- Amazon.co.jp ・本 (533ページ)
- / ISBN・EAN: 9784198914912
作品紹介・あらすじ
ダンテ、明智光秀、ニーチェ、越路吹雪、シーザー等々-人生のすべてが凝縮されている"その瞬間"のドラマ。56歳から72歳で死んだ人々。
感想・レビュー・書評
-
あー ペルリがどうので彼がユダヤ人だもんで、てふのはなぁ、あの州はお宗旨で鯨とか「すべて水の中にあって鰭と鱗を持たない者」は食べちゃいかんてふのがあるんだってな。そいでもアメリカ人は鯨食べんけどなぁ。
あとアレな。俺ぁ長野のをっさんだもんで小林一茶は、地元の偉人なんだけぇどなぁ、これ読むまでは地元の偉人で止まっとったんな。
ほいでこれな。「人間様が死ぬ時どうだったかの本」でかの俳句の人を追っかけると、「人間が当時これで死んだ」皮膚病を どうだったかやぁ、フルコンプだった気がする、まぁ読んでみな面白いに、をしてな、その死にかけを抜け出して信州へ帰ってきて、俳句の前に子造りに異常に専念して、一応地獄を見て、ほいで三本目の足が辛うじてってふ状態であれな。なんか端折っとるけぇど。
なんか小林一茶のお墓行ったら下半身への御利益有りさうだよぅ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
座右の書
-
山田風太郎 「 人間臨終図巻 」 2/3
人は生まれてくる姿は一つだが、死んでいく形は様々であることが よくわかる。
2巻(56歳〜72歳の死)は 1巻のような 悲しさや不運を感じない。
1巻のように 死に 華やかさはなく、2巻は その人物の偉業が 死より前面に出てくる。その人物の偉業に比べれば、死は 人生のおまけのような感じ。
吉田満(56歳) 「戦中派は自分の一身を〜虫けらのように扱うことを長年教え込まれ〜戦後の混乱期からようやく立ち直ると〜戦争協力者の汚名をそそぐため〜身を粉にして働き〜人生の楽しみ方も知らず〜ぽっくり逝ってしまう」
福永武彦(61歳) 「私たち夫婦は 結婚の始めから終わりまでを 病の中で過ごした」病の中にあっても 暗い影がない生活
小津安二郎の文章がとてもいい。エピソードが人物像を捉えているし、固定カメラで 小津安二郎の最期を見届ける感じがした
-
ちまちま読み進めてやっと読了しました。山田先生は歌舞伎が好きなんですね。
-
人間の生誕はみな同じだが、死に際は全て異なっている、と風太郎。
-
509、初、並、カバスレ、背ヤケ、帯なし。
2011.4/1.鈴鹿ベルシティBF -
第二巻は56歳から72歳で亡くなった人々。第一巻は年齢が若い事もあって、勿論病死の人も沢山いるんだけど、それ以外の理由で亡くなった人が、第二巻に比べると多かったなと、今になって思う。
結核って、何年か前にまたちょっと流行してるとか、偶にテレビで検査しましょうみたいなCMで見たりもするけど、今はもう治る病気だし、あんまり深く考えてなかった。でもこれを読んでちょっと昔は本当に怖い病気だったんだなぁと思った。
サナトリウム文学とか、何かどちらかというと美しいようなイメージばっかりあったけど、やっぱり病気っていうのはそんなものじゃないね。勿論結核以外もそうだけど、闘病の果ての死はみんな壮絶だ。
死に顔が安らで良かったって話はよく聞くが、あれは亡くなった当人ではなく、看取った人たちの救いなんだな。 -
死に際にやはりその人の本性が現れるのだろう…
-
洋の東西を問わず、約1000人になんなんとする人々の死に様が描かれている。死を照射しているが、人物図鑑としても立派に通用する。一人に割いているのは高々半ページほどである。山田風太郎の歴史と人物に対する造詣の深さが圧巻。
<a href="http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20090607/p1" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20090607/p1</a>