竜宮ホテル (徳間文庫)

著者 :
  • 徳間書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (333ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784198936952

作品紹介・あらすじ

あやかしをみる不思議な瞳を持つ作家水守響呼は、その能力ゆえに世界に心を閉ざし、孤独に生きてきた。ある雨の夜、妹を捜してひとの街を訪れた妖怪の少女を救ったことをきっかけに、クラシックホテル『竜宮ホテル』で暮らすことに。紫陽花が咲き乱れ南国の木々が葉をそよがせるそのホテルでの日々は魔法と奇跡に彩られて…。美しい癒しと再生の物語!書下し「旅の猫 風の翼」を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 『足下にいた、年老いた犬の姿をした魂が、ふと、顔を上げた。その姿が、太陽の光の中で溶けていき、まだ若い犬の姿になった。そして、一声吠えると、空へ駆け上がっていった。犬の魂は、空の光に溶けて消えていく。わたしの左の目でも見えない、空の上にあるという、遠く遥かな世界に。もう、苦しいことも辛いこともないという場所に』

    “昔むかし”から始まるおとぎ話、いつの時代からか伝わったそんな物語の数々を私たちは子どもの頃、繰り返し聞かされて育ちました。思えば奇想天外なその物語たち。動物たちが当たり前に会話し、お姫様が月へと帰り、竜宮城から帰ったら何年もの年月が経っていた、といった空想世界の出来事を子どもの頃のあなたはどこまで信じていたでしょうか?子どもは思った以上に大人です。そんな“昔むかし”から始まるおとぎ話が全くの空想世界のものだとわかった上で、そんな空想世界に一時の夢を見る、案外彼らはそんな風にその時間を楽しんでいるのかもしれません。それが”おとぎ話”の醍醐味。そんな楽しかった時代を後にして私たちは大人になりました。生きるということは本当に大変です。逃げてしまいたい、そのように感じることもあります。そんな大変な毎日を過ごす私たち。そんな大人たちに向けて村山さんはこう語ります。『この本を手にしたみなさんに、少しでも、笑っていただけたら、幸いです。ほんのわずかの間でも、疲れや辛いことを忘れ、このふわふわした、どこかとりとめのない、小さな奇跡と魔法の物語を楽しんでいただけたらと思います』。”おとぎ話”は子どもだけのものじゃない。大人が楽しむ”おとぎ話”があってもいい。そう、これはそんな大人のために村山さんが用意してくださった現代世界を舞台にしたファンタジーです。

    『突然、部屋を出なくてはいけなくなった』と
    『このあいだの大きな地震の後』に建物の劣化を大家から告げられたのは作家の水守響呼(みもりきょうこ)。『…さて、どうしようかなあ』と思うも『ノートパソコンだけあれば、どこに行っても仕事は続けられるだろう』と『気楽なひとり暮らし』を楽観視します。『四階建ての小さなビル』に今や住人は響呼ただ一人というその暮らし。『まあ、最近、本の売れ行きも良くて、お金には困ってないし、いい部屋に引っ越しするためのチャンス』と前向きに捉え『とりあえずいまは明日締めきりの原稿を』とパソコンに向かいます。『ローカル紙の夕刊のコラムだ』というその原稿。『エッセイは苦手だから、つい時間をとられてしまう』と苦戦する響呼。『今回はまたよりによって、お題が「家族」だし』、『わたしには難易度が高い』と感じます。『デビューした十代の頃から、きれいでかわいらしいメルヘンや癒し系のファンタジーを書いている作家』という響呼。『読んだひとがほっとするような、読後感のいい、ほのぼのとした、家族の話を書かないと』、『読者の期待を裏切ってはいけない』と取り組みますが『だめだ。何も浮かばない』と諦めて『よし外で一気に書くか。ついでに不動産屋さんをまわってこよう』と『黒い傘を差し、雨の下へと歩き』出します。そして『何気なく空を見上げ』た響呼は『母さんの入院している部屋の外にも、この雨は降っているんだろうな』とふと考えます。『何年も眠り続けているあのひとは、きっと今日も目を閉じたまま』という母親のことを思う響呼。そんな時『左の目に雨粒が落ち』、『思わずまばたきした』響呼は『空を泳ぐ、羽を持つ魚』を目にします。『長いひれと尾をなびかせた小さな魚』。『あわてて目を閉じて、ぎゅっとつむ』る響呼は『…いまのは錯覚だから。わたしは何も見なかった。空に魚なんているわけがない』と再び目を開けた空に何も見えないのを確認し安堵します。『普通のひとが見えないものは、わたしの目にも見えない』、だから『不思議なものは、世界には存在しない。妖精も幽霊も妖怪も』と思う響呼の前に今度は『二本足で歩く三毛猫が、路地の方に消えていくのが見えた』と再び展開する不思議な世界。『雨とあのあたりが薄暗いせいで見えた幻に違いない』と心落ち着かない響呼は、『片方の目で、わたしたちはこの世と違う世界の境目を見る。その力を、遠い昔の妖精のおじいさんはわたしたちに与えてくれた』という母親の話を思い出します。『その力は、ご先祖様が昔、妖精のおじいさんからもらった贈物なの』という力を受け継いだ響呼の日常は、まさかの出来事により、そんな力がもう『幻』ではない日常へと大きく変化していくことになります。

    猫耳を持つ ひなぎくが扉から半分だけ姿を見せ、読者を見つめる表紙がとても印象的なこの作品。一方で成人男性の私がそれを手にしてレジに持って行くにはかなりの勇気が必要です。こういう時、ありがたさを感じるのが現代のインターネット社会。そんなこの作品はもう全編に渡ってファンタジーどっぷりな世界が展開します。本格的なファンタジー作品は読んだことのない私でしたが、あっという間にその世界の中に違和感なく引き込まれてしまったのには驚きました。恐らくその理由は現実と架空世界の境界線を感じさせない村山さんの表現によるものだと思います。例えば、外を見ると雨が降っていたとします。この同じ光景を『暗い空から、細い針金のような雨が、降っていた』と村山さんは表現します。さらにそんな『灰色の雲の下には、外国から来た客船が、まるで巨大な白鳥のような姿で、そびえるように停泊していた』というように現実に見える光景を極端な比喩を用いて描いていくことで、現実と架空世界の境界線がどんどん分からなくなっていきます。作品中にはありませんが、例えばこの文章の後、『やがて、その客船は大きく翼を広げ、灰色の雲の向こうへと羽ばたいていった』ともし続いていたとしても違和感がないようにさえ感じます。もちろん、私のこんな表現では違和感ありありで文才がなく申し訳ありませんが、言いたい主旨はそういうことです。いずれにしても、こういった表現の積み重ねが、いきなり猫耳のある ひなぎくが登場しようが、冒頭に引用した年老いた犬の魂が若い犬の姿に変わろうが、全く違和感なく受け止められる理由だと思いました。

    そして、この作品の主人公・響呼は作家であり『きれいでかわいらしいメルヘンや癒し系のファンタジーを書いている作家』とまるで村山さんご自身を思わせるかのような設定です。また、作品の中で登場する出版社の編集者は響呼の作品を『優しくて柔らかい文章と、読み手に手をさしのべるような、ふんわりと語るメッセージと、あたたかな読後感』と語ります。”昔むかし”から始まるおとぎ話にも色々なお話がありますが、最後に語られるのは”めでたしめでたし”なものが多いと思います。現実世界から離れ、夢の世界に一時、心を飛翔させる時間。そんな時間に人はそこに癒しを求めるのではないでしょうか?『傷ついたものを癒し、悲しみに暮れるものを再び笑わせるための力と知恵を持つ』ことになると娘に語ったという妖精。『幸せは魔法で作り出すことはできない。できるのはただ、あるものを分け与える、それだけなのだから』という妖精の言葉。響呼の書いた小説を読んで『あたたかくて、きれいで優しい、幸せな言葉が、たくさん使ってあるお話』、『読んでいると夢を見ているような気持ちになる』という ひなぎくの感想は、そんな幸せを分け与える力のなせるわざなのかもしれません。そして、この本を読み終わって ひなぎくと全く同じ感想を抱いた現実世界に暮らす私。小説の中の世界だけではなく、感動は現実と架空世界の境界線を超えて読者の元へとやってくる、そんな風にも感じました。

    『現実世界だけではなく、少しばかり不思議な世界にも接していて、ひとではない存在にも優しい』という『竜宮ホテル』を舞台にしたこの作品。そんな作品を読み終わって感じるのは『もし、わたしの生み出すもので、この世界の誰かが幸せになれるのなら、それは素敵なこと』という響呼の思いでした。また、それはこの作品を書かれた村山さんのお考えそのものなのだろうとも思います。

    大人が楽しむ”おとぎ話”、村山さんが描くファンタジーの世界。今日この作品を読んだ私は、一時現実世界から抜け出し、幸せな夢を見せていただいたように感じました。美しい表現に酔い、優しい言葉に癒され、そして幸せな気持ちになれる読書。ああ、ファンタジーっていいなあ、そんな思いが自然と湧き上がってきた素晴らしい作品でした。

  • 表紙イラストのあまりの可愛さに見とれて手に取り、読みました。
    村山早紀さんなので、優しい雰囲気のお話なのはまず間違いないところ。
    期待にたがわず、とくに可愛らしいシーンが多い物語でした。

    作家の水守響呼(みもりきょうこ)は、住んでいるビルの建物が劣化したため、すぐにも出なければならなくなります。
    既にほかの住民はいない状態でした。
    あまり運がいいとは言えないヒロインですが。
    じつは不思議なものが見える血筋。
    ないはずのものは、出来れば見ないことにして、生きてきたのですが…
    猫の耳をした小さな女の子・ひなぎくを目撃、はからずも関わることになります。

    たどり着いたのは、竜宮ホテル。
    竜宮ホテルは、人間とそうでないものが共に暮らすことができる境界のような世界。
    ひなぎくちゃんやその友達と、ホテルでの生活をするうちに、強張った心がほぐれていきます。
    作家であるヒロインの作風は、まさしく村山早紀さんと同じよう。
    丁寧に紡がれていく言葉には、想いのこもった響きが感じられます。
    切なく胸に迫る部分もありながら、優しく可愛いお話でした。

  • 不思議な左目をもつ作家水守響呼は、古アパートが崩壊し猫耳少女と共に竜宮ホテルに迎えられる。竜宮ホテルは異世界の者が紛れ込む奇妙な場所。大人のファンタジー。

  • 村山作品ではお馴染みの、風早の街の物語。
    お話の舞台は不思議な住人が集まる"竜宮ホテル"。
    あやかしを見る不思議な瞳を持つ作家の響呼、猫耳娘のひなぎく、管狐、人ならぬ者達。
    今回も魅力的な登場人物が沢山出てきます。
    優しい語り口のふんわりファンタジーで、読後感の良さは言わずもがなですね。
    ひなぎく視点の書き下ろし短編も良かったです。
    こんなホテルに住んでみたいなー。
    この物語もまだ続いていく様なので、楽しみに待ちたいと思います。

  • 本編はf-Clan文庫版で書いてるので、番外編のみ。

    番外編はひなぎくちゃん視点の物語。
    日々木くんの優しいウソににんまりしてしまいました。(笑)
    素直でいい子なひなぎくちゃんを騙しちゃダメですよと思いつつも、こういう夢のあるウソなら咎められませんね。
    本当に子供が好きなんだなと思いました。

    そして初登場の月村先生。
    言いたいことをズバズバ言う強烈なキャラですが、素直になれないだけで、とても優しい方です。
    大好きです。
    …というか、この本に悪い人は一人も出てこないんですね。
    みんないい人、みんな優しい人。

    本当に人を幸せにする本だと思いました。
    続編も手元にあるので、さっそく続きも読みたいと思います。

  • いきたいときは、いってしまっていいのよ さて、と、秋風に草花が揺れる中庭で、白猫はいいました。 わたしは風になるの。もうここで待っていなくて良くなったから、魂だけ風に乗って遠くにいくの。

  • 遠田志帆さんがカバーを描いておられるので買ってみましたが、予想以上に素敵な話でした。

    左目で、あやかしの類を見る事と、周りの人を幸せにする力を授けられたという娘の子孫で、高校生の時からメルヘン作家として活躍している女性、水守響呼は、「生まれついての不運」を持ち合わせていると、自分の事を思っています。
    物語の冒頭でも、いきなり不運に見舞われるのですが、そんな中で偶然再会した編集者の寅彦は、彼女とは逆に、生まれついての幸運に恵まれた男性。
    でも、彼は、自他共に認める幸運さ故の不幸もあるのだ、と語ります。

    帰宅しようとしたら、住んでいたビルが崩壊していたり、猫娘を拾ったりと、様々なアクシデントの末に、響呼は、少し不思議な、「竜宮ホテル」に滞在する事になります。

    先の展開がわかりやすいのが少し残念な気もしますが、とても優しい、ほわんとしたお話でした。
    不運と幸運で、プラマイ0になるかと思われた響呼と寅彦の伏線も、寅彦が最初の方にしか登場しない為、恋愛に発展しないまま・・・。
    でも、2巻も出るとの事なので、今後が楽しみです。

  • 重い内容のものを読んだ後とかに読むのが最高!優しさしかない物語。
    素敵で不思議な絵本のような物語りです。

  • 村山早紀さんの「竜宮ホテル」読了。みんなの幸せを願って書かれたファンタジー。不思議な力を持つ作家の水守響呼が可愛らしい妖怪の少女を救い「竜宮ホテル」に暮らすことで閉ざした心を開いていく。。最初、主人公、響呼の不幸な境遇が辛かったが、猫妖怪のひなぎくが登場する辺りから引き込まれた。物語の魅力は、響呼の書いた本に影響を受け、集まってくる人々の話が良いです。どれも優しさに満ちた素敵な話。後は、ひなぎくちゃんと友達が素直で可愛いこと。これからも竜宮ホテルの住人の知られざる過去にまつわる物語を楽しみにしたい♪

  • [2014.02.26]

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著者プロフィール

1963年長崎県生まれ。『ちいさいえりちゃん』で毎日童話新人賞最優秀賞、第4回椋鳩十児童文学賞を受賞。著書に『シェーラ姫の冒険』(童心社)、『コンビニたそがれ堂』『百貨の魔法』(以上、ポプラ社)、『アカネヒメ物語』『花咲家の人々』『竜宮ホテル』(以上、徳間書店)、『桜風堂ものがたり』『星をつなぐ手』『かなりや荘浪漫』(以上、PHP研究所)、げみ氏との共著に『春の旅人』『トロイメライ』(以上、立東舎)、エッセイ『心にいつも猫をかかえて』(エクスナレッジ)などがある。

「2022年 『魔女たちは眠りを守る』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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