度。おもしろい。月1万円、190人が払っている。
・とにかく、年長世代からの「がんばってね」っていうフレンドリーな贈与が社会的フェアネスを基礎づける、そういう時代に必ずなると思うんです。だって、どう考えても、それ以外にソリューションがないから。(p.87:内田)
※内田さんの「贈与経済」論。
★そういう小さなコミュニティをていねいに手作りしたいわけですよ。その五百人くらいの人たちで、お互いに顔の見える人間が集まって、若い人たちが活躍できるように、みんなでチャンスを提供する。お金がある人はお金を提供する。コネがある人はコネを紹介する。(略)そういう相互扶助の互恵的な集団を作りたいんです。(p.97-98:内田)
※拡張型家族!
・文系のヤクザ。一家を構える(p.98:岡田)
・責任感が発生した瞬間にこれは家族として成立している(p.99:岡田)
・あらゆることに優先するのは「集団が生き延びること」ですから。単独で「誰にも迷惑をかけない、かけられない」生き方を貫くより、集団的に生きて「迷惑をかけたり、かけられたり」するほうが生き延びる確率が圧倒的に高いんですから。(p.103:内田)
・仕事に就くのは能力じゃなくて完全に運だって考えて、運があるやつが拡張型家族を構成していく(p.107:岡田)
★ぼくは30万人とまでは思わないけれど、近いうちにそういう共同体実践をはじめようとしている人はもう3万人ぐらいいると思う。でも、3万人ではやっぱり足りない。これを30万人にして、100万人ぐらいまでもっていかないと、社会システムとしてはカバーしきれないから。(p.108:内田)
・根源に欲望があると思われたら生きづらくなるから、欲望を消してリアクションだけで生きていくことを選んでいる。欲望がないからリアクションしかすることがない。(p.126:岡田)
※ものがなしいけど、なんか分かる。
・師弟関係の一番いいところって(略)「この先生の最高の面を知っているのは私だけだ」という幸福な錯覚が敬意を生み出し、学びを起動させるという点にあるんです。(p.138:内田)
★国民のなかの数十人に1人が、キャラクターと言ってもいいしカリスマと言ってもいいし、先生って言ってもいい、そういうふうな人を立てていって、他の人間を食わせる状態にもっていこうっていう計画上にあるんですが(p.139:岡田)
・世の中にはゲマインシャフト(地縁や血縁で自然に形成される共同体)とゲゼルシャフト(特定の目的のために形成される共同体)と、もう一つなんとかシャフトがありそうですよね。(p.144:岡田)
・イワシ化だと持続的な共同体は作れないですね。でも、さっき話した拡張型家族のシステムだとやり方次第では「第三のシャフト」は可能だと思う。(p.145:内田)
・人のお世話をするというのは、かつて自分が贈与された贈り物を時間差を持ってお返しすることなんですから。反対給付義務の履行なんですよ。(p.148)
★ファンタジスタって、たぶんずっと「どこにどういうパスを出したら、ゲームが楽しくなるか」ということを考えていると思うんです。(p.150)
・贈与は「思ったもの勝ち」なんです。(p.160)
★肝心なのは、年上世代が若い人たちに敬意をもって接することだと思う。(略)そのうち「あ、あのとき受け取ったのは、パスだったんだ」ということが向こうにも実感されるようになる。(p.163)
※ここでは世代(年齢)で書かれているが、必ずしも年齢の上下とは限らない。ただ、「先駆者からのパスと敬意」というふうには言えるはず。
・すべての学生たちがその潜在可能性を開花させて、ハッピーに生きるためにどうすればいいか(p.171)
★もっとも上質な贈与というのは、こういうふうに本人も知らない、周囲の人も知らないのに、みんなを救うようなことをしてしまっている(p.179)
※堤防に開いた小さな穴を、誰知ることなくふさぐこと。
・移民社会で、文化が違えば、宗教も言語も違う、というなかでは可視的な基準以外に社会的な成功の度量衡ってほかにないからね。(p.208:内田)
・日本人の得意な、手触りの温かい、きめ細かなサービスで国際的な評価が得られるなら、その豊かな資源を活用しましょうよ。
日本人が自分たちの持っている例外的な潜在能力に気がついて、国際社会のなかにどう自分たちを位置づけるか気づけば、日本はずいぶん元気になると思うけどね。(p.211:内田)
★それを教えるのは、いまの君にじゃなくて、君の眠っている知性に対してだから。(略)「教える側」が「教わる側」の潜在的な知力に対して敬意を持って接しなければ知性は開花しない。そういうものなんです。(p.218:内田)
※「眠っている知性への敬意」っていいな。
・人間の能力の90%は「外見からだけではわからない」ものなんです。(略)「なんでも食べられる」とか「どこでも寝られる」とか「誰とでも友達になれる」というのは、生き延びるためにきわめて重要な能力ですけれど、数値的には示せない。そもそも人と比べるものじゃない。(p.222:内田)
★夫婦は非対称な関係にあったほうがいいと思いますね。自分ができることが相手にはできず、相手が得意なことが自分は苦手というのがバランスいいんです。(略)
お互いにいつも貸し借りがアンバランスで、妻と夫それぞれ相手に贈与して、反対給付義務を感じて、それを相殺しようと絶えず動き続けることで夫婦のバランスが保たれるんです。(p.231:内田)
※あ?、これ分かる!
・お母さんが子どもに「お父さんは偉いんですよ」って言うのは、「お父さんがこの家で最初の贈与を行った人である」というフィクションを語っているんですよ。誰かを視点にしないとゲームがはじまらないから。鬼ごっこの鬼みたいなものです。(p.232:内田)
※フィクション! 鬼ごっこの鬼!(笑)
・相手の幼児性を温かく許容することができる男。モテる男ってだいたいそうですよ。(p.237:内田)
・読者の知性に対するリスペクトがないと言葉は届きませんから。かなりむずかしい話かなって思っても、「わかるよね、必ず。君はわかるよね」って相手を信頼することが大事なんだと思う。(p.237:内田)
★たぶん「みんなに話す話法」っていうのは人によってそれほど技術レベルが変わらないので、急に近づいて「あなたに話す話法」を使えるかどうかに書き手の力量が表れる。(p.240:岡田)
※あー、なるほど。これは納得感が高い。コミュマネ的にも言えることかもしれないし、他の仕事でも言えることかな。
・音域が広い声なんです。そこからは男の声も女の声も子どもの声も老人の声も聞こえてくる。どの声を選ぶかは読者の自由に委ねられている。(p.241:内田)
★非力で、貧しく、なんの取り柄もなさそうな人たちでも、ひとつところに集まると、その出会いから思いがけない「ケミストリー」が起きて、想像を超えた素晴らしいパフォーマンスが達成されるという楽観的な共同体観です。
※ドリームランダースと鶏鳴狗盗。2つの拡大家族に共通するもの。
・「ほんとうに必要なもの──生き延びるために必要なもの──は金では買えない」(p.251:あとがき)
※金銭ですべて解決できるシンプルな時代ではなくなってきたってこと。だから、人柄なんだ、「いい人」なんだってこと。
<きっかけ>
岡田斗司夫さんと内田樹さん、お二人の投げかけるメッセージが好きなので購入。2014/11/1 に読み始めたところ、コミュニティ論にも通じそうなテーマだったので、CMC読書会の課題図書に決定。” -
マスメディア=情報のプラットフォーム。皆が同時に語り合える、共通の場所を提供している。
努力と報酬について=良いものは無料で流行させる。
家族制度の基本は、同じ釜の飯。
教育(機能)、師弟関係は⇒コンテンツの提供が教育であるというあやまった考え。 -
「パスするゲームに参加していると、気がつかないうちに
ゲームに参加するための基本的な条件は周りの人が
全部整えてくれるんですよ」
これ、最近自分の周りに実際起こったことのようで、
読んでふるえた!
いつもの、内田さんがひとりでだーっと話してるだけじゃなく
岡田さんの相容れないようで共通してる認識や
両方のめちゃくちゃ鋭い反射神経と頭の回転。刺激的。
図書館で借りたけど買おう。 -
岡田:……うちの学校の生徒にはぼくと話している時でも平気でケータイを操作する子がいるんですよ。恋人や友達と一緒にいる時でも同じなんです。なぜかって考えると、それって彼らの中での礼儀作法なんですね。……ぼくらの古典的な考えでは、第一世界のほんとうに大事なときはケータイいじらないって思いますけど、ほんとうに大事な時でも彼ら彼女らはいじるんですよ。それは「自分のなかで複数世界がレイヤー構造になっているという真実」を目の前で見せるという行為を通じて、「各レイヤーのマネジメントをするリアルな姿まで見せてるのは、あなたが大切な人だからだよ」というメタ・メッセージを送っていることになると考えているからだと思います。(pp.125-6)
内田:サンデル教授に「こっちを選ぶと五人死んで、こっちを選ぶと一人死ぬ、さあどちらを選びますか?」っていう問題があったけれど、そういう決断をするように追い込まれるってことは「間違った決断」を連続的に下し続けてきたことの結果なんだよ。それは「問題」じゃなくて「答え」なの。そんな決断しかねる窮地に直面するはるか手前で、そういう羽目に陥らないようにするため、何をしたらいいかを考えなくちゃ。……(p. 199) -
常に饒舌言い切り型の内田樹に対し、「いや、それは」とたびたび異を唱える対談集は初めて。岡田斗司夫の論理の方が現実感が感じられる。
「報酬のために働く」という考え方は転倒している。ぼくらは既に報酬を受け取っているのだから、それを他の人に贈与するために働くのであるという観点は、少なくともぼくらの親父らの世代までは一般的な考え方だった。
能力と報酬は必ずしも一致しない。そこんところは運である。
<blockquote><b>岡田</b> 学生にもさんざん言って初めて「報酬は運である」って少しわかってもらえる。運だからこそ、成功したら他人に回さないといけないわけですよね。でないと運であるものを自分ひとりが取ったらネコババです。で、ネコババはバチが当たりますってのが昔からの教えですからね。p.54</blockquote>
<blockquote><b>内田</b> (今の世の中は誰かが整備してくれたものであり)道を気楽にすたすた歩けるのは、誰かがぼくらが起き出す前に、一生懸命「雪かき」仕事をしてくれた結果でしょう。そういうふうに、当たり前に見えることが実は無数の人間的努力の総和なんだということを思い知るって、ほんとうに大切なんですよ。 p.128</blockquote>
「決断力なんていらない」という項で(p.196)内田はこう切って捨てる。
<blockquote>・・・「究極の選択」状況に立ち至った人は、そこにたどり付く前に様々な分岐点でことごとく間違った選択をし続けてきた人なんだから。
それまで無数のシグナルが「こっちに行かないほうがいいよ」というメッセージを送っていたのに、それを全部読み落とした人だけが究極の選択にたどり着く。「前門の虎、後門の狼」という前にも進めず、後ろにも下がれずという状況に自分自身を追い込んだのは、誰でもない本人なんだよ。</blockquote>
これに岡田はこう応じる。
<blockquote> ぼくも後援会で、「どうやれば決断力が身につきますか」って聞かれたときに、「決断を迫られてるのはもう負け戦だから」って答えています。</blockquote>
意見のあった同士でワイワイやるのではなく、そこんとこはこう考えられませんかと食い下がる岡田が光っている好対談集。 -
今の経済の延長線上には幸せってこないな、と思っていた。その解決案の一つ。そ
-
共同体の話は興味深かった。拡張型家族コミュニティは今の時代に必要になってくると思う。情けは人の為ならずって本当だよね。すかさずパス回しできる人になりたい。
-
-
.@levinassien 先生と .@ToshioOkada 先生の対談本。いくつもほほぅと思わせるところがあったが、頭が痛くて纏まらず。再読してメモしたい。ここのところ量産過剰で?な本も少なくなかったが、久しぶりに内田樹先生本で楽しかった。
雑多に心に残ったこと。
子供達を田舎で掃除をさせてその無意味さ、宇宙の真理に気づかせる。とか。誰とでも幸せになれる人が結婚の条件。とか。努力と報酬は一致しない。アメリカは未病という発想がない。嫉妬文化である。決断力はいらない。決断を迫られるような状況を引き起こさない。とか。一番頼りになるのは、人柄の良さが大事。とか。勉強しなさい、ではなく、本人が勉強したいと思うこと。気長に待つこと。とか。贈与の経済については、師を持つことで、師から得たものを人々にパスする。贈与とはこの話が一番ストンと落ちた。 -
対談集。ボクはオタキングには都度影響を受けてきたことを認めるが、この歳になっても、まだまだものすごく核心を突かれる頁に遭遇してしまう。今回はさすがに内田樹氏が相当格上だが。
何時の世もそうだが響かないひとにはまったく響かないだろう。それでも「人に与える」ことこそが個人や社会にとってこれからさらに必要である、というお2人の思いは、広く伝えられればよいなと思った。
ストーリーや着地点があるわけではないので読後感は意外にモヤモヤする(笑)。対談なんてそんなもので、頭に残ったフレーズを適度に読み返すくらいがちょうどよい。 -
この言葉は希望だなぁ。
“人間は強いものに導かれて強くなるんじゃなくて、弱いものをかばうことでしか強くなれない。” -
「掃除の無意味さの前に愕然とする行為」が必要だと言う内田先生の言葉に深くうなずきました。
買い出ししてもすぐに無くなるし、掃除をしてもすぐに汚れるし……家事って愕然とすることの繰り返しだな。 -
ざっくり乱暴にまとめてしまうと、「情けは人のためならず」
やっぱり内田樹は教育者だなと改めて思わされました。 -
内田樹と岡田斗司夫。面白くないわけがないと期待して読んだのだけど、不思議なことに(うたい文句とは逆に)ページ単位ではとても面白く、本全体としてはあまり面白くない一冊だった。
ページ単位で面白いのは、ふたりともがそれなりの説得力を持って「そうじゃない、こうだ」と意見をぶつけているから。見解の違いが、不毛な論争ではなくモノゴトを立体視するための複数の視点につながるスリリングな読書。
本全体としてピンとこなかった理由は、描かれている将来像がピンとこなかったから。
評価経済という発想自体にはとてもとてもとても興奮した。大きく学ぶところがあった。しかし、比喩としての経済を超えて実体としての経済に及ぶと、恩恵、いや、マイナス含めて影響を受けられるのは岡田氏などごく一部に留まるとしか思えない。
贈与経済についていえば、こちらは私がすでにそうなると内田氏のブログなどで説得されてしまっているから。
いづれにせよ、刺激的な一冊であること間違いなし。 -
お二人の対談集です。私は読書の時にキーワードとか気に入った語句に付箋紙を貼って読んでいくのですが、この本のお二人の会話ではなるほどと唸りたくなったり、その通りだと思ったりする語句があまりにも多くて、たちまち本が満艦飾となった次第です。お互いに話をしているうちに相手に触発されて色々な発想がとびかうので(もちろんお二人の現在の活動の中身の紹介もあり)とても刺激的でした。、
少し中身をかいつまんでみると今の日本のような「イワシ化」した社会にいることは=「脳化する社会」と同じで、頭だけで考えているから生きる力を高めるとか生き延びる可能性を高めるかということをしないでふらふらマジョリテイについていく・・ので簡単に「心が折れる」ということが起こる。努力と報酬は一致しない。能力と報酬も一致しない。報酬は運である。・・・こう述べてくれるのですから、これは気分爽快になります。ここまではっきり言われると。
社会的に成功したと思われる人は、もともと自分のひとりの力で成し遂げたものではないから、自分の手元にもっているものは自分の占有物ではなくて一時的に「託されたもの」。それだから次の人にパスすることで世の中がうまく回る。「情けは人のためならず」の原理は、かつて受けた贈与を時間差を持って返すことにほかならない。パスをとめてはならない。貨幣も情報も評価も動いているところに集まる。そして、極めつけはこの言葉です。
自分が他人からもらえるかより先に、自分が他人になにをしてあげれるのかを考えられる人間だけが贈与のサイクルに参入できる。それはその人の貧富とか社会的地位の高低にはまったく関係がない。・・・
それだから、誰にも知られなくても「いいこと」をすると毎日気分良く暮らせます。これからの社会がこの本に書いてあるような方向にいくかどうかは私たちの行動次第です。 -
いろんな生き方ができる社会、共同体とはどういうものか。多様性とひとことで片付けてしまえばそれまでだけど、それって具体的にどういうこと?どうすればもっと生きやすい社会になるんだろう?ということについて、いろんな方面からお二方がお話しされています。そのキーワードとなるのが評価と贈与。
お金だけがモノサシじゃない。数字で測れないものも大事。いろんな人とたくさん関わり合いながら、迷惑をかけたりかけられたり、助けたり助けられたり、そうやってみんながなんとかやっていける、そんな世の中がいいんじゃないかなーって思いました。 -
贈与と反対給付。等価交換ではなく。
最大の資本は人柄。
やっぱり読んでて安心する。
日頃感じるコストリターンの合理化(と呼ばれてしまうもの)だったり、消費者が等価交換を前提にして考えちゃうから発生する過剰サービスが、やっぱりこの先も最重要視されるようなものではないよな、と思える。 -
内田 樹さんと岡田 斗司夫さんの対談。これからの日本社会について、それぞれの切り口から語られています。
内田さん・岡田さんともに講演会に行ったことがあったからか、本を通して実際に講演を聞いているような錯覚をするぐらい、大変読みやすかったです(*^ω^*)
著者プロフィール
内田樹の作品
本棚登録 :
感想 :
