人魚の石

  • 徳間書店 (2017年11月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784198645083

作品紹介・あらすじ

小さい刻の愉しい記憶をもう一度味わうために、私は誰もいない寺に帰ってきた。私が池で見つけたのは、真っ白な自称人魚の男『うお太郎』。人魚にも見えないが、人間とも思えない不思議な生物だった。うお太郎は「この寺の周辺には奇妙な石が埋っており、私にはそれを見つける力がある。石には記憶を忘れさせたり、幽霊を閉じ込めたりする力が宿っている。早く見つけろ」と言うのだが……。書評家熱賛!奇想小説の異端児が放つ待望の初長篇!

みんなの感想まとめ

不思議な存在との出会いを通じて、記憶や人間の本質に迫る物語が展開されます。主人公が出会う自称人魚の男「うお太郎」は、奇妙な力を持つ石の存在を告げ、物語は深い謎と緊張感に満ちています。リアルでありながら...

感想・レビュー・書評

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  • 不思議に面白い青蛙さんの奇譚。ユキオが育った寺に帰ってみると子供の頃過ごした懐かしい所だったはずが。奇妙な石に閉じ込められた人外のものが現れ一緒に住むことになる。
    住職だった祖父亡き後ひとりで寺を守っていた祖母が亡くなって、後を継いで守っていくのに帰ってきた。そのつもりだったので期待もしていた。懐かしい子供時代、祖父母は優しく山の風景は輝いていた。
    独居老人とわずかな子供しかいなくなった過疎の村で、今は破れ寺の坊さんという体。
    東京でミステリ書きになったという兄は帰る気配もないが、書店に兄の本が並んでいるのを見たこともない。

    山道を登っていく雨後の霧の中から浮かんできた影、これほどおんぼろで荒れた寺だっただろうか。

    気を取り直して掃除を始めた。昔から仕えている徳じいが寺を守ってくれていた。おいしい弁当に涙がほろっとこぼれた。

    まわりから奇石が見つかるという。中に潜むのは人か妖か。徳じいはここに来ると必ず祖母の気配がするという。
    奇石とは言っても珍しい水晶のような輝石に近いもので、それは結構な収入になる。石堀人たちが山で掘り出していたこともあるという。

    外で子供の声がした、出てみると誰もいなくて視線の先に濁った池が見えた。気になるのでポンプで水を抜いてみると底から真っ白い男が出てきた。人魚だという。
    昔、祖父に埋められてから気持ちよく寝ていたのを起したと怒り気味。人魚だというがしっぽの代わりに足があった
    信じられないが裸の男は現実で、服も着ないで寺で暮らし始めた。名前をうお太郎にした。

    ここから、自分でも自分が信じられなくなるほどの怪異が起き始める。しかしそれも現実で馴れれば馴れるものだ。うお太郎は勝手な生き物だが可愛げもある。

    猛烈な風雨のあと庫裏と本堂を残して屋根が落ちた。寺は住みにくくなった。
    山に分け入ってみると記憶がある、蔦に埋もれた茶屋があった。寺はいつ全壊するかわからない、小屋を飲み込んだ葛越しに覗くと、うお太郎が寝ていた。

    拾った石をうお太郎が踏むとぼんやり人影が見えた。一言「つらい」といって消えたが「幽霊石」だそうだ。「ちゃんと中に入っていただろう」なぜか怖くもなかったが、こちらもどこかおかしくなってしまったのか。

    風呂場でうお太郎が拾ったのは「記憶の石」だった。気味の悪い記憶が閉じ込められているようだった。
    「殺人事件」うお太郎がにおわす。「あんたの兄さんのデビュー作」と意味深なことも言ったが。
    山にはまだまだ不思議な石が埋まっているらしい。

    小屋を巻いた葛は厄介でへとへとになり苦戦していたところに、天狗が出た。背中に黒い翼がある。
    「天使ですか?」
    「おぬしは馬鹿かワシは天狗だ、天狗」
    案外親切で飢えて死にそうなところに握り飯をくれたり、
    「おぬしはこの先にある寺の血筋の者だろう。代々石を探して石を売って生業にしていた一族ではないか」云々。
    天狗から物をもらうと必ずお返しがいるらしい。頼まれた石を探すことになった。
    朝見ると葛がすっかりなくなっていた。

    うお太郎を図書館に連れて行くと手放しで喜んだ。様子がおかしいので聞いてみると宇治の寺に人魚の木乃伊が展示されているという。写真を見てうお太郎が「姉さん」といって泣いていた。
    そこで盗み出す手伝いをした。宇治川を泳いで寺に入り無事手に入れた。うお太郎と別れてよろよろと帰ってきたが、うお太郎は帰ってこないで木乃伊と共に消えた。

    滋賀の海にいるという。居たものが居なくなって寂しい。訪ねていくと琵琶湖の底にいた。

    「記憶石」をくれた。血の匂いと殺人の記憶が蘇った。額に当てておぞましい幻を見た。

    人の世と幻の境に落ち込んだとき天狗が来て「未来の石」をくれた。いつか使おう。
    琵琶湖の底にはまだ不思議が眠っていた。


    青蛙さんの世界はさすがにどこか気味わるい、それが意外に普通に読める。
    「記憶の石」「生魚の石」「天狗の石」「目玉の石」「祖母の石」「未来の石」「夢の終わり」「人魚の石」
    それぞれがとんでもない話なのだが、どこか別世界から来たようで今につながっている、こんな物語が奇妙で面白い。

    田辺青蛙夫妻も森見さんも居住圏が近いのか、物語の風景になじみがある。宇治から帰る道筋も天ヶ瀬ダムの見える風景はよく通るところで、目に浮かぶ。寺のある山とはあのあたりのことかなと、見当違いかもしれないが、馴染んだ風景が舞台だった。


    続きは出ないのだろうか。いくらでも書けるような奇談作家の腕の良さに期待が膨らむ。

  • 一息で読んだ。

  • こうきましたか、と唸る人魚譚。妙にリアルな感じで、本当にこういう存在がいそうです。面白かった。
    けど主人公、もう少し健康的な生活送ってくれ。心配してしまった。

  • いや~・・・面白かった。血で汚れた因襲に満ちた異形とのやり取り・・・どす黒成分多めの『家守綺譚』て感じで・・・好き・・・。うお太郎がユキオに懐いてたのって血が繋がってたからなんだな・・・ヒエエ・・・。最後の最後まで油断できない・・・まさに和ホラー。

  • 初めて読む作家さんでした
    説明もないまま物語は進んでいきますが、連作短編集風な作りで、登場する人魚や天狗たちもどこか人間味がある性格と口調ですいすい読みました。
    ラストは後味悪いような背筋が寒くなるような気もしましたが、未来の石と夢の終わりの章をもう一度読んで、この未来はいつのことだ…?と思うと、主人公的にはハッピーエンド?と思うなどしました、独特な世界観が読後感もずっと残っているので、他の作品も読んでみます。

  • なんだろう…。

  • 青蛙というペンネームからはもう少し硬質の怪奇譚を勝手に期待していたが(あの円城塔のつれあいであれば尚更)、案外とナイーヴな話である。小泉八雲というよりはゲゲゲの鬼太郎(もっとも鬼太郎もオリジナルの墓場鬼太郎はおどろおどろしい)。やたらと妖(あやかし)の類が出てくるが、どれもこれもではなく、つい誰も彼もと言ってしまいそうになる程に人間臭い。不思議な能力や主人公の知らないことを知っているという情報格差でたぶらかす様も人外のものとは思えない程に幼い子供の思い着くような悪戯だ。こういうエンターテイメント系の小説は最近読んでいなかったので文章に乗り遅れながら読み切る。

    終末に向けて登場する物の怪は、推理小説の様式で言えば使ってはいけない奥の手であるが、そこだけは妙に怖い。その感情の根っこにあるのは、よく知らない人が親切にしてくれるのを手放しで受け入れられない居心地の悪さと同じ類のもの。エピローグは至極当選の帰結としてそうなるよね、と思った所に落ち着く。最初からここを狙って書いていたのなら相当にひねくれた作家と思うが、読後の感想としては連載していた連作短篇集をまとめたもののような印象。モチーフとしての「石」と「人魚」が各々の物語を縫い合わせてはいるものの個々の章は独立している。それ故に、エピローグの不気味さも少しばかり慌てて繕った印象が残る。

    ふと、主人公の兄は今何処にいるのかが気になった。兄は本当に兄だったのか。物語は語らないことの方が本当は恐ろしいということをしみじみ思う。遠野物語の元になった昔話が本当にあったことを夢物語風にして人間の残忍さを中和したように、妖怪は誰かの過去のうつしみ。であれば登場する物の怪達が人間臭いのも当たり前のことなのかも知れない。

  • 円城塔夫人としての認識が最初で、夫婦共著の「読書で離婚を考えた」での大らかでガサツなイメージが先行してた。
    だもんで、まずはその端正な文章にビックリ。
    共著で演出しているセルフイメージばりの偽悪的な表現とか品のない語彙とか際どい言い回しとか皆無。
    よく考えたら、もしそういうヒトだったらあの円城塔がパートナーにはしないわな。
    でもね〜その分パンチもないんだなあ。上手くいかねえなあ。
    脇の甘い金井美恵子というか、詰めの甘い山田詠美というか…

  • 山中のおんぼろ寺での人魚と私の出会いから、日常が奇妙な装いを帯びてゆく。

    この1冊に書かれていることが、全てではなく。何かの始まりでも、終わりでもない。私と人魚の人生は、これまでもこれからも、誰かが引いたレールをはみ出さない程度の自由を監視されながら、進んでいくんでしょうね。

    読後感はよくないです。本に書かれている物語が終わっても、登場人物の人生は続いていく。けれども、そこにあるのは希望でも絶望でもなく、仮初の日常という感じだからかな。この先、人生の結末を迎えるだろうけども、私と人魚には、自分の人生というものが築いていけないのだな、と考えてしまうとね。

  • 幼少期、楽しい思い出の中心にあった寺に帰ってきた主人公。荒れ果てた寺を掃除していると、庭の池から人魚が現れます。彼と共同生活をしていくうちに、奇妙な現象を起こす石、妖怪たちと出会っていきます。 幽霊の石、記憶の石など様々な能力を持つ石。それにちなんだ現象に翻弄される主人公が楽しい作品です。また人間とは違った理論で生きる妖怪とのちぐはぐさがどこかおかしく、どこか恐ろしい作品でした。ラストは主人公は妖怪側に近付くので、その主人公が接していたちぐはぐさを読者自身が感じることができ、恐ろしく楽しかったです。

  • 3.3

  • 不思議な世界を堪能しました。読み始めは人魚のキャラクタがどうも馴染めなかったが読み終わってみればそうでもなかったかな。ホラー小説でした。

  • 古寺に住まうことになった若い住職が見つけた「人魚」と名乗る謎の男・うお太郎。そしてその地に多く眠る謎の石を巡る不可思議な物語を描いた連作短編。とにかくシュールで不思議な印象、だけどまったりとした雰囲気で物語は進むのですが。終盤になると……なんだか怖くなってきました。なのでこれはホラーといってしまってもいいかなあ。
    世間一般が持つ「人魚」のイメージとはかけ離れているうえに、災いを呼ぶとまで言われては不気味といえなくもないのだけれど。それでもなんだか愛着がわくキャラです、うお太郎。あと、天狗も好き。下手に関わるといろいろやっかいそうではありますが(笑)。そしてある意味この物語の主役かもしれない「石」の数々が魅力的で、惹きつけられはするのだけれど。ひっそりとした怖さと後味の悪さが残りました。

  • こういうのもファンタジーになるのだろうか。朱川湊人というより三崎亜記に近い異様な世界のお話。
    誰も居なくなった荒れ果てた寺に、継ぐために元住職の孫の由木尾が帰って来るところから物語が始まる。
    庭にある池を掃除しようと水を抜くと、池の中に異様な人物がいた。それが由木尾が後にうお太郎と呼ぶことになる人魚との出会い。そして由木尾とうお太郎との奇妙な生活が始まる。

    特別な石を見つけることができる家系の由木尾の他、その売れない小説家の兄、生魚の石の少女に天狗と奇妙な登場人物(妖怪?)が多数登場する。

    はじめ異様な設定にちょっとついて行けなかったけれど、連作小説風になっていて読み易い事と、次第に世界が理解できて来たことで途中からはスイスイ読めるようになった。
    ただ何の説明もないまま話が進んでいき、徐々に分かってくるという書き方が多用されており、話の持って行き方がイマイチなので、理解しにくいことこの上ない。それに、細かい矛盾点も多い。例えば、うお太郎がしばらく会わなかった間に「電車に乗って町まで行った。」と言ってたのに、その後一緒に電車に乗ったとき「電車に乗ったこと有るのか?」と聞くのも変だしうお太郎が「小さい頃に一人でね。」と言う答えている。

    最後は途中で知り合ったもう一人(一匹?)の人魚が主人公になってやたらとブラックな終わり方になるけれど、内容が理解しきれない上、伏線のまま残っているような状態で取り残された感じ。

  • 貧しくて満たされず、何倍も疲れ果ててるぼろぼろ感が重石のように圧し掛かる。
    妙に描写が艶かしくて、うお太郎の冷たいペットリした手に触られて気持ち悪い。
    どういうわけか変な臨場感がある。
    記憶のモザイクはパズルのようだな。

  • 記憶とはなんなんのか?
    わたしたちの人生はかつての記憶の体積、ミルフィーユのような記憶の層であり、記憶は記録とは違い、無意識にでも作り替えたりかつてあった出来事を自分の都合のいいものに作り変えてしまう。だから、真実と事実は違うものだし、人は信じたいものを信じて聞きたいものを聞いて見たいものを見る。だとしたら自分の記憶をどのくらい信用できるのかということは自分の人生を振り返る時には大きな問いにもなる。

    人魚という存在は非日常の存在でありながらも、この『人魚の石』の中では主人公のユキオと人魚のうお太郎のコンビが当然のように会話して同じ空間にいるという日常にすんなりと読者は入り込んでしまう。どこかバカバカしい二人の掛け合いと心地いいやりとりによって、天狗が出てきても違和感はなく物語は進んでいく。

    記憶とともに描かれているのは「血」と「石」、そして「居場所」を巡る事柄。自分が今ここに居るということは過去に起きた出来事、それが自分が生まれる前であったり記憶に刻まれていないことが嫌でも関係している。

    怪奇小説は異空間に読者を連れていく。しかし、それは日常と非日常の境界線を行き来させるものであり、何かメタファーのようにも感じられる。
    フィクションでしか描けない世界があり、それが現実に照射するものがある。小説を読む喜びはそこにあると思う。存在しないはずのものの喜びや悲しみを感じることで他者性への想像力を感じる。だからこそ、自分が存在することを逆説的にわかることができる。

    この作品を読んでいるとユキオとうお太郎のビジュアルが浮かんできた。アニメでもあり実写でもありそれらのイメージが混ざりながら物語が脳内で進んでいって、彼らの世界に引っ張られていくから一気に読み終えてしまった。そのわりに何度もゾクゾクさせられる描写があり怖さもある。でも、彼らはどこかほののんとしていてこの世のものでありつつあの世にも近いのだろうかと思えた。

  • 人魚と天狗、若い僧侶
    リアルで奇妙な日本の山奥ファンタジー

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著者プロフィール

作家。『関西怪談』『大阪怪談』『魂追い』『あめだま』など著作多数。

「2023年 『関西の怖い街』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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