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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784198659813
作品紹介・あらすじ
門田隆将氏絶賛!
「知られざる沖縄戦。24歳で散華した特攻隊長は今、私達に何を問うのか」
伊舎堂用久(いしゃどう・ようきゅう)中佐、24歳
石垣島生まれの特攻隊長にして、沖縄戦最初の戦死者。
沖縄の英雄である。
だが彼の名は歴史の陰に消えてしまった――。
「死ぬことは何とも思わない。祖国日本はどうなるか。それだけが心残りだ」
昭和20年3月26日、石垣島・白保飛行場を飛び立つ。
目指すは慶良間諸島沖、米大艦隊。
「いまより我、突入す――」
誇り高き、哀切なる、壮絶ノンフィクション!
令和7年、沖縄戦終結から80年。
祖国を案じた伊舎堂の言葉に、いまの日本は応えられているのだろうか?
■目次
序 沖縄戦最初の戦死者
・なぜ沖縄の英雄は歴史から消えたのか
・伊舎堂用久――今前進スル途中
第1章 伊舎堂率いる、特攻隊「誠第17飛行隊」結成
・誠第17飛行隊11名、生還者なし
・かなわぬ結婚を夢見る婚約者
・最後の手紙「あなたを思う心はいつも変わりません」
第2章 特攻隊員たちの青春
・いまはただ明鏡止水の心境です
・故郷の絆
・文武両道と友愛の伊舎堂
・無用に生き残ることは望まぬ
・人間の限界
・伊舎堂の運命の分かれ目
第3章 生の証し
・お星様の仲間になって見守っています――安原少尉
・決して心配くださるな――石垣中尉
・心優しき川瀬少尉
・部下の致命的失態を笑い飛ばす伊舎堂
・郷土防衛につく“蓑笠”部隊
・石垣島での最後の37日間
・伊舎堂の右腕・石垣中尉、無念の戦死
・7年ぶりの親子再会
第4章 昭和20年3月26日、誠第17飛行隊出撃
・26日午前5時50分「いまより我、突入す」
・各新聞が一斉報道
・歌われなくなった「伊舎堂隊の歌」
・薄れゆく記憶。68年後に顕彰碑
感想・レビュー・書評
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戦後日本は事実上アメリカの植民地となりました。そんな中でこのような方の実話に出会えたのはほんと奇跡です。
悲劇でしかないし、なんで20代の若者たちが命を賭けないといけなかったのか、、
ただただ『ありがとうございます』の感謝です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
沖縄戦緒戦での役割: 伊舎堂用久中佐が率いた陸軍特別攻撃隊「誠第17飛行隊」は、1945年3月26日に沖縄県石垣島から出撃し、沖縄戦における最初の特攻作戦の一つとして、慶良間諸島沖のアメリカ機動部隊に体当たり攻撃を行いました。
伊舎堂中佐の人物像: 語学や馬術に長けた文武両道のエリート軍人でありながら、部下思いで寛容な人柄で慕われ、国と故郷のために「悠久の大義」に殉じるという強い信念を持っていました。
「誠第17飛行隊」の構成: 隊長の伊舎堂中佐(当時大尉)以下、陸軍士官学校出身者、幹部候補生、少年飛行兵など、日本各地から集まった11名の隊員で構成され、最年少は16歳でした。この作戦で全員が戦死しました。
故郷・石垣島との繋がり: 石垣島出身の伊舎堂中佐は、出撃前の最後の約1ヶ月を故郷で過ごし、恩師や知人と交流しました。家族との面会は叶いませんでしたが、彼の郷土愛は深いものでした。
特攻への思想と決意: 自己修養を通じて人間の使命を全うすべきと考え、部下を気遣いながらも、死を恐れず国と故郷のために命を捧げるという固い決意を抱いていました。その思いは、残された詩や手紙からうかがえます。
「伊舎堂隊の唄」: 隊員の一人が既存の曲に歌詞をつけたもので、出撃への決意や家族への思いが込められています。戦後、沖縄で歌い継がれ、彼らの記憶を伝える役割を果たしました。
顕彰碑の建立: 1964年に沖縄戦の航空将兵を祀る碑の一部として建立されました。伊舎堂隊を含む石垣島から出撃した特攻隊員全員の名前が刻まれ、彼らの「悠久の大義に生きる精神」を後世に伝えています。
沖縄史における位置づけ: 伊舎堂隊の特攻は、沖縄戦初期の重要な出来事であり、故郷を守るための英雄的行動として記憶されましたが、戦後の複雑な沖縄の歴史の中で、その存在や意義が語られにくくなった側面もあります。
著者プロフィール
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