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Amazon.co.jp ・本 (296ページ) / ISBN・EAN: 9784198645816
作品紹介・あらすじ
天領の豊後肥田、私塾咸宜園の塾主である広瀬旭荘は二度目の妻・松子を迎えた。剛直で激情にかられ、暴力をふるうこともある旭荘。しかし、心優しき詩人である彼の本質を松子は理解し、支え続けた。だが、江戸で松子は病魔に倒れる。時は大塩平八郎の決起など、各地が騒然としている激動期。儒者として漢詩人として、そして夫としてどう生きるべきか。旭荘は逡巡し、ある決断を下す。動乱の時代に生きた詩人の魂と格調高い夫婦愛を描く著者畢生の書。
みんなの感想まとめ
動乱の時代に生きた詩人とその妻の愛を描いた物語は、心の葛藤と人間関係の深さに迫ります。主人公の広瀬旭荘は、激情的でありながらも詩人としての優しさを持つ人物。彼の二度目の妻、松子は、彼の怒りを理解し、支...
感想・レビュー・書評
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2022.6.22
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幕末の登場人物多数。その中で、孤高の漢詩人を支え、短い一生であっても、幸せに死んでいく女性の一生。途中で愛に気が付く亭主殿でよかった。
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しっとりとした江戸の時代物。
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人間に注ぐ慈しみを描いた葉室麟の絶筆
所蔵情報
https://keiai-media.opac.jp/opac/Holding_list/search?rgtn=091964 -
初出 2016〜17「読楽」
江戸後期の在野の学者で日田の咸宜園を開いた広瀬淡窓は高校の日本史の教科書にも出てくるが、その弟での詩人の旭荘のことは知らなかった。
旭荘は咸宜園を嗣ぐが、兄淡窓の詩集を出版するため大阪に出て、そこで私塾を開き緒方洪庵と親交を持った。さらに日田の代官の子で咸宜園で共に学んだ羽倉外記の計らいで水野忠邦に仕えることになって江戸へ赴くが、水野の失脚によりやむを得ず私塾を開く。
旭荘は怒りをコントロールできない人で、最初の妻はDVのために去って松子を後妻に迎えたが、松子は旭荘の怒りを理解し、寄り添っていこうとする。松子は日田で子供を産み、大阪の夫の元に行き、江戸で病に倒れる。
旭荘の同門で男装の詩人原采蘋(さいひん)が見舞いに来て、「諸国を巡って感じたただ一つのことは、人は人によって生かされ、人を生かすのは女だということだ。」、「人は誰かに慈しんでもらえば生きていける。」、「奥方様は旭荘殿が生きる手助けをしてこられた。今度は旭荘殿が奥方様に尽くす番だ。」と諭し、旭荘は懸命に看病するが、松子は29歳で病死する。
惜しくも旧臘亡くなられた著者は、旭荘が松子の思い出綴った「追思録」を参考に書いたようで、タイトルは旭荘が最後に松子に聞かせた春雨至筆庵という七言絶句から取られている。題字を葉室涼子さんが書かれたのもこの本にふさわしい。
著者プロフィール
葉室麟の作品
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